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【2024/04/30 03:20 】 |
最後はその腕で。
キッドへ



― 最後はその腕で。 ―



「貴様は馬鹿だな」
「なんですか、急に」

あの頃と同じように紅茶をカップに注ぎながら、セバスチャンはシエルの方に視線をやる。
けれど紅茶が注がれる心地よい音は一切せず、代わりに空しくカツンと食器のぶつかる音だけが響き渡った。
その音を聞きながらシエルは新たな屋敷の机には座らず窓に腰掛け、目線は外を向いているが何かを眺めているようには見えない。
けれど、その赤く染まった瞳が虚ろなわけではない。

「逃げたりしないのか」
「契約があると言ったのは貴方ですよ」
「契約があったって逃げることは出来るだろう」
「私は美学を大切にしていますので。あの蜘蛛執事のようにだらしないことは致しません」

笑いもせずにセバスチャンは淡々と答え、シエルに空の紅茶を手渡す。
そこでやっとシエルは振り返り、そのカップを手に取った。
その表情は酷くつまらなさそうだ。

「美学なんて捨ててしまえばいいものを」
「おや、私に逃げて欲しそうな様子ですね」
「ここまで静かな犬も問題かと思ってな」

カップに口をつけて、飲む振りをする。
その視線はまた窓の外に戻ってしまっていた。
セバスチャンはその主人の様子にため息をつきながら苦笑する。

「牙を向く犬の方がお好みでしたか」
「ま、限度というものがあるがな」
「今の私じゃ満足ではないと」
「貴様に満足など一回もしたことがない」

うぬぼれるな、とキツイ一言。
しかしその言葉がゾクリと歓喜で背筋を震え上がらせる。
本当にこの魂が喰らえないことは残念だ。
だが。

「では、どうしたらご満足いただけますか?」

喰らえないからこそ、出来ることがある。
セバスチャンはシエルの肩に手を置いて問いかければ、シエルはその手を嫌そうに振り払った。

「貴様に満足するときなど来るか」
「こんなにも誠心誠意お仕えしているというのに、貪欲な方ですね」
「悪魔が貪欲で何が悪い」
「いえ、悪いとは言っておりません。むしろ貴方らしい」

今度は後ろから顎に触れ、無理やりこちらを向かせれば、逃げるように胸板に手をついて睨みつけてくる。
もしカップに本当に紅茶が入っていたのならセバスチャンに掛かっていたことだろう。
まぁ、掛かったところで気にはしないのだが…。

「離せ」
「構って欲しかったんじゃないですか?」
「逃げろという単語から、どうして構って欲しいという単語が生まれてくるんだ。普通逆だろう」
「貴方の場合は、その普通が通用しませんからね。全て貴方の中にある定規に合わせなくては」
「僕の定規を分かっているような口だな」
「えぇ。一体何年間執事をやっていると思っているのですか」
「上辺だけだろう」
「上辺だけでも、です」

睨みつけるシエルとは逆に、セバスチャンはニッコリと微笑む。
シエルは舌打ちをしながらセバスチャンの首に自ら巻き付き、不機嫌な声音のままで囁いた。

「上辺だけで、よく僕の心を知ったような口を利けるな」
「上辺だけなのは執事だけですから」

本当は恋人、でしょう?

甘くまろやかにそう返し、その身体を抱きしめようとすれば、脇の下からスルリと逃げられてしまう。
どうやらこちらを油断させる為に巻き付いてきたらしい。
なんとも憎たらしい子悪魔だ。
甘い囁きなどもろともせず、シエルはスタスタと扉の方へと歩いて行ってしまう。

「どこに行く気ですか」
「貴様がいないところだ」
「随分と冷たくなりましたね」
「それは貴様だろう」
「恋人だと囁いたのに?」

ピタリとシエルの歩みが止まる。

「…何が恋人だ」
「違うのですか?」
「恋人だったのは、昔の話しだろう」

先ほどと変わらない口調。
けれどそこに痛みが含まれているのを、セバスチャンは見逃さなかった。

「なぜ過去形なんです。今もでしょう」

扉付近まで歩いたシエルを追いかけ手を伸ばすが、シエルはどこか逃げるように一歩前に進み、その手は空を切る。
拒絶ではない。拒絶ならば無理やり捕まえるが、今のは逃げだ。
シエルはセバスチャンから逃げた。それを無理に追うことはしない。
今は、まだ。

「いつの間に私たちは別れたのですか」
「人間であったシエル・ファントムハイヴが死んだときだ」
「…本気で言っているのですか」
「あぁ」

自分たちが恋人同士だったのは、人間だったシエル・ファントムハイヴだという。
悪魔になったシエル・ファントムハイヴではないのだと。
まさかそんな答えを出されるとは思っていなかったセバスチャンは、一瞬だけフリーズする。
その隙にシエルは再び歩き出し、扉に手を掛けるが。




バンッ!

