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【2024/04/30 04:27 】 |
桜庭様より

桜庭様からの素敵な頂き物!




恋の為に全てを捨てたら、きっと何も残らない。



『カンタレラ』



嗚呼、馬鹿だなと思った。自分の中にある恋心を自覚した時に最初に抱いた感想がそれだ。
我ながら愚かなことだと思う。シエルは嘆息した。よりによって相手があいつだとは。
自分はつくづく呪われているのではないかと真剣に考えた。
セバスチャン。僕の執事。僕の悪魔。そして今では僕が恋焦がれている唯一の相手だ。
何時からだなんて僕には分からない。張り巡らされた罠のように身動きが取れなくなっていった。気付いた時には抜け出せない深みに嵌っていた。
僕は底なしの泥沼の中にいて抜け出そうと必死にもがけばもがくほど、泥はより一層身体に纏わりつき、ずぶずぶと沼の中に沈んでいく。
気付いた時にはもう何もかもが手遅れだった。もう、引き返せない場所まで来てしまった。
向こう岸にも行けず、また、戻ることもできずにただ静かに絶望の底へと沈んでいくだけだった。
気付かないでいたままでいたかった。ただの契約者と悪魔でいられたら。
悪魔に恋をした愚かな人間。それが今の僕だ。
前の自分が今の自分をみたらどうするだろう。嘲笑を浮かべるか唾棄するか。愚かなと見下げ果てるか。
嗚呼、本当に僕は愚かだ。セバスチャン。
人間を甘言で惑わし堕落させる悪魔。もしかしたらこれも相手の手の内かもしれない。あいつは全部知っていて、逃げ場を失いおろおろする僕を意中で冷笑している。そんな光景が浮かんだ。実際にありそうなことだ。少なくとも僕に愛を囁くセバスチャンよりは現実的だ。
どちらにせよ、叶う恋ではないのだ。何をしても実ることはない。決して。人間に恋をした人魚姫は恋の為に声を捨て、人間の足を手に入れた。生まれ育った故郷も愛すべき家族も捨てて、声を失い、それでも一途に人間の男を愛した。だが、その思いが実ることはなかった。あげく恋に殉じた為に身を滅ぼすことになったのだ。どこまでも純粋に王子を愛しながらも結局は報われることはなかった。悲劇の恋の物語。馬鹿馬鹿しい。喜劇の間違いだろうと僕は思う。身分不相応なものを望んだために破滅した。それだけだ。どこにでもあるようなありふれた物語。僕の恋もそのひとつ。だが、僕の恋は悲劇にも喜劇にもなれはしない。ただひとり舞台に立っているだけなのだから。観客もいない。相手すらいない。孤独の中、舞台の幕が下りていくのを見守るだけだ。



「こんな所にいましたか。坊ちゃん」
仕事の息抜きがしたいと執務室を出た。言い訳だ。それは建前の理由なのだから。本音は違う。
これ以上この男と二人きりになりたくなかった。そんな風に意識しているのは僕だけだ。…腹立たしいことに。
「もう十分サボ…いえ、休憩されたでしょう?お仕事はまだありますし、これ以上はお体を冷やします。屋敷にお戻りください」
多分、いや、間違いなく前者が本音だ。僕の身体が心配なのではなく、僕の仕事の進行度が心配なのだ。完璧な悪魔で執事のこの男は、自分が立てた予定に少しの遅れも許しくたくないのだ。僕の為ではなく美学の為に。そう考えると僕の身体を心配しているのも満更な嘘でもないかもしれない。万が一僕が風邪を引けば、予定が大幅に狂うのだから。
「分かった。お前は先に戻ってろ。もう少ししたら僕も行く」
後ろに控える執事に振り向くことなく返事をする。セバスチャンの顔を見たくなかった。
「だめです。そう言ってまだ休憩さえるおつもりなんでしょう?一緒に戻りますよ」
後ろの気配は微塵も立ち去る様子はない。僕がここを動くまでずっと傍にいるつもりだ。
「そんなことはしない。いいから先に行け。セバスチャン」
お前の傍にこれ以上いたくないんだ。ここからいなくなってくれ、セバスチャン。
心からそう思う。なのに坊ちゃんと一緒でなくては戻りませんと言うセバスチャンの台詞を喜ぶ心がある。矛盾している。何もかもが。傍にいてほしいと願う思いも、これ以上僕の傍にくるなという叫びと。一体どちらの感情が本物なのか。本能の願いと理性の悲鳴が不協和音を奏でる。壊れてしまいそうだ。
「もういい、分かった。行くぞ、セバスチャン」
踵を返し、屋敷へと戻る。やはり、セバスチャンの顔は見なかった。






