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【2017/01/19 19:47 】 |
3日目/引き返せない、だってソレに気付いていないから

一周年



 

外からはザァーと雨が強く地面を叩く音が聞こえてくる。
きっと庭の土も雨に抉れ、晴れた時には花も沢山倒れてしまっているだろう。
シエルは窓の外に目を向けながらフィニの悲しむ顔が浮かび、苦笑した。

「読書は終了ですか?」

視界には映っていない横の方向からセバスチャンの声が聞こえ、シエルは首を回してそちらを向けば、透明なグラスに入った紅茶を持っているセバスチャンが。
今日は雨のせいで室内も蒸しているので、どうやら冷たい紅茶を持ってきたらしい。
シエルは膝の上で開いていた本を閉じ、ソファの上に置いた。

「雨の音に惹かれてな」
「随分と降っておられますよね」
これでは馬車でも屋敷に来ることは不可能でしょう。

その言葉にシエルは紅茶を受け取り頷いた。
本当は今の時間はファントム社の商談の時間だったのが、生憎この雨。
商談相手はこの屋敷に来ることは叶わず、次回へと先延ばしになったのだ。

「いつまで降るんだろうな、この雨」

紅茶を一口飲み、カランと氷の音を立てる。

「早く止んで欲しいのですか?」
「…雨は嫌いじゃないが、これほど強い雨は好きじゃない」
「理由をお聞きしても?」

セバスチャンはソファに座るシエルの斜め前に膝を付き、シエルの顔を見上げるような形になる。
それはもう話を聞きますよ、という体勢で。
これで僕が首を横に振ったらどうするんだ、と呆れてしまう。
けれどセバスチャンの予想通り、そのつもりはないのがどこか悔しい。
それでも深いところにある本心を言うつもりはないのだけれど。

「こんなに強い雨だと庭が荒れるだろう」
「…花が可哀相だと?」
「それは自然現象だから仕方の無いことだろう。それに可哀相だなんて思うほど僕は甘い奴じゃない」

驚いたような顔をしたセバスチャンにシエルは眉を顰めて返す。

「ただ、フィニが悲しむだろう」

そう言えば相手もその姿が浮かんだのか、あぁ…、と頷く。
しかしその顔はすぐに歪められ、どこか不機嫌な顔になってしまった。
あのハチャメチャな使用人の一人を思い出し、本日の迷惑までも思い出してしまったのだろうかと名前を呼べば、セバスチャンは不機嫌な顔通りの低い声で言う。

「では坊ちゃんはフィニの為を思って、この雨がお嫌いだと」
「フィニの為というわけではないがな。アイツが悲しんだらきっと僕にも被害がおよぶ」

坊ちゃん、お花さんがぁぁぁぁぁ!!
とノック無しに部屋に飛び込んでくるのだから。

「それでもフィニが関係していますよね」
「まぁ…そうだな」
「では先ほど外を見ていたのも、フィニを思い出していたからですか?」
「・・・・」

どこか重圧感のあるセバスチャンに、シエルはなぜか久しぶりだな、と現状を客観的に捉えている自分がどこかにいる。
しかしそれがどうこうというわけでもなく、ただ久しぶりだと思うだけだ。
(何だろうな、この気持ち)
元々はこれがセバスチャンだったというのに、それを久しぶりと感じるということは、恋人同士を“やり始めて”から随分と恋人のセバスチャンに違和感が無くなっていたらしい。
いや、初めから違和感などなかっただろうか。
相手の優しさには戸惑ったけれど、それを最初から受け止めていたような気もする。

どうしてだろう。
セバスチャンと何の話しをしたか。
セバスチャンがどんな表情をしていたか。
そういうことは思い出せるというのに。

自分の心情だけ、
まるで見えない霧が掛かったように思い出せない。

「否定、しないのですか?」
「あ…いや」

別の方向へ飛ばしていた意識をセバスチャンの声で引き戻され、慌ててセバスチャンを見れば。

「……ッ」

真っ赤な瞳がこちらを見つめていて、なぜか胸が苦しくなった。
赤い瞳など何度も見ているのに、どうしてだろうか。
シエルはいつもより早くなった鼓動を押さえつけるように胸元に手を当て、冷たい紅茶を頬に当てた。

