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【2024/04/24 19:52 】 |
Jardin secret 
オリキャラ×シエルの表現が沢山あります!
嫌な方は回避必須!
そして切ないです!




手を伸ばしても。
その先には背中ばかりが広がって。

伝えたい想いも。
言いたい言葉も。

彼には
どうしても
届かない。




―  Jardin secret ―



いつだって彼はまっすぐ前を向いて、その隻眼の蒼い瞳を輝かせていた。
たとえ真っ直ぐ見ている方向が地獄行きだとしても、そこに穢れなど一つもない。

それは復讐を終えた今でもそう。
復讐を終え、その後すぐにその高貴なる魂を差し出されたが、私は首を横に振った。
魂が欠けることはない。その人生が終える瞬間に食せば良い。悪魔である私は彼にそう伝えた。
すると彼は一瞬だけ怪訝な、けれどどこか嫌そうな顔を見せたものの、そうか、と短く頷き、そしていつものように「帰るぞ」そう口にした。
そしてそれに私も「イエス、マイロード」と頭を下げたのだ。

あれから数年。
復讐に身を焦す姿はもうない。
姿は見たことはないが、きっと先代と同じように女王の番犬として働き、そして表社会ではファントム社、社長として日々を過ごしている。
ずっと心に巣食っていた黒い塊―復讐が無くなったのだから、柔らかい笑みを見せるようになるのかと思ったが、彼の表情はあの頃から何も変わらず、意地の悪い笑みを浮かべるぐらいで、他は無表情かまたは眉間に皺を寄せている―――まぁそれでも、あの頃よりも落ち着いた物腰になり、復讐前に婚約を取り消してしまったが、エリザベス様とも仲良くしているのだから、変わっていないわけではないのだろう。

私もあの頃と変わらずあくまで執事をしていて、使用人5人と一緒にこのファントムハイヴ家で働いている。
人間と共に、人間のように。
時折、悪魔なのになぜこのような生活をしているのかと思う時もあるが、別にさほど気にすることもない。
人間の寿命など悪魔にとって瞬きに過ぎず、そしてその瞬きの間くらい、永遠を生きる悪魔の人生にスパイスを与えてくれる人間と共に歩むのも悪くはないだろう―――そう考えるようにしている。


だが、このままでは良くないと思うことが1つだけ、ある。
復讐を終えてから早数年が経った。
早数年と言えど、その数年は人間にとって短くない月日。
少年が青年に変わるには十分な時間が積み上げられた。

彼は青年となり、当たり前のようにこの世界で生きる。
その生活は傍から見たら何も変わっていないものだが、復讐を終えたいま、あの頃とは全く違う生活だ。
落ち着きが出たというのも年相応と言ったらそれまでのことで、エリザベス様と仲良くするようになったのも思春期が過ぎたからとも言えよう。

それは、
変わったと言えば変わったが、
変わっていないと言えば、変わっていないのだ。
ただ時間が流れただけ。
時間の流れのままに、その身を成長させただけ。

けれど、確実に1つだけ彼は変わった。
それが私が思う“良くないこと”

彼は、
シエル・ファントムハイヴは、

男と身体を重ねるようになった。


それは復讐を終え、1年と半年が過ぎた頃からか。
幼い頃から美しいと讃えられていた彼だ、青年になり始めればそれはもう薔薇が朝露を身に纏い、甘い香りを放つかのような・・・それほどまでに彼はその身を輝かせた。
苦手な夜会にも仕事であるために文句を口にしつつも出席し、笑顔を振り撒けば、周囲はもう彼の虜。
男女問わず、その手を掴もうとする者が多く存在し、初めの頃は彼も嫌悪と呆れで、屋敷に帰れば表情をよく歪めていたものだ。

それなのに、なぜか急に。
本当に急に、とある若い男に誘われた彼は、いつもは横に振る首を縦に振った。
周囲に気付かれないように、そっと。
そして耳に唇を近づけて、

『挨拶も済みましたし、抜け出しましょうか』

自分からも誘うような言葉を投げかけたのだ。
慣れていない誘い文句。少々ぎこちないソレが余計に男を煽らせる。
若い男は顔を真っ赤に染めて、同じようにぎこちなげに頷き、そして小さく彼の手を取った。
勿論彼は拒絶しない。それどころかまるでその手に縋るかのように握り返し、一緒に煌びやかなホールを後にした。