これは夢だ。そう思った。何故なら本物のセバスチャンはこんな眼差しで僕を見ないからだ。
まるで愛おしい者でも見るような慈愛に満ちた優しい目。
相手の全てを求めるように恋焦がれた濡れた瞳。
分かっている。未来永劫セバスチャンが僕をこんな渇望するような目で見ることはない。
例え、僕の魂を渇望していたとしても僕の心まではいらないのだ。
あいつにとっては僕のこの想いはガラクタも同然。だが僕にとってはそんなガラクタでも捨てられずにいる。捨てたい。捨ててしまいたい。捨てられない。捨てたくは、なかった。
柄にもなく、泣いてしまおうか。泣いて涙と一緒にこの想いも露のごとく消えてしまえたら。
恋は花のようなものだと彼女は言った。咲かせてこそ意味があるのだと。
だが綺麗に咲かせられないのならいっそ折ってしまえばいいと僕は思った。
僕の花は咲くことなく朽ちていく。それでいい。それが僕にはお似合いだ。
ひっそりと誰にも知られず僕の心の中で。知っているのは僕だけでいい。
僕を呼ぶ声、僕を見る目、僕を守る手。それをどんな思いで僕が受け止めているかなんて僕さえ知っていればいい。あいつが知る必要はない。
「どうしました?坊ちゃん?」
夢の中のセバスチャンは優しかった。
そんな目で僕を見るな。張りぼての鎧が今にも砕けてしまいそうだから。
セバスチャンが僕の頬を優しく撫でる。僕はそっと目を閉じた。
「夢の中のお前は優しいな、セバスチャン」
「そうでしょうか?」
「夢は人の願望の表れだと言う。つまりこれが僕の望むセバスチャンってことか」
反吐が出る。自分の弱さを目の当たりにした気分だ。
こんなものただの慰めにもならない。早く覚めろ。覚めてしまえ。
これ以上自分の心に向き合いたくなかった。
「夢の中でくらい素直になればいかがですか?」
坊ちゃん。どうやら夢の中のセバスチャンは僕を現実に返したくないらしい。
どうせ夢なのだからと。ありのままを曝け出せばいいと。
そうだ、これは夢だ。現実ではない。だからこのセバスチャンだって偽物だ。
僕の愚かしい願望で作り出した僕の夢。
夢の中でまで虚勢を張らなくていいとセバスチャンは言う。
そうだ。これは夢なのだから、全部偽物で本物である必要がない。
このセバスチャンに僕の想いを伝えたとしても現実では何の意味もないことだ。
そう思うと不思議とシエルの心は軽くなった。
「そうだな、どうせ夢だ。そのうち覚める」
「ええ」
「ならお前の言うとおり少し楽しんでみるか」
そう言って自分からセバスチャンに抱き着いた。セバスチャンの胸元に顔を埋める。
何の匂いもしない。当たり前だ。夢なのだから。セバスチャンも僕を抱き返す。
「楽しいですか」
「そうだな。楽しいかもしれないな」
現実では到底出来ないことだ。セバスチャンの温まりに眩暈がする。セバスチャンの吐息を感じれば痺れてしまいそうな熱が体中を駆け巡る。僕を酔わせて狂わせる瞳に理性が屈する。
そんなことになれば、普段の自分を保てる自信がない。
迂闊なことは出来なかった。何かの拍子に自分のこの想いがばれたらどうなるか。
セバスチャンに軽蔑されたり侮蔑されるようなことはしたくなかった。
僕はセバスチャンの中では何時までも孤高で気高く誇り高いシエル・ファントムハイヴ伯爵でいたかった。それをあいつも望んでいた。
「こんなことここ(夢)でしかできないからな」
そう、ここにいるセバスチャンは偽物で、もしかしたらここにいる自分も本物ではないかもしれない。でも今抱いているセバスチャンへの思いだけは本物だった。
「そうでしょうか」
「嗚呼、きっとそうだ」
「現実の私も坊ちゃんが望めばそうなさると思いますが」
「嗚呼、そうだな」
おざなりの返事をする。僕は自分のやりたいことをしてるだけで、僕を拒絶さえしなければセバスチャンの反応はいらなかった。だが、セバスチャンはそれが気に入らなかったのか妙な顔をした。もっと突き詰めて言えば、僕はセバスチャンにこんな表情を望んでいなかった。何か違和感を感じた。
だが、この時の僕は些末なことだと捨て置いた。ここら辺りがセバスチャンから言わせれば坊ちゃんは爪が甘いですねという所以なのだろう。そう、警戒心の強い僕が夢の中だからと気を緩ませた。それが間違いだった。この時立ち止まっていれば、少なくとも沼の中に完全に身を沈めてしまうようなことにはならなかったのに。

「坊ちゃん、私のことどう思っています?」
「さあ、どう思っているかな?」
「夢の中でくらい素直になってくださいよ」
「知りたいか」
「ぜひ」
耳元に吐息を吹き込むように催促された。どこかで警鐘が鳴るような音がした。まずい。だめだ。先へ行くな。声にすればこんなことを言っているような気がする。
だが、それ一切を僕は無視した。僕の張り裂けそうな想いを吐露できる甘い誘惑に耐えられなかったのだ。