「フィニを思い出したのは、ついでだ」
「ついで…?では何を思い出されていたのですか」

セバスチャンは手を伸ばし、シエルがグラスを当てた反対側に手の平を添え、優しく撫でる。
頭ではなく頬。
手袋越しなのに相手の手の感触がそのまま伝わっているような気がして、シエルは押し当てていただけだった胸元を強く掴み、冷たいはずの相手の“熱”を耐えようとした。
そんな姿に違和感があるのだろう、セバスチャンは怪訝な顔をしながら名前を呼んでくる。

「坊ちゃん、どうしました」
「・・・・」
「坊ちゃん」
「…絶対に言わなければいけないか?」

先ほどまで大きかった筈の雨の音が遠くに感じ、逆に先ほどまで聞こえなかった自分の鼓動の音が煩く聞こえる。
赤い瞳を見ただけで、なぜこんな自分になってしまっているのか分からない。
そして。
なぜセバスチャンがそこまで真剣な表情をして自分を探ってくるのかが分からない。

「言いたく、ないと?」
「そういうわけじゃないが」
「…でも私に知られたくないのですよね」

静かに言うセバスチャンにシエルはコクンと頷く。
すると相手はそうですか、と呟き、頬からゆっくりと手を離した。
耐えていた熱が去っていったことにホッとしつつも、離れていく熱を必死に捕まえようとしてしまった自分は見て見ぬ振りをした。

「普通恋人間に隠し事は無しなのですが」
「・・・・」
「無理やり聞き出すのもどうかと思いますからね」
ここは我慢しますよ。

セバスチャンの言葉にシエルは唇を噛み、俯く。
恋人に隠し事は無し。
(別に気にすることはないだろう)
自分たちは本物の恋人などではないのだから。
でも、それでも。

「…一旦下がりますね」
「…ッ」

音も無く立ち上がる相手にシエルは焦ったようにそれを追いかけ顔を上げれば、彼は赤い瞳で優しく微笑んでいた。

「・・・・」

それは妙な絵で。
だって赤い瞳は悪魔の片鱗なのに、なぜそんな笑みを浮かべているのか。
否。
なんでそんな笑みを浮かべることが出来るのか。
まるで間違ったパズルのピースを無理やり嵌め込まれているような姿にシエルは何も言うことが出来なくて。

「失礼します」

セバスチャンはそのまま一礼して部屋から出て行った。


書斎で一人きりになったシエル。
しばらくの間そのまま動くことも出来ず。
汗をかいたグラスから雫が零れズボンを濡らしていくけれど、それすらも反応せず。

そしてやっとフリーズした脳が最初に出した言葉の指令は、

「出て行くとき、頭、撫でられなかった」

酷くどうでもいいことだった。












外からはザァーと雨が強く地面を叩く音が聞こえてくる。
夜にはどうやら風も出てきたようで、ゴウゴウと唸り声も聞こえ、そして。
(やはり鳴ったか)

雷の音が。

シエルは時折光るカーテンの向こう側を凝視したまま、瞳を閉じることは無い。
けれどその手は両耳に当てられている。
雷の音は低くどこか厚みがある音で、煩く感じるものだ。
たとえ遠くに落ちたものだとしても。

書斎で窓の外を眺めている時。
雷がなるだろうと思っていた。
いつかの嵐のようになるだろうと、思っていた。
自分が子供の頃、両親のベッドで抱きしめられながら眠っていたことを思い出していたのだ。

(そんなこと、言えるわけが無いだろう)

シエルは自嘲的な笑みを浮かべる。
そう、セバスチャンに隠したのはこれだった。
セバスチャンに逢う前のこと。
今はもう失われた時間のことだ。
決して女々しい思いから思い出したわけでもないし、思い出したからといって痛むものはない。
けれど思い出してしまった自分をセバスチャンに知られるのは嫌だった。
そんな自分など、見せたくない。

(なのに)