大きな音を立ててその扉は閉じられる。
シエルの顔のすぐ横から腕が伸び、扉を押し閉めていた。
振り返らずとも自分の周りが急に暗くなったことによって、後ろから囲うように覆い被さられているのだということが分かる。
自分も悪魔となり、人間の頃よりは力がついたと思うが、この悪魔に敵うわけがない。
シエルは諦めるように息を吐いた。

「…なんだ」
「では、もう一度告白しようと思いまして」
「は?」
「貴方の仰るように、もし本当に私の恋人だったのが人間であったシエル・ファントムハイヴならば、悪魔になったシエル・ファントムハイヴに告白し直さなければならないでしょう」

至極当たり前だとでも言うような声音。
それにシエルは鼻で哂った。

「貴様が告白する意味などどこにある。告白とは想いを寄せている相手にするものだ」
「…貴方に想いを寄せているのですが」
「この悪魔になった僕に?笑わせるな」

綺麗に微笑みながらシエルは振り返る。
大丈夫、涙は溢れていない。
予想通り自分に覆い被さっている悪魔の頬に指を伸ばし、優しく撫でる。
人間の頃は少し冷たく感じられたセバスチャンの身体も、今となっては同じ体温まで自分の身体が下がったようで、ほんの少し温かく感じるようになった。
頬を撫でられたセバスチャンは、特にそれに表情を変えることもせず、真剣な赤い瞳でシエルを見つめている。

「お前が想いを寄せていたのは人間だった僕だろう?いや、喰えることの出来た魂だ。今の僕の魂は喰えることが出来ないからな」
「じゃぁあの頃に愛を囁いていた相手は坊ちゃん自身ではなく、魂だったと?」
「そうだろう、悪魔」

サラリと黒い髪を耳に掛け、悪戯に頬に口付けを落とす。
まるで別れの挨拶をしているような感覚に苦笑せざるおえない。
そのまま扉を壊してでも部屋を出て行こうと思ったのだが。

「貴方の方が随分と笑わせてくれますね」
「なッ?!」

無理やり腕を引かれ床に叩きつけられる。
床に倒れた状態になったシエルはすぐに立ち上がろうとするが、それをセバスチャンが再び覆い被さり、それを制止する。
その瞳は怒りで赤く燃えていた。

「人間の頃も、そう思ってらしたのですか」
「・・・」
「ハッ、そうですか。そうだったのですか。私の愛を本心から信じていなかったと」
「…そういうわけじゃない」
「同じでしょう。貴方は自身ではなく、魂のみを愛していると考えていたのですから」
「そう考えても仕方がないだろう。相手は悪魔なんだから」

シエルは視線を彷徨わせながら、いい訳染みたことを言えば。
ダンッ!と扉を閉めた時のように、シエルの顔の横にセバスチャンの腕が。
握りこぶしが叩きつけられた。

驚いたシエルは目を細めセバスチャンの方に視線を向けると。

「セバス、チャン」
「では、どうしたら信じていただけるのでしょうかね」

どこか狂気染みた顔で、しかし苦しげに瞳を細めながら微笑むセバスチャンの姿があった。
シエルは無意識に息を呑む。

「貴方の首に鎖でもつけて私の傍から離れないようにしながら、永遠に愛を囁き続けますか?それとも私たち以外の物を全て壊してしまうというのもテですね。この世界で二人きり。なんとも素晴らしい」
「セバスチャン」
「逆に私が鎖に繋がれて、どこも行けないようにしたら安心ですか?貴方が以外何も見えないように瞳を潰しても構いませんよ?」

どこまでも本気の声にシエルは首を横に振れば、心底不思議そうな顔を向けてくる。

「なぜですか。その方が坊ちゃんも安心でしょう?自分しか見ていないのだと…。私は安心しますよ?たとえ悪魔になったとしても、私の傍にいてくれるのだと、ね」

永遠に。
耳元でまるで呪いの言葉でも吐くかのように言う。
そこには執事の片鱗も見当たらない。
まさに悪魔の姿。彼自身の姿だ。
その姿は、あの魂を求めていた蜘蛛の姿に酷く似ている気がして。
妙に安心した。

「悪魔の、僕でもいいのか」

シエルは自分に覆い被さる執事の襟首を掴み、自分の方に引き寄せる。
口付けが出来そうな距離で睨みつければ、相手はニヤリと口元に弧を描いた。

「魂なんて関係ありませんよ」

魂を喰らう筈の悪魔は言う。

「貴方はそれ以上の存在。私は魂だけじゃ物足りない。貴方自身が欲しい。勿論悪魔として魂を喰らいたかった気持ちも無きにしも非ずでしたが、私は魂を喰らうことよりも、貴方が傍にいてくれることを望みます」
「・・・随分と綺麗な言葉だ」
「私たちには似合わない言葉でしたか」
「だが、それが本心なんだろ?」
「残念ながら。本心です」