彼らしくない行動。
それとも何か意図があるのか。
こちらに知らせていないだけで、女王の番犬として仕事をしているのか。
私は隠すことが出来ない困惑の表情のままで、若い男と共に歩く彼の背を追い、優雅な曲が少し遠くなった廊下で『坊ちゃん!』と呼び止めてみれば。

『部屋までついて来るとか、野暮なことをするなよセバスチャン』

若い男は不安気な表情を浮かべながら此方を振り返るが、彼は振り返らない。

『どういうおつもりで?』

裏社会の人間としての行動では無いとは言いきれない。
もしかしたらこれから会話の中に隠された命令があるかもしれないと考えるも、なぜかそれはないだろうと断言している私がそこにはいた。
それは決して短くない付き合いからの勘と、彼自身が放つ空気から。
そしてその予想は当たった。

『夜会本来の愉しみ方をするまでだ。詮索されるほどの理由があるわけではない』
『・・・貴方様の年齢ではまだ早いかと思われますが』
『早い?そんなことはないだろう。この方だって僕の年齢を知っている』

繋いだ手を揺らす。
若い男も遠慮がちに頷いた。
どこまでも弱気な態度の若い男、そんなんでよく高嶺の花に声を掛けたものだ。
きっとこれ以上ないほどの勇気を奮ったのだろう。当たって砕けろの意思だったに違いない。そしてまさか縦に頷いてくれるとも思っていなかったから、今この状況が信じられないだろう。
だから尚更弱気になっている。
なぜ彼がこんな男を選んだのか分からない。
そして、腹が立つ。

『坊ちゃ』
『これは合意』

こちらを遮って言う。
そこでやっと彼は振り返った。

『これは合意なんだ、セバスチャン』

そこには絶対零度の笑み。
彼が拒絶したのは、私の方だった。



それからだ。
彼が夜会で男を捕まえ、身体を重ねるようになったのは。
部屋には近づくな、何も聞くなと命令されているので、その中でのやり取りは分からない。
だが、次に姿を見れば身体を重ねたことは確実で。
それでも、合意だと言われてしまえば此方からは何も言うことが出来ない。
ただ拳を握りしめるだけだった。

彼が身体を重ねる相手は一夜限りが多い。
何をどう言いくるめているのか分からないが、次に会ったときは親しい友のように話すだけ。
けれどたまに、彼が気に入ったのであろう相手は屋敷にまで呼んで、夜を共にする。
自分の寝室に連れ込んでいく様は、どんなに月日が経とうとも慣れるものではない。
慣れたいとも思わないし、むしろもうやめたらいいと思う。

これが、私の良くないと思うこと。
シエル・ファントムハイヴの変わってしまったところだ。






「すみません、軽装のままで」
「いいんだシエル。昨晩は無理させてしまったから」

見送りに来てくれてありがとう。
男は優しい笑みを浮かべながら頭を撫でる。それにシエルもほんの少しだけ口元を緩ませた。
もう何度も見たやり取り。
この男も随分と慣れたものだ。最初はあんなにも弱弱しい態度だったくせに。

「お仕事、大変だろうけど頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。シュアーゼさんも、あまり無理せず」
「ありがとう」

そう、この男はシエルが初めて誘いに乗った時の男だ。
そういう意味で一番付き合いが長い男であり、慣れるのも当然だ。
名前で呼ぶのも、もうスムーズである。

「・・・辛くなったら電話するんだよ」

再び頭を撫でる男。
今度は反対に少し悲しげな表情で。
電話して欲しいだけのクセに、何を言うのだろうか。
けれどそれもいつもの言葉で、シエルも苦笑を浮かべながら頷いた。それでも満更じゃないのが余計に腹立たしい。

