「決まったよ、レイチェル」
この子の名前はシエルだ!
愛妻と彼女の腕の中で眠る赤ん坊に向かって、ヴィンセントはにっこりと微笑んだ。
-抱えきれるだけの幸福を君に捧ぐ-
「貴方が名前を付けてあげて」
生まれたばかりの息子と初めて対面したヴィンセントにベッドに臥せっているレイチェルが言った。
正直、戸惑った。
名前を付けるなんて、今まで一度も(動物にさえ)したことがない。
困惑する彼に妻は笑った。
「難しく考えないで。この子に似合うと思う名前を付けてあげればいいわ」
それが難しいのだ、とは言えなかった。
レイチェルは母親として命を掛けた大役を果たしたのだ。
父親の自分がこの子にしてやれることなど、名前を付けてやることくらいだろう。
「分かったよ、レイチェル」
他でもない僕達の息子の為ならば。
それから数日、ヴィンセントは執務の傍ら赤ん坊の為にひたすら名前を考えている。
周囲の人間達には、さぞや滑稽に映っていることだろう。
出産祝いにやって来た妹からは鼻で笑われたくらいだ。
まったく、と苦々しく舌打ちをすると。
「一服如何ですかな?」
コトリと目の前に置かれたのは紅茶のカップ。
「……ダージリンか」
「はい、先日頂いたダルマイヤーを」
どうやら、この好好爺には全てお見通しらしい。
なあ、じいや。
あの子にはどんな名前が似合うだろう?
「そういえば、坊っちゃんは奥様と同じ瞳の色をされていますな」
そう、あの子の瞳は母親そっくりなのだ。
「まるで晴れ渡った空のような美しい瞳をお持ちでいらっしゃる」
ああ、晴れ渡った空のような――。
「空?」
ヴィンセントは突然立ち上がった。
「どうなさいました、旦那様?」
「レイチェルの所に行って来る」
赤ん坊の名前が決まったんだ。
いつもより乱暴に閉まったドア。
執務室に一人取り残されたタナカはひとしきり笑った後、窓辺に近づいた。
見上げた空は雪と曇天の多いこの季節には珍しい、ブルー・スカイ・ブルー。
主が愛する、瞳の色。
END
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あとがき
冬イベント企画『Happy Winter』に参加してくださったキッド様から
私の我侭で素敵なお話を頂いちゃいました…!(ひったくったも言う)
なんと!シエルの名前が決まったときのお話です!
読んでからシエルの瞳を思い出すと、なんだか切なくなりました(いい意味で)
なんていうか…後のことを知っているからこそ、この文章に淡い透明感を感じるというか…。
凄く胸にグッときます。本当に本当に…。素敵過ぎる!!
キッド様、素敵なお話を本当にありがとうございました!!!

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