― 七夕の過ごし方!! ―
*オマケ・原作の二人の場合
ふとベッドの中で、そういえば明日は七夕だと思ったのはなぜだろうか。
ウトウトと眠りに誘われる前に聞こえた幼い頃に聞いた七夕について話す田中の声が急に蘇ったのだ。
そのことを疑問に思いつつも、そこまで深くは考えない。
ただ寝ぼけた頭で、明日星でも見るかと…そう苦笑しながら、そのまま夢の世界へと旅立った。
仕事も終わり、バスにも入った。
ナイティにも着替えて、セバスチャンも蝋燭を持って形だけのオヤスミの挨拶をして出て行った。
暗い部屋で一人きりになったシエルは、掛けられたシーツを無造作に捲り、ベッドから降りる。
流石に裸足だと冷たいだろうと思い、ベッドの下にあるスリッパを取り出して履き、そして無造作に捲られたままのシーツを引っ張って己の肩に掛ける。
ベッドから抜け出して星を見ていたせいで風邪を引いたなんてことになったら、絶対にあの煩い悪魔…いや、執事にネチネチ嫌味を言われるだろう。
それだけは避けたい。
シエルはパタンパタンとスリッパの音を響かせ、ズルズルとシーツの裾を引きずりながら窓へ移動する。
大きな厚めのカーテンを引き、同じくらい大きな窓を開ければ、視界には満点の夜空が。
今日はずっと屋敷で仕事をしていたために天気は分からなかったが、どうやら綺麗に晴れたらしい。
きっと今頃、幼い頃田中に聞いた物語…織姫と彦星が天の川の上で出会っているのだろう。
年に1回しか逢えない愛しい相手に出会えたことを喜んでいるに違いない。
けれどシエルは、それを鼻で嗤った。
「1年に1回“も”逢えるんだ。幸せな方だろう」
窓枠に腰掛け、シーツを自分の身体に巻きつける。
ザワザワと風で揺れる木々の音が耳に伝わり、穏やかな風が頬を撫でる。
見上げれば満天の星空と、なんとも美しく心地よい空間だと言うのに…。
なぜかシエルの表情が晴れることはない。
(それはそうか…)
己はすでに血で汚れ、こんな美しいものに囲まれて生きることなんてもう無理なのだ。
この場で自分はただの“異質なもの”だろう。
「邪魔して悪かったな」
夜空を見上げながら言う。
せっかく嬉しい逢引を邪魔しては野暮っていうものだろう。
特に自分なんかの人間が。
シエルは自嘲しながら瞳を閉じて、窓枠に背を預ければ。
「貴方は本当に好き勝手なさる方ですね」
黒い声。
それは自分と同じ、この場では“異質なもの”で。
いや、この場でなくともコイツは異質なものだろう。
シエルはゆっくりと瞳を開け、その姿を視界に映す。
闇の中に紛れる執事の皮を被った悪魔がそこにはいた。
「星を見るなら見ると一言仰ってくだされば、きちんとその場を作りましたのに」
「別に。星を見る見ないは僕の勝手だろう」
「それで風邪でも引かれたらどうするのです」
「そう言われると思ってシーツをちゃんと掛けておいた」
まるで自慢をするかのように自分に巻き付かせているシーツを見せ付ければ、本当に口の減らない主人です、と相手はため息をつく。
「今から温かい紅茶を用意しましょう」
「いらん」
「シーツを掛けていると言ってもまだ夜風は冷たいですから、お身体が冷えてしまいます」
「必要ない」
「ですが」
「セバスチャン」
シエルはセバスチャンから視線をずらし、夜空へと戻す。
「そういうことをされたくないから、僕は貴様に何も言わなかったんだろうが」
今だけは何もかも必要ない。
眼帯も、指輪も、そして己の存在さえも。
ただ幼い頃に聞いた田中の話しを思い出して、静かに星を眺めたかっただけだ。
まぁ、楽しむことは出来なかったけれど。
「お独りになって感傷に浸りたかったと?」
しかしセバスチャンはクスリと笑いながら嫌味を吐く。
こちらの気持ちを分かっているのかいないのかは分からないが、どちらにしても今のシエルに対して説教しないと気がすまないらしい。
「誰がそう言った」
それにシエルは低い声で返す。
「貴方が独りで星を見たいだなんて可笑しな話でしょう」
「貴様、僕を何だと思っている」
「小さな小さな非力な子供、とでも言ったら満足ですか?」
「………ッ!!」
言われた言葉にカッして履いていたスリッパを片方投げつけてやるが、それを簡単にかわされてしまう。
いつだってこの悪魔はそうだ。
僕のことを見下して、おちょくって、嗤って。
だが仕方が無い。
それがこの悪魔の本質なのだから。
「出て行け」
言いながらもう片方のスリッパも投げつける。
「今すぐ出て行けッ」
「坊ちゃんはまだ織姫と彦星の逢引を覗き見するおつもりで?」
「貴様には関係ない。命令だ、今すぐ出て行け!」
「おやおや」
わざとらしく肩を上げてため息をつくセバスチャン。
そして投げつけられたスリッパを片方ずつ拾い上げ、それを持ってシエルへと近づく。
「そんなものどうでもいい、早く出て行け」
「はいはい、分かっていますよ」
そう言いつつも相手は歩みを止めることなく、シエルの元に膝を付き、そこにスリッパを綺麗に並べる。
その動作は完璧な執事の姿だというのに。
口を開けば最低な言葉しか吐かないなんて、自分と死神以外の誰が知っているだろうか。
睨みつけたままその動きを“見張って”いれば、セバスチャンは膝を付いたままこちらに顔を上げる。
その顔に笑みはなく、赤い瞳とどこか真摯な表情のみ。
「…なんだ」
「美しいものの中に美しいものがあっても、それは目立たない」
「は?」
「ですが、汚れた中にある美しいものは、最高に美しく見える」
急に何の話だと首を傾げるも、セバスチャンは気にせずに続ける。
「貴方がそんな所にいては、貴方の価値が勿体無いですよ」
「どういう…」
「ここまで堕ちなさいマイロード、その方が貴方に相応しい」
執事が主人に命令形を使うとはどういうことだと口を開こうとすれば、急に視界が真っ赤に染まる。
(…あ?)
何が起こったのか。
なぜいきなり視界が真っ赤になった?
いや、視界が真っ赤に染まったのではなく。
とても近くにセバスチャンの瞳があるということで。
じゃぁ、これは。
唇に触れる感触は。
「では坊ちゃん、良い夜を」
スルリと首筋を撫でる感触にビクリと身体が震え、ようやく思考が何かから開放される。
しかし口から言葉は何も出てこなくて。
いつもの笑みを浮かべながら一礼して部屋から出て行くセバスチャンの後ろ姿をただ見送ることしか出来なかった。
(Veuillez tomber tôt dans ici…)
END

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