「一体今回はどうしたんだろうなぁ」
「セバスチャンさんと坊ちゃんが喧嘩をなさるなんて、久しぶりですだよ」
「早く仲直り出来たらいいのにねぇ」
「ほっほっほ」
そんな話しをしていたのは午前の時。
使用人たちは自分の主と同じ使用人かつ自分たちの指導者を思いながらため息を付いた。
****
そして午後。
「坊ちゃん、お手紙が届きましただよ」
「あぁ、そこに置いておけ」
「フィニ、これを坊ちゃんの机の上に」
「はーい!」
「これ、おかしくねぇか?」
「ほっほっほ」
いつもはペンが走る音が満ちる執務室は、人と声が満ち、どこか騒がしいものへと化していた。
それもそうだろう。
今この部屋にはこの屋敷にいる人間(+悪魔)が勢揃いしているのだから。
今日は朝からシエルとセバスチャンが喧嘩したのを使用人たちは知っていた。
なぜならシエルを起こしに行った後セバスチャンはシエルと共に食堂へは来ず、一人でやって来たかと思えば田中さんの名前を呼んだのだから。
いつも二人が喧嘩をすると、執事を勤めるのは田中さんへと変わる。
ある意味これは“喧嘩をしました”とあえて自分たちに告げているようなものだと苦笑してしまうのも仕方が無い。
しかし今は全て執事の仕事をしているのはセバスチャンだ。
田中さんが引き継ぎを出来ないことは全く持って有り得ないが、それでもセバスチャン自身に確認しなければいけないことは山ほどある。
なので、たとえ田中さんに執事役を任せたとしても、セバスチャンがシエルの元から離れるのは不可能なのだ。
だから、今こういう妙な状況が生まれてしまっている。
「バルド、書類を坊ちゃんに」
「・・・いい加減自分で渡せよ」
「・・・・」
「バルド。早く書類を寄越せ」
「・・・へーい」
「今回はなかなか仲直りしないね」
「そうですだねぇ。いつもなら雰囲気とかがどんどん緩んでくるんですだが・・・」
見るからに雰囲気はまだギスギスしている。
というよりも。
「坊ちゃん・・・まだかなり怒っているみたいですだ・・・」
シエルが関わるなというオーラを発しているのだ。
セバスチャン自身はすでに仲直りしたそうな苦悶の表情を浮かべている。
元は優秀な執事だ。今のような状況をしてもいいものだとは思っていないのだろう。
しかしどうにもシエルが許してくれそうも無い感じだ。
「なぁセバスチャンよぉ・・・坊ちゃんに一体何をしたんだ?」
書類を渡したバルドは部屋の隅に下がり、セバスチャンに小さな声で話し掛ける。
ここまで怒らせたとは、どれほどのことをやらかしたのか。
しかしそれを聞かれたセバスチャンは苦笑し、軽い声音で話し出した。
「いつも坊ちゃんを起こす時、まずカーテンを開けるんです」
「あぁ」
「太陽の光を浴びた方がスッキリと目を覚ましますし、起こすには丁度いい目覚ましにもなるかと・・・」
「まぁ、そうだな」
「しかしそれが坊ちゃんには気に食わないらしいです」
「・・・・どういうことだぁ?」
「本人曰く、いきなり視界が眩しくなって目が痛い。もっと別の起こし方があるだろう・・・と」
その言葉につい嫌味を返してしまったんですよ。
その時を思い出したのか、セバスチャンの口からはため息が零れる。
今回の喧嘩の理由を聞いたバルドは危うくタバコを口から落としそうになり、慌ててキャッチした。
なんとなくそんな二人のやり取りが想像でき、一体なんて言葉を掛けたらいいのか分からない。
それぐらい。
どうしようもない喧嘩だった。
「フィニ」
「どうしましたー坊ちゃん」
「この書類の山を隣の部屋へ運べ。崩さないように気をつけろよ」
「はーい!」
そんな話しをしているセバスチャンとバルドを余所に、シエルたちは着々と仕事を進めていく。
妙な状況だけれど、シエルと仕事が出来て嬉しいのだろう。メイリンとフィニは口元にずっと弧を描いているし、どこか心なしかシエルの口元も、いつもより柔らかい気がする。
たまにはこんなのもいいのかもしれないと思うけれど・・・。
隣で見るからに沈み始めた本物の執事のことを考えたら、今の状況はいただけないものだ。
「なぁセバスチャン、もう謝っちまえよ」
「・・・私もそうしたいのは山々なんですけれどね」
見ててください?