「僕だけを見ていろ。僕の声だけを聴いていろ。僕以外に触れるな。僕の傍にいろ」
この閉じた世界で、永遠に。今だけだ。今だけでいい。この見果てぬ夢から覚めれば全てが現実に戻るのだから。ただの悪魔と契約者に戻るから。―――戻って見せるから。
そっと目を瞑る。目頭に熱が込み上げてきたが涙は出てこなかった。悲しいのだろうか、空しいのだろうか。それとも嬉しいのか?自分でもよく分からない。いや、分からなくてもいい。曖昧なままでいい。どうせ夢の中なのだから。


「本当に素直じゃありませんね。…坊ちゃん」
こういう時は愛の告白のひとつでも欲しいものですね。
胸騒ぎがした。勢いよくセバスチャンの顔を見上げる。


――――悪魔が笑っていた。






――――ドン!その大きな衝撃音で目が覚めた。勢いよく寝台から起き上がり真っ暗な窓を見る。昼間の天気が嘘のように嵐に見舞われていた。ガタガタと激しく窓を打つ雨に遠くでは雷鳴がする。どうやらその音で自分は目が覚めたらしい。
ドクドクとまるで全力疾走した後のように心臓の鼓動が激しい。動悸が静まらない。
苦しくなった胸を服の上から鷲掴みする。はあはあと息切れが止まらない。
夢の中の出来事のはずなのにとても生々しく感じられた。まるで現実のことのように。そんなはずない。あれは僕の浅ましい願望が見せた幻。シエルは自分に言い聞かせた。
馬鹿馬鹿しい、あんなこと現実にあるはずがない。絶対にあるわけが―――。

「坊ちゃん」
思考が途切れた。今思えば頭が真っ白になるとはあの状態を言うんだなとつくづく実感した。時が止まったかのような錯覚さえ覚えた。自分を呼ぶ声に惰性的に顔を向けた。
セバスチャンが笑っていた。とても愉快で堪らないという表情で。
そうだ。狡猾に獲物を仕留める直前の捕食者の顔だ。
ぞっと悪寒がした。思わず両手で自分を抱きしめる。自分は取り返しのつかない何かをしてしまったと悟った。だけど何を?
「どうしてお前がここにいる」
「坊ちゃんのお召し替えを。大分汗をかかれたようなので」
セバスチャンの手には着替えがあった。汗?この時ようやくシエルは自分が冷や汗をかいていたことに気付いた。全身べっとりして気持ち悪い。その不快さに顔を歪めた。だが、それ以上に気になることがある。
「お前いつからここにいた」
僕が目を覚ましたのはほんの少し前だ。いくら優秀なこの執事でもまさか主人の予定外の起床まで分かるまい。それなのにこの男は呼ばれてすぐ来たかのようにここにいる。僕がどこにいても何をしていても一度名を呼べば一瞬で駆けつける。だが、可笑しなことに僕はこいつの名を呼んでない。
「最初からおりました」
「僕が目を覚ました時か」
「いえ、そのずっと前からです」
そのずっと前…そのずっと…前?
「お前…何を言って」
唇が震える。口が上手く回らない。不明瞭な恐怖が形を成し、明確に己を貫いた瞬間だった。


