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【2024/04/30 07:07 】 |
たままはなま様より
『Chat Noir』のたままはなま様からの素敵な頂き物!




暗い部屋。
灯りを消したのは、僕の執事。
「お休みなさいませ。」
そう言って灯りを消し、僕の寝室のドアを閉めたのは、もう2時間は前の事。
僕は、寝付けなかった。
目を閉じられなかったのだから、眠れる訳がない。
なぜなら、目を閉じれば、瞼の裏に意図しない映像が映し出されるのだ。

映像は、僕を苦しめる。
過去の屈辱ではなく、ただ、いつもの光景なのだが、
やけに眩しく見える気がするその一挙手一投足に、
どうしてだか分からないが、苦しくなって、目を開けざるを得なくなる。
深い溜息が、枕を転げ落ちてゆく。
もう、体を横たえている事さえ苦痛になってきた。
僕は、どうかしてしまったのだ。
こんなに、ヤツの行動の一つ一つを鮮明に思い浮かべる事が出来るだなんて。
一体、どれだけ、ヤツに注意を注いでいたというのだろう。

僕を起こすと、アーリーモーニングティーを用意する。
流れるような動作で紅茶を淹れながら、
今日の予定を諳んじる声は、耳に心地よい低めの声。
俯く時に髪が顔に滑り落ちる様、口角がゆるく上がって決められた角度で止まるところ、
ソーサーを持って僕に手渡す指が、ほっそりと整った形である事、
このベッドの横に立つヤツの姿と声を、忠実に再現する僕の記憶に、
歯痒さを覚える。

ベッドから降りてみた。
使用人達も寝静まったこの時間、ヤツは、屋敷の見回りを済ませ、自室にいるだろう。
行って・・みようか、ヤツのいる所。
所在を確認するだけ。
他意は無いのだし、僕の執事の所在を確認しておくだけなのだから、
後ろめたい事など何もありはしない。
ドアの前まで歩いて、立ち止まった。
ヤツは、眠らないのだ。
気配を感じてドアを開けたら、どうしてここにいるのかと訊ねられたら、
僕は、どうしたらいいのだろうか。
そう思うと、足が竦んで動けなくなってしまった。

今夜、これで何度目の溜息だろうか。
ドアに額を付けて、立ち尽くす。
少しでも、ヤツの気配を辿ろうとするかのように、手のひらをドアに当てた。
フッと自嘲の笑いが零れる。
ドアの向こうで、ヤツが、同じようにドアに手を当てているように思うなんて。
手が、温かくなったように感じたのだ。
何と都合のいいように考えるものなのだろうか。
それは、ただの木材の温かみに過ぎないのに。
名前を付けてはならない感情に、揺れる自分が厭になる。
ベッドへ戻ろうとしたその時、僕の耳が、微かな音を拾った。
それは、ヤツの声。
「坊ちゃん。」
聞き間違い?
いや、ヤツの声を聞きたいと思う僕の願望か?
そんな事を考えるうちに、続いて、先ほどの声と同じくらい微かな音。
コン。
ドアに当てた手に伝わる振動から、それが勘違いでも何でもない事が確信される。
僕は、心を落ち着ける為に深呼吸を一つしてから、ドアを小さく叩いた。
コン。
一拍おいて、声が返って来る。
「坊ちゃん、起きていらっしゃるのですか?」
ああ、この声が聴きたかったのだった。
「寝てはいない。」
そう答えると、ドアが開いた。



静かにドアを開ければ、そこには、頼りなげな主の姿。
見上げてくるオッドアイ。
感情を読み取られまいとしているのが分かる。
ゆるく、笑みが浮かんでいく。
「どうなさいました?眠れませんか?」
部屋の中は、月明かりだけ。
私の表情も定かではないだろうに、主は、私の目を見返している。
白い手袋をした手で、主の、丸みを残す輪郭を片手に包む。
予想以上に冷えていた。
「こんなに冷えるまで、何をなさっていらしたのです?」
眉を顰めて、主に訊ねる。
「別に、なにも・・。立っていただけだ。」
立っていた、ただ、ここにこうして、体が冷えるまで。
「なぜ?」
理由を聞かれると思っていなかったらしい。
主は、目を見張って私を見ている。
しかし、すぐにその眼は、私を探るものへと変わっていった。
「お前は、どうしてここにいる?」
「いつもの、就寝前の見回りですよ。」
嘘ではない。
ただ、見回りを終えて自室に帰るつもりが、気が付いたら、ここに来ていたのだ。
「そうか?」
主は、私に嘘を禁じておきながら、私を信用しないのだ。
「質問がおありでしたら、お答え致しますが、先ずはベッドにお戻り下さい。
これ以上お体を冷やされては、お風邪を召してしまいます。」
冷えた体を抱き上げて、ベッドへ運ぶ。
この人は、どれだけの時間、立ち尽くしていたのだろう。
胸に抱き上げた華奢な体は、すっかり冷え切って、小刻みに震えているようだった。
早くベッドに入れて温まらせなければならない。

