あたまがいたい
いらいらする
むかむかする
ぜんぶぜんぶ こいつのせいだ
なにもかも こいつのせいだ
けれど
それをおもっているじぶんじしんにも
いらいらする
「どうされました、坊ちゃん」
「・・・」
ガタガタと揺れる個室でセバスチャンは斜め目の前に座るシエルに声を掛けるが、ピクリと反応するだけでこちらの言葉は無視の状態だ。
先ほどから自分を拒絶しているような雰囲気なのが勘違いではなかったと、内心ため息をついた。
現在、夜会からの帰り・・・馬車の中である。
もともと社交的ではないシエルが夜会に出席するのを嫌がっていたのは百も承知。機嫌が悪くても仕方が無いと思うが、それもすでに終わり、あとは屋敷に帰るのみ。
いつもならば身体の力を抜いてグッタリしているというのに、今日はどこか表情も固く、身体も強張らせたままだ。
どこか具合が悪いのだろうかと様子を窺うが、顔色が悪いわけでも、呼吸が乱れているわけでもない。
「私、何かしましたか?」
「・・・・・」
その問いかけにも答えてもらえない。
一体どうしたのでしょうか。
夜会のことなどを思い出しても、得に自分がヘマをしたとは考えられない。
他の人のことを考えても今日はそれほど陰口を言われたわけでもなければ、むしろやっかみはほとんどなかった。
ここまで思い当たらないとなると、あとはシエルの口から真実を聞き出す以外に、この不機嫌のわけを知ることは出来ないだろう。
しかしこうも無視されていては会話すら成り立たない。
それでもセバスチャンは負けじとシエルに言葉を投げかける。
「もう今日は屋敷に帰ったらすぐにバスルームへと向かいましょうね」
「・・・・」
「寝る前にはブランデー入りのホットミルクをお持ち致します」
「・・・・」
「・・・えっと、あの、寒くはないですか?」
だんだん一人で話すことに対して虚しく感じ、どこか細切れになってしまった。
あぁ・・・情けないですね。恋人の不機嫌の理由も分からないだなんて・・・。
内心無視をするシエルではなく、自分自身に自己嫌悪し始めたセバスチャンだったが。
「・・・・ッ、別に寒くない」
「!!」
寒くはないですか、との言葉に反応したシエル。
答える前に息を呑んだのは気のせいではない筈だ。
不機嫌なのはこの寒さに問題があるのだろうか。
しかし寒くても、もうこれ以上シエルに羽織らせてやれるものがない。
自分のコートはとっくにシエルに羽織らせているのだから。
「申し訳ございません。寒くてももう少々我慢していてください」
「別に寒くないと言っている」
「ですが、坊ちゃん」
「それにッ」
無視されなくなったと思いきや、今度は着せたコートを脱ごうとし始めるシエル。
その姿が妙に必死で、一体なにがあったのかとセバスチャンは驚き、馬車の中で腰を浮かせた。
「こんなコートも別にいらない」
「坊ちゃん?!」
「返す」
「駄目です、お身体がお冷えになりますので着ていてください」
「そんな心配は不要だ。むしろ暑いくらいだから安心しろ」
もともとボタンを外すなどの作業が苦手なシエルは、まるでボタンを引きちぎるかの勢いでコートを脱ぐことに躍起になる。
自分のコートのボタンが取れることは別にどうでもいいが、コートを脱いでしまったら本当に身体を冷やしてしまうだろう。
馬車の中とはいえ、夜の風は想像以上に冷たいものだ。
セバスチャンはボタンと戦うシエルの手を掴んで止めさせれば、ジトリと睨まれた。
「貴様、主人である僕の言葉が聞けないのか」
「その主人を思っての判断です。夜の風に晒されていてはすぐに冷えて風邪を召してしまいます」
「いいから脱がせろ」
「坊ちゃん・・・なぜそんなにもこのコートを脱ぎたがるのですか」
シエルがどうして不機嫌なのかがハッキリと分かった。
夜会があったからではなく、そして寒さに問題があるのではなく、セバスチャンのコートが問題なのだ。
そういえばよくよく考えると、夜会が終わり、このコートを着せた後からシエルの機嫌が悪くなった気がする。
しかも、じわじわと染みていくかのように、だんだんと。
コートを脱ぎたがる理由を問われたシエルは、ピクリと眉を寄せ動きを止めた。
セバスチャンは手を掴んだまま発せられる言葉を待つが、シエルは動きを止めたまま、何かを話そうとする様子はない。
「坊ちゃん」
先ほどよりも強めに名前を呼べば、諦めたようにため息をつき、セバスチャンに掴まれている手を強く振り払った。
そんな仕草で本当にこの恋人の機嫌が最高に悪いことが窺えて、内心涙目で苦笑するしかない。
「・・・このコートを脱ぐことは諦める。だが、屋敷に戻るまで貴様はもう一切喋るな」
そして僕から出来るだけ離れていろ。
そういい捨てると、セバスチャンのことを視界にもいれたくないのか、セバスチャンのいる方向とは逆の方に顔を向け、視線を外へと逃がした。
あまりの拒絶の言葉に、セバスチャンはショックを隠しきれず暫くそこで固まってしまう。
やっと出た声は、酷く弱々しいものだった。
「では、屋敷に着くまで黙る前に、1つお聞きしても?」
「・・・・」
「坊ちゃんは、私のことを・・・お嫌いですか?」
「・・・・」
「・・・すみません」
無言は肯定と取る。
そんな言葉が頭の中に響き渡った。
その言葉はこの世界の常識だっただろうか。いや、常識では無かった筈だ。
しかしどちらにしても。
心が痛かった。
もしかしたら夜会で気になる異性でも見つけたのかもしれない。
それとももっと前から悪魔に嫌気をさしていたのかもしれない。
シエルに溺れるあまり、お互いに愛し合っているのだと錯覚していたのかもしれない。
仕方が無い。愛する人の幸せが一番だ。もともと自分は悪魔なのだから、まず愛してもらえることすら有り得ないものだった筈だ。
けれど。
あきらめたくない。
「坊ちゃ」
「セバスチャンっ」
手を伸ばしてシエルを抱きしめようとすると、その前に名前を呼ばれて遮られる。
それはこの手を止めるものかと思ったのだが、どうやら違うようで、先ほどのボタンを外す時と同じぐらい必死な形相で頬を赤く染めて此方を睨みつけてきていた。
その顔は照れている時や恥ずかしがっている時に見せる顔だ。
セバスチャンは突き刺さった言葉と見せる表情のギャップに混乱し、何度もまばたきを繰り返す。
「貴様、ワザとだろう!どうせ僕の状況を見て笑っているんだな!?」
「え、あの、坊ちゃん?何の話ですか?」
「まだシラを切るのか?!もう貴様の望むようにことは運んだだろう?!もういい加減に・・・ッ!」
「すみません坊ちゃんッ!何のことですか?!」
「まさか本当に何も気付いていないのか?!~~~~ッ!!どうしてこうも貴様は都合が悪いんだ!貴様、その存在をかけて僕のことをおちょくっているだろう!」
「坊ちゃん、落ち着いてください!」
馬車の中で暴れ始めたシエルを慰めようとするが、噛み付かれそうないきおいで睨んでくるので触れることを躊躇えば、より此方を睨みつけてきた。
その様子にまた慌てれば、殴りかかるかのようにネクタイを引っ張られる。そしてそれに対しても慌てて・・・。
そんなやり取りをしていると、いつの間にか馬車はファントムハイヴ家へと到着し・・・。
屋敷に帰った直後シエルはコートを脱ぎ捨て、暖炉でそれを燃やしたのだった。
(こーと の かおり が ひどく あまく て)
あたまがいたい
(まるで こいつ に だきしめられて いるようで)
いらいらする
(それも けいさん なのか と)
むかむかする
(こんな ふう に かんがえて しまうの は)
ぜんぶぜんぶ こいつのせいだ
(こんな ぼく に なってしまって いるの は)
なにもかも こいつのせいだ
けれど
それをおもっているじぶんじしんにも
(ほんもの に だきしめられたい だなんて おもっている じぶんにも)
いらいらする
end

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