「だから、どうしてこうなった?」
「だから、ご褒美だって言っているじゃないですか」
「だから・・・」
シエルは思いっきり目の前にいる執事の頬を引っ張る。
「こんなのご褒美じゃないって言っているんだ!!!」
― 真っ赤な事件 -
「またまた、照れてしまって可愛いですねぇ」
セバスチャンは嬉しそうに引っ張られた頬を撫でる。
その片方の手にはスプーンが。
「照れてるわけじゃないっ!」
シエルは怒鳴り返す。
机の上には本日のデザート、イチゴムースが乗っていた。
どうやら、ご褒美と称してセバスチャンがシエルにムースを食べさせようとしていたらしい。
まさに、「はい、あーん」という形で。
「いつもお仕事を頑張っている主人に、執事からのちょっとしたご褒美だというのに」
「絶対に違う!ただ単に面白がっているだけだろう!」
「酷い言われようですね。まぁ、あながち間違っていないですが」
「間違ってないのかよっ!」
「でもただ面白がっているわけじゃないですよ。坊ちゃんが私の手からデザートを食べる可愛い姿を見たくてで」
「もういい!お前の本音など聞きたくないわ!」
シエルはバンっと机を叩き、立ち上がる。
この変態執事は、どこまで頭が腐っているんだ。
部屋を出ていってしまおうと、扉へ足を進めようとするが。
「おっと、逃がしはしませんよ。坊ちゃん」
セバスチャンはシエルの手を掴む。
「本当はデザートを食べたくて仕方がないのでしょう?」
ニヤリと笑い、ムースに指を指す。
その言葉にシエルは、うっ、と顔をしかめる。
デザートが大好きなシエルだ。目の前に好物が置いてあるのならば手を出したくないはずがない。
「意地を張らないで、素直に食べたらいかがです?」
「じゃぁ、素直にそのスプーンを渡したらどうだ?」
「・・・」
「・・・」
ニコリと微笑む執事に、ニコリと微笑む主人。
互いに背中には冷たい炎が燃えていた。
「どうして、そんなに私の手から食べるのが嫌なのです?」
「嫌っていうか、そんなお前が気持ち悪いのだと気が付いていないのか」
「デザートを目の前にしているのに、それしきのことで貴方は屈すると?」
「・・・なんだか壮大な話しになってきているな。お前」
シエルは、なんだかバカバカしくなってため息をつく。
掴まれた手を引っ張るが、離してはもらえず。
セバスチャンの背中には、まだ冷たい炎が勢いよく燃えている。
「坊ちゃんは私の手からデザートを食べるしかないのですよ」
「すでに、自分の立場を忘れているな?」
「毎日頑張っている私に、少しはご褒美をください」
「僕のご褒美じゃなかったのか?」
「ああ言えばこう言う。本当に捻くれていますね、坊ちゃん」
「お前に言われたくないっ!」
「ほら、これ以上私に付きまとわれたくないでしょう?だからもう食べるしかないですよ」
「お前、自分で言っていて悲しくならないのか?」
あぁ、だんだん頭が痛くなってきた・・・。
シエルは掴まれていない方の手で額を押さえる。
この調子じゃ、いつまで経っても埒が明かない。
本当に手の掛かる奴だ。
「分かったセバスチャン」
「ようやく諦めましたか」
「もう1つ、これと同じものを用意しろ」
「もう1つって、ムースをですか?」
「あぁ」
シエルは首を傾げるセバスチャンにニヤリと笑いかける。
「お前にご褒美をやるよ」
****
「あの、坊ちゃん?」
「何だ」
「どうしてこうなったのです?」
「だから、ご褒美だって言っているだろう?」
「・・・なんだか冒頭と同じやり取りになっていますね」
セバスチャンは苦笑する。
只今の状況は。
「ほら、食べろよ」
机からベッドへと移動し、二人で向かい合いながら座っている。
セバスチャンは、先ほどのイチゴムースとスプーンを持って座り、
シエルは新たに持ってきたイチゴムースを手に持ち、そのままセバスチャンに差し出している。
「僕からのご褒美だ」
「作って来たのは私ですが」
「僕からの手であげているだろう?」
主人からの手でデザートを貰えるだなんて、滅多にないぞ?
