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【2025/05/10 19:00 】 |
空の向こうの青空
弐萬打御礼企画


世界を何度恨んだことだろう。
どうしてこんな瞳を持って生まれてしまったのかと。
どうして普通の人間として生まれてこなかったのだろうかと。

遠いものが私には全て近くに見えて、まるで手で取れそうな錯覚がする。
それなのに、を伸ばしても遠いものは遠いままで。
私の気持ちもそんな感じだった。

結局のところ。
世界よりも、ましてや神よりも。
私は、私自身が。

大嫌い。


の向こうの青空


この瞳は、人殺しの道具。
ずっとそうだった。
私を利用したがる者は大勢いて、そして邪魔になれば捨てる。
生まれてから道具として扱われていた私だった。
けれど。

「今日もお掃除をしてみるですだよ」

今は、ファントムハイヴ家の使用人…メイドとして働いている。
もちろんファントムハイヴ家も悪の貴族と言われ、人を殺すことは今もある。
まぁ、昔よりは減っただろうけれど。

「えっと…」

それでも、この屋敷に来てから生活がガラリと変わった。
ずっと憧れていた、人としての生活をしているのだ。
メイドとして、働いているのだ。

掃除や洗濯。
お皿運びに、床磨きまで。
全て初めてのことばかり。

いつも、執事であるセバスチャンさんに怒られてしまっている。
けれど、いつも根気強く仕事を教えてくれるのもセバスチャンさんだ。
怖い人だけれど、優しい人だということを知っている。

「ほ、箒はどこですだか…?」

でも私はまだ、何一つ上手くいったためしが無い。
憧れの生活をしているからといって、私のこの瞳が無くなるわけではないし、むしろ近いものを見ないといけない生活になったので、以前よりも失敗ばかりだ。

今だってほら、箒の1つだって見つからない。



「遠くから離れて見るしかないですだね…」

自分の使えなさにため息をつくと、後ろからメイリンと名前を呼ぶ声が聞こえた。
この声は…。
振り返れば、黒い服に身を包んだ男の姿。

「セバスチャンさん?」
「坊ちゃんがお呼びですよ」
「は、はいですだ」

メイリンは駆け足でセバスチャンの元へ行き、その背中へとついて行く。
離れたら迷子になるからではなく、主人を待たせてはいけないと学んだからだ。
主であるシエル・ファントムハイヴ…坊ちゃんの部屋の位置はきちんと把握している。
ここのメイドになる前に、きっちり憶えなければいけなかったので…。
まさか殺そうとした相手に雇われることになるとは思わなかったけれど、今は凄く感謝している。
けれど、一体何の呼び出しだろうか。
もしや想像以上に使えないから、また捨てられてしまうのだろうか
一週間でお皿を割った量もハンパないものだし…。

まぁ、仕方ないか。
使えない道具は捨てるのに限る。

内心、こっそりとため息をつけば。

「ご安心ください」

いつの間にか、ちらりと後ろを振り返っていたセバスチャンと目が合う。
そしてニッコリと微笑み、

「解雇とかではございませんので」

と、たった今心配していたことを口にした。
メイリンは驚き、一瞬足を止めてしまいそうになる。

「せ、セバスチャンさんは、エスパーですだか?!」
「いえ、あくまで執事です」
ほら、坊ちゃんをお待たせしてはいけませんよ。

どこか面白そうな顔をしながら、執務室へと進んでいくセバスチャン。
近頃の執事は、そうとうやり手なのだろうか。
いや、きっとセバスチャンがやり手なのだろう。
戦ったところで自分が敵う相手じゃなかったということを今更ながら実感する。

「坊ちゃん、メイリンを連れてきました」
「あぁ、入れ」

執務室の前についたセバスチャンはノックをし、主人に入室の許可を得る。
そして扉を開き、メイリンを先に入れるよう促し、メイリンは不安げな面持ちのまま部屋へと入っていく。
そこには椅子に座ったシエル・ファントムハイヴの姿。
どうやら仕事の途中らしく、机には書類が散らばっている。
そしてその中に1つ、細長い箱が。

「お前にコレをやる」
「…え?」

シエルはその細長い箱を取り、メイリンに投げ渡す。
いきなりだったので危うく落としそうになるが、どうにかキャッチすることが出来た。

「こ、これは?」
「開けてみろ」

シエルに言われるまま、恐る恐ると箱を開けてみれば、立派なケースが。
そしてそのケースも開けてみれば、メガネが入っていた。

「めが、ね?」
「近いものが見えにくいらしいな。それを掛けたら少しはマシになるだろう」
「わ、私が貰っても宜しいんですだか?」
「この屋敷でお前以外にメガネを掛ける適任者はいないと思うが?」
まぁ、代わりにメガネを掛けていたら遠いものが見えなくなるけどな。

シエルはそう言うが、メイリンは首をブンブンと横に振って別にいいという意志を伝える。
別に遠いものが見えなくなっても構わない。
メガネを掛けた時だけでも普通の人と同じようになりたい。
メイリンは初めての贈り物が…そしてシエルの気持ちが嬉しくて、瞳には涙がじわりと溢れてくる。

