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【2024/04/25 09:45 】 |
臆病者
手を伸ばして。




「どこに行く」

白いシーツの中から伸ばされた白い腕。
けれど顔も身体もまだシーツの中で、暗闇など無いにも等しいこの瞳でさえ、その姿を捉えることは出来ない。
その伸ばされた腕をそっと撫でて、身体と同じようにシーツの中に戻してやった。

「部屋に戻ります」
「なぜだ」
「明日の支度をしなければ」
「それはもう戻らないと出来ないのか」
「・・・坊ちゃん?」

シーツの中に戻した筈の腕が再び伸ばされ、今度は伸ばされるだけではなく羽織ったワイシャツの端を掴んだ。
子供のような仕草にセバスチャンは首を傾げる。
一体彼は何を言いたいのか。それとも何かして欲しいことがあるのか。

「お飲物でも持ってきましょうか?」
「いらない」

思いついた言葉を口にするも、彼は否定の言葉と共に腕も横に振った。
もしかしたらシーツの中で首も一緒に振っているかもしれない。

「では、」
「違う」

一通り身体は拭いたが湯に浸かりたいのかと聞こうとするも、その内容に触れることもなく否定されてしまう。
そんな様子に少しだけムっとしてしまうのは仕方がないだろう。
たとえどんなに人間よりも優れている悪魔だとしても、相手の心の中を読むまでは出来ない。それは彼も分かっている筈だ。

「何がしたいのですか」

少し冷たい言い方。
言葉を発してから、しまった、と思うもフォローするようなことはしない。
ゲームをしているわけではない今、このような遠回りな会話は面倒とまではいかないが少しばかりじれったい。いつもはそんなことをしない彼だからこそなおさら。

「・・・もう、いい」

スルリと離されたワイシャツの端。
今度は自分の意思でシーツの中へと潜っていった。
その動作がひどく悲しげに見えたのは気のせいだろうか。

「・・・・」
「・・・・」

続く沈黙。
このまま部屋を出て行くのも気が引けるし、どうして彼は何も言わないのだろうかという疑問もある。
けれど今どんな声を掛けていいのかも分からない。
(あんなにも愛し合った後だというのに・・・)
あの甘い雰囲気の後にこんな乾いたような空気は肌がピリピリする。
そもそもなぜこんなことになってしまっているのか。

事の発端は自分が部屋に戻ろうとした時だ。
脱ぎ捨てたワイシャツを羽織り、明日の支度をしようとベッドから足を下ろせば声を掛けられて。
ワイシャツの端を掴まれた。
それはまるで、

いかないで―――――

そう言っているような。

(あぁ、そうか)
やっと彼の行動や言葉を理解した。

彼は、この恋人は傍にいて欲しかったのだ。
そういえばいつも身体を重ねた後に部屋を出て行く時、いつもよりも声が暗かった気がする。
それを今晩は勇気を出してワイシャツの端を掴んでみたのか。
だから恋人はシーツから顔を出すこともしないのか。

(これも、また・・・この人は)

随分と可愛らしいことをするものだ。
普段の恋人からは想像も出来ない行動であるがために気が付いてあげることが出来なかった。
それは恋人としての己の失態だ。
けれど――――

「・・・・」

何も言ってやらない。
気付いてやらない。

彼は常に自分の幸せについて臆病すぎる節がある。
復讐に身を焦がしているのだから仕方がないといえば仕方がないだろう。
けれど同じ想いを抱き、そして身体まで重ねた関係であるのに何も言わないなんて、それは恋人であるセバスチャン・ミカエリスを信用していないことに繋がるのではないだろうか。

きっとプライドが邪魔をしていたり、嫌われたくないなんていう想いがあるからということあるだろうけれど。


復讐の為だけではなく、
悲しいことにだけではなく、
身を傷つけることだけではなく、

己の幸せの為に、勇気を奮ってほしい。
その手をもっと伸ばして欲しい。
もっともっと求めて欲しい。

言葉で伝えて。
して欲しいことを伝えて。
もっともっと、本当の貴方を教えて。

伝え合わなければ、
この気持ちが伝わった奇跡が
もう二度と起こらなくなってしまうから。




「早く、戻ればいいだろ」

シーツの中から聞こえた小さな声。
震えてはいない。いつもの声だ。
どこまでも強がっている声。

「何かして欲しいことがあるのではないですか?」

そんな彼にそっと促してやる。
もう彼は腕を伸ばしたのだから許してやればいいのに。
それだけでもかなりの勇気がいただろうから、もう抱きしめてやればいいのに。
それでも許さない自分はやはり悪魔だろうか。

だがここで許してしまえば、
彼はまたどこかで“諦めてしまう”
気付けなかった時の恋人を諦めてしまう。

「・・・別に」

ほら、こうやって諦める。

「じゃぁなぜ私の服を掴んだのです」
「ただ、寝ぼけただけだ」
「本当に?」
「・・・・」

少しだけ揺れるシーツの山。
まだ言う気はないようだ。
そんな様子にわざとらしく大きな溜息をついて、ベッドをギシリと揺らしてやる。
それは近づいたものではなく、ベッドから立ち上がった時の揺れ。

「なら、もう行きますよ」
「ッ・・・・」

顔を出していない彼はきっと恋人がベッドから立ち上がり扉へと向かって行っていると思っているのだろう。
引きつったような息を呑むような音が耳に聞こえ、もしかしたら泣いているのかもしれないと思うと胸が痛い。
けれど彼の方が胸を痛めているから。
(早く、早く言って、坊ちゃん)
早くこの両腕に身体を抱きしめさせて。