「お前、僕を呼んだろう。」
ベッドを前に、動きが止まってしまった。
あの、聞こえるかどうかと言う声を、この主は、ドア越しに聞いていたのだ。
ドアの、すぐ傍に立っていなければ聞こえる筈がなかった。
つまり、主は、ドアに密着するようにして立っていたということだ。
どうして、こんな時間に、そんな所に居たのだろうか。
主の思考や行動は、いつも私を驚かせる。
私の主は、何を思っているのか。
その顔は、私の胸に伏せられて窺えない。
呼び掛けただけ、感情が覗かれるような声音ではなかったと思うが、自信はない。
そもそも、感情と言っても、それがどんな感情なのかは、自分でもよく分かっていないが。
「さあ、そうでしたか?」
ここは、流してしまおう。
「なぜ、あんなに小さなノックをした?」
主は、私を解放してくれないらしかった。
私が知りたいくらいなのに、その質問は、答えに窮する。
たまには、正直に答えてみようか。
「なぜ、でしょうね。」
主をベッドにそっと下ろす。
やっと主の表情を見られると思ったのだが、ふいと向こうを向いてしまった。
「坊ちゃんこそ、なぜ、そんな事をお訊ねになるのですか?」
シーツを整えてやりながら、こちらから質問をしてみた。
「・・・なぜ、かな。」
声が、細く感じるのは気のせいなのか。
頸に浮く筋が、哀しく見える。
明日を待たずに会えた人が、こちらを向いてくれない。
「こちらを向いて下さい、坊ちゃん。」
哀願の滲む声になってしまったのは、自分の制御の外だった。
意外だったのは主も同じと見えて、慌てるようにこちらを振り返った。
見開かれた碧とアメジストのオッドアイ。
私の美しい宝石がそこにあって、頬がゆるんだ。
この人の顔を見られたら、次は、声を聞きたくなった。

くすっ。
私も大概に欲深いものだと、笑いが零れた。
「なんだ?」
眉を寄せて、主が不機嫌な声を出す。
確かに声は聞けた訳だが、出来れば、そんな不機嫌な声より、
聞きたい声が、ある。
「いえ、何でもありません。」
ニコリと笑顔を作った。
「何でもない訳あるか、ニヤついた顔をして。」
おや、ニコリと笑った筈だったのだが・・・。
「どうぞ、お気になさらないでください。」



気にするなと言われて、はい、そうですかと引き下がるには、
ヤツの顔は不穏な気配を持っていた。
「気にしないでいられるなら、理由を聞いたりしない。」
ヤツは、呆気にとられた顔をした。
「それもそうですね。」
ヤツの事は、どうも掴みにくい。
何を考えているのか、何を感じているのか、どうにも分からない。
悪魔と人間の違いだけでもないようなのだが。
僕の傍にいると退屈しないとヤツは言う。
けれど、ヤツを見ていると退屈しないと思うのは、僕の方もだ。
ある時は、僕に忠実な下僕、ある時は、僕の矢鱈に有能で教育熱心な執事、
またある時は、僕を陥れて楽しむ性悪な悪魔。
複雑にして怪奇、危険だが信用の出来る奴。
こんな面白いものを持っているのは、僕くらいのものだろうと思う。
この執事の所有者は、僕。
契約の完了までは、僕が、この悪魔を所有し続けるのだ。
「で?何が理由で笑っているんだ?セバスチャン。」



そう、その声が聞きたかったのだ。
主が、私の名を呼ぶ声を。
凛として、迷いの無い、真っ直ぐな声で呼ばれる仮初めの名。
今の私には唯一の名を呼ぶ主の声を、私は、とても気に入っている。
私の、どこか奥底へと、その声は浸みていくのだ。
「さあ、忘れてしまいました。」
一つづつ満たされていく私の願望。
顔を見て、名を呼ぶ声を聞いて、また、次の願望が沸き起こってしまう。
けれど、多分ここが引き際、これ以上は、求めてはならない。
何しろ、この身は悪魔だ、本気で望み始めれば、際限は無くて当たり前なのだった。
私の答えに不満げな表情を見せる主に挨拶をして、退出しようとした。
が、主の手が、ついと伸びて、私のタイを握って引き寄せた。
空いている方の手が、私の顔へと近づいて来る。
一瞬の事の筈なのに、それは、時間の流れを無視して、ゆっくりと感じた。
主の小さく細い指先が、私の頬に触れるか触れないかの距離で、肌を撫ぜる。
そのまま、指、手のひらと、順に頬に添わせられていく。
そんな風に、私の望みを叶えないで。
もっと先を望んでしまったら、どうすればいいのか。
「お前も、すっかり冷えている。」
私の内には、低温の火が広がろうとしていた。
頬に添えられた手を柔らかく取り、シーツの中へとしまう。
主の手を離す時、少しだけ、惜しいと思ってしまった。
もう、戻れないかもしれない。
私の大切な、主。



どうして、そんな事をしようと思ったのか分からない。
考えるより先に、体が動いてしまっていた。
その、白い頬に触れてみたいと思った時には、既に手を伸ばしていたのだ。
引き寄せられるように、と言った方がいいかもしれない。
タイを引っ張ってヤツを近寄せると、頬に手のひらを当てていた。
すっかり冷えているヤツの頬。
なぜか、その冷たさが、僕の手に移ると熱さに変換されていく。
「さあ、もうお休みになられないと明日が辛いですよ。」
そう言って、僕の手を取り、シーツの中に入れたヤツは、
ほんの短い間、僕の手を離すのに時間を掛けた。
その意味を、考えてもいいだろうか。
僕の悪魔で執事は、何を思ったのか。



契約という離れられない関係とは別に、離れる事を許せない関係が、
この時、始まろうとしていた。
変わるきっかけを、見つけた瞬間だったのかもしれない。



End



****
あとがき
「Chat Noir」のたままはなま様からLittle Box*015の続きの小説を頂きました!
もうもう、トキメキが止まりません!www
あんな稚拙文章がこんな素敵なストーリーになるなんてッ!流石たままはなま様です!
サブタイトルまで入っていて、本当に感動しました!
たままはなま様は絵も書けて本当に凄いですよね!尊敬します><

たままはなま様、稚拙文章の続きにこんな素敵な小説を
本当にありがとうございました!!!

拍手

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