「ありがとうございますだ」
「これで少しずつお皿を割る量を減らしていけ」
「しょ、精進しますだ」
「初めはいつも見えていた遠いものが見えなくて不便かもしれないが、だんだん慣れていくだろう」
「…不便じゃないですだよ」
「ん?」

返した言葉にシエルは首を傾げる。
本来ならば主人に対して返す答えはイエスのみ。
自分はメイドなのだから尚更だ。
けれど、傷ついた心に染み込んできた水を押さえる術を自分は知らない。

「遠くのものが見えない方がいいですだ。それなら、私を利用する人も減るだよ」
「・・・」
「見えない方がいいんですだ。わ、私は…」

遠くが見えるからって道具になった。
遠くが見えるからって人を殺した。

遠くが見えるからって一体何を得た?
―――失ってばかりじゃないか。


「こんな瞳、嫌いですだよ…」

こんな自分自身が、一番嫌い。













「なぁ、メイリン」

シエルは静かに立ち上がり、窓を開ける。
そしていつものような無愛想な顔ではなく、何か楽しそうな笑みを浮かべながら外の方を指さした。

「鳥の鳴き声が聞こえるが、どこにいるかお前の目には映るか?」

メイリンは目を細めることもせず、シエルが指さす方を見つめる。
ずっとずっと遠い木のところに、仲良く二羽並んで鳴いている鳥の姿が自分の目に映った。

「…はいですだ。あの一本の木の上にいますだ」
「へぇ。色は何色だ?」
「少し赤みがかった色ですだ」
「その姿は綺麗か?」
「…綺麗だと、思いますだ」
「是非僕も見てみたいな」

僕が近づいたら、きっとその鳥は逃げるだろう。
シエルは苦笑しながらメイリンに言うが、メイリン自身はシエルが何を言いたいのかが分からず、眉間に皴を寄せる。

「僕じゃ、お前が見ている鳥を見ることが出来ない。いや、僕だけじゃないな。普通の人間ならば見ることが出来ないものをお前は見ることが出来るんだ」
「・・・ッ」
「もちろん汚いものも、な」
だがな、メイリン。

言いながらシエルは手招きをする。
メイリンはゆっくりと足を進め、シエルの元…窓のところへと行けば、再びシエルは指をさした。

「空は、お前の瞳にどう映る?」

真っ青な空に向かって。

「綺麗な、青…」
「他に何か見えるか?」
「なに、も…」

ただ目の前に青が広がっている。
どこまでも続きそうな、澄み切った青。

「あ、れ?」

メイリンの瞳からポロポロと涙が零れ落ちてくる。
ただ、空を見ただけなのに。
手の届かないものを見ただけなのに。
なぜだか涙が零れてきた。


そういえば。
空を見上げたのは、いつ以来だっただろうか。


「近いものばかり見るな」

空の青のように、済んだ声で言う。

「遠いものを見るからこそ、人は成長出来るんだ。他人がどう言おうが関係ない。お前にとって遠いものを見ろ」

シエルは頬を伝う涙をそっと拭う。
溜まった涙を拭うのではなく、あくまで流れた涙を。
それはなんだか今の自分を受け止めてくれているようで、余計に涙が溢れた。

「お前になら美しいものだって見ることが出来るだろう。その瞳は人を殺す道具ではないと僕は思うが?」
「ッ!!!」
「過去は過去だ。変えることは出来ない。ましてや生まれ変わることもな。だが今お前はファントムハイヴ家のメイドだ。それだけは忘れるな」
「は、いッ!」

メイリンは貰ったメガネを握り締めながら、何度も頷く。


遠いもの。
近いもの。
そんなことは関係ないのかもしれない。

自分の瞳に映るものが真実で、現実だ。
汚いものも。
美しいものも。

手を伸ばしたって届かなくていいじゃないか。
届かないから人は必死になる。
届かないから人は頑張れる。

きっとこの主人は、
『簡単に届いてしまったら、つまらないだろう?』
そう言うに違いない。あくまで笑いながら。

私も、いつかそんな強さを持てたらいい。
そして、いつかそんな風に強がる主人を支えてあげられたらいい。


「坊ちゃん…」
「どうした?」
「ありがとう、ございました…」

そう言えばシエルは、別に…と視線を逸らしてしまう。
そんな可愛い姿に、メイリンは声を上げて笑った。



****



「あれー?メイリンさん、どうしたんですか?メガネ外して」
珍しいですね!

洗濯物を干し終わり、一息ついているとフィニが声を掛けてきた。
その言葉にメイリンは空を見上げながら答える。

「たまにこうやってメガネを外して、空を見上げているだよ」
「ふぅん、そうなんだ!」


あの日…シエルにメガネを貰った日から、メイリンは空を見上げるようになった。
季節によって空の色が変わることを知ったのも、見上げるようになってからだ。
そして、この世界に美しいものがあるということも…。


「うん!やっぱりそう思う!」
「どうしただか?フィニ」
「メイリンさんの瞳って綺麗だよね!」

フィニは満面の笑みで、メイリンの瞳を見つめて言う。

「僕メイリンさんの瞳、好きだなぁ!」

その言葉に目を見開いて。

「……私も、嫌いではないだよ」


私自身のことも。


メイリンはそっと、微笑んだ。





END

 

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【2011/03/24 19:33 】 | Project | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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