久しぶりに外は大雨で、急遽予定は変更となった。
それはきっと坊ちゃんにとっては嬉しいものだろう。
なんせ大好きな読書が出来るのだから。
しかし彼は。
「ただ、フィニが悲しむだろう」
まったくもって面白くなかった。
「では坊ちゃんはフィニの為を思って、この雨がお嫌いだと」
「フィニの為というわけではないがな。アイツが悲しんだらきっと僕にも被害がおよぶ」
「それでもフィニが関係していますよね」
「まぁ…そうだな」
「では先ほど外を見ていたのも、フィニを思い出していたからですか?」
「・・・・」
イライラする。
恋人同士なのに。
“恋人である私”が剥がれてしまうほど、苛立ってしまう。
「普通恋人間に隠し事は無しなのですが」
「・・・・」
「無理やり聞き出すのもどうかと思いますからね」
ここは我慢しますよ。
そう言ってから、1つの疑問が浮かんだ。
私は坊ちゃんの気持ちが自分に向いていると知っているくせに、
なぜここで
『貴方が好きなのは私でしょう?』
そう伝えてしまわないのだろう。
いちいちこんな舞台に上がっている必要などないのではないか?
坊ちゃんが仮初の恋人同士をすることに嫌がったのは、無意識に自分の心の蓋を開けられるのが嫌だから。
なら、私は?
なぜ私は、あんな餓鬼の作った舞台に乗ることを選んだ?
―――そろそろ自覚させて私のものにしてもいい頃合だろう。
いや、あの時は本当にそう思っていた。
「…一旦下がりますね」
(今ここで言ってしまえ)
「失礼します」
(貴方が好きだと)
けれど現れたのは“恋人である私”の笑みで。
結局自分は何も言えなかった。
にもかかわらず。
やはり彼は自分の斜め上にいくのだ。
雷が鳴り響く夜中。
きっと震えていると思って部屋に行けば案の定。
しかし、
「お前、怒っていただろう」
「……なぜそうお思いに?」
「見ていたら分かるに決まっているだろうが。何年の付き合いだと思っている。あんな恋人仕様の笑みで僕を騙せると思ったか馬鹿者め」
彼は、
「その優しさは嫌いじゃないが、その“甘さ”は嫌いだ。恋人同士だからって自身を作り上げる本質まで変える必要はないだろう。この罰ゲームは“魔法”じゃないんだ」
“恋人である私”を見破って、
「勿論今までの僕とお前の“恋人同士”の思いは本物だろう。けれどどこかで“本来の自分”を埋めてしまってないか?いや、恋人という名を使って隠してしまっているだろう?」
私自身を引き出させた。
「…貴方相手にゲームをするのも楽じゃないですよ」
この人間はどうしてこうも簡単に私が作り上げてきたものを壊すのか。
悪魔であった自分も、そして“恋人である私”も壊して、
どうしてそんなにも強く求めてくるのか。
それは無意識であるが故の強さか。
「甘い甘い恋人同士の時間を堪能していれば良かったものを」
「はッ。そんなものを僕が望むとでも思っていたのか」
「たとえ罰ゲームでも、ゲームという名がついていれば正々堂々と向き合うと?」
「どうだろうな?ただこの“恋人ゲーム”に主導権があることすら気付かず、かつそれをお前に握られているというのが我慢ならないだけだ」
(本当に貴方と言う人は…)
どこまでも気が強くて、プライドが高い。
だからこそ悪魔である自分と渡り歩くことができるのだろう。
偽物などいらない、本物だけ寄越せ。
言外にそう告げていることを、貴方は気が付いていないでしょう。
その言葉の本当の意味を。
そして私自身も気が付いていなかった。
「では、おやすみなさい。坊ちゃん」
甘い時間の終わり。
それはただの恋人同士という名の“本物”の皮を被った嘘(偽物)の終わり。
イコールそれは。
本物の始まり。
そこに、
『なぜ私は、あんな餓鬼の作った舞台に乗ることを選んだ?』
この答えがあるということに気が付いていなかった。
それでも、警鐘は聞こえていたのだ。
唇を重ねた嬉しさと共に。
本来の自分自身のまま恋人同士を演じるなんて本当は不可能なのだ。
なぜなら自分自身が相手のことを嫌いなら恋人同士になれるわけがないのだから。
けれど。
二人はそれに気が付かない。
(シエルは「偽物の気持ちなどいらない、本物の気持ちだけ寄越せ」と言ったことを)
(セバスチャンは「ではいいのですね?私が“私のまま”貴方の恋人になって」と聞いた意味を)
それでも。
恋人ゲームは、
あと残り4日。

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