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翡翠さまへ
執事は朝から沢山の仕事がある。
その中には主人の身の回りの世話も含まれていて。 勿論、主人を朝起こしにいくことも己の仕事。 「おはようございます、坊ちゃん」 カーテンを思い切り引いて、外の明りを部屋へ入れる。 今日は晴天で窓の向こうには青空が広がり、人間にとってはとても心地のいい天気なのだろう。 この青空のように我が主人の目覚めも良かったらいいのだが。 「・・・・」 ベッドからは何の反応もなく、起きる気配もない。 どうやら毎日最初にカーテンを開けると知っている彼は顔までスッポリとシーツを被っているようだ。 セバスチャンは軽くため息をついて、ベッドへと近づく。しかし。 「…坊ちゃん?」 何か妙だ。いや、妙というより変だという方が正しいだろうか。 起きるのが嫌な主人は頭までシーツを被って、今もセバスチャンのことなど無視して寝続けている状態である。 であるにも関わらず、シーツの中から“耳”が顔を覗かせているのだ。 しかもその耳はどう考えても…。 「失礼します」 まさか、と心の中で笑いながらも、そう言った言葉はどこか焦りが滲み出ていて。 セバスチャンはシーツを掴み、カーテンを引いた時と同様に思い切り引っ張った。 するとそこには。 「・・・・」 悪魔である自分の思考が一瞬真っ白になった。 「坊ちゃん、起きてください。坊ちゃん」 「~~~~っ」 セバスチャンはトントンと肩を叩き、まだ眠り続けているシエルを起こそうとすれば、彼は顔を歪ませ、声にならない唸りを上げる。そしてまるでぐずるかのように手で瞳を擦り、セバスチャンによって起こされた彼の第一声は。 「にゃー」(眠い) 頭についた耳と同じ、猫のものだった。 「にゃ?」(あ?) その猫の声に驚いたのは自分だけではなく彼自身もらしく、己が発した声にシエルはまだ眠そうな瞳をしつつも首を傾げた。 「にゃー、にゃー、にゃー………にゃ?!」(あー、あー、あー……はぁ?!) 「…あの、坊ちゃん」 「にゃッ!?フゥーーーッ!!」(どうなってるッ!?どうしてこんなッ!!) 上半身を起こし、喉を押さえながら声を出していたシエルに声を掛けるがシエルはそれに反応することなく、瞳を見開いて何かを言っている。が、こちらとしては一体何を言っているのかが分からない。 しかし動揺していることは確かだろう。 「坊ちゃん、落ち着いてください」 「にゃーーッ!!にゃにゃにゃッ」(落ち着けるかッ!なんだこれはッ) 「何と仰っているのかは分かりませんが、とりあえず落ち着いてください」 とりあえずセバスチャンはシエルを宥めるように、両手を前に出し制止を掛ける。 正直、自分も彼と同じくらい動揺したいところだ。長い間生きてきたが、人間が猫化したところなど一度も見たことがないのだから。 しかしここで自分まで動揺してしまったら収拾がつかなくなる。 セバスチャンに落ち着けと言われたシエルは、まだ眉間にシワを寄せつつも自分を落ち着けさせるように大きく息を吐いた。 瞳を閉じて何度も深呼吸をする様は、いつも怒りを静めようと努力をしている時と同じ仕草なのに、見た目は猫という妙な絵だ。 しかし今それに何か嫌味を言う気にもなれず、セバスチャンはカップに紅茶を注ぎ、シエルへと手渡した。 「まずは坊ちゃん。身体が痛いとか、そういう調子が悪いことはございませんか」 「にゃー…」(ない…) カップを受け取りながらシエルは首を横に振る。 「夜に何かあったということは?」 「にゃー…」(ない…) 「では、今日猫になってしまったことについて、何か関連があった出来事は最近にありませんでしたか?」 「……にゃにゃにゃー…にゃ」(ないと思う…多分) 最後の質問に対しては先ほどよりも返事が長かったような気がするけれど、彼は首を横に振った。 