忍者ブログ
  • 2024.03
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 2024.05
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【2024/04/16 15:24 】 |
0日目/始まったキッカケ
一周年企画




それはある日の午後。
いつもならば執務室はペンを走らせる音が響いており、書類を捲る音が時折聞こえてくるのだが。
今日はそのような音は一切せず、チェス板を叩く音が室内を満たしていた。

「・・・・」
「・・・・」

執務室の真ん中に置かれた小さなテーブル。
それは普段無いもので、急遽置かれたものだろう。
そのテーブルの上に音を立てているチェス板があり、そしてそれを挟むように二人の姿が。
片方は真剣な表情でチェスの白い駒を持ち、もう片方は頬杖を付きながら面倒くさそうに黒い駒を持っている。
その二人の姿はまるで対になっている絵のようで、傍から見たら苦笑せざるを得ないものだろう。

「…いい加減、帰れ」

ため息をつきながら黒い駒を進める片方の人間、シエル・ファントムハイヴ。
その表情は酷く疲れきっていて、その駒1つ動かすのも億劫そうだ。
けれどその反対側にいる相手、アロイス・トランシーはその言葉に「えぇー」と不満げな声を“元気に”上げた。

「えぇー、シエルは逃げ勝ちするっていうの?」
それ卑怯くさくない?

チェスの駒を進めながらアロイスは眉を寄せて唇を突き出し、こちらを睨みつけてくる。
(そんな顔をしたいのは僕の方だ…)
シエルはため息をつきながら、アロイスと同じようにチェスの駒を前に進めた。


アロイスがこの屋敷に遊びに来たのは、もはや数時間前のこと。
仕事をしているシエルのところに連絡も無しにやって来たのだ。
最初は無視して仕事を続けていたのだが、他社に出す書類を奪われてしまってはどうしようもない。
これ以上邪魔されないよう少しくらい遊んでやるかとチェスをし始めたのだが、ゲームの天才と謳われるシエルがアロイスに負ける筈もなく。元々負けず嫌いのアロイスがそれで終わるわけがなかったのだ。

「そろそろ仕事に戻らせろ」
「たまにはいいじゃん。そんな若いうちから仕事仕事言っていたらハゲるよ?」
「貴様が普段から仕事をしなさすぎなんだ」

仮にも当主だろう、と黒ナイトを進めながら言い白ビショップを取ってしまえばアロイスは、また取られた、と髪をかき上げた。

「狗と違って、蜘蛛は後始末専門だし。表社会にはあんまり関わってないからね」
「少しは関わってみたらどうだ」
「冗談!これ以上仕事が増えてシエルみたいになったら俺絶対に死んじゃうよ」

次はどう駒を動かすべきかチェス板を見ながら首を傾げているアロイスに、一回死んで来いという言葉は己の心の内だけに留めておく。
またこんなことを言ったらギャーギャー騒ぎ始めるだろう。
(さて、どうしたものか…)
まだどう駒を進めるか悩んでいるアロイスには悪いが、この勝負の結果は目に見えている。
何度やったってアロイスがシエルにゲームの類で勝てるわけがないのだ。そしてシエルもアロイスに勝たせるわけがない。
わざとでもゲームという名のつくもので負けるなんて、己のプライドが許さないのだ。
だが、このままではいつまで経っても仕事に戻れず、最悪の場合きょう一日潰れてしまうだろう。それだけはなんとしてでも避けたいところだ。
(ようはアロイスがゲームに勝てばいいんだろう?)
きっとアロイスは絶対に“シエル”に勝たないと嫌だというわけではないだろう。
勝てればいいのだ。誰かに。
それは自分じゃなくてもいいわけで。

「なぁアロイス」
「なに?シエル」

呼び掛けにアロイスはキョトンと顔を上げたのを見て。

「セバスチャンを呼ぶぞ」

シエルは口角を吊り上げた。







「…で、どうして私がアロイス様とチェスをしなければならないのですか?」

執務室の前で呼び出されたセバスチャンは不機嫌な顔を隠すことなく文句を言う。
主人の命令に対してその返答はどうなんだと思わなくもないが、今回は仕方が無いとシエルは息を吐いた。

「アロイスはゲームに勝つまでこの屋敷に留まるつもりだ。そんなことをされたら僕はいつまでたっても仕事にもどれん」
「だから代わりに私がお相手をしろと?私にも仕事があるのですが」
「そんなこと分かっている」