「本当に素直じゃありませんね。…坊ちゃん」

布団を跳ね除け寝台を勢いよく飛びだした。転がるように寝室から出て廊下を走る。ただ我武者羅に。とにかく遠くへ。あいつに見つからない場所へ。そんな場所あるはずないのに、とにかく僕はここから、いや、セバスチャンを振り切ることしか頭になかった。屋敷を飛び出す。
月の明かりさえない真の闇だ。暗闇の底を覗いたかのような夜。氷の刃のように冷たく研ぎ澄まされた雨が全身を突き刺した。構わなかった。今ならこの雨の槍に殺されたっていい。そこからはただ走るのに必死だったためどこをどう走ったか記憶にない。
ただ意識が戻った時にはファントムハイブ家から遠くない場所にある湖の畔にいた。だが、近くもない。それほど長い間走っていただろうか。一瞬でこの場所まで来たような錯覚さえ覚える。ズキズキと足が痛む。裸足でここまで走ってきたのだ。明確に意識が戻った今、痛覚も正常に戻ったらしく、今まで感じなかった痛みが感じられた。恐らく、いや、間違いなく足の裏は傷だらけだ。走っている最中は何も感じなかったが、立ち止まり、我に返ると、突き刺す雨の冷たさに身震いがした。劈くような雨音と雷鳴が鼓膜を打つ。五月蠅い。耳を塞ぎ、しゃがみ込む。目を閉じて視界を遮る。それで世界が閉じれるような気がしたのだ。耳を塞いでも聞こえる雨音。僕を呼ぶ声。五月蠅い。何も聞きたくない。五月蠅い。五月蠅い。五月蠅い。
目を開ける。この激しい雨のせいで湖の水面に映る景色は歪んでいるうえに、細やかな星の明かりさえないため墨を流したように真っ黒だ。昼間、景色のいい時に来れば、とても美しい風景を見ることができる。それはまるで栄えある名画のような情景だ。まだ僕があいつに恋をする少し前に、セバスチャンがここへボート遊びにと連れ出されたことがある。嫌がる僕を無理やり連れ出す時のセバスチャンの顔を思い出した。紅茶を引っかけたくなるような清々しい笑みだった。こんな天気のいい日に室内にいたら黴が生えますよ、坊ちゃん。僕はその台詞に生えるわけないだろと怒鳴った。セバスチャンはご立腹の僕を宥めすかして何だかんだ言いながら湖まで連れ出した。セバスチャンが漕ぐボートの上からこの湖を見た。心が洗い流せるような風景だった。外に出るのも悪くない。そう思った。何よりあの時のセバスチャンは柔らかい優しい笑みで僕を見ていた。それが一番嬉しかった。セバスチャンには告げなかったが。
まあ、もしかしたらあの時思ったこともセバスチャンには筒抜けだったかもしれないが。
だが、今はとても心を洗い流せるような風景ではない。むしろ心を澱ませるような景色だ。人の心に色があるとすれば、多分僕の心はきっとこんな色をしているのだと思う。
ここに立っていても、セバスチャンのことを思い出す自分に忌々しさを感じた。結局、僕に逃げ場所などない。どこにいてもあいつが僕の意識を独占し、かき乱すのだから。
湖での記憶はほんの少し前のはずなのに、遠い昔のことのようだ。過去の自分と現在の自分が違いすぎて。どこで道を間違えたのだろう。引き返せば戻れるのか。だが僕の道は歩いて進むたび歩いた道が消えていく。そう壊れかけの古びた階段を歩いているようなものだ。一歩、一歩進みたび、後ろの階段が崩れて落ちていく。上にいくしかない。先へ先へと。後戻りは許されない。ひたすら上に進むだけだ。そう、過去には戻れない。優しい両親がいた幸せだったあの頃にも、セバスチャンをただの駒としか見てなかったあの頃にも。


「こちらにいましたか、坊ちゃん」
まるで探しましたよと言わんばかりの態度だ。嘘つき。僕がどこにいたって手に取るように分かるくせして。人間みたいなことをするな。人間じゃないくせに。それらしくしていろと言った自分の命令を棚に上げてセバスチャンを扱き下ろす。セバスチャンが足を踏み出したのを見て勢いよく立ちあがった。
「く、来るな!」
狼狽して思わず声が裏返る。そんな僕を舌なめずりするように捕食者の顔をした悪魔が近寄ってくる。まずい、逃げなくては。逃げることなどできないと悟ったはずなのに性懲りもなくまた、逃げ出すことを考える。後ずさりして、すぐ 行き止まる。後ろは湖だ。もう逃げ場がない。ここから逃げ出すというのなら湖に飛び込むしかない。
「どうしてです?」
「理由が必要か?僕が来るなと言ったら来るな!」
「聞けません」
「主人である僕の命令が聞こえないのか!いいから来るな!」
「できません」
「何故!?」
もはや悲鳴だった。形振り構っている状態ではなかった。動顛していた僕はいつもの自分を保つことができなかった。もはや確信がある。秘密が決壊した。僕が死ぬまで隠し通さないければならない秘密が今、暴かれようとしている。だからこの時墓穴を掘るような台詞を口にしたことにすら気付かなかった。

「『僕だけを見ていろ。僕の声だけを聴いていろ。僕以外に触れるな。僕の傍にいろ』」
「そ、れは…」
「あの言葉が坊ちゃんの本心であったと愚考いたします。ですから来るなという命令は聞けません」
「……違う!そういう意味で言ったんじゃない!」
「おや、『そういう意味で』とはどういう意味なのですか?」
「あっ…そ、それは…」
頭が回らない。呂律も回らない。思考が定まらない。どうして、何で、どうして、お前が知っているそんな言葉が壊れたレコードのように頭でリフレインする。口からでるのは言葉にならない意味のない呻きだけが漏れる。