「・・・ばかセバス」

小さく吐き出された言葉。

「支度よりも・・・」

傍に、
いて欲しい、のに。


「なら早くそう言ってください」


やっと力強くシーツの上から恋人を抱きしめた。
かすかに震えるその身体は少しだけ冷たくて、余計に胸が苦しくなる。
自分はいつもこんな状態の彼を置いて部屋を出て行ってしまっていたのか。
耳元であろう所に口を寄せて、すみません、と呟いた。

「ずっと気づかなくて、すみませんでした」
「・・・女々しいと、笑わないのか」
「誰が笑いますか」

抱きしめる腕により力を込める。
そんな胸が甘く苦しくなる言葉を、誰が女々しいと笑うのか。

「嬉しいですよ」
「・・・嘘だ」
「嘘はつかない、それは貴方がよく知っている筈です」

そう言ってやれば、彼は口をつぐむ。
言い返すことが出来ないということは認めざるをえないということ。
それでいい。
どれほど自分が愛されているのかを思い知れ。

「もっと言ってください、坊ちゃん」

貴方が望むことを。
欲しいなら欲しいと、言ってください。

「怖がらずに、見せてください」

ゆっくりとシーツを持ち上げ、やっと中から彼の姿が出てくる。
だが横から抱きしめているような状態なので、その顔はまだこちらを向いていない。
シーツを持ち上げることに抵抗しなかっただけまだいいかもしれないが、こういう時は見つめ合わなければ意味がない。
ちゅ、と頬に口付ける。

こっちを見て。
こっちを向いて。
私を見て。

そんな想いを込めながら、何度も何度も口付けの雨を降らす。
くすぐったいのか時折、肩を竦める姿が自分を煽ってくるのだから困ったものだ。

「・・・シエル、口付けさせて」
「っ、お前は恥ずかしくないのかッ」
「嫌ですか?」

恥ずかしいのか、という言葉には答えず逆に問い返せば、それに答えるようにゆっくりとシエルの顔がこちらを向いた。

「・・・可愛い」

やはり少し泣いてしまったようで、瞳はまだ薄い涙の膜で潤んでいる。
反対の頬には涙が流れた跡。けれど白い肌の上には赤色がほんのりと乗っていて、困ったように眉が寄っていた。
ちゅ、と今度は唇に唇を寄せる。だがまだ触れ合わせるだけ。

「確かに、恥ずかしいときだってありますよ。けれどそれよりも貴方を求める気持ちの方が大きいんです」

口付けていた反対側の頬を手の平で撫で、涙の跡を拭ってやる。

「恥ずかしがって、怖がっていたら何も出来ないでしょう」
「でもっ」
「シエルは私がいりませんか?」

相変わらず意地悪な問い掛けだ。
シエルもそう思ったのか少しだけ拗ねたように唇を突き出して、小さく「いる」と頷いた。
これだけでもかなりの進歩だろう。
よくできました、という意味を込めて、もう一度突き出た唇に口付ける。

「こうやって言ってくださらないと、分かりません。私たちだって同じ気持ちを持っていたというのに、玉砕覚悟で互いに気持ちを伝え合ったのではないですか」

あの時のことを思い返せば苦笑しか出てこない。
互いに緊張した面持ちで、裏社会で何か仕事をするときよりも顔色が悪かった。
まさに今だから苦笑が浮かべられる話である。

「本心を他人に曝け出すのは不安でしょう。けれど私たちはただの他人ですか?」
「・・・ちがう」

他人か、という言葉に首を振り、今度はシエルの方から少しだけ唇を触れ合わせる。
危なくそのまま頭を押さえ深い口付けをしてしまいそうになるのを、必死に理性で押さえた。

「恋人にはもっと我儘を言うものだと思いますが?」
「そんなの僕じゃない」
「それは逃げにしか聞こえませんよ」

そんな言葉はストレートに一刀両断してやる。

「貴方は怖いだけでしょう?弱い自分を見せるのが。幸せを求めるのが。先ほど聞きましたよね、私がいらないのかと」

それに貴方は“いる”と答えた。

「ならば捕まえていてください。簡単に私を諦めないで」

だって、そんなの。
言いながら少しだけ身体を浮かせ、シエルから離れる。
自嘲的な笑みを浮かべている自分の姿が彼の蒼い瞳に映り込んでいた。

「寂しいじゃないですか」

貴方も。
私も。


「・・・セバスチャン」

フワリと抱きしめられる。
離れた分の距離をシエルが自ら埋め、追いかけるようにこの身体を抱きしめてくれた。
そして小さく囁かれる、悪かった。
先ほどとはまるっきり逆の状態に、セバスチャンは自嘲的な笑みを消して満足げな笑みを浮かべた。

「今度から、その、頑張って、言う」
「私も出来るだけ気づけるように努力します」

そう言い合い、抱き合いながらクスリと笑う。

「ではまだまだお時間もあるということですし、」

セバスチャンは言いながら抱きしめている手を下げ、腰回りをそっと撫でた。
彼からここにいて良いという言質は取った。ということは、それなりの覚悟を持って言ったとみなしてよいということだ―――――なんて。

「またお付き合いしていただきましょうか」
「ッ・・・・!!貴様は、少し自重しろ!!」

その手の意図に気が付いたシエルは顔を真っ赤にさせ怒鳴ってくるが、満更でもないらしい。
拒絶する素振りがないのが証拠だ。
やはり素直に何でも口にするようになるまでは時間が掛かるらしい。

―――――しかし、それもまた一興。

「ではシエル」




言葉だけじゃなく、
身体の芯まで、



愛を教えてあげる。





End





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【2012/06/01 23:31 】 | Text | 有り難いご意見(0)
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