途中執務室の中から、まだぁ?と声が掛かり、シエルは今行くと返す。

「僕は何て言った?アロイスは勝つまでと言ったんだ。ということは…」
「私が負ければいい、と?」
「そういうことだ」
「なんともプライドが高くて意地っ張りな貴方らしいですね」

アロイスに負けさせるために呼ばれたのだと理解したセバスチャンはため息をつき、イエス・マイロードと頷いた。どんなに馬鹿げた…自分が嫌な命令であっても執事は主人の命令は絶対。
シエルに呼ばれたその時から、セバスチャンに拒否権はないのだ。

「では坊ちゃんはしっかりとお仕事なさってくださいよ」
「貴様なんぞに言われなくてもやる。そっちも上手く負けろよ?」
「…御意」

ニヤリと笑って言ってやれば、相手の口元がヒクリと引き攣る。
それを愉しく思いながらシエルは、待たせたな、と室内にセバスチャンと戻っていった。
そこには椅子に座りながら腕組みをして頬を膨らませているアロイスの姿。

「遅いよシエル。待ちくたびれちゃったじゃん」
「お前がいきなり来たせいで、セバスチャンとの仕事の打ち合わせがまだだったんだ。まだ相手にしてやるだけいいと思え」
「シエルってば、超上から目線~」

シエルは適当なことを言いアロイスをあしらう。
そんなシエルにアロイスは、べぇー、と舌を突き出してくるのを見て、シエルはビシリと何かに亀裂が入ったのを感じたが、後ろからもクスリと笑い声が聞こえ、アロイスよりも笑ったセバスチャンの方に苛立ちの矛先が向けられる。
が、ここで言い合いをしていたらアロイスとゲームしている時間とあまり変わらなくなってしまうだろう。
シエルは息を吸って吐いて…怒りを何とか抑える。

「もう僕は仕事に戻るからな」
「えぇッ!!ちょっと!勝ち逃げなんて許さないってば」

シエルの言葉にアロイスはドンドンとテーブルを叩き抗議する。
しかしそれを無視していつもの執務室の机に座り、ペンを手にした。

「安心しろ。そこの執事が代わりに相手をするから」
「え?セバスチャンが?」
「はい。ですからこの書類は坊ちゃんにお返しください」
「あッ…!!」

まさかセバスチャンがチェスの相手をすることになるとは思わなかったのだろう。
シエルの言葉にポカンとしている間に先ほど取られた書類をセバスチャンが素早くポケットから取り上げ、シエルへと渡す。
丸めた状態でポケットに入れられていたため、開いてもクルリンと書類が丸まってしまうが、後でセバスチャンにアイロンを掛けてもらえば問題はないだろう。
シエルは丸まらないよう手で押さえながらその書類に目を通し始める。
アロイスに数時間も仕事の時間を取られてしまったのだ。急ぎの仕事は無いにしても、自分の予定が崩されるのはあまり好きではない。
瞬時にスイッチを切り替え仕事に集中し始めれば、それを見たセバスチャンがアロイスに声を掛ける。

「それではアロイス様、僭越ながら私がお相手をさせていただきます」
「…セバスチャンが相手だなんて、シエルよりも勝てないじゃん」
「そんなことはございませんよ」

セバスチャンはニッコリと微笑む。

「あまりチェスはしたことがありませんので、チェス歴を考えるとアロイス様の方が上かと…」
「マジで?!」
「はい」

驚いているアロイスにセバスチャンは頷く。
嘘ではない。
チェスを実技としてやったことはあまりない。知識として取り入れているだけで。

「ではアロイス様、お相手願います」

仕事に集中しているシエルをちらりと盗み見ながらセバスチャンは黒い駒を握った。








「やった―――ッ!!」
「………ッ!!」

いきなりの大声に驚き視線を上げれば、両手を広げ飛び跳ねているアロイスが視界に映る。
どうやらセバスチャンは命令通りアロイスに負けたらしい。
テーブルに載っているチェス板を見れば、結構いい勝負をしていて。
これならわざと負けたということにはアロイスも気が付かないだろう。
(これでやっと静かになる…)
シエルは安堵の息をついた。

「良かったな、アロイス」
「どうシエル、俺だって少しはチェスが出来るんだからね!」
「あぁ。そうだな」

別の意味で口元を緩ませながらシエルは答える。
セバスチャンも口元に笑みを浮かべたまま座っていた椅子から立ち上がり、では、と声を掛けた。

「私はこれで失礼しますね」
「あ、待ってよセバスチャン。罰ゲームを受けなくちゃ」

出て行こうとするセバスチャンを呼びとめ、アロイスはさも当たり前のように言葉を口にする。
それにシエルは眉を顰め、持っていたペンを置いた。

「お前が負けているとき、罰ゲームなど無かった筈だが」
「それはシエルが言い出さなかったからだろ?」
「僕が言い出さなかったんだから、お前も言わないのが筋じゃないのか?」
「そんなこと俺知らないよ」