「坊ちゃん」
悪魔の審判が下される。
「私のことが好きでしょう」
疑問ではなく断定した物言い。確信した目だ。こいつは分かっていた。僕の思いも、何もかも。――――知っていたのだ。
「…っふ、はははは。あはははははは!」
言われてしまった。とうとう言われてしまったのだ。僕の浅ましい想いも願望も。全て知っていて知らないふりをしていたんだ。今まで、この悪魔は。その事実が僕を絶望の奈落の底へ突き落す。
「さぞ愉快だったろうな!僕がお前の一挙手一投足に右往左往して一喜一憂してるのは見ていて小気味よかっただろう!笑えただろうな!悪魔なんかに恋した愚かな人間を!お前への想いに苦しんでのたうち回っている様は大層無様で滑稽だったろうな!」
力の限り叫ぶ。最初から僕の守るものなどなかった。矜持も体裁も何もかも。僕の努力はすべて無駄だったと正面から言われてしまった。もう終わりだ。何もかも。もう僕は契約した頃のシエル・ファントムハイブではない。あいつはどうするのか。契約を破棄するか、それとも僕を殺すか。こいつの求めるシエル・ファントムハイブ伯爵は消えた。ここにいるのは悪魔に恋したただのシエルだ。ちっぽけで矮小な人間だ。それが僕だ。
「……もういい」
どこへでも行け。僕を殺したいなら殺せばいい。最初に契約破棄したのは僕も同然だ。セバスチャンはこんな僕を望んではいなかったのだから。
顔を伏せる。せめてこいつが僕の前から永遠に消える姿を見届けたくなかった。随分と臆病になったものだ。あまりの自身の弱さに自嘲する。嗚呼、それでもお前が好きだったよ。セバスチャン。夢の中でさえ言えなかった言葉。でも心の中で言うだけなら許される気がする。本当に、好きだったんだ、セバスチャン。
「勝手に結論を出さないでください」
いつの間にかセバスチャンは僕の目の前まで来ていた。先ほどまでは十歩くらい離れた場所にいたが、今は手を伸ばせば届く距離。
「…何を」
「私が貴方の元を去るとでも思っているのでしょう」
嗚呼、その通りだ。お前は僕のことなら何でも分かるんだな。
「離れませんよ、絶対に。何があっても」
「…何で」
もうどうでも良かった。投げやりに答える僕を見ているセバスチャンはどんな顔をしているのか分からない。
「貴方が言えないのなら、私が先に言いましょう」

降りしきる雨の中、二人きり。



「好きです」
世界が無音になった瞬間だった。
今、こいつは僕になんて言った?
「―――何を言っている?」
「おや、分かりませんか?それとも分かりたくない?もっと直截的に言いましょうか?」
聞きたくない!そう思った僕は咄嗟に両手で自分の耳を塞ぐ。いや、塞ごうとした。セバスチャンが僕が耳を塞ぐのよりも早く僕の両手を捉えてしまった。
「何度も貴方が逃げるのを許すほど私は優しくも甘くもないですよ」
「五月蠅い!黙れ!喋るな!」
「はっきりと申しあげましょう」
「やめろ!セバスチャン!!」
やめてくれ、心からの僕の咆哮は悪魔になんか届かなかった。無情にも告げられた。世界の終わる瞬間を。
「愛してますよ、坊ちゃん」
貴方だけを愛してます。吐息のように愛を囁かれた。
僕とセバスチャンは至近距離で見つめあう。セバスチャンの瞳には僕が映っている。同様にあいつの瞳には僕が映っている事だろう。唇が震える。過呼吸を起こしそうだ。
「そんなわけない」
「おや、何故ですか?」
「お前が僕を愛するわけがない!一体何が目的だ!」
「そうですね。強いて言えば貴方の心を手に入れるのが目的…でしょうか?」
「ふざけるな!!」
本当に茶番だ。これは一体何の演目だ。恋した悪魔に愛を告げられる。つまらない三流小説並みだ。この恋はひっそりと終わるはずだった。密やかに僕の死と共に埋葬されるはずだった。誰にも知られずに。僕の恋を見取るのは僕自身で、それがお似合いの僕の最期だった。なのにこいつは全てを台無しにした。怒りが込み上げる。
「お前が僕に恋するはずがない!」
「どうしてです?貴方は何が気に食わないのです?」
「何もかもがだ!」
僕に愛を告げるセバスチャン。セバスチャンに恋をする自分。その全てが腹立たしい。
こんな戯曲を演じる羽目になるなんて。
「好きですよ、坊ちゃん」
「やめろ!」
「愛しています」
「やめてくれ!」

もうこれ以上僕の心に入ってくるな!

「坊ちゃんが信じてくれるまで何度でも告げますよ」
「もういい!何も聞きたくない!!」
「逃げるなんて貴方らしくないですね」
「逃げてなんて…!」
「怖いのですか?」
私の想いを受け止めてしまうことが。
セバスチャンは正確に僕の考えを読んでいる。そうだ。一緒に始めてしまえばなかったことにはできない。最後までこの滑稽な戯曲を演じ続ける羽目になる。そんなこと…僕には耐えられない。悪魔に恋をした先には何が待っているのか。ただの終焉か破滅か。どちらにせよ幸せなフィナーレは望めまい。黒ミサの生贄にされ、憎しみの果てに悪魔を呼び出し魂を売り渡した僕に幸せなど、ない。だからここでセバスチャンに愛の告白をされても悍ましいだけだ。なんで恋したのがお前だったんだ。せめて同じ人間だったら。セバスチャンが人間だったら?そんなことただの夢物語だ。大体、セバスチャンが人間だったら僕は見向きもしなかったに違いない。人間というのは自分にはないものをもっている者に惹かれるらしい。人間の僕には持ちえないものを持っている悪魔。その理論が本当なら惹かれないはずがない。だが、恋したのが悪魔だったなんて人間の僕には分が悪い。悪すぎる。勝算の見込めないゲームだ。要はジ・エンドまたはチェックメイト。ここが果てだ。先などない。魂を売り渡し、悪魔に出逢ったのが僕の罪なら、その悪魔に報われない恋をしたのが僕の唯一の罰なのか。


