「愛なんてまやかしだ」
そう言いながら彼は白いシーツを抱きしめて、枕に顔を埋めた。
「先ほど愛を囁いたばかりの私に対する嫌味ですか?」
その彼、シエル・ファントムハイヴの隣で片肘を付きながら苦笑し、見下ろす。彼は自分と反対側を向いてしまっているので、見下ろされていることに気が付いていないだろう。いや、もしかしたら案外気が付いているかもしれない。こういうことに関して、彼の気配を探る能力は他の人間よりも秀でている。
「嫌味?ただの真実だろう」
「では遠回しに私の愛を信じていない、と仰いたいのですか?」
枕のせいでくぐもった声にそう言葉を返せば、遠回しではないだろう、と再びくぐもった声が。
「ストレートにそう伝えたつもりだが」
「あぁ、そうでしたか」
先ほどまで身体を繋げていたというのに、どうして今こんな話をするのか。いや、まず自分の愛を信じていないにも関わらず、彼はずっと抱かれていたというのか。そんな苛立ちを隠すこともせずにセバスチャンは声に棘を含ませた。
「まぁ、貴方には分からないでしょうね。愛がどのようなものか」
「悪魔の貴様が言うか」
「えぇ。悪魔は愛を売るのも仕事ですからね。求められればそれを返さねば」
「はっ。悪魔が売っているのは愛ではないだろう。ただ甘美な匂いを放たせて誘い、貪っているだけだ」
言うなれば食虫植物だな。
シエルはそう言って嗤い、埋めた顔を枕にこすりつけるように動かした。
「酷い言い草ですね」
「本当のことを言ったまでだ」
「では貴方自身も、甘い匂いにつられ食された虫のひとりだと?」
「…僕はそこまで堕ちていない」
「では貴方は何だと言うのですか」
彼が何を言いたいのか分からず、剥き出しの肩に触れ、無理やり自分の方を向かせる。その掴んだ肩は恐ろしいほどに細く、そして冷たかった。
コロンと転がる要領で彼がこちらを向き、ようやくその顔を見ることが出来たが、それは怖いくらいに無表情を貫いていた。
「さぁ、何だろうな」
「坊ちゃ、」
「滑稽か?」
「え?」
「こんな僕は、滑稽か?」
無表情のまま、彼は問うてくる。何故、本当になぜ今更そんなことを聞いてくるのだろう。もう両手、いやたとえ両足を足したとしても足りないほど身体を重ねてきたというのに。
(滑稽なわけないでしょう)
自分はこのシエル・ファントムハイヴを本気で愛しているのだから。そして先ほどまでは相思相愛だと思っていたのだし。
セバスチャンはゆっくりとため息を付きながら無表情の頬を撫でれば。
「………」
「………」
表情は変わらない。だか、瞳が少しだけ揺れたのを、悪魔の自分は見逃さなかった。名前を呼びながらもう一度撫でれば、今度は明らかに瞳が揺らいだ。
(あぁ…そうか)
瞳が揺らいだにも関わらず、まだ無表情を貫いている彼に苦笑し、そしてそのまま唇を寄せて口付けた。
「ん、ふ…」
いきなり口付けたというのに、相手は怒ることも抵抗することもなく。そのままセバスチャンを受け入れた。けれど背中に腕が回ってくることはない。
セバスチャンは出来るだけ優しく啄み、口腔を犯していく。無意識に身体はシエルに覆い被さる形となり、しかしそれに気が付いても互いにそれを咎めることもせずに、あくまで優しく互いの唇を貪り合う。
「ふは、…はぁ……」
唇を離したあと彼は若干息を乱しており、自分との間には銀の糸が引いてあるのが瞳に映ったけれど、あえてそれをそのままにして口を開いた。
「滑稽だなんて思いませんよ」
「………」
「ただ、馬鹿だとは思いますがね」
プツリと銀の糸が切れてしまう。それが何だか気に食わなくて、もう一回唇を寄せ口付ける。なんの前触れも無しに会話の途中いきなりだったせいか、先ほどとは違い驚いような声が口の内から聞こえたが、気にせずに口付ける。なんとなくこれくらいか、と数分後に唇を離してみるが、シエルが頬を赤くして、くったりしただけで、今回は銀の糸が出来なかった。それを残念に思いつつも、可愛い彼の姿が見られたので良しということにしようと、頬に軽く口付けて、先ほどの会話を続けた。
「不安なら不安だと、そう言えばいいじゃないですか」
「………!」
シエルの肩がピクリと揺れ、そして気まずそうに視線を逸らせた。真実を付いてしまえば彼は素直だ。ただしそれは自分の前限定で。
「そしたら私は嫌というほど分からせて差し上げますよ」
「いや、もういい……」
視線を逸らせたまま、シエルは首を振る。その頬が先ほどの口付けではなく、別の気持ちから赤くなっていることにセバスチャンは気が付いたけれど、それは見てみぬふりをした。
たとえ不安からきた言葉だったとしても、こちらも少し傷付いたのだ。癒やしてもらわないと割に合わない。
「いいえ。私は悪魔ですから坊ちゃんが不安がるのも仕方がないでしょう。ですがそう思わせてしまう隙があったのは私の失態です。申し訳ありません」
「いや、ただ勝手に不安になった僕の責任だ。別ににお前が悪いわけじゃない」
「責任だなんて。そんな言葉を恋人間で使わないでくださいよ」
首元に顔を埋め、もともと沢山の赤い花が咲いている所に、より花を増やす。それに小さな甘い声を上げて身体を震わせた後、おい!と制止の声を掛けてきた。
「も、無理だからっ!」
「無理?あぁ…ですが私は食虫植物ゆえ、目の前に好物がいたら甘い匂いを出さずにいられないのですよ」
まぁ、もっとも…。
セバスチャンは舌を首筋を通り、上へ上へと辿っていく。そして、唇の部分でピタリと止まり。
「私は待つだけなんて、出来ませんがね」
そのまま食べる勢いで彼の唇に噛みついたのだった。

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