それを見たセバスチャンは、そうですか、と頷き、顎に手を当てて大きくため息をつく。 昨日もロンドンへ出掛けたりしたが、自分と一緒に行動している時にも特に変わったことは無かったし、たとえ自分が一緒にいないときであっても、何か変なものを貰ってそれを口にした、ということはないだろう。 この主人のプライドや警戒心はとても強いのだから。 ならばなぜ猫になってしまったのか、謎は解決しないままである。 「まぁ原因は後に調べるとして…今日はこの部屋から出ない方が得策かと」 本日のレッスンなど…他の人と接触するものは全てキャンセルの連絡を入れますね。 本日のスケジュールが大幅に変更せざるを得ないのは多少苛立つことだが、今回は仕方が無い。 今日はこの部屋で書類関係の仕事をしてもらおう。執務室に移動する際に他の使用人たちに見つかるのも面倒だ。 「にゃ?にゃにゃにゃにゃー」(あ?部屋から出るのはいいだろう) しかし猫化している彼は紅茶を一口飲んでから小さなテーブルにそれを置き、不思議そうに首を傾げた。 「……なんですか坊ちゃん」 「にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃー」(だから、部屋から出るのはいいだろうって) 「………もう一度お願いします」 「にゃにゃ、フゥーーー」(もしかして、分からないのか) 「・・・・」 なんと言っているのだろうか。 困ったように睨み付けてくる彼からは、何を言っているのか分からないんだな?と言っているのは分かるけれど…。 裏社会での命令だったら目線だけで何を言っているのか分かるのに、どうしてこういう会話では何を言っているのか理解出来ないのだろう。 (まぁそれも仕方が無い、ですよね) 別に自分と彼が仲がいいわけではないのだ。恋人仲ならばもっと分かったのかもしれないが…。 それでも。 (気に食わないですね) ずっと契約の元とはいえ、彼に付き従ってきたのだ。 きっと誰よりも自分が彼のことを理解しているだろう。汚いところも、弱いところも。 だから、気に食わない。 「にゃにゃー、にゃにゃにゃー」(まぁ仕方ないか、今日は部屋から出ないでおく) 「坊ちゃん、もう1回仰ってください」 「にゃにゃ、にゃにゃにゃ…にゃッ!?」(いや、もういい…ひッ!?) 無意識に手を伸ばし耳に触れればビクリとシエルの身体が震え、セバスチャンの手を思い切り叩き落した。 「にゃ、にゃにゃにゃ!にゃにゃにゃにゃ…」(な、なんだ!もしかして…) そして不安げな表情を浮かべたまま自分の手を伸ばし、生えてしまっている猫の耳に触れて…顔を真っ青にした。 どうやら猫の耳が生えていたことに気が付いていなかったらしい。 となると…もしかしたら彼はなぜ部屋から出ない方がいいのか、理由が分からなかったのかもしれない。 「お分かりいただけましたか?」 「にゃー…、にゃにゃにゃ」(あぁ…、分かった) セバスチャンの言葉に力なく頷いたシエル。 自分の考えは正しかったようだ。 シエルの言いたかったことが分かり、先ほどの苛立ちが霧散されていく。いや、苛立ちが霧散されたのはそれだけではなく。セバスチャンの意識は別のものへと引き付けられ、苛立ちを忘れ始めたと言ってもあながち間違えではないかもしれない。 セバスチャンは苛立ちを忘れる切欠を作った…先ほど触れた耳にもう一度手を伸ばした。 「本当に猫の耳なのですねぇ…」 「にゃッ!フーーーッ!!」(やッ!触るなッ!!) しかし耳に触られるのが嫌らしく、ギッと睨みつけられながら同じように叩き落されてしまう。 「触られたくないのですか?」 「にゃ!」(そうだ!) 「なぜです?」 「……にゃにゃー」(……なんでもだ) 頷いたかと思えば、セバスチャンの視線から逃れるようにシエルは横に顔を逸らす。 そこにはいつもの不機嫌な表情があるが、しかし少しだけ頬が赤くなっているような…。 