セバスチャンが目元を撫でる。羽のように優しく、ふわりと。セバスチャンが笑った気がした。でも、よく分からない。セバスチャンの顔が歪んで見えたから。
「それにしてもここでは区別がつかないですね」
何を言っているのだろう?なんのことか分からずにただぼんやりとセバスチャンの顔を見つめる。
「貴方の涙が見れないのは残念ですね」
セバスチャンがそっと涙なのか雨粒なのかわからないものを拭った。どちらでもいい。自分が泣いていることを認められなかった。この恋は不吉だ。僕を破滅に誘う魔物だ。
セバスチャンの腕を振りほどく。衝動的に目の前の湖に飛び込んだ。嵐の夜の湖はまるで真冬の海のように冷たかった。氷水の中に飛び込んだようだ。ごぼっと息が大量に漏れる。吐き出した空気が水面へと上昇していくのを見た。冷たい。まるで凍ってしまったかのように身体が動かない。これで終わる。セバスチャンとのままごとも、恋のジレンマとも。シエルは笑った。
だが、現実は思うようにいかない。水底へと落ちていく僕を引き留めるように、連れ戻すように腕を掴まれた。僕の腕を掴む力は強くないが、弱くもない。この腕が誰のかなんて目を瞑っていても分かる。その事実に喜びを感じる時点で僕は相当にイカレてる。

「全く、そうやって私を試してるんですかね?」
ねえ、私の坊ちゃん。
水面へと引き上げられた。雨は止まない。セバスチャンの顔がゆっくりと近づいてくる。どちらからともなく瞳を閉じる。セバスチャンの唇が己のそれに重なる。セバスチャンの唇は異様なほどの熱さを感じた。それとも僕の唇が熱を点しているのか。どちらでもいい。この熱を共用して分け合って奪い合う事実に変わりはないのだから。僕がセバスチャンとのキスに気を取られているすきに、セバスチャンの腕が僕の身体に絡みつく。まるで鎖のように僕を捉える。そうだ。本当はこの鎖に繋がれていたかったのだ。永遠に。僕もセバスチャンを抱き返した。
背中に縋り付く。離したくない、離さないとばかりに。僕の想いが伝わったのかセバスチャンの抱く腕の強さが力を増した気がした。

冷たい湖の中でキスをした。


最初のキスは、行き止まりの恋の味がした。











目覚めた瞬間、嗚呼、終わった。視界に広がった光景にそんな実感が込み上げてきた。
朝日はまだ昇ってないらしく部屋全体が薄暗い。窓はカーテンで遮られているが昨日の嵐は止んだのだろう。不気味なほどの静寂だ。まるであの嵐が嘘のようだ。嵐は過ぎ去った。僕の心の嵐も。寝台から起き上がろうとしたが、思った以上にセバスチャンが強く僕を抱いていたので抜け出せなかった。せめて上着だけでも羽織りたかった。裸のままじゃ心許無い。セバスチャンは上半身裸だが、布団の下越しに絡めあう足には素肌の感触はない。自分だけちゃっかり下を穿いている。せめてこいつも裸だったら…いや、それはそれで問題がある色々と。自分の思考に赤面した。―――何を考えているんだ、僕は。シエルは嘆息した。そうだ。あの夜、僕はセバスチャンに心だけでなく身体まで許してしまったのだ。僕の身体の冷たさに眉を顰めたセバスチャンはいつものように僕を抱き上げ、屋敷に運んだ。てっきり風呂場まで連れていかれると思ったら、何故か寝室へと足を運ぶ。僕の身体をおざなりに拭いた後は寝台に寝かせる。濡れたままの夜着を替えないままで。そしてセバスチャンは僕の寝台に乗り上げてきた。そのことに驚愕する。今まで執事然としたセバスチャンがこんなことをしたことは一度もない。
何をしていると問うた僕に貴方の身体を温めるんですよとセバスチャンは答えた。このペテン師め。シエルは心中で罵倒した。何が温めるだ、このエセ紳士。乱暴にはされなかったが優しくもされなかった。繋いだ汗の香りにただ犯された。あれがやつのいう愛なのか。到底美しいものとは思えない。昨日は二人とも熱に浮かされたように我を忘れて、お互いの熱と香りに酔った。自分のあられもない醜態を思い出し頭を抱えたくなった。どうしてあんな事ができてしまったのだろう。今のシエルには分からない。超えてはいけない一線を共に超えてしまったのだ。もう僕の心を守る防波堤は決壊した。溢れかえる感情を抑えることは出来なくなってしまった。
恋しい、愛しい、僕だけを求めろ。僕がお前を求めるように。自分を抱きしめるセバスチャンの顔を見つめた。眠っているのか目を閉じてる。悪魔は睡眠を必要としないと言っていたが、昨日あれだけ体力を使えばいかな悪魔でも精魂尽きたのかもしれない。
セバスチャンの顔を見つめる。僕の悪魔。僕の愛しい唯一の。僕を破滅させる存在だ。
優しいだけの恋なんていらない。ただ僕がセバスチャンを求める激しさと同じくらい僕を渇望してほしかった。まさか叶うとは思わなかったが。
人間に恋した人魚姫は報われない恋の果てに、ただ泡になるのを待つ運命だった。だが、それを望まなかった彼女の姉妹が女の命ともいう髪を代償に人魚姫を救うことのできる短剣を差し出した。これで王子を刺せ。自分が助かる道は自分の愛する人間を殺すしか方法はない。殺せば自分だけは助かった。でもそれが出来なかった。愛ゆえに。愛する者に手をかけるくらいなら泡になって消えたほうがいい。そう思った彼女は大好きな海に抱かれて消えていった。もし、僕だったらどうしたか。例えば今、ここでセバスチャンを殺したら。そっとセバスチャンに気付かれないように枕元に常に隠してある拳銃をゆっくりと取り出した。銃口をセバスチャンの眉間に向ける。
ここでセバスチャンを撃ったら。ふっと自分自身に呆れた苦笑を浮かべる。できるはずはない。泡になって消えていった人魚姫の気持ちが今なら分かる。そんなことできるわけがない。