シエルは意地の悪い顔をしながら言う。
まぁ滅多にないかとは思いますが、まず滅多にないのは。
「坊ちゃん、スプーンは?」
お皿ごと差し出されることだと思います。
「お前が持っているだろう」
シエルは返す。
なるほど、考えましたね。
「スプーンを渡さないと、坊ちゃんからのご褒美は受け取れないと?」
「そういうことだ」
「でも、私が欲しいご褒美は坊ちゃ」
「それはいいからっ!別のご褒美をもらっとけ!」
「それじゃぁ、こういうのはいかがです?」
セバスチャンは、スプーンで自分の持つムースを掬い取り、シエルの方に差し出す。
「坊ちゃんと私、同時にご褒美をいただく・・・というのは?」
「お前、スプーンは?」
「このままムースに噛付きます」
「・・・」
「ファントムハイヴ家の執事たるもの、デザートにかぶりつくことができなくてどうします?」
「・・・そんなにも僕に自分の手で食べさせたいのか・・・?」
「もちろん。坊ちゃんのどんな姿も見てみたいで」
「分かった!分かったから!これ以上そのみっともない顔を晒すな!」
「おや、失礼。では、承諾も得られましたので」
セバスチャンは、微笑み。
「はい、坊ちゃん」
スプーンを口元へと運ぶ。
しばらくそれを睨みつけていたシエルだが。
「全く。本当にめんどくさい奴だな」
顔を真っ赤にしながらシエルは呟き、ムースを載せたお皿をセバスチャンの口元へ運ぶ。
「では」
いただきます。
シエルは目をギュッと閉じて、ムースが載ったスプーンごと口に入れる。
そして素早く口元からスプーンを離す。
シエルはやっとデザートを食べることが出来たのだが。
恥ずかしすぎて、味が分からんっ!!!
シエルは俯き、口に入ったムースを堪能しようとしたけれど、よく味が分からないまま飲み込んでしまう。
しかし、これでセバスチャンの気もすんだだろう。
これでゆっくり一人でデザートを堪能できる。
シエルは、まだ頬は熱いがデザートを求めて顔を上げると。
「っ!?お前、血!鼻血!」
目の前の執事がボタボタと鼻血を流し、震えていた。
「って!しかも、お皿のムースがない!」
シエルは自分が持っていたお皿のムースが無くなっていることに気が付く。
まさか、コイツ一口で全部食べたのか?!
「坊ちゃんが、坊ちゃんが・・・」
「いいから、お前鼻血拭け!僕のベッドが真っ赤に染まる!」
シエルはわたわたと慌てるが、セバスチャンはまだアチラの世界に行っているようで聞いてはいない。
「あぁ、あんなに頬を真っ赤に染めて・・・可愛らしい!」
「今真っ赤に染めているのは、お前だ!」
「私の手からデザートを食べる坊ちゃん、あぁ!!私が食べてしまいたい!」
「頼むから、もうその腐った脳内を晒すのをやめてくれ!」
「坊ちゃん、あぁ坊ちゃん!!」
セバスチャンは鼻血を流したまま、シエルへと抱きつく。
シエルは、ひい!!と声を上げ、もがくがセバスチャンは離そうとしない。
「田中、田中ぁぁぁ!!助けてぇぇぇぇ!!!!!」
シエルの助けを呼ぶ声が、屋敷中に響いた。
END
******
あとがき
SSは切ない話しが多いので、明るい甘い話しを!と思ったら、こうなりました。
自分で言うのもなんですが、こんなセバスも大好きです(マル)

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