「そしたらね」
「はい」

馬車に乗ってからも男は手を振り、そしてシエルも小さく頭を下げる。
屋敷に戻ったのは男を乗せた馬車が見えなくなってからであった。

「あの男には随分と甘い顔をされますね」

他の男とは違って付き合いも長いですし。
寝室へと向かう廊下を歩きながらセバスチャンは“他の男”という部分を強調して投げかける。
それにシエルは「そうだな」と何てことないように返してきた。

「そしてお前も相変わらずの厭味だな」
「厭味がお嫌でしたら、もうこのようなことをやめたらいいでしょう」
「別に。嫌だとは言ってない」
相変わらずと言っただけだ。

先を歩くシエルの歩調はいつもよりゆっくりとしたもの。
きっと腰が痛いのだろう。
これがもし仕事か何かで負ったものならば抱き上げて歩くのだが、コレは自業自得、全く褒められたものではないものなので、罰も含ませて自分で歩かせる。
だが結局、彼から抱き上げろと言われたこともないので、罰にはならないだろう。いや、もしかしたら抱き上げようとしたら殴られるかもしれない。
シエルは男に抱かれる前後はこちらを拒絶する節があるから。

「相手が女性でしたら、やんちゃな主人として片付けられるんですが」
「これも、やんちゃな主人だろ?」

クスクスと笑うシエルにセバスチャンはこれ見よがしに大きな溜息をついた。
確かにやんちゃな主人とも言えるだろうけれど、それだけでは済まされない何かがある。
けれどそれを口にしてはいけないような気がして、セバスチャンは違うことを口にした。

「その笑い方も、男共の前でしてみせたら逃げ出すのでは?」
「するわけないだろう。抱かれる時のシエル・ファントムハイヴは、か弱いシエルなんだから」
「ご自分で言いますかそれ・・・」

言いながら話している間についた寝室への扉を開けた。
すでにベッドのシーツは取り替えてあるし、部屋の換気も済んでいる。

「シーツはまた捨てたのか」
「えぇ」
「勿体ないだろうが」
「いいでしょう。お金は有り余るほどあるのですから」
「まぁな」

今度はシエルがこれ見よがしに大きな溜息をつき、ベッドへと沈み込んだ。
うつ伏せに顔を枕へ押し付ける。
数時間前まで、ここにあの男も一緒に横になっていたのだと思うとシーツどころかベッドまで燃やしてしまいたくなるが、それは流石に不味いだろうということを理解しているので、拳を握りしめるだけにとどめる。
きっと人間ならば手袋越しといえど手のひらに指が刺さり抉れているだろう―――それくらい強い力で拳を握りしめる。

「・・・・」
「っ、どうされました」

いつの間にか枕に沈めていた顔をほんの少しだけ動かし、片目の半分でシエルはこちらを見ていた。
別に悪いことをしていたわけではないのにセバスチャンは焦ったように息を詰まらせたが、言葉は詰まらせることなく問う。
それに何を思ったのかシエルはほんの少し無言の間を作った後「さっき、」と視線を逸らさずに続けた。

「女ならば、やんちゃな主人で片付けられると言ったな」
「はい」
「なら、身体を重ねるのが女ならいいのか」
「・・・いいわけではございませんが、男と重ねるよりはいいでしょう」
「女にしても男と同じ意味で身体を重ねるのだとしてもか」
「男が欲を放つ相手は普通女性だということです」

ピシャリと言ってやれば、なら僕は普通ではないということか、と口角を吊り上げた。
あの男にしてみせる緩やかなものとは違う。
あの頃から変わらない、意地悪気な笑み。
その変わらぬ一面になぜか安心を覚えつつも、どこかでまた苛立ちが増した。

「旦那様の言う意味が筋の通ったものでしたら私も厭味は言いませんが」
「ほぉ、筋が通っていれば誰と身体を重ねても構わないか」
「通っていなくても貴方は重ねているでしょう」
「お前が本気で止めていないからな」
「・・・本気で止めているつもりですが」