そう言い一歩コツリとシエルに近づくべく足を踏み出せば
「ッ!!!!」
まるで威嚇でもするかのような視線をこちらに向け、これ以上近づいたら引き出しの中に隠されている拳銃で頭を打ち抜かれそうな勢いだ。
これは無理だわなぁ・・・と思ったバルドは、どこか人事だった。
「近づくことすら許されません・・・」
「こりゃまた随分と・・・随分とだ・・・」
フィニたちと一緒にいる時が幻かと思えてしまうくらいの表情と威圧感。
これは今回の喧嘩だけが原因ではないような気がする。
それとも何か別の意味があるのだろうか。
しばらく考えても答えが導かれることはない。
いや、自分が考えて答えが出るならば、このスーパーマンみたいな男はすでに解決しているだろう。
ここで自分が言えることは、ただ1つしかない。
「なぁ、朝起こすのに問題があるんだったら、別の戦法を坊ちゃんに提示させれば納得して仲直り出来るんじゃねぇか?」
「・・・それしか方法は無いですね」
もう此方が折れるしかないということだけだ。
あの主人を折れさせるには・・・いや、折れさせることは不可能に近いだろう。
セバスチャンは顎に手を当てて真剣に考え始める。
その姿はいつも主人を守る為、そして敵を追い込む為に使われるものだろうに・・・。
バルドは新しいタバコを取り出しながら苦笑した。
その間もフィニとメイリン・・・そして田中さんは楽しそうにシエルの周りで掃除やら必要も無いインクの補充などをしている。
「・・・目覚めの時・・・ですよね」
「あ?」
「でしたら・・・」
どうやら答えが出たらしく、キリっと前を見据えて歩み出す。
その瞬間シエルが此方を睨みつけるが、今回セバスチャンの歩みは止まらない。
それを見ながら、頑張れと応援できないのはなぜなのかバルドには分からなかった。
「あの、坊ちゃん」
「・・・・」
「今朝は執事として無駄口を利いてしまって申し訳ございませんでした」
ペコリと頭を下げるセバスチャン。
周りの三人は静かに、そして心配そうにセバスチャンを見守っている。
「それで、その、新たな起こし方を考えたのですが」
「・・・・」
「あの、ですね」
セバスチャンは筆を走らせたままのシエルの耳元に近づき、何かをこっそりと囁いた。
使用人たちには何を言ったのか聞こえなかったが、囁かれたシエルはみるみる頬が赤くなり、
「馬鹿か貴様は!」
引き出しから拳銃を取り出してしまった。
どうやらその案は失敗だったらしい。
「ぼ、坊ちゃん!落ち着いてください!」
「落ち着けだと?僕はいつでも落ち着いている」
ニッコリと怖いくらい冷たい笑みを浮かべて拳銃をセバスチャンに突きつける。
「あぁ、丁度いいじゃないか。今回かぎりで貴様はファントムハイヴ家執事はクビだ。僕が呼ぶまで出てくるな」
前に言ったはずだ。これ以上駄犬っぷりを見せ付けるのならば、ダンボールに詰めて捨てるぞと。
そんなことを言われていたのかと使用人たちは驚くが、言われたセバスチャン自身もそんなことを言われた覚えが無いらしく必死に首を横に振っている。
しかしシエルは前言を撤回するつもりはないらしい。
「バルド」
「へいっ!」
「コイツをこの部屋から出て行かせろ」
「ですが・・・坊ちゃん・・・」
「最近のコイツは調子に乗りすぎだ。少し頭を冷やさせろ」
何も理由がなくこんなことを言う主人では無いと知っているバルドは、仕方なく首を縦に振り、セバスチャンの腕を掴んでズルズルと引きずり出す。
「坊ちゃんの機嫌が良くなるまで一旦ここは退却した方が身の為だぜ?」
「・・・・坊ちゃん」
「ふん」
そのままセバスチャンは執務室からの退室を余儀無くされた。
セバスチャンが執事としての勤めに戻ったのは、それから約一ヶ月後となる。
end

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