長い。とても長い時間を、私は生きている。
否、『生きている』というよりも『存在している』の方が正しいのかもしれない。
まるで動かぬ空間に閉じ込められているかのように、私は存在している。
その長い時間の中で、私は一体何人の魂を食べてきたのでしょう。
今とは違い、特に色好みをせずに喰い散らかしていた時もあった。
それはただ空腹を満たす為だけでもあったが。
ただの暇つぶし、という理由の方が多かった気がする。
愚かな人間を見るのは、面白い。
しかし、その愚かな人間の中で足掻く人間は、もっと面白い。
どんなに屈強な人間であっても、私・・・悪魔に出会えばすぐに頭を垂れる。
今まで、どんなに美しく生きてきたとしても…だ。
そして、自らの欲望につぶされる。
己の過ちに気が付いたときには、もう遅いのだ。
悪魔から逃げられる人間など、どこにもいやしない。
それは、私が今ここに存在していることが証でしょう。
悪魔との契約は絶対。
一度契約すれば、破棄することは出来ない。
契約したところで、その人間の人生の先が見えたと同じこと。
しかし、それは契約をする時に承諾することだ。
なのに人間は、最期の瞬間に恐れを抱く。
契約が完了し、魂を引き取る瞬間に人間は悪魔から逃げようとする。
どんなに誠心誠意尽くしていたとしてもだ。
時には私を殺す者。
時には私に命乞いをする者。
時には私に愛を囁く者。
各々(おのおの)の方法で悪魔から逃げようとする。
それはメインディッシュの前の前菜というものだろうか。
愚かな姿を見るのは、毎度楽しかった。
そんな姿を嘲笑い、踏み潰す。
己の願い・・・欲望が叶った至福を一気に絶望へと引きずり落とす。
その瞬間がたまらない。
しかし、同時に訪れるもの。
それは小さな失望。
願いを叶えた代価として魂を差し出すのを拒むということ、すなわち契約違反。
それは、願いを叶えた私に対しての『裏切り』
魂を差し出すのを拒絶するのは、本能として当たり前。
『生きたい』という本能こそが人間の性でしょう。
けれど。
それに対して、どこか冷めた私がいるのも真実。
一体なんなのでしょうね。この矛盾は。
しかしそのような感情も考えも無意味なもの。
私は悪魔。
悪魔として在るのだから、悪魔として在るべきだ。
人間を惑わし、その魂を貪る。
この長い時間の中で課せられた運命。
永遠に繰り返される、孤独な狩り。
****
「そう思っていたのですよ、坊ちゃん」
セバスチャンは、硬く瞳を閉じているシエルの頬を優しく撫でる。
その頬は氷のように冷たく、まるで死んでいるかのよう。
いや、本当に死んでいるのだ。
シエルの中に魂は入っていないのだから。
「今から思えば、寂しかったのかもしれません」
どんなに契約を果たすために働いても、結局は拒絶される。
当たり前だと分かっていても、胸を締め付けられる真実。
魂を餌とする悪魔を、誰が受け止めてくれるだろうか。
・・・この人間以外に。
セバスチャンは、シエルの最期を思い出す。
この人間は、一度も私を拒絶しなかった。
むしろ『悪魔である私』を心から望んでいた。
契約を完了しても逃げることはなく、思い切り痛くしろ、とまで命令してきた。
「その瞬間、とても嬉しかったのだと言ったら貴方は笑うのでしょうね」
眠っているシエルをそっと抱き上げ、いつもの位置・・・シエルの机の椅子に座らせる。
今までシエルの残像しか残っていなかった椅子。
しかしこれは残像なんかではない。
セバスチャンはもう一度確かめるように、頬に触れる。
「貴方は、私を受け止めてくださった」
それが本当に、嬉しかったのですよ。
無意識に笑みがこぼれてしまう。
まさか、出会えるとは思いもしなかったのだ。
そんな人間がいるとも思わなかった。
長い時間、深い底に沈めて見てこなかった『孤独』を包み込んでくれる人間なんて。
「坊ちゃん」
ねぇ、坊ちゃん。
坊ちゃん。
坊ちゃん。
シエル。
「もう一度、契約しましょう」
セバスチャンはかつて契約印が刻まれていた方の瞳の上に手を乗せる。
払われた犠牲は二度と戻ってこない。
その代わりに私の全てを差し出しましょう。
再び、忠実な犬として。
そしてときに、悪戯な悪魔として。
貴方にお仕えしましょう。
しかし今度は。
「貴方をください。シエル」
愛しげに、シエルを見る。
今回の契約の主体は逆。
魂を差し出す代わりに、願いを叶えるのではなく。
私を差し出す代わりに、願いを叶えてください。
貴方と共に、いさせてください。
「愛しています、マイロード」
セバスチャンは優しく囁く。
しかし。
もしも、貴方の最大の願いが再び叶ってしまったら。
もしも、悪魔の契約者として最期を迎えることをお望みならば。
もしも、終止符を打つときが来てしまったのならば。
その時は。
「私も共に・・・」
黒い悪魔は、一粒の雫を頬に落としながら
そっとシエルに口付けた。
END
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あとがき
アニメⅡ期・OPを見て浮かび上がった想い。それをⅡ期スタートネタで書かせていただきました。
想像以上に切ないものとなってしまいましたが、少しでも心に響くといいなぁ、と思っています^^

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