セバスチャンの内にある本能、悪魔の部分が顔を上げたのを客観的に感じながら口を歪め、膝を折り、シエルと同じ目線の高さになった。 「もしかして、くすぐったいのですか?」 「・・・・」 彼はだんまり。 表情はピクリとも動かず、きっと普通の人間の姿だったら騙されていただろう。 しかし今は猫の姿。憐れなことに、表情は動かずとも耳は素直にピクリと反応した。 それにクスリと笑い、耳が頷いていますよ、と囁けば、シエルは唇を噛み締めて猫の耳を両手で覆った。 「猫の耳が付いていれば、随分と素直になりますね」 「にゃにゃにゃにゃにゃッ!!」(好きで素直になったわけじゃないッ!!) 「どうせ貴方のことでしょうから素直なわけじゃない、など仰っているのでしょう」 「にゃにゃにゃにゃー!」(理解しているなら言うな!) 耳を隠したまま叫ぶシエルの頬は赤く染まっていて、普段とは想像つかない表情だ。 こんなに可愛い表情も出来るのか、と思ってしまったのは、きっと自分の好きな猫の姿をしているからだろう。 そうじゃなければ、人間ごときを可愛らしいなんて自分が思う筈がない。 セバスチャンは軽く頭を振れば、ふと、別の疑問を抱いた。 「…猫の耳があるということは、尻尾は?」 「ッ・・・!!」 「ほぉ?」 ボソリと呟いた言葉に耳がビクリと反応したのを見逃さなかったセバスチャンは、自分でも意地悪い顔だろうなと思えるほどの笑みを零し、素早く下半身の方に丸まるように残っていたシールを退かしてしまえば。 「・・・・」 「にゃーッ!」(見るなーッ!) 必死に手で隠そうとしているが、長くて隠し切れない尻尾がベッドの上に横たわっていた。 「……これも触ったらくすぐったいんですかね……」 「にゃ、にゃにゃにゃ…」(な、なんだその顔は…) 「坊ちゃん、触ってもいいですか?」 「にゃにゃにゃ!にゃ、フゥーーーーッ!!」(黙れ!この、猫馬鹿ッ!!) 聞いた途端、退かしたシーツを手に取り、自分の身体に巻きつけてベッドから降りてしまう。そしてそのまま壁際の方まで走って逃げて行った。 「にゃにゃにゃにゃーー!!」(貴様はとっとと予定のキャンセルを言って来い!!) 「出て行けとか仰っているのでしょうが、生憎悪魔は欲望に忠実でして…」 逃がす気はない、と言いながら立ち上がれば、シエルは耳をへたらせながら首を横に振った。 こちらを殺してやるとでも言うかのように睨んでいるというのに、へたれている耳が彼の心境を語っていて、意地でも触りたくなってしまう。 普段から崩れることがない彼のポーカーフェイス。 それをそのまま受け止めていたりもしたが、もしかしたら見せていた表情以上に色々なことを思っていたのかもしれない。 嬉しいも、悲しいも、その他にも沢山。 猫の姿になったせいで彼の言葉を理解するのが“若干”難しくなってしまったけれど、猫の姿になったおかげで、彼の気持ちを瞳から確認できるようになった。 結果オーライとはこういう時に使うものだろう。 セバスチャンは一歩踏み出し、ゆっくりとシエルと距離を縮めようとする。 しかし怖がらせてはいけない。(いや、もう怖がっているが) 自分は敵ではないのだと、本来の猫と接するかのように、セバスチャンは腕を上げながら両手の平をシエルに見せ、大丈夫ですよ、と微笑んだ。 しかし猫ではない彼は。 「フゥーーーッ!」(近寄るなッ!) これでもかというほどに威嚇してくる。 身体を包んでいるシーツも一部分が飛び出し、尻尾を立てたことを伝えてきた。 しかしそれも可愛らしいものにしか見えず、なぜかいつもの猫相手とは違う、ゾクリとしたものが背中を駆け抜ける。 「ですが坊ちゃん。もしかしたら身体を見ることによって猫になってしまった原因が分かるかもしれませんよ?」 「にゃにゃにゃにゃー」(そんな言葉がこの僕に通用するか) 「信用していないようなお顔ですが…、自分のお身体に原因が分かる何かが無いと言い切れますか?」 