どんどん低くなっていく声にも恐れず、アロイスはツーンと腕を組みながらそっぽを向いてしまう。
このアロイスの子供染みたところはホトホト苦労するなとシエルは大きなため息をついて、いつの間にか寄ってしまっていた眉間の皴を指で撫でた。
罰ゲームを受ける受けないにしろ、自分には関係ない。
なぜなら。

「それで…その罰ゲームとは一体何なのですか?」

このチェスに負けたのはセバスチャンなのだから。
セバスチャンはどこか呆れたような声でアロイスに訊ねる。
きっと内心ではアロイスよりも自分のことを責めているだろう。アロイスが帰った後、かなり嫌味を言われるに違いない。
それを想像してげっそりしていれば、アロイスはそれよりもとてつもないことを口にした。

「簡単なことだよ」
「簡単なこと、ですか?」

うん、とアロイスは頷き笑顔で言う。

「一週間、シエルとセバスチャンは恋人同士ね」


…。
……。
…………。


「「は?」」

この悪魔と出会ってから数年の月日が経つが、ここまで綺麗に声がハモったのは初めてだった。
シエルは音を立てながら立ち上がり、身を前に乗り出す。

「ちょっと待て、ちょっと待て!」
「何さシエル」
「可笑しいだろう!コイツの罰ゲームなのにどうして僕まで巻き添えを食らっているんだ?!」
「だってシエルはセバスチャンの主人だろ?なら使用人の罰ゲームに主人も付き合わないと」
「普通逆だろうがッ!!」

その逆ならまだ分かる。
主人の罰ゲームに使用人が付き合わされるのならば、まだ分かる。
けれどなぜ使用人の罰ゲームに主人が付き合わなければならないのだ。

「使用人の責任は主人が負うことだってあるだろ?」
「…そういう変なことだけには無駄に頭が回る奴だなお前はっ」
「うっわ~、シエルに褒めて貰っちゃった~」

嬉しくもなさそうな声で言いながらアロイスはクルリと踊るかのように回り、笑った。

「いいじゃんシエル、たかが一週間だよ?なんも一年やれって言ってるわけじゃないんだからさ」
「一週間でもこんな奴と恋人同士なんてやってられるか!」
「…酷い言い様ですね」

セバスチャンに指をさしながら必死の形相で叫べば、セバスチャンは瞳を赤く光らせながらシエルのその手を掴み、怒りを露わにした状態で言う。

「そこまで私の恋人になるのを嫌がりますか」
「当たり前だ!貴様だって僕が恋人になるのは嫌だろうッ!」
「そんなことよりも、今貴方は私のプライドを傷つけたのですよ?」
「どうしてそうなる?!」

怒りをアロイスではなく自分に向けられている理由が理解できず掴まれた手を引っ張るが、動くことはない。
むしろ逆に引き寄せられ、セバスチャンの口元まで手を持ち上げられてしまった。

「普通私の恋人になれるといったら喜ぶものでしょう」
「それは頭の沸いた女共だけだッ」
「……言ってくれるじゃないですか」

スゥーとセバスチャンの瞳が細められる。
けれどそれ以上にシエルに何か言うことはせず、手を掴んだままアロイスへと向き直った。

「アロイス様」
「なに?」
「ご安心ください、その罰ゲームはしっかりと受けさせていただきます」
「はぁ?!待てセバスチャン!僕は一度も承諾していないだろうがッ」
「坊ちゃん。ファントムハイヴ家の主人たるもの、ゲームのルールも守れずにどうします」
「ルールじゃなかっただろうッ!!」

こんなのは可笑しい。
こんなことになるなんて。
シエルは何とか今の状況を打開しようと思うも、アロイスとセバスチャンのゴールデンペアに対抗する手段など無くて。

「じゃぁ明日から一週間、シエルとセバスチャンは恋人同士ね」
「はい」


「ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」




ということで。

恋人ゲーム、スタート。

 


拍手

PR
【2011/07/06 23:37 】 | Project | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
<<1日目/違和感を消す為に | ホーム | Spicyな嫉妬>>
有り難いご意見
貴重なご意見の投稿














虎カムバック
トラックバックURL

<<前ページ | ホーム | 次ページ>>