何気ない様子で放たれた一言に、ざわりと身体が騒いだ。
一体彼は何を言っているのだろう。
こちらの気持ちの何を知って言っているのだろう。

「本気?お前の本気は命令一つで下がれる程度か」
「命令をしているのは貴方でしょう」

もし貴方が嫌々身体を重ねているのでしたら命令されていようが止めますよ。
ですが貴方はいつも言うではありませんか。

「合意だと」

だから本気だとしても手は出せない。
なぜなら主人がそう望んでいるのだから。
望んでいることを壊せるほどの立場が、こちらにはない。

セバスチャンは表情を歪ませて言う。
いつだって己は苦い思いをしていることを知ればいいと思いながら。
けれどシエルは「ハッ」と短く鼻で嗤い、横になったまま前髪をかき上げた。

「ほら、だから止めてないだろう」
「私の話を聞いておりましたか?」
「聞いた。主人が望んでいるなら止められないと」

その言葉にピクリと身体が反応する。
なぜかは分からない。

「本気で止めたいなら主人とか執事とかまどろっこしいものなんて存在しない。相手の思いも望みも二の次だ」

本当に欲しかったら、その手を伸ばすんだよセバスチャン。

ベッドの軋む音を立てず、片手で前髪をかき上げたままシエルは上半身を起き上がらせ嗤う。
いつの間にか緩んでしまったのだろう、今も刻まれたままの契約印を隠す眼帯が落ちていき、輝くソレが露わになった。
あの男は、この瞳を見たことはあるんだろうか。

「相手の幸せの為に身を引くということもあるが、お前の場合そうではないだろう?主人が男共と身体を重ねている、そんなのは“良くない”。婚約者や男の欲望を発散させるため女性を捕まえるオイタならまだ許容範囲だが、男共と身体を重ねるのはファントムハイヴ家として“良くない”。だからやめさせたい。けれど主人はそれを望んでいると言う。だから執事である己は止められない。止める権利はない。それでも黙っていることも出来ないから一応口には出しておく」

ペラペラと。
口数少ない彼が言う。
その表情はずっと見てきた“坊ちゃん”で。

「お前は別に心から止めたいとは思ってないんだ。身体を重ねるのを止めるのも僕の為でもなく、将来のファントムハイヴ家の為でもない」

ただお前は、

「執事という肩書から、そう言っているだけにすぎない」

まるで復讐相手を見ているかのような。
それほどの澄んだ瞳で、ずっと見てきた瞳でそう言った。

(あぁ、)

握り締めていた拳から力が抜ける。

(伝わり、ませんね)

執事として止めているわけではない。
悪魔セバスチャン・ミカエリスとして、止めているのに。
いや、止めているというのにも語弊がある。
もうやめて欲しい。

誰とも、身体を重ねないで欲しい。
心から、本当に心からそう思っているのに。

彼は、
彼は、

けれど、

正論だとも、思った。

彼の言うことは、全て正しい。

だって、伝えていないのだから。

この苛立ちを。

この気持ちを。

この想いを。

だから手を伸ばしていないと勘違いされている。

けれど本当に手を伸ばしたのかと聞かれたら、

私は首を横に振るだろう。

だって、何もしていない。

やめろ、と口で言いつつも、

やめて欲しいと、口では言っていない。

だって言えない。

合意だと言われたら。

けれどそれも結局は、

言い訳だと言うのだろう。

本気ではないと、言うのだろう。

じゃぁこの気持ちは何なのか。

悪魔セバスチャン・ミカエリスとして抱いているこの気持ちは。

この苛立ちは。
この気持ちは。
この想いは。

なんて言うのだろう。

彼の言葉だと、
彼の正論だと、

己が執事だから、主人に恋をしてしまっているのです、とでも言うつもりか。

違うだろう、
違うだろう、
違うだろう!!