雷の音が大きく響き、シエルは強く耳を塞いだ。
別にあの頃のように雷が怖いわけではないのだが、なんとなく嫌なのだ。
だから耳を塞いで、この時間を過ぎるのを待てば全く問題はないのだけれど。

(セバスチャン…)

なぜか助けを求めるかのように彼の名前を呼んでいる。
雷が光る度に、音が響く度に彼を思い出しては心の中で名前を呼ぶ。
その様は酷く滑稽なのに、なぜか止められない、否、止めようとしない自分がいた。

数日前から始まった妙な罰ゲーム。
それから優しくなった悪魔。
頭を撫でる感触はすでに身体に染み付くぐらい、日常化され始めた。
そう、先ほど書斎で、そしてそれからずっと頭を撫でられなかったことが“不満”に思ってしまうくらい。

(セバスチャン)

唇だけで名前の形を作る。
声には決してしない。
この名前を名前にした瞬間、彼はどこにいたって自分の傍にやってくるのだ。
たとえ自分に怒っていたとしても、だ。

どうして彼はあの書斎であんな笑みを浮かべたのだろう。
いや、きっと彼のことだ。
恋人には紳士に振舞うべきですよ、とか言って己の感情を押し殺したりもするのだろう。
欲しい相手を力ずくでも手に入れたいと言っていたにもかかわらず、そんな上っ面の美学を振りかざすなんて矛盾しているけれど、悪魔であるのに執事の皮を被っている彼らしいとも思う。
だが…。

(きっと本当はあの時、怒っていたんだろうな)

赤い瞳を見せながらも微笑みを作ったセバスチャン。
そんな微笑を向けられたって、こちらは嬉しくも何とも無い。
いつものように嫌味を投げかければいいんだ。
私に言えないとはよっぽど恥ずかしいことなのでしょうね、とか。
きっと恋人同士になる前だったら言っているに違いない。

どうしてそんなに自分の隠し事を知りたがるのかは分からない。
それでも、無理やり笑みを作るよりもいつもの嫌味を言われた方が良かった。
そしたらきっと自分も今は恋人同士だからなんて言い訳をして、昔を思い出してしまっていた、と話していたかもしれない。
そしたら今のような状態になっていなかったかもしれないし、そして。
頭を撫でてくれていたかもしれない。






「・・・・ッ!!」

また雷が光る。
その後すぐに音が響き、窓ガラスが揺れる。
どうやら近くに落ちたらしい。

それにシエルは唇を噛んで、ずっと閉じることが無かった瞳を閉じる。
こうでもしなければ、きっと大きな声で彼の名前を呼んでしまうだろう。
それでも本当は。

「坊ちゃん」

傍に、来て欲しかった。

「……ぇ?」
「大丈夫ですか、坊ちゃん」

聞こえた声にシエルは瞳を開ければ、自分とカーテンの間にずっと思っていた彼の姿が。
その手には燭台もなく、燕尾服の黒と部屋の闇がまるで1つになってしまいそうなのに、なぜか彼の姿はシエルの瞳にしっかりと映った。

「セバス、チャン?」

呼んではいけないと思っていた名前を口にする。
その声は酷く掠れていてみっともなかったけれど、セバスチャンはそれに対して嗤ったりなどせず、むしろ心配そうな表情で耳を塞いでいるシエルの両手を取った。

「雷が怖いならどうして私の名前をすぐに呼ばなかったのですか」
「…別に怖いわけじゃない」
「でも、嫌だったのでしょう?」

言いながらその両手の甲を親指で撫でる。
手袋越しだとその感触がどこかくすぐったいけれど、今まで心の中でモヤモヤしていたものが少しずつ溶けていくのが分かった。
にもかかわらず、なぜか自分の表情はそれに比例して不機嫌に歪んでしまうから不思議なものだ。