「撃たないのですか」
何の感情も見せない声で僕に問う。愚問だ。答えなんて最初からひとつしかない。
「ああ、どうせお前は死なないだろう」
「死にはしませんが。……ですが坊ちゃん?もし私を殺せる方法があったらどうしますか?」
「そんなものあるはずない」
「もしも、の話です」
「もしもも何もない。だが、もしも、そんな方法があったとしても僕はしない」
「何故?」
「もう、お前を殺せなくなったからだ」
そう。できない。切り捨てられない。例え泡となり消えることになったとしても。でも今なら消えてもいい。この幸せとも言い難い生温い熱に溶けてしまっても。僕の恋は生涯たったひとつ。これが最初の恋で最後の恋だ。もう他の者を愛することなどできない。
今の自分は幸せ、なんだろうか。分からない。それでも二人でともに深淵に堕ちていくならそれも悪くないのかもしれない。
「なあ、嘘でもいい。最後に一度だけ言ってくれ。僕のことを嫌いだと」
最後の悪あがきをしてみた。こいつとの恋はきっと僕の破滅を呼ぶ。劇薬の様なものだ。一瞬で僕を死にいたらしめる。それでも今なら飲み干せる気がした。ゆっくりと毒に浸かり、腐っていく。そうだ。毒のような恋だ。もう分かっていたくせに。それでも、まだその毒を飲み干すのはまだ躊躇いがある。飲まずにいられたらいいのに。言ってくれ。僕のことを嫌いだと。本当は愛しているわけではないと。そうしたら思いきれるかもしれない。一夜の淡い幻だったとして、昨日の夜を忘れて、見せ掛けだけの元の自分達に戻れる気がした。でも、それが不可能なのは百も承知だ。だってこいつは。


「言ったでしょう?私は嘘はつきません」
嗚呼、お前は絶対に僕に嘘はつかない。このことにこの上ない喜悦を感じた。
「それにそんな言葉で私への想いを断ち切れるんですか?」
出来ないだろうな。意中だけで即答した。声に出すことはない。出さなくたって分かるだろう?お前には。もう、こいつの想いを疑ったりしない。こいつは僕を愛している。そして僕も。もうこの恋に迷ったりなどしない。迷ったとしても、こいつがきっと僕を見つけ出す。最期までこの恋に殉じよう。例え、この身が滅びたとしても。よく知っている劇薬をともに飲み干して。セバスチャンの頬を撫でた。同時にセバスチャンも僕の頬を撫でた。そしてそのままキスをした。何度も繰り返した昨日のような欲望が滴るような荒々しいキスではなく、優しく、ただ純粋に相手を想ってのキスだった。神聖な誓いのキスのような。ただ、神に誓いは立てない。そんなもの僕には、いや、僕達には必要ないからだ。悪魔とこの果てのない永遠のロンドを踊る。そう、この身が朽ち果てたとしても。
「これで私は永遠に貴方のものです。そして貴方は未来永劫、私のものです」

