あたまがいたい
ひどくもどかしい
むねがしめつけられる
とてもふれたくて
とてもふれてほしくて
あいしているから
どうしたらいいかわからないから
あいしてほしい
「・・・・」
静かな空間の背景にガタゴトと馬車の揺れる音がする。
自分の大嫌いな夜会を終え、今は屋敷に帰る途中。
けれどシエルは身体から力を抜くことが出来ず、座りながら両手を握り締めている状態だった。
「・・・・」
斜め前に座るセバスチャンをチラリと盗み見れば、得にこちらを気にした様子もなく、外の方へと目線を向けている。
いつもならばお疲れ様でした、などの労いの言葉を掛けている筈なのに。
いつもと様子の違うセバスチャンも気になるが、今シエルは自分自身のことでいっぱいいっぱいだった。
(くそ・・・どうしたらいいんだ)
もしセバスチャンが自分の異変に気が付いてくれたのなら、少しの勇気を出して素直になるというのに、全くその傾向がない。
けれど今の自分のことを素直に口にするには憚られる。
もしここが馬車の中じゃなかったら・・・そんなことを考えても仕方が無いのだが、そうやってどうしようもないことについて文句を言いたくなるくらい、シエルは追い詰められていた。
(黙っているよりも、会話をしている方が気分が紛れるかもしれない)
ふと思いつき、どこか怖々という状態でセバスチャンに声を掛ける。
「セ、セバスチャン」
「どうしましたか?」
名前を呼べば、どこか胡散臭いくらいの笑顔を向けて振り返ったセバスチャン。
やはりどこか妙だと思いつつも、とくに何も考えないで会話をしようとする。
「今日は疲れた・・・だから、帰ったらそのままバスに入る」
「了解しました」
「寝る前にはブランデー入りのホットミルクを持って来い」
「御意」
「あと・・・は・・・」
これを会話というのだろうか。
いつもなら一言一言にもちゃんと返してくれるというのに、今日に限って何も言わない。
もしかしたらもう全て知っていて、呆れかえっているのかもしれない。
それとも屋敷に着くまで我慢しろという示しなのだろうか。
追い詰められたシエルは上手く頭が働かず、一人でグルグルしてしまっていると。
「坊ちゃん」
ギシリと、いつの間にか隣にセバスチャンが腰を下ろしていた。
「今日は随分とお口が回りますね」
「いや、その・・・」
「本当は別に言いたいことがあるんじゃないですか?」
低い言葉と共に撫でられる頬。
それに自ら擦り寄るようにしてしまったのは無意識だ。
そんな様子のシエルを見たセバスチャンは口元に弧を描く。
「さぁ坊ちゃん・・・素直になったらどうですか」
「セバス、チャン」
やはり恋人は自分のことに気が付いていた。
けれどそれを今まで無視していたのは、どういう意地悪だろうか。
それでも責める気になれない自分は、酷くこの恋人に甘いのだろう。
「・・・・ッ」
言葉を素直に口にしようとセバスチャンと目線を合わせれば、その強い視線に押されてしまい、開いた口からは何も言葉が出なかった。
そこにはあまり見たことがない、まるで獲物を狙うかのような瞳が赤々と輝いていたのだ。
それは今の自分を拒絶する瞳ではないことは確かだが、どこか本能が危険だということを知らせてくる。
「・・・坊ちゃん?」
喋ると思っていたのに喋らないことを不思議に思ったのか、どこか焦れたような声音のセバスチャン。
名前を呼ばれたシエルはビクリと身体を震わすが、あ、いや、と断片的な言葉しか出てこない。
どうしたらいい?
あんなにもさっきまで、抱きしめて欲しいと思っていたのに。
『このままだと身体を冷やしてしまいます』
そういえば、そう言いながらコートを着せてくれた時も今のような瞳をしていなかっただろうか。
香りが鼻腔を擽った時、どこかからか笑い声が聞こえていなかっただろうか。
ガンガンと頭を響かせるのは。
もうコートからの愛しい香りではなく。
なにか、やばい。
自分の中の
この悪魔に対する
警報機。
きっとここで自分の思い・・・欲望を口にしたら。
二度とこの腕の外を歩けないような気がする。
「セバスチャン」
「・・・・」
「もうすぐで、屋敷に着く」
その言葉にセバスチャンは酷く愉しそうに口元に弧を描き。
しかしその瞳は酷く歪ませて。
「そうですね、ご主人様」
残念だ、という言葉を無音で発した。
あたまがいたい
(けいほう が ひびき わたる)
ひどくもどかしい
(じぶん は もとめている はず なのに)
むねがしめつけられる
(どうして こうなって しまっている のか)
とてもふれたくて
(つかまる と わかって いても)
とてもふれてほしくて
(にげられない と わかって いても)
あいしているから
(て を のばして みるけど)
どうしたらいいかわからないから
(おまえ の ことが わからない から)
あいしてほしい
(やさしく して)
end

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