だが、

彼の言葉は、
どこまでも正論だ。


「言い返したいが言い返せない、ってところか」

呆れたように息を吐きながら両手を後ろのベッドにつき、身体を少しだけ逸らせる。

「ならもういいだろう。僕が誰と身体を重ねようがお前には関係ない。シーツを燃やす権利だって本当はないんだぞ」
「・・・この部屋を掃除しているのは私です。燃やす権利はあります」
「勿体ないと、この僕が言っているのにか」
「・・・・」
「悪魔で執事として生きているお前が何を言うか」
「ですからっ!!」

ついに叫ぶ。
もういい加減限界だ。
けれどシエルは驚いた様子も見せず、冷めた瞳でこちらを見ていた。

「執事としてではなく私自身として、やめて欲しいと言っているんですっ」
「それで?」
「それで、って・・・」
「だから、さっきも言っただろう?お前は本気じゃないって」

執事うんぬんの話を抜きにしても、お前は止めてないだろうが。
もう面倒くさいと言うように言い放つ彼に、セバスチャンは茫然とする。
いつの間に、こんな彼になってしまったのだろうか―――いや、何も変わっていない。
思っていることを真っ直ぐ言うところも、悪魔に対して臆さないその態度も、何も変わらない。

もしかしたら、
変わったのは、

「・・・執事として、人間として長くいすぎだ、セバスチャン」

私の方なのかもしれない――――

「お前はもう執事としての自分と悪魔としての自分がゴチャゴチャになっているんだ」
「それは・・・」
「僕の言葉に言い返すことが出来ないのも、心のどこかでその通りだと思っているからだろう?」
「ですが坊ちゃん、」
「今は旦那様だ、坊ちゃんじゃない」

シエルは首を横に振る。
それは今まで一緒にいた“坊ちゃん”を否定するかのようで、一緒に過ごした時間を否定するかのようで、セバスチャンも首を横に振った。

「いいえ、貴方は坊ちゃんです」
「もう違う。二十歳になるんだぞ」
「それでも坊ちゃんですッ」
「いい加減にしろッ!!」

ついにシエルにも限界が来たようで怒りを露わにして叫ぶ。
ベッドから降りてこちらの胸倉を掴まなかったのが不思議なくらい、それくらいの威圧を含んだ声。

「駄々を捏ねるガキが貴様はっ!」
「っ、貴方の方が私の気持ちをっ」
「何が貴様の気持ちだ!また同じ言葉を繰り返させる気か!!」
「執事であろうと悪魔であろうと私の気持ちであることには変わりません!!」
「あぁもう分かったッ!」

何が分かったというのか。
そう続けようとしたが、口を開けたまま息が止まった。
なぜならベッドの上で彼がおもむろに軽装のボタンを外し始めたからだ。
白い艶めかしい上半身が露わになっていく。
見慣れている筈なのに、彼が自分で脱いでいるからか、それとも数時間前に男と身体を重ねたばかりだからなのか、全然違うものに見えた。
だからなのか、動揺が隠せない。

「なにを、考えているの、ですか」
「僕を抱け、セバスチャン」
「なッ――――」

此方が驚きに固まった間も、その手を止めることは無い。
ついには全てのボタンを外し終え、脱いでしまう。そしてそのまま下半身を隠す布へと手を伸ばし――――

「おやめください」

その手を止めさせた。

「僕が抱けないか」
「こうやって身体を重ねるものではないでしょう」
「愛があってこそ重ねるものだとでも言いたいのか?悪魔のくせに?笑えるなそれは!」

本当に愉快だというように声を上げて笑うシエルに、セバスチャンは奥歯を噛みしめ、頬を叩いた。
パシンと、乾いた音が部屋に響く。
それと同時にシエルも笑うのをやめ、沈黙と静寂が混ざり合ったものが空間を包み込んだ。
執事として主人の頬を叩くなんてありえないが、謝罪する気もない。
このように簡単に身体を許していいものではないのだと、彼には教える必要がある。
――――これこそが彼の狙いだったことにも気付かずに。

「ほらな、セバスチャン。本当に止めたければ、こうやって頬を叩くでも何でもすればいいんだ」
「ッ――――!!」
「これでハッキリしただろう。お前は本気で止めているわけではない」