もうこの鎖から逃れる当てはない。その鎖が錆びついたとしても。刻む秒針の音に抗うことなどできないのだから。



恋の為に自分の持てる全てを捨て、人間の足を得た人魚姫。
だったら僕はこの恋の為に、何を捨て、何を得たのだろうか。




死を覚悟して甘美な毒を飲み干す。劇薬の様な恋の味がした。









「やっと同じ場所まで堕ちてくれましたね。坊ちゃん」
自分との交わりに疲れ果て眠るシエルを間近で眺める。愚かで愛しい坊ちゃん。まんまと自分の策略に嵌ってくれた。悪魔を陥落させるなどさすがは私の坊ちゃん。その上、坊ちゃんを陥落させるのは中々時間がかかった。まあ、退屈はしませんでしたが。少しずつ、だが、確実に甘い毒を注ぎ込んだ。人間を惑わし、堕落させる悪魔が、逆にたかだか一人の少年に惑わされ、陥落させた。そのことに、悪魔の矜持が傷つけられなかったとは言えば嘘になる。自分がいなければ簡単に倒れてしまう、小さく無力で脆弱な少年。それでも自分にとっては命よりも大事で唯一無二の存在だった。彼を失えば自分は狂ってしまうだろう。そんな確信がセバスチャンにはあった。
「本当に大変だったんですよ、貴方を堕とすのは」
難攻不落どころか、永久不滅な城だった。この少年の心は。でもセバスチャンは諦めるという考えは思いつきもしなかった。悪魔は元来貪欲だ。欲しいと思ったものは必ず手に入れる。魂も身体も心も。シエルをシエルとして構成する全てがセバスチャンは欲しかった。ありきたりな人間のようには自分との恋に堕とす上手くいかなかったが、それでも最後にはこの手に堕ちた。「貴方が私への恋で苦しみ悩む姿は中々官能的でしたよ」
シエルが自身への恋心を自覚するよりも前にセバスチャンはシエルの想いに気付いた。そのときの喜びは筆舌に尽くしがたい。危うく、悪魔の本性を曝け出しながら舌なめずりしそうになった。シエルが自分への恋心を自覚したばかりの頃なんかは、あまりの滑稽さに高笑いしたくなるほどの勢いであった。自分の手駒である悪魔に恋をして坊ちゃんの矜持は大変傷つけらたことだろう。自分の悪魔としての矜持が傷ついたように。自分ばかりがこの恋に苦しむなんてフェアじゃない。だから同じく坊ちゃんにも苦しんでもらいましょう。焼け付くこの心を隠して近づき、微笑むのだ。それだけでいい。それでもさすがは坊ちゃんというべきか。表面上はいつも通り平静を装っていた。自分もシエルと同じ思いを抱いていなければ気付けなかっただろう。ありふれた恋心に罠を仕掛けて、僅かな隙間にも足跡を残さずに、じわじわと追いつめた。追いつめられていく坊ちゃん、とうとう逃げ場がなくなり捕まえるまで時間の問題と思われた。私への恋心に苦悩する坊ちゃん。貴方の小さな悲鳴をただ愛おしく思った。見え透いた言葉だと隙を見せ焦らしていく。貴方を狂わせるのは世界で私だけだ。軋む秒針に永遠を刻んで。なのに。
「自分だけ逃れようとするなんて許しませんよ」
今まで強い意志で求めるように、熱に狂うような瞳を向けていたのに、逃げようとした。自分への恋心から。シエルがセバスチャンを見ない。決して。その上息抜きがしたいと言って自分のいる空間から逃げ出した。セバスチャンは正確にこの時のシエルの心情を理解していた。シエルは息抜きがしたくて庭に出たのではない。自分と一緒にいたくなかっただけなのだ。自分はシエルから逃れることは出来ないのに、シエルは違う。簡単にセバスチャンから逃げ出せてしまう。そのことに焦りと怒りを感じた。このままでは逃げられてしまう、永遠に。セバスチャンを深淵に堕としておきながらシエルだけは抜け出そうとする。そんなの許せない。
だから逃げられる前に捕まえた。腕に閉じ込めて鍵を掛けて。
「それに本当は捉まえて欲しかったんでしょう?」
捉まえて。シエルの瞳はそう懇願していた。だから捉まえた。もう離さない。決して、何があっても。シエルはもう自分のものだ。他の誰にも渡さない。二人で神に背を向けて、今堕ちていこう。
同じ深淵の淵に堕ちるというのなら。同じ澱みの檻に囚われるというのなら。

これほど幸せなことはない。

「愛してますよ」
眠り姫となったシエルにセバスチャンはそっとキスした。助けに来る王子など来ない。来させない。絶対に。永遠の愛を誓った。孤高に輝く孤独な魂に。




深い狂気に身を染めさせて、出口のない闇の中、二人で抱きしめあう。
そこに、愛があるような気がした。



end


****
あとがき
参萬御礼企画でリクエストしてくださった桜庭様から、またまた素敵なリクエスト御礼小説を頂きました!
この作品はタイトル通り、ボーカロイド曲『カンタレラ』をイメージされているんですよッ!!
もう月猫の好みをドキュンと撃ち抜いております。はい、もう読んだ瞬間発狂しました。
セバスの坊ちゃん追いかけ具合がもう・・・最高です(-▼ー)b(鼻血)
純粋ピュアスチャンも好きですが、悪男の方も色々な意味でドキドキします(笑)

桜庭様、あんな稚拙文章の御礼にこんな素敵な小説を本当にありがとうございました!!!

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【2011/05/18 16:21 】 | Gift | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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