「にゃー…」(それは…) 「調べてみないことには、分かるものも分かりませんよ」 これを悪魔の囁き…と言えるかどうかは分からないが、セバスチャンはシエルを誘導していく。 もしもこれが裏社会についてのことならば、彼は絶対に首を縦には振らないだろう。 セバスチャンには、いや、セバスチャンでさえ最低限の接触以外は許さないのだから。 しかし今の状況は異質、シエルにとって予測も予想も不可能な状態であり、謎を解く為の鍵どころかストーリーさえも見えていないのだから、彼はお手上げ状態だろう。 ならばセバスチャンの言う通り、何でも…些細なことでも、小さいことでも調べてみなければ。 しばらく躊躇していたシエルだったが、諦めたようにため息をつき、小さく頷いた。 「にゃにゃ…」(分かった…) 「……それでは、シーツを下ろしてください」 「・・・・」 頷いたのを見た瞬間、伸ばしてしまいそうだった腕を必死に押さえ、セバスチャンは言う。 あくまで調べる為の態を装わないと、すぐにシエルは自分で調べると言い出してしまうだろう。 その証拠に、彼は自分を訝しげな瞳を向けたまま、ゆっくりとシーツを下ろしていく。 全て下ろされたシーツの中にはナイティー姿のシエルが。 しかし後ろの裾から覗く、尻尾の端。 落ち着かないのか、ユラユラと左右に揺れていた。 「では、1回まわってみてください」 少しの距離を保った状態でそう言えば、クルリと一周その場で回る。 直接生えているところを見たわけではないが、背中を見たことにより本当に彼に尻尾が生えているのだと実感でき、無意識に唇を舐めた。 「にゃー」(なんだ) 「あ、すみません。本当に猫なんだなぁと思いまして」 眉を顰めた状態で鳴かれ、咄嗟に誤魔化す。 しかし嘘ではない。全身を見たので、先ほどよりも彼が猫の姿をしているのだということに“興奮”を覚えたのだ。 『猫なんだと思った』という台詞は偽りではないだろう。 セバスチャンは開いていた距離をゆっくりと埋め、シエルへと近づく。 コツンと足音が室内に響くと、やはり嫌なのか猫の耳がピクリと反応し、シエルの身体が反射的に後ろに下がろうとする。 しかし、その後ろは壁で、もう逃げ場はない。 (残念でしたね、坊ちゃん) 悪魔は内心で嗤った。 「そんな怖がらないでください」 「にゃーにゃにゃッ!」(別に怖がってなんかッ!) 「お耳が素直ですからね」 「~~~~ッ」 再び顔を真っ赤にさせ、耳を手で隠す。 ストレートに気持ちが現れてしまうのが嫌なのだろう。 それはプライドと恥ずかしさが入り混じったものなのだと思うと、それを壊したくなってしまうのは悪魔の悲しい性なのか。 「さぁ、坊ちゃん」 シエルの目の前まで来たセバスチャンはまだ触れるようなことはせず、手を退けるように笑顔で促す。 しかし彼は唇を噛み締め、若干俯きがちに目線を泳がながら言葉のない小さな拒否を示した。 それにセバスチャンは上辺だけ小さなため息を付き、調べられませんよ、と呟くが、本心では諦めの悪い人だ、と愉しげに胸の中で呟き笑う。 そして猫が喜ぶ顎の下にそっと手を伸ばし、触れた。 「にゃッ?!」(おいッ?!) いきなり触れられたことに驚いたシエルは耳と尻尾をピンと張るが、それに構わず、その場を優しく撫でてやる。 猫の言葉や耳、尻尾が生えてしまったとはいえど、性質自体変わってしまったのかは分からない。分からないけれど、顎の下を撫で続けてやれば。 「・・・・」 「・・・・」 シエルは嫌がる素振りもなく、耳も尻尾もだんだん力が抜けて垂れてくる。 表情も悔しそうに唇を噛み締めたままだが、瞳はいつもよりもトロンとしているような…。 どうやら気持ちがいいらしい。 「・・・・」 触っているにも関わらず、文句の言葉(鳴き声)1つ飛び出すことはない。 これは珍しいというよりも、奇跡に近いだろう。 