たとえ百歩譲って、お前自身がやめて欲しいと望んでいたとしても、その理由が僕には分からない。
だって僕と身体を重ねることもしたくないなら、なぜ止める必要がある?
僕に好意を持っているならば分かるが、そういうわけでもない。じゃぁ一体何なんだ。
執事としてでもなく、お前自身がただ漠然とやめて欲しいと思っているならば、それは単なる我儘だろう。

シエルは少し赤くなった頬を気にする様子もなく、口に弧を描いたまま脱いだ服に再び腕を通していく。
彼自身も本気ではなかったのだろう。
ようするに嵌められた。

もう黙れと。
僕のやることに口を出すなと。

「・・・・」

セバスチャンは何も言えなかった。
その通りだ、と頷くことしか出来なくて。
それでも私は、と首を振ることしか出来なくて。

(ここでいま彼を抱いたら、もう彼は他の男と身体を重ねないだろうか)
(その瞳に、私だけしか映さないようになるだろうか)

そう思っても、なぜか。
身体が動かなかった。

(執事の分際で主人と身体を重ねるなど)
(執事のくせに、何を言っているのか)

まさに、
――――お前はもう執事としての自分と悪魔としての自分がゴチャゴチャになっているんだ。
彼の言う通りであった。

「・・・そう深く考えるな、セバスチャン」

ふわり、
いつの間にかボタンも全て止め終わったシエルはセバスチャンの頬に優しく触れる。
あんなにも冷たく笑い、言い放ったくせに、その手はどこまでも優しくて矛盾してる。
けれどそれを指摘できるわけがない。
矛盾しているのは此方だって同じだ。

「ここにいる間、お前は僕の執事として生きればいい。そして飽きたら魂を食らえばいいだろう」
「魂を差し出す人間が、何を簡単に仰いますか」
「差し出す人間だから言うんだ。いま執事として染まってしまったとしても、僕の魂を食らい、もとの悪魔に戻ればまた悪魔に戻る。だからそんな気に病むな」

優しく諭される。
こちらを励ましているように見えるが全く逆だ。
先ほどの会話も全てなかったことにしようとしている。

(結局、伝わらないんですね)

自分でももう悪魔としてなのか執事としてなのか分からなくなってしまっているんだ。
そんな気持ちが伝わるわけがない。
それでも、ほんの少しでもいいから、伝われば良かった。
伝わって、欲しかった。

「酷い、方ですね」

頬に触れる手に、己の手を重ねる。
手袋越しであるソレは、まさに彼と己に丁度いい距離だろう。
目を閉じて苦笑を浮かべながらそう言えば。

「・・・あぁ、酷い奴だな」

残酷なまでに冷たく笑う顔が、瞼の裏に浮かんだ。






























「アイツは、結局執事なんだ」
「・・・・」
「それは年月がそうしているから、アイツが悪いわけでもない」
「・・・・」
「欠片も気持ちがないわけじゃないが、その気持ちのままに動くことはもう出来ないだろうな」
「完璧な彼であるが故に?」
「そう。完璧なアイツであるが故に」

シエルは頷く。
自分の物とは違う安っぽいシーツに顔を埋めて息を吸えば、ここ数年で慣れ親しんだ香りが鼻腔を擽った。
慣れるまでに時間は掛かったが、慣れてしまえば何てことはない。

「――――なんで君はそうやって自分を傷つけるようなことをするかな」

このベッドの持ち主、シュアーゼは呆れたように溜息をつき、頭を撫でる。
いまここは彼の家であり、そして二人は一糸纏わぬ姿―――つまりはそういうことだ。
今朝ファントムハイヴの屋敷から帰ったというのに、その夜に今度はシエルがシュアーゼの屋敷へと足を運んだのだ。
いきなりの訪問に彼は驚くも、こちらの顔を見るなり苦笑して迎え入れてくれた。
どこまでも優しい男である。
まぁ、だからこそこの男を選んだのだけれど。