「嫌でもお前の名前を呼べるわけがないだろうか」

いや、不思議なんかじゃない。
本当は分かっている。
不機嫌に歪んでしまう理由を。
これはただの…―――

しかしセバスチャンはシエルの不機嫌さをそのままに捉えたようで、困ったように苦笑した。

「なぜですか?」
「・・・・」
「恋人同士でしょう?」
我慢しないで呼べばいいんです。

セバスチャンはシエルの片手を自分の方に引き寄せ、頬に触れさせる。
そこはなぜか今日は温かくて、初めて自分の手先が随分と冷たくなっていることを知った。
どうやら少しでも熱を分けようとしてくれているらしい。その証拠にもう片方の手はセバスチャンに手に包み込まれ、ずっと撫で続けられている。

「だが」

けれどそんなことは気にしていないフリをして、思い切り相手を睨んでやる。

「お前、怒っていただろう」

そんな奴を呼べるわけがない、と言えば、セバスチャンの撫でていた手が止り、え?と口元が引き攣った。

「……なぜそうお思いに?」
「見ていたら分かるに決まっているだろうが。何年の付き合いだと思っている。あんな恋人仕様の笑みで僕を騙せると思ったか馬鹿者め」

シエルはフンとそっぽを向き、温めてくれていた手を引っこ抜く。
冷たかった筈の手先は先ほどとは打って変わってジンジンと熱を放っていて、それを隠すようにシーツの中へ仕舞ってしまったが、セバスチャンはそれを追いかけるようなことはせず、どこかボーゼンとしたような表情を浮かべていた。

「普通、騙されるんですけどね」
「だから僕を頭の沸いた女共と一緒にするな」
「…すみません」

セバスチャンは謝り、シエルの傍らに膝をついてしゃがみ込んで頭をそっと撫でた。

「・・・・・」

それにシエルは黙ったまま顔をセバスチャンの方に向け、見つめる。
ベッドの傍らにしゃがんだせいか、同じ目線…しかも自分は寝たままの体勢なのだから妙な感じだ。
顔の近さにも昨日の額の感触を思い出し、手だけではなく額まで熱くなってくるが、今動く気にはなれない。
だって、やっとセバスチャンが。
やっとセバスチャンが頭を撫でてくれたのだ。
そう考える自分が心底気持ち悪いと思いつつも、やはりそう思うことを止める自分は現れない。




「怒っていないと言ったら嘘になりますが」

暫しの沈黙の後、セバスチャンから口を開く。

「別に坊ちゃんが気にすることはないのですよ」

まだ撫で続ける手と同様にその声も表情も優しいものだったけれど、シエルは満足しなかった。

「だが僕が関わっているだろうが」
「しかし坊ちゃんが悪いわけではないと思います」
「思いますとは何だ。はっきりしない奴だな」
「……ですから、」
「まどろっこしいのは嫌いだ」

シエルはセバスチャンの言葉を遮りピシャリと言い放つ。
それにピクリと微笑みを浮かべていた口元が動いたのを見て、シエルは口角を吊り上げその頬に手を伸ばす。
すると瞬時に相手の瞳が真っ赤に染まったのを見て、なぜか唐突に隠れていた何かが見えた気がした。



どうしてだろう。いや、初めから違和感などなかっただろうか。そして僕も魔法が掛かったかのように、相手に突っかかることもなく会話をしていることも。自分の心情だけ、まるで見えない霧が掛かったように思い出せない。(何だろうな、この気持ち)だって赤い瞳は悪魔の片鱗なのに、なぜそんな笑みを浮かべているのか。その言葉はなぜか自分の何かを抉った。(やっぱり、おかしいだろう)しかしそれがどうこうというわけでもなく、ただ久しぶりだと思うだけだ。昨日からセバスチャンが魔法が掛かったように優しいことも。セバスチャンと何の話しをしたか。相手の優しさには戸惑ったけれど、それを最初から受け止めていたような気もする。セバスチャンがどんな表情をしていたか。それは妙な絵で。元々はこれがセバスチャンだったというのに、それを久しぶりと感じるということは、恋人同士を“やり始めて”から随分と恋人のセバスチャンに違和感が無くなっていたらしい。そういうことは思い出せるというのに。否。なんでそんな笑みを浮かべることが出来るのか。どこか重圧感のあるセバスチャンに、シエルはなぜか久しぶりだな、と現状を客観的に捉えている自分がどこかにいる。