顎の下を撫でられるのが好きなのは猫化したせいなのか、それとも元々好きなのか。元の姿に戻ったときにも試してみる価値はある。 しかし今は…。 耳を隠すことも忘れ、うっとりとしたような様子のシエルにセバスチャンはそっともう片方の手を伸ばし猫の耳に触れた。 「にゃッ」(あッ) その瞬間耳と尻尾と肩がピクリと反応し、身体が逃げようとする。がやはり後ろは壁で、シエルは背中を壁に押し付けるような形となった。 「にゃッ、にゃにゃにゃッ!」(やッ、やめろッ!) 「本当に敏感ですね、お耳…」 「フゥ…にゃぁっ!」(ん…やめっ!) 「大丈夫ですから」 ほら。 耳を触っていた手を少しだけ浮かし、顎を撫でる方に意識がいくようにさせれば、再びシエルはクタリと力を抜き、瞳を細める。 どうやら本当に顎の下はお気に入りらしい。 浮かしていた手をまた耳に戻し、ゆっくりと、ゆっくりと耳を撫で上げていく。 「フゥーーーーっ」(んーーーーっ) 「大丈夫、ただ素直に感じていればいいですから」 「にゃにゃ、にゃにゃにゃー!」(なん、そんな言い方!) 「坊ちゃん…」 顔を真っ赤にして悶える姿は今まで見てきたどの姿よりも、否、どの人間よりも可愛らしくて。 優しく甘やかしたいような、もっと苛めたいような、そんな気分にさせてくる。 フッと耳に息を吹きかけてみれば、高い声で、にゃぁ!と鳴き、その場に崩れてしまった。 「おやおや」 「にゃ、にゃにゃー、フゥー…」(きゅ、急に、貴様…) 「では次は尻尾を」 床に崩れてしまった彼と同じくらいの高さになるようにしゃがみ、再び顎の下を撫で始める。 怒りというよりも、不安やその他のものを宿していた瞳は再びトロンとしてくるが、小さく、にゃー、と鳴いていて先ほどよりも意識は保っているようだ。 しかしそのようなことを気にすることもなく…気にする“余裕”もなくなったセバスチャンはもう片方の手で尻尾に触れようと手を伸ばせば。 「にゃーにゃー!!」(いい加減にしろ!!) ドンと思い切り胸板を押し、抵抗した。 力の弱い彼に押されたといえど身体が後ろによろめくことはないが、トロンと力が抜けてしまっていた彼からのいきなりの出来事にセバスチャンは瞠目する。 顎の下にある手、尻尾に伸ばした手をそのままにした状態で固まってしまったので、それも嫌だったのか何を思ったかは分からないが、シエルは唇を噛み締めてセバスチャンの頬を力いっぱい叩いた。 「坊ちゃん…」 セバスチャンは手を己の方に引っ込め見つめれば、シエルは身体を隠すように両手を前で交差し肩を抱いて、こちらの方を睨みつけてくる。 しかしその身体は可哀相なほど震えていた。 「にゃにゃにゃ…にゃ、にゃにゃフゥーーー!にゃにゃにゃにゃー、にゃにゃにゃんにゃーにゃにゃ、にゃー…ッ!にゃにゃ!フゥー!」(どこまでもふざけて…貴様、全然調べる気がないだろう!貴様は猫好きだから、そうやって遊んでいられるかもしれないが、猫になった僕は……ッ!本当に最低だな!この悪魔!) ・・・・。 ・・・・・・。 「すみません坊ちゃん、なんと仰っているのか全然分かりません」 「!!」 怒っているのは分かる。分かるけれど分からず、素直にそう一言告げれば彼は別の意味でワナワナと震え出し。 「にゃにゃにゃフゥーーー!」(貴様は一生僕に触れるな!) 何かを言って立ち上がり、そのまま走って部屋から出て行ってしまった。 「ちょッ!坊ちゃんっ!!」 今は猫と化しているのに、この部屋から出たらあの使用人たちが大騒ぎをするに違いない。 きっとそれはシエル本人も先ほど理解した筈だ。 セバスチャンは舌打ちをしながら立ち上がりシエルを追いかけるために部屋から出るが、その姿はすぐに見つかった。 「にゃにゃー」(バルド) 「ってうおい!?坊ちゃん猫みてェになってるじゃねぇかよ!一体どうしたってんだ!」 バルドと一緒に。 