「だってアイツ、全て僕が悪いみたいな言い方をするんだぞ?」
「それは仕方がないよ。実際シエルも悪いんだから」
「・・・分かってる」

己の主人が意味もなく男と身体を重ねるのはあまりいい気分ではないだろう。
だからセバスチャンがシエルを止めるのは当たり前なのだ。
セバスチャンじゃなくとも、屋敷にいる他の5人もやめるように言ってくるだろう。
田中は執事の鏡であるので、こちらに何かの被害が無い限り数回で言うのをやめるだろうけれど。

「やめとけばよかったな」
「・・・そうだね」
「本気で止めてないから、なんて。止めて欲しいって言ってるようなもんだろう」
「・・・そうだね」
「執事としてなのか、彼自身としてなのかなんて。もう答えは出ているのに」
「・・・うん」
「止めたいのに止められない?違う、アイツは、そこまで、想ってないんだ」
「・・・そっか」
「何よりも変わることを恐れて、僕があの頃のままでいることを望んでいる。だから、手を伸ばすこともできない」
「・・・それは、寂しいね」

此方の言葉に短い相槌を打つシュアーゼ。
寂しいね、という言葉に、シエルの瞳に涙が溢れた。
顔を上げれば、悲しげに微笑む彼。
黒い髪に、整った顔。
触れる手は手袋越しなんかじゃなくて。

「セバス、チャンッ」

全てが零れ出す。
強がりも捨てて、あの頃の仮面も外れて、
“か弱いシエル”が顔を出す。
あの悪魔が認めてくれない、望んでくれない己自身が顔を出す。

寂しい。
辛い。
苦しい。

だから彼に似た男と身体を重ねる。
そうしないとこの気持ちが溢れだしてしまうから。
止めるには、この術しかなかった。

この気持ちを伝えようとしたこともある。
けれどその前に彼は驚いたような顔をして言うのだ。

『どうされたんですか?』と。

好かれるように態度を改めようとしても、一体何があったという様子で。
しまいには大人になったんですねぇ、と此方にとっての厭味を言われる始末。
落ち着いた物腰?馬鹿を言うな、そういうことじゃない。

好きだから、
セバスチャンのことが、好きだから。

でも、伝わらない。
受け止めようと、してくれない。

手を伸ばしても。
その先には背中ばかりが広がって。

伝えたい想いも。
言いたい言葉も。

彼には
どうしても
届かない。

「シエルは本当に、不器用だね」

シュアーゼは頬を伝う涙を拭う。

「好きだ、っていう一言を言うだけで変わるかもしれないよ?」
「言ったら、アイツが、困るだろう」
「もしかしたらそこで執事の線引きをやっと越えられるかもしれない」
「でも、超えないかも、しれないだろう?」

無駄な期待はしない。
それでも傷つく心はなんと面倒なものか。
そんな面倒な心を、あの悪魔は抱きしめてくれるのだろうか。

「不器用と弱虫が混ざってるよ」
「このシエル・ファントムハイヴを腕に抱いて、よくそんな口が利けるな」
「本当はそう言って欲しいくせに」
「・・・・」
「だってそれがシエル・ファントムハイヴだろう?」

当たり前のように笑う彼に、唇を噛みしめて頷く。
またボロボロと涙を零してしまえば「あーあーもう」と言いながら、一所懸命それを拭ってくれる。

これが彼だったら良かったのに、なんて。
そんなこと思えない。願えない。そんな身を削るようなことは祈れない。

それでも。

(なぁ、セバスチャン)

シエルは涙を拭う手に己の手を重ねる。
それは今日叩かれた頬で。
赤みはもうどこにもない。

重ねた身体にだって、痕なんて一つも残っていない。
その意味を、考えたことがあるか?

「もっかい抱け」
「・・・・明日立てなくなるよ?」
「いいから、抱けッ」

(執事としてでも、悪魔としてでも、なんでもいいから)

「君自身の言葉で言って」

(僕自身を見て)

「・・・僕を、」

(それで、執事でも悪魔でもいいから、)

「うん」

(僕を、)





「助けて」






END



******
あとがき
ただただ不器用な二人。
止めて欲しいという願いと、止めたいという願いが交差してしまって、
すれ違いではなく、互いに通り過ぎてしまった・・・みたいな?(笑)



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