(あぁ、そうか)

僕はうまくこの罰ゲームに流されていたということだ。
素直な言葉も、嬉しい気持ちも、それは本心だけれど全て流されて出てきたもので。
だから。

それが違和感として引っ掛かっていたのだ。


「その優しさは嫌いじゃないが、その“甘さ”は嫌いだ。恋人同士だからって自身を作り上げる本質まで変える必要はないだろう。この罰ゲームは“魔法”じゃないんだ」

シエルは笑いながら言う。
放った言葉にセバスチャンの表情が“元に戻った”のが見えて、やっと満足感を得始める。

「勿論今までの僕とお前の“恋人同士”の思いは本物だろう。けれどどこかで“本来の自分”を埋めてしまってないか?いや、恋人という名を使って隠してしまっているだろう?」

この始まった罰ゲームの
違和感を消す為に。
今の関係……“恋人同士”という関係を意識させる為に。

「なぁ?セバスチャン」

相手を挑発するように名前を呼んでやれば。

「…貴方相手にゲームをするのも楽じゃないですよ」

その挑発に悪魔は“答え”を返した。
頬に触れていた手首を痛いほど強く掴み、白いシーツに縫い付ける。
そして彼はシエルに覆い被さるようにベッドへと乗り上げた。

「甘い甘い恋人同士の時間を堪能していれば良かったものを」
「はッ。そんなものを僕が望むとでも思っていたのか」
「たとえ罰ゲームでも、ゲームという名がついていれば正々堂々と向き合うと?」
「どうだろうな?ただこの“恋人ゲーム”に主導権があることすら気付かず、かつそれをお前に握られているというのが我慢ならないだけだ」

覆い被さられているにも関わらず、シエルはセバスチャンに向かって笑ってみせる。
それは決して偽りなどではなく、心からの笑み。
ゲームが始まってからやっと初めて心がスッキリとした。

やはり僕とセバスチャンはこうでなければ。
たとえ恋人同士でも噛みつくことを忘れてしまっては、それは僕たちではない。
それはただの恋人同士という名の“本物”の皮を被った嘘(偽物)だ。
この悪魔が執事という名の本物の皮を被った嘘(偽物)のように。

「ではいいのですね?私が“私のまま”貴方の恋人になって」
「甘いお前は気持ち悪い」
「…また随分と言ってくださるじゃないですか」
ですが。
「素直で甘い貴方は可愛らしいものがありましたよ?」
「黙れこの詐欺師がッ」

揶揄するように言われ頬を赤く染める。
それにセバスチャンはクスリと笑い、また可愛いですね、と言いながら頬に口付けてくるのだから敵わない。
今までの甘いセバスチャンも嫌だけれど、このストレート過ぎるセバスチャンも如何なものだろうか。
それでもやはり。

「では坊ちゃん」

これがセバスチャンだと思う。

「一体何をあの時思い出されていたのですか?」
「……いきなりそれか」
「私に隠し事をするなんて腹が立つんですよ」
「さっき僕が悪いわけではないと言っていた気がするんだが」
「思います、と言ったでしょう?」
それとも坊ちゃん。

セバスチャンはニヤリと笑い、続ける。

「私に言えないとはよっぽど恥ずかしいことを思い出されていたのですか?」
「……っ!」

ほら言った。やはり言った。
自分の予想通り過ぎて怒りなんて湧いてこず、むしろふき出してしまいそうになり、シエルはシーツに縫い付けられていない方の手で咄嗟に口を覆った。
それをどう思ったのか、セバスチャンは隠すことなくムッとした表情になり、その手の甲に唇を落とす。

「ッ!おい!」
「駄目ですよ坊ちゃん。言ったでしょう?恋人同士に隠し事は無しだって」

今度は額に唇が。
それは今までと同じ優しさを持っているのに、雰囲気と言葉だけが変わり、シエルを攻め立てる。
(あぁ、くそッ)
優しい彼ではなく、書斎で赤い瞳を見た時のようにセバスチャンそのものに触れらた方が心臓の鼓動が早いというのはどういうことだろうか。
このまま黙っていてはどうなるか分からないと判断したシエルは早々に白旗を揚げた。

