時計の針が止まることはあっても、
時間の針が止まることは決してない。
― It’s unnecessary in the future ―
「坊ちゃん、そろそろお休みになられないと・・・」
セバスチャンはシエルの髪を撫でながら言う。
らしくなく汗を掻きながらその息は乱れていて、夜の戯れの激しさを現している。
しかしその表情は欲を開放した恍惚なものではなく、疲れ切った表情だ。
「そろそろ?どうせ今から眠ったって2、3時間程度だろう?なら眠らない方が楽だ」
セバスチャンをそんな状態にした張本人、シエルは嘲笑うかのように言うと、再びセバスチャンのソレに手を伸ばす。もう何度達したのか分からないくらいソレはベタベタになり、シーツも身体も汚していた。
それはシエルも同様だが、表情だけは怖いくらいに冷静そのものだ。
セバスチャンはため息をつきながらシエルの手首を握り、自分のモノを擦る手を止めさせる。
「もうお止めになってください」
「・・・」
「こんなことをしていても意味がないと分かっているでしょう」
「意味がない、か。お前の口からそんな言葉が出てくるとはな」
クスリと哂うシエル。
「いつもお前が僕の身体を求めているんだろう?」
「坊ちゃんが今求めている『求め』とは違います」
手首を掴んだままベッドの脇に手を伸ばし、随分前に脱がせたナイティを肩から被せる。
この夜の戯れに終止符を打つように。
シエルもそれが分かったのか、諦めたように掴まれていない方の手で額に伝う汗を拭う。
その仕草は酷く荒々しい。
「じゃぁその僕の『求め』に応じるのは執事の役目ではないのか?」
「それが為になるのならば応じますが、これはどう考えても貴方の為にはなりませんので」
「ふん。悪魔ならば悪魔らしくそのまま酔いを楽しめばいいものを・・・」
美学というものは面倒なものだな。
シエルは掴まれていた手を振り払い、肩に掛けられたナイティを直すように引っ張り上げる。
そしてふと窓を見ると、だんだん外が明るくなってきたのだろう、カーテンからかすかな光が入り込んでいた。
シエルは視線をそちらに向け、心底嫌そうに微笑む。
「どうやら日が昇ったらしいな」
「もう本当に眠る時間がございませんよ」
「それでいい」
「坊ちゃん・・・」
「新たな日なんて感じたくない・・・」
唇を噛み締め、泣きそうな表情になる。
セバスチャンはそんなシエルを抱きしめようと手をゆっくり伸ばすが、弱々しく首を振られ拒絶の意を示される。
「どうせ眠ったら、また朝が来た、また朝が来たと思うだけだ」
まだ続くんだと、現実を叩きつけられるだけ。
女王の番犬として働く日々。
ファントム社の社長として働く日々。
裏切り裏切られる日々。
そしてそれを排除する日々。
この世の穢れをその目に焼き付けながら生きる日々。
血にまみれた体で目を覚まし、血にまみれた体で眠りにつく。
それを毎日繰り返される。
時間の針が進むことが必然のように。
なぁセバスチャン。
「僕の復讐相手は一体いつになったら現れる?」
シエルは虚空を掴むように手を伸ばす。
それは見えない相手を捕まえるような仕草だが、どこか助けを求めるような仕草にも見える。
その瞳には一筋の光など宿されていない。
「奴らはいつになったら?」
いつになったら僕の前に姿を現す?
いつになったら僕は奴らを見つけられる?
一体いつになったら?
一体いつになったら?
一体いつになったら?
なぁ?
一体、いつまで?
シエルは口元を歪ませる。
「早く僕の前に現れろ・・・」
このファントムハイヴ家の椅子に座ってから、まだその姿をちらりとも見せたことがない。
あれからすでに三年も経つにも関わらず。
これからあと何年間、日々を過ごしながら僕はお前らを待たなければいけない?
早く来い。
早く。
早く、早くっ、早くっ!!!
「僕を殺しに来いっ!!!!」
そしたら僕がお前らを殺してやる!
もがき苦しむように、家畜にまで劣るように殺してやるっ!!
だから早く殺しに来い!
僕のことを殺しに来い!
「あははははっ!あーはははははは!!」
シエルは大声で叫び、声を上げて笑い出す。
高らかに、気高く、楽しそうに。
そして。
醜く、痛々しく、狂ったように。
「坊ちゃんっ」
セバスチャンは笑い続けるシエルを拒絶を示す暇を与えずに抱きしめる。
強く、強く、両手で抱きしめる。
何よりも愛する人を。
「坊ちゃん、今日の午前中の予定は全てキャンセルして、一旦眠りましょう」
子供をあやすような声音で囁く。
しかしシエルの耳には届かず、笑いながら殺せ、殺せと叫び続けている。
きっとセバスチャンに抱きしめられているということも理解していないだろう。
あぁ。
どうして。
セバスチャンの瞳から、一粒の雫が零れ落ちる。
「大丈夫ですよ、坊ちゃん。私がきちんと貴方を殺して差し上げます」
この世界から開放させて差し上げますから。
その囁き声に、ピタリと笑いが止まる。
「だから、大丈夫です」
「セバス、チャン?」
「はい。私はここにおります」
シエルから顔が見えるように少し抱く力を緩め、顔を合わせる。
けれど焦点の合っていないコントラストの瞳にセバスチャンを映すことはない。
それでもセバスチャンはシエルを真正面から見つめる。
「もうすぐで全て終わりますから」
「もう・・・すぐ?」
「ですから、今はお休みになってください」
シエルが眠りにつくように、そしてこのことを忘れるように少しの魔力を込めて唇に口付けを落とす。
きっとそのようなことをしなくても、目を覚ませば今のことは憶えていないだろうけれど。
セバスチャンからの口付けを受けたシエルは、効力が効いてきたのか瞼が少しずつ下りてくる。
「セバ・・・ス・・・」
「ん?」
優しく問い返すと、完全に閉じた瞳からようやく一粒の雫。
「僕・・・は、早く・・・終わり、たぃ・・・」
僕は早く終わりたい。
小さな少年の、心の底からの本音。
傷つき、疲れ果てた彼の本性。
「えぇ、分かっていますよ。シエル」
ちゃんと、分かっています。
辛い現実から、よくやく夢へと逃れたシエルをもう一度力いっぱい抱きしめる。
直に触れる肌はこんなにも温かいのに、貴方の心は既にボロボロで冷たくなってしまっているのですね。
そんな状態であるのに、貴方はまだ歩き続けなければならないのですか。
「あぁ、どうして」
再び涙が頬を伝う。
このまま今貴方を殺したら、貴方は幸せですか。
このまま今世界を壊したら、貴方は幸せですか。
「どうして愛する者の幸せを願うのに、こんなことしか出来ないのですか」
それは自分が悪魔だから?
いや違う。
それこそが、シエル自身の望みだから。
「未来なんて、来なければいいですね」
それはシエルの為に。
そして。
シエルと永遠に一緒にいたい、自分自身の為に。
END
******
あとがき
シエルの為にも、未来が来なければいい。
→早く復讐を果たして人生の終わりを望むシエル
セバスの為にも、未来が来なければいい。
→シエルが復讐を果たしたら一緒にいられなくなっちゃうのが嫌なセバス
そんな話しを書かせて頂きました。
二人の幸せを祈ります。。。

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