チュッと音を立てて、一瞬だけ唇を重ね合わせる。
合わさった瞬間シエルは反射的に瞳を閉じてしまうと、クスリとセバスチャンに笑われてしまう。
それがなんだか悔しくて、瞳を開けたまま今度はシエルから唇を重ね合わせた。

「・・・これでもまだ恋人じゃないと貴方は仰るのですか」
「・・・・・・悪かった」

小さく謝れば、セバスチャンは力を抜くように大きくため息をつき、そのままのしかかるようにシエルを抱きしめた。抱きしめられたシエルも、重たいなどと文句を言わずに抱きしめ返す。
自分を押し倒した時の表情に、少し悲しみが含まれていることに気が付いていたから。

「悪かった」

もう一度謝れば、セバスチャンはシエルの頭に頬擦りをする。

「正直、焦りました」
「不安だったんだ」
「不安?」
「嫌われたんじゃないかって」
「悪魔になったから、ですか?」
「・・・」

シエルは無言で肯定を返せば、セバスチャンは顔を上げ、片方の手でシエルの頬を思いきり引っ張った。

「い?!な、なにをするんだッ!」
「坊ちゃん、そんなことで嫌われるんでしたら、とっくのとうに貴方は嫌われていますよ」
その生意気な口先だけでね。

自分がどれほどの嫌味な台詞をセバスチャンに吐いているのかは一応自覚しているので、言い返せずに言葉を詰まらせるシエル。
けれど内心で、お前の方が口が悪いだろう、と反抗しておけば、それに気が付いたのか頬を引っ張る手が少し強くなり、シエルは慌てて制止の声を掛けた。

「まったく。馬鹿なのはどちらですか」

会話が始まった合図の台詞を今度はセバスチャンがシエルに向かって言う。

「悪魔になったからって、私が貴方を手放すとでも?貴方は誰よりも近くで私を見てきた筈です。私が誰を想い、誰を愛しているのか・・・。それは貴方が一番ご存知だと思いますよ」
「・・・・・・」
「先ほど言ったことも本気です。これ以上私の気持ちを疑うのでしたら、本当に貴方の首に鎖をつけますよ」
「分かった、分かったからッ」

自分の首に口付けてくるセバスチャンにシエルは焦りながら背中を叩く。
セバスチャンと永遠を生きるのは構わないが、首に鎖をつけられるのはごめんだ。
けれど。

「安心した」
「・・・変態ですか?」
「うるさい」
「こんな執着心で安心を得るとは、本当に捻くれていますね。坊ちゃん」
「悪魔のお前には丁度いい相手だろう?」
「えぇ。最高の相手ですよ」

先ほどまで引っ張っていた頬を、今度は優しく撫でてくる。
その表情はとても優しく、しかしどこか獣のよう。
そんな様子にクスリと笑い、シエルもセバスチャンの頬をそっと撫でる。

「本当に悪魔の僕でもいいんだな?」
「しつこいですねぇ。そんなに魂を喰らって欲しいのでしたら、本当に喰らいますよ」
「・・・悪魔の魂も喰らえるのか?」
「さぁ?」
「・・・ったく」

からかうような言葉にシエルは苦笑し、息を吐く。
そして自分から今度こそ本当に首に抱きつき、そっと一言。
本当に小さな声で、お礼を告げる。
するとセバスチャンも腕を回して小さな声で困った恋人ですね、と囁き返した。

「これからもずっと一緒にいましょう。嫌味の言い合いをして、喧嘩して。たまにこうして素直に愛を囁き合いましょう。坊ちゃんが不安になってしまわないように」
「・・・一言多い」
「おや、失礼致しました」

二人でクスクスと笑い合い、そしてまた口付ける。



いつも言葉を交わせば嫌味ばかりで。
手加減なしの喧嘩ばかり。
相手が自分のことをどう想っているのかなんて、分かっている筈なのに。
どうしても不安になってしまうから。
なのに素直に不安だとも言えないから。
まるで、出会った頃のように駆け引きみたいなことをしてしまうけれど。

最後はその腕で。


「シエル・・・」
「ん・・・」



強く
強く

抱きしめて。




END


******

キッド様に捧げますッ!!
素敵な文章を頂いたお礼に…と書かせて頂きました^^
が、こんな文書になってしまって申し訳ないですorz
ビターテイストがお好みかと思い、そんな感じにしてみたのですがいかがでしょう?^^;
後半は甘めに想像以上に甘めになってしまいましたが(笑)
少しでも喜んで頂けると幸いです。

キッド様、本当にありがとうございました!!
これからも宜しくお願い致します!!

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【2011/05/18 16:46 】 | Gift | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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