「……ちょっと、昔を思い出していただけだ」
「昔?」
「子供の頃、雷がなった時のこと…あ、そういえば」

話しながらシエルは雷の存在を思い出し、話の続きを放棄してセバスチャン越しに窓を見れば、もう雷の音はどこにも聞こえず、雨の音もしていない。
どうやらセバスチャンが現れてから、いつの間にか止んでいたらしい。
そこまで意識をセバスチャンに奪われていたなんて、なんだか恥ずかしいやら悔しいやらでシエルは眉を顰めたが、それ以上に不機嫌な顔をした相手が低い声でシエルの名を呼んだ。

「坊ちゃん、今は私とお話をしている途中ですよね?」
「あ、あぁ…悪い」
「雨が降っては過去のことやフィニのことを思い出し、私と喋っているにも関わらず別のものに意識を奪われるとは、恋人として最低ですよ」
「そこまで言うこと無いだろう」

確かに会話の途中で雷に意識が向いたことは悪かったと思うが、そこまで言われる筋愛は無い。
相手に負けじと低い声で言えば、セバスチャンはわざとらしい大きなため息をついてからその話しを切り出した。

「では約束をしましょうか」
「約束?」
「一緒にいる間は別の人のことを考えてはならない」
「…馬鹿か」

意味が分からない約束ごとを一言で一蹴するが、相手は引かない。

「普通約束なんてしなくても当たり前のことなんですよ?」
「何が当たり前だ。別に一緒にいたって他のことを考えても何の問題も無いだろうが」
「あぁそうですか。まぁ、お子様で何でも惹かれる坊ちゃんには難しい約束でしたね」
「何だと貴様ッ」

心底馬鹿にした言葉にシエルは噛み付く。
上手く乗せられていると分かっていても、ここで噛み付かないでいられるほど、まだ自分は大人じゃない。
シエルはいいだろう、と頷いた。

「ただしお前も僕と一緒にいる間は別のことを考えるなよ」
「人から物事にまで発展していますが…まぁ、いいでしょう」

では、約束ですよ。

言いながら小指を差し出される。
その子供染みた仕草にシエルは呆れつつも、大して警戒せずにそのまま小指を差し出せば。

「…んぅ?」

唇に柔らかい感触と、近すぎてぼやけてしまいそうな赤い瞳。
差し出した筈の小指には、相手の小指ではなく指全体が絡み付いていて。

「んッ…!」

柔らかい感触が離れた後に、ベロリと濡れた感触が唇を襲った。
口付けられ、しまいには唇を舐められたのだと分かった時、すでにセバスチャンはベッドから降りてこちらを楽しそうに見下ろしていた。

「お、お、おまっ…」

濡れた唇がスースーするのを感じながら真っ赤になって身体を震わせる。
何て言ったらいいのか言葉が出てこない。

「では、おやすみなさい。坊ちゃん」
また明日。

しかしそんなシエルを余所にセバスチャンは楽しそうな表情のまま一礼をし。
優しく頭を撫でた。




そしてセバスチャンは寝室を出て行く。
シエルの見えないところで、幸せそうな。
けれど複雑そうな表情を浮かべて。

そしてシエルは唇を拭う。
セバスチャンの見えないところで、恥ずかしそうな。
けれどどこか嬉しそうな表情を浮かべて。








それでも二人は気が付いていなかった。
今日という日こそがこの罰ゲームの本当の始まりだということを。
そしてこれこそアロイスが一番に求めていたことだということを。

甘い時間の終わり。
それはただの恋人同士という名の“本物”の皮を被った嘘(偽物)の終わり。

イコールそれは。

本物の始まり。



本来の自分自身のまま恋人同士を演じるなんて本当は不可能なのだ。
なぜなら自分自身が相手のことを嫌いなら恋人同士になれるわけがないのだから。
けれど。
二人はそれに気が付かない。


それでも。


恋人ゲームは、

あと残り4日。

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【2011/07/22 17:33 】 | Project | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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