(学園パロ/シエルがビッチ設定)
「ふぅん・・・なるほどな。そんなことになっていたのか」
シエルは自分の席に頬杖をし、窓の外を眺めながら呟く。
外はもう夕暮れで、夜がすぐそこまで来ている。
この時間に残っている生徒は部活に入っている生徒でもごく僅かだろう。
「それはどこから得た情報だ」
目線は外を向けたまま、すでに分かっている答えをあえて少し離れた男子生徒に尋ねる。
すると男子生徒は少し躊躇ったような口調である人物の名前を口にした。
(やっぱりな)
予想通りの名前にシエルは口元に弧を描く。
「暫く貴様に用はない」
ガタンと音を立てて立ち上がり振り返り、一歩前に進み出る。
そして手を伸ばし相手の顎を掴みながら首筋に顔を寄せてスンと匂いを嗅げば、名前の奴と同じ香り。
以前は僕の香りしかしなかったのに。
「他の奴にも尻尾を振るのは構わないが、相手が悪かったな」
奴のマーキングが付いた貴様に抱かれる気はない。
シエルがそう言えば男子生徒は泣きそうな顔をするが、それを無視したままニヤリと笑い、机に掛かっていた自分の鞄を手にして教室を出て行く。
(これで五人目・・・だな)
廊下を歩きながら携帯のアドレス帳を見つめた。
そこにはこの学校の生徒半分くらいの名前がぎっしりと詰まっている。
自分がマーキングしておいた犬に手を出すなんて、悪趣味な奴だ。
きっとワザとに違いないだろう。
奴は生徒には手を出さないと思っていたが、読み違えていたらしい。
(僕がマーキングした奴なら誰でも構わないってところか)
誰もいない廊下でシエルの携帯を閉じる音が高く響いた。
「おや、お隣は貴方ですか」
ガヤガヤと騒がしい教室の中で、どこか“真っ直ぐ”すぎる声がシエルの耳を刺激した。
息を吸えば、最近よく鼻にする香りと同じ香り。
嫌味なほど、あまったるい香水の匂い。
「・・・隣になるのも話すのも初めてだな」
シエルはいつもと変わらない席に座り、窓の外を眺めたまま言葉を返す。
今日は担任の気分によって席替えが行われた。
入学当初に席替えはしないと断言していた筈なのに。
きっとこの男が担任を動かしたのだろう。
席が隣同士になったのも決して偶然ではないとシエルは思う。
「この高校に入学してから半年も経つというのに、話した事がないなんて不思議ですね」
「そうだな」
「けれど私は貴方のことをよく知っていますよ、シエル・ファントムハイヴ」
「・・・あぁ、僕もだ。セバスチャン・ミカエリス」
首を傾け、目線を隣に流す。
そこには黒い黒い漆黒の姿。
獲物を見つめる赤い赤い瞳。
セバスチャン・ミカエリスが笑っていた。
「随分と僕のことを意識してくれているじゃないか」
「おや、気づいていられたのですか?」
「白々しい。いつも貴様の香水を僕の犬たちにつけておきながら・・・」
「最初は教師だけかと思っていたんですがね。まさか生徒にまで手を出されておられるとは御見それいたしましたよ」
「・・・何が目的だ」
「さぁ?」
セバスチャンは酷く楽しそうに見つめてくる。
その赤い瞳に自分の姿が映り込むのが見え、どこか捕らわれた感覚に身震いし、シエルは自分から目を逸らした。
セバスチャン・ミカエリスが僕のことを挑発していると分かったのは随分前からだ。
入学当初はお互いの存在を知りつつ、そして“同族”だということを理解しつつ、あえてその存在を無視していた。
このテの同族は関わらない方がお互いの為だからだ。
初めシエルはセバスチャンがマーキングした相手には手を出さなかった。
しかしどうしても欲しい情報があったときには他の犬とは違った方法で情報を貰い、自分のマーキングをすることはなかった。
けれど暫く経ってから、セバスチャンはシエルの犬に手を出すようになった。
初めは偶然、または相手側が僕の犬だと知らなかったのだろうと思っていたが、手を出されたのが三人目にのぼる頃、これはワザとだということを確信した。
なぜかは分からない。ただの勘。本能的な察知みたいなものだろう。
けれどそう確信しても、シエルはセバスチャンに何か言うこともしなければ、何かをすることもなかった。
此方はただ裏の情報が貰えればそれでいい。
そしてそれの対価として身体を重ね、マーキングして、自分の犬に成り下がればそれでよかった。
それで良かった筈なのだ。
しかし。
「昨日は彼に抱かれなかったそうですね」
「・・・・」
「情報を貰っておきながら抱かれてあげないだなんて、よく犬に噛まれませんでしたね」
あぁ、飼い主には噛まないんでしたっけ。飼い犬って。
そういうセバスチャンにシエルはため息をついた。
「・・・僕の勝手だろう。貴様には関係ない」
隣にいるせいか、彼の香りが強く鼻腔を擽り酷くイライラする。
そう。だから抱かれなくなった。
情報が貰えるならどうでも良かった筈なのに、彼の香りという名のマーキングが付いた相手に抱かれるなんて考えるだけで酷く苛立ったのだ。なぜかは分からない。
自分が相手の思惑に嵌っていると考えればそれはそれで苛立つものだけれど、別に情報の収入源は他にもあるのだから損はしていない。
しかしそれはいい訳にしか過ぎないことをシエルはよく理解していた。
「貴方は先ほど目的を問いましたね」
そう言いながらセバスチャンは鞄から白い封筒を取り出し、シエルの机の上に置いた。
その時どこか金属がぶつかったような音を耳にしたのは気のせいだろうか。
置かれた白い封筒を見つめ、眉を顰めながらセバスチャンの方に目線を戻せば赤い瞳とぶつかった。
「招待状です」
「・・・なに?」
「昨日頂いたものですが・・・」
開けてみてください、と促されシエルはゆっくりとした手付きでそれを取り、封筒を開けてみれば。
出てきたのは何度か見たことのある鍵が入っていた。
「どこの鍵か・・・貴方なら分かりますよね」
「・・・・ッ」
「この後はもう授業もありませんし、もし犬たちとの逢引の予約があったとしても、貴方は行きませんよね?」
「何が、望みだ!」
「そうですね・・・あえて言葉にするなら・・・」
セバスチャンはまるで息を吐くように囁きながらシエルの手を掴み、そっと耳元に唇を寄せた。
「犬の唾液にまみれる貴方を私だけのものにしたいんですよ」
「なッ!!」
「勿論、唾液は拭き取って差し上げますのでご安心を」
「・・・ッ、か、代わりに貴様の唾液で汚れるんじゃないのか?」
シエルは保健室の鍵を握り締めながら睨みつけ口元に弧を描いてみせる。
あぁ・・・嫌だなこの感覚。先ほどの捕らわれた時のような感覚。
けれどそれが現実として染み出している。
「えぇ。今更でしょう?」
「大きな犬に舐められる趣味は無いんだがな」
「間違っていますよシエル」
犬になるのは貴方です。
チャイムが鳴る。
騒がしかった教室がより騒がしくなる。
だから気付かない。
いや、気付いたとしても誰が止められるだろうか。
校内人気者の二人の行動を。
学年首位の二人の行動を。
漆黒の夜が蒼い炎の手首を掴んで出て行った。
End

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