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【2024/04/19 23:57 】 |
29.抱きしめる
五萬打御礼企画



何度歩いたか分からないほど歩いた屋敷の廊下を進み、何度ノックしたか分からないほどノックをした扉をノックする。
しかし何度聞いたか分からない声は返って来ず、セバスチャンは眉を顰めながらその扉を開ければ。
そこには瞳を閉じて夢の世界へと足を踏み込んでいる、主人の姿があった。





「仕事を放り出してお昼寝ですか」

セバスチャンはため息を付きながら執務室へと足を入れ、大きな音を立てないように後ろ手で扉を閉める。
そして足音を1つも立てないようにしながら眠っている主人、シエルへと近づけば。

「・・・放り出したわけではない、と」

机の上には丁寧に此方の方を向けて置かれている書類の山。
それを手にとって見てみれば、全てにシエルのサイン、そして追加事項などがキチンと書き加えられている。
どうやら仕事は全て終わらせてからお昼寝を始めたらしい。
しかもそのお昼寝はセバスチャンがここに来ると見越してのものだろう。

「ここに嫌みったらしく置くくらいなら、先に渡してしまえばいいものを」

再度ため息を付きながら手にしていた書類を机に戻す。
ある意味この書類は「立ち入り禁止」の立て札だろう。
『仕事はしてある、だから起こすな』という意味を含めた・・・。
自分のことをよく分かっている小さな主人に苦笑しつつも、この書類に込められているであろう意味を正確に理解してしまう自分にも苦笑してしまう。
互いに解かり過ぎるというのも考えものだ。

セバスチャンは書類からシエルへと視線を変える。
「立ち入り禁止」という名の完成された書類で眠りを守られたシエル。
その表情は年相応の寝顔をしていて、酷くあどけない。
もしこの書類が無ければこの子供を起こしたかという質問を今自分に投げつけられたとしたら、少々迷ってしまうだろう。
それぐらい今のシエルの寝顔は心地よさそうだった。
(この姿だけを見ていると、いつも眉間に皴を寄せているだなんて想像できませんね)
セバスチャンはクスリと笑う。
それは逆に普段の姿では今のような姿は想像できないということだ。
その普段からでは想像できない姿を今見られていることが、妙に今の自分を満足させていることにセバスチャンは気が付いていた。

何気なく足を進め、机を避けて。
そしてそのままシエルの傍らへと身を寄せる。
近くなった位置からは穏やかな寝息が耳を擽り、規則的に胸が上下に動いているのも見えた。
ここまで近づいても起きる気配がないということは、かなり熟睡しているのだろう。

その寝顔は酷くあどけないものだが、その部分部分のパーツは酷く整っていてまるで何かの作品のようでもある。
閉じられた瞼から伸びる睫毛は長く美しいし、ぷっくりと膨らんでいる唇は触ってみたい衝動に駆られる。
それに加えて白い美肌なのだから、どんなにあどけない表情をしていても周りを魅了させるだろう。
現にいま悪魔である自分さえ、この子供から目を離すことが出来ないでいるのだから。

「罪作りな餓鬼ですね」

小さく呟きながら、セバスチャンは手袋を脱いでシエルの頬に触れる。
しっとりとした肌触りが自分の手の平から伝わり、もっと触れたいという新たな欲望が見え隠れしてくる。
入浴時や着替えの時などもこの肌を何度も見ているが見飽きることなどない。触れることはたまにあってもそれは“あくまで執事”の時であって、今のように意味も無く自ら進んで触れるのは初めてだ。
だから素直に欲望が湧き上がってしまうのだろう。
それほどこの人間は魅力的なのだ。
魂だけではなく、身体も、いや、