「朝飯にいつまで経っても来ねェから心配して来て見れば…っとセバスチャン?」 「バルド…」 「フゥーーーッ!!」(近寄るなッ!!) シエルはバルドの後ろへと隠れ、耳も尻尾も立てて威嚇してくる。 それを見たバルドは呆れたように煙草の煙を天井の方に吐き出し、お前さん何したんだよ、と尋ねてきた。 「なにも?猫になった原因を探ろうとしていただけです」 「んなら坊ちゃんがこんなに嫌がるわけねェだろうが」 「ただ今は猫になってしまったことに驚いているだけですよ」 ねぇ、坊ちゃん? ニッコリ微笑んで見せるが、引き攣ってしまっていないだろうか。 きっと彼はバルドか田中に助けを求めに行くために部屋から出たのだろう。 田中はまだしも、他の二人も一緒にいたのならこのバルドも二人と同様に楽しんでいたかもしれないが、いきなりこの展開から始まれば、バルドは冷静に状況を判断しようとし始めるだろう。 バルドは元々冷静かつ頭がいい。 それは人を殺す能力が、という括りがあるけれど、シエルを守るということもその括りの中に含まれているので、今の状況でもそれが大いに発揮される場である。 バルドはセバスチャンとシエルを交互に見て、暫く沈黙し…もう一度紫煙を天井に吐き出してから。 「坊ちゃん、行きましょうぜ。タナカさんはともかく、他の二人に見せたらきっと騒がれちまう」 「にゃー…」(あぁ…) 「ちょ、バルド!」 「何があったのかは聞かねェが、坊ちゃんは嫌がってるじゃねェか。なら今はお前が下がるべきじゃねぇのか?」 「・・・・」 「坊ちゃんは一旦俺の部屋に連れてくから、お前さんは朝飯持って来いや」 シュルリと己の白いエプロンを取り、汚いですが我慢してくだせぇ、と謝りながら猫の耳が生えている頭にそっと被せた。 きっと見つかったときの為を思ってのものだろう。 「尻尾の方は丸めたり、まぁ…隠してくだせェな」 「にゃー」(あぁ) 「じゃ坊ちゃん、部屋に行くとしますか」 ニカっと笑い歩き始めるバルドにシエルは黙ったまま頷き、バルドの腰辺りの服の裾をキュっと掴んで歩き出す。 ちょっと気にしたように1回こちらを振り返ったが、それからはもう振り返ることはせず。 そのままバルドと一緒に向こうへ歩いて行ってしまった。 彼らの背中が見えなくなっても少しだけその空間を睨みつけ、クルリと方向転換する。 目的地は厨房、バルドに言われた通り朝食を取りに行くのだ。 ツカツカと歩く瞳は真っ赤に染まり、怒りを露わにしていた。 (失敗、しましたね) 油断していたというには御幣があるけれど、余裕を無くしていたせいで彼の行動を止めることが出来なかった。 そのせいで彼が今はバルドの手の内に自ら入ってしまったなんて。 あんな可愛らしく服の裾まで握って…。 (まぁいいでしょう) きっとまだ時間はある。 どうして彼が猫化してしまったのかは分からないが、きっと悪魔や死神など…人間外の連中が絡んでいるに違いない。 ならばきっと彼が猫化したことを確かめに自ら再び屋敷に足を踏み入れるだろう。 それまではまだ時間がある。 「さぁて」 誰よりも、何よりも可愛がってあげますよ。 坊ちゃん。 You are lovely!! ****** 70000というキリ番を踏んでくださいました翡翠様に捧げます^^ リクエストを強請ったところ猫語しか話せなくなっちゃったシエル』のお話という、 私の心を擽る素敵なリクエストを頂きました!!wR指定にならないようにするのが大変だったy(この変態がッ!) 猫語理解編もありますので(笑)*コチラ*からお入りください^^ こんな文章で宜しければ、是非お持ち帰りください(><) キリ番を踏み、そして報告をしてくださってありがとうございました!! これからも、是非暇なときにでも遊びに来てくださいv PR |
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