うちの執事は有能だ。
それは認めざるを得ない。
何をするにしても完璧だし、命令をすればどんな事でもやってみせる。
だが、そんな執事にシエルは悩みがあった。
というか身の危険さえ感じている。
セバスチャンはシエルに対して異常な程の変態なのだ。
「caught you」
「お早うございます、坊ちゃん」
温かい太陽の日差しが窓から入る気持ちの良い朝。
いつも通りにセバスチャンの声で目を覚ます。
「もう朝っぱらからなんなんですか…はぁ…」
「何が『はぁ…』だ!それはこっちの台詞だ!」
気持ちの良い朝を迎えるはずだった。
しかし今、目覚めたシエルの手には拳銃が握られており、執事の頭へと向けられている。
「目を開けた瞬間に興奮しきった変態執事の顔がドアップだったんだぞ!せっかくの気持ち良い日をお前の興奮顔からスタートしないといけなくなった僕の気にもなってみろ!」
最悪だっ、と言いながら拳銃をぐりぐりとセバスチャンの頭に押し付ける。
「あまりにも坊ちゃんの寝顔が可愛らしかったものですから…」
拳銃を押し付けられながらもニコニコと笑っているセバスチャン。
客観的に見たらとてもシュールな図だ。
「おい…その手に持っているものはなんだ」
シエルが指摘すると、まずいといった顔をして手にもっていたものを自分の後ろに隠す。
「な、なんでもないですよ!幻覚でも見たんじゃないですかっ」
「ほぅ…幻覚だと言うならその後ろに隠している手を前に出してみろ」
「い、嫌ですっ…!あっ…そんなところ触らないで下さいよっ…坊ちゃんの変態っ!エッチ!」
変な声を出すセバスチャンに鳥肌を立たせながらなんとかして隠してたものを出させる。
「…カメラ?」
データを見て更に鳥肌が立つ。
「なんだこれは…っ」
「私が苦労して撮った坊ちゃんの盗撮お宝写真です(ぼそ)」
「えーっと、削除ボタンは…」
「そっ…そんなっ!駄目です坊ちゃん!」
「なんでだ!」
「それを消してしまったら…私はっ…私の夜のおかずはどうなってしまうんですかぁ!」
「知るかっ!!」
鬼ー!悪魔ー!と叫んでるセバスチャンにカメラを投げつける。
素早くデータを確認したセバスチャンが青くなっていった。
「ほ、本当に消しちゃったんですかっ!?」
「当たり前だろ」
「…もう私怒りましたよ!夜のおかずを取り上げたんですから貴方がその分身体で払ってくれるんですよねっ!」
「はぁ!?」
先程まで寝ていたベッドに再び押し倒される。
セバスチャンはというと満足そうにシエルの身体を味わおうとしていた。
「さぁ坊ちゃん…抵抗は止めて下さい」
「や、嫌だっ…!止めろ!」
「嫌です」
「命令だ!」
「あー聞こえませんっ!」
耳を手で塞ぎ聞こえてないようにするセバスチャン。
ふざけるなっ!
もう付き合いきれん!
跨がっているセバスチャンの股間を思い切り蹴ってやる。
「ぎゃっ…いっ…痛い!痛いですよ坊ちゃんっ!!!」
股間を押さえて歎いている。
良い様だ。
もう少し自分の立場を考えろ。シエルは隙をついてセバスチャンの下から逃げる。
そのまま部屋から飛び出した。
「坊ちゃんっ…待ってくださいよ!」
「誰が待つか!あ…馬鹿っ!股間抑えながら追いかけてくるなっ気持ち悪い!」
「フフ…追いかけっこですね。」
誰が追いかけっこなんかするかと後ろを向いて叫ぶ。
しかし後ろにはいなくいつの間にか前にいるセバスチャンにぶつかった。
「では坊ちゃん、ゲームをしましょう?」
ゲームと聞き、暴れてたシエルがぴくりと反応する。
セバスチャンはクスリと笑って説明を始めた。
「ルールは簡単です。今日一日私と鬼ごっこをするだけです」
「は?」
「鬼ごっこのルールは分かるでしょう?この私から逃げれば良い。あ、安心してください。通常業務はしっかりしますので」
「ちょ…ちょっと待て!そんなの僕が圧倒的に不利じゃないか」
「おや?やらないのですか?それなら私の不戦勝ということで」
「やっ…やるけど」
不戦勝なんかシエルのプライドが許さない。
そう思ってセバスチャンも言ったのだが。
これでは完全にシエルが不利である。
なんせこのゲームの鬼が人間ではなく悪魔なのだから。
「大丈夫ですよ。貴方はどんな手を使っても良い。どんな手でもね」
「でもっ…」
「それに一つだけ…捕まりそうになった時、私から逃げる方法があります」
「?」
「それは…」
ニコニコしながらセバスチャンが説明する。
シエルは嫌そうな顔をしながらもそれを受け入れた。
ゲームスタート
セバスチャンがカウントし始める。
シエルはとりあえずセバスチャンの前から逃げた。
「バルド!フィニ!メイリン!」
問題しか起こさない使用人の名前を呼ぶ。
滅多に呼ばれるような事が無いので張り切って走りながらやって来る3人。
「どうしたんですかー?坊ちゃん」
「お前らに仕事がある」
「ほっ本当ですか!?」
目を輝かせる使用人達。
「フィニは庭に巨大ロボを作れ!今生えてる木も全部使って良い。バルドは厨房の食材を全部使ってお前なりの最高の料理を作ってみせろ!兵器も使う事を許す。メイリンは食器を全て違う棚に移せ。全部だぞ、全部。」
「「「イエスマイロード!!」」」
普段なら絶対にやらせない事を命令する。
これにはしっかり意味があった。
セバスチャンは通常業務はしっかりすると言った。
それなら他の使用人のミスを放っておける筈がない。
屋敷が壊れるだろうし…。
気合いを入れて命令を遂行しようとしてるアイツらがミスを犯さない筈がないのだ。
しばらく時間がたったら…ほら。
ガッシャーン
ドカン
様々な所から普通では有り得ないような音がする。
これでセバスチャンもしばらく来ないだろうとほっとしたのもつかの間、肩を何者かに掴まれた。
「タッチですよ坊ちゃん」
後ろを振り返ると綺麗な笑顔のセバスチャンが。
「き、貴様っ…使用人の後片付けをしなくて良いのか?」
「ですから後片付けの為、まず厨房に向かおうとしていたら坊ちゃんがたまたまいらしたので」
「絶対たまたまじゃないだろう!」
厨房に行くのにこの廊下を通るとかなりの遠回りである。
セバスチャンは狙ってこの道を通ったのだ。
「さぁ坊ちゃん、どうします?このままでは坊ちゃんの負けですよ」
お嫌なら…ね?あの方法を…
セバスチャンがニヤニヤしながらシエルへと顔を近づける。
負けるわけにはいかないシエルはその方法をとるしかない。
「ちっ…!この変態がっ…!」
近づいてくるセバスチャンに軽く口づける。
そうセバスチャンが提案した唯一逃げられる方法。それは・・・
“シエルからセバスチャンにキスをすること”
「坊ちゃんからキスを頂けるなんてっ…!私幸せですっ!」
「お前が出したルールだろう!仕方なくだ!息を荒くするな馬鹿!」
「嗚呼…お顔を赤くなさって…襲ってしまいたい」
「ふざけるなっ!早く後片付けしてこい!」
「御意!では坊ちゃんまた来ますね」
「来るなっ!」
ニコニコしながら厨房へ向かうセバスチャン。
これではセバスチャンが得をするだけだが、
今日一日セバスチャンから逃げてこのゲームに勝てば、しばらく変態行為を行わないと言ったので受け入れてしまったのだ。
今更後悔するシエル。
その後も何かと理由をつけて捕まえられる。
もう何度キスをしたことか。
その度に満足そうな顔をするセバスチャンに腹が立つ。
なんとかしてギャフンと言わせてやりたい。
その時、ふいに窓を見ると赤い影が通り過ぎた。
シエルは暫く考えてその赤い影を呼ぶ。
「グレル!」
「あら私に何か用?今セバスちゃんを探すのに精一杯なんだけど」
グレルがめんどくさそうに話す。
そんなグレルにシエルは一つ頼み事をした
「なぁ、僕を連れて今日一日逃げてくれないか?」
「はぁ?」
死神なら悪魔からも逃げられるだろう。
シエルはそう考えたのだ。
「嫌よ!なんで私がそんな事しなくちゃいけないの」
「僕といれば探さずとも自然とセバスチャンに会うことが出来るぞ」
「アンタがいたらセバスちゃんと二人きりの時間が過ごせないじゃない!」
グレルはどうしても乗り気じゃないらしい。
しかしこの程度で折れるシエルでもなかった。
「じゃぁ僕がキスしてやると言ったら?」
「アンタみたいなガキのキスなんて貰ったってしょうがないじゃない」
「僕は今日何度もセバスチャンとキスをした」
その言葉に今まで乗り気ではなかったグレルの表情が変わる。
「僕とのキス。イコールセバスチャンとのキスだ」
シエルがニヤリと笑う。
勿論この死神が話に乗らない訳がない。
「その話乗ったわ!!今日だけアンタをセバスちゃんから逃がしてあげる。ってなわけで…セバスちゃんのキスいただきDEATH!!」
そう言って勢いよく口づける。
普段なら絶対許さないシエルだったがこれはゲームだ。
ゲームに勝つためとなるとどんな手段でも使う。
「ほら、キスしてやったんだから逃げろ」
「分かったわよ…!」
十分に堪能したグレルが屋敷の外へとシエルを抱いて逃げる。
このまま僕の勝利でゲームは終了だ。
もっと楽しもうとしていたであろうセバスチャンを思い笑う。
「ここまで来たらいいんじゃない?ちょっと休ませて!」
「ああ」
全く…なんでこんなガキを抱っこしなくちゃいけないの!私がセバスチャンに抱かれたいわ!
ぐちぐち言っているグレル。
そんなグレルを放ってシエルは周りを見回す。
随分遠くまで来たようだ。
「ねぇもう一回キスさせて頂戴よ!もうエネルギー切れ」
「だらしない奴だな」
「煩いわねっ!私は乙女なの!」
セバスちゃんパワー充電!、と言いながら近づいて来るグレル。
シエルは諦めて目をつむった。
しかし、いくら経ってもキスされることはない。
かわりにグレルの悲鳴らしき声が聞こえた。
「…グレル?」
目を開くとグレルはいなくなっていた。
変わりに地面にグレルの血らしきものが落ちていたが。
何かあった事は確かだ。
「なんだ…?」
周りをキョロキョロ見回す。
すると後ろから突然抱き着かれた。
「つかまえた…」
耳元で低く囁かれる。
その声の主は紛れも無くセバスチャンで。
シエルは振り返ろうとしたが力強く抱きしめられているせいで身動きする事が出来ない。
「セッ…セバスチャン!離せ!」
「…」
また変態行為の始まりかと思ったが、セバスチャンの雰囲気が違う。
声も低くとても冷たい。
「セバス…チャン?」
身動きがとれないせいでセバスチャンの表情を確認することができない。
重く冷たい沈黙が続く。
「何をなさっていたのですか?」
その言葉が指しているのは明かにグレルとキスをしたことであらう。
分かっていてもセバスチャンの放つオーラに圧倒されて上手く話すことが出来ない。
「グレルさんにご自分からキスされてましたよね?」
「あ…あれはっ」
「私にはゲームでなければご自分からキスをなさることはないのに」
「ち、違う!グレルのも…その…ゲームで…!」
「そのようなルールを作った覚えはありませんが?」
抱きしめられる手に力が入る。
「い、痛いっ…!」
確かにルールは無い。
しかしお前が言ったじゃないか。
どんな手でも使って良い、と。
「お前から逃げるためにアイツを利用したんだ!その代償として僕はアイツとキスをした」
「貴方はそんな簡単に誰にでもキスをするんですか」
「違うっ!アイツを利用するにはそれしか無かったし…お前がどんな手でも使って良いと言ったから…!」
「っ…言いましたけど」
言いましたけどっ…
セバスチャンの声が掠れる。
先程までの勢いは消えて、切なそうに抱きしめる手に弱々しく力を込めた。
その手が微かに震えているのをシエルは感じた。
確かにどんな手でも使って良いと言った。
シエルが言っている事は正しい。
自分に怒ったりする権利はない。
しかし、それでも願ってしまう。
「坊ちゃんからキスされるのは私だけがいいです」
それは子供が駄々こねるような感じであった。
酷く悲しそうで。
シエルは自分のした事を後悔する。
「セバスチャン…離せ」
今度は手の力を抜きシエルを解放した。
シエルがセバスチャンの方へ向き直すと、そこには悲しそうで苦しみを堪えてるようなセバスチャンの歪んだ顔があった。
「…ごめん」
素直に謝って、セバスチャンの頭を抱きしめる。
これ以上セバスチャンのこんな顔を見ていられなかった。
「坊ちゃんの馬鹿…」
肩に顔を埋めるセバスチャンの頭を撫でてやる。
「好きでアイツにキスした訳じゃない…お前にキスするのは…その…恥ずかしいけど嫌じゃないし…」
「…坊ちゃん」
「お前だけだ。キスをして嬉しいとか…もっととか思うのは」
セバスチャンが顔を上げる。
そしてどちらからでもなくキスをした。
舌を入れようとするセバスチャンを受け入れる。
深く深く何度も角度を変えて口づける。
「んっ…はっ…」
「坊ちゃん…シエル…」
名前を呼ばれてぴくりと反応する。
「…他の方とはしないで下さいね?」
「あぁ、しない」
「ゲームでも…仕事でもですよ?」
「分かってる」
「大きくなってもですよ?」
「お前以外しない。…だからお前もするな」
「クス…御意、ご主人様」
セバスチャンがニコリと笑う。
どうやら先程のキスで機嫌が戻ったらしい。
シエルは安堵の息を漏らす。
「フフっ…坊ちゃんからたくさん愛を囁かれちゃいました」
「馬鹿…」
周りを見渡すと、空は薄暗く少し肌寒さすら感じた。
「ゲーム…中断になってしまいましたね」
「もういい…早く帰ってあったまりたい」
「坊ちゃんっ…!」
セバスチャンが目を輝かせている。
その理由が分からずシエルは首を傾げる。
何か変なこと言ったか…?
「あったまりたいって…つまりそういう事ですよね?」
「は?どういう事だ?」
「坊ちゃんから誘って頂けるなんてっ…感激です!大丈夫ですよ、私がしっかり温めて差し上げます」
忘れてたっ…!
コイツどうしようもないくらいの変態だった!
さっきまでのシリアスな展開のせいでうっかり…
セバスチャンは嬉しそうにシエルを抱き上げて屋敷に戻ろうとする。
このままでは己の身体が危険だ。
「セ、セバスチャン!ゲームの続きをしないか?」
「ゲーム?なんのことです?」
「き、貴様っ…!」
もう完全にこの後起きる事にしか頭がいってないセバスチャン。
嗚呼…このゲームはきっと僕の負けだろう。
明日からもいつもと何も変わらない生活が続く。
大変だろうな・・・
シエルは将来を考えて溜め息をつく。
それでも…
「さ、帰りましょう!」
コイツの嬉しそうな顔は嫌じゃない。
自然と頬が緩む。
そんな中も色々なところを撫で回されてる気がするが…
今日はそれでも良い気がする。
こんな事を許せてしまうのは先程の悲しそうなセバスチャンを見たせいか…それとも
「坊ちゃん、少々急ぎますのでしっかり私に掴まって下さい」
惚れた弱み…か
シエルはクスっと笑い、セバスチャンの首へと手を回した。
end
****
あとがき
『もふまふ。』のポッポ様から、相互御礼小説を頂きました!!!
『変態セバスから逃げるシエル。でも最後に捕まってしまう』という
リクエストをさせて頂いたのですが、やばいくらいに萌えましたww
簡単に捕まえてしまうセバスチャン、そしてそのセバスから逃げる為には
キスをするなんて・・・!!ぐはぁ~、月猫大好きな展開です!!
ポッポ様、素敵なお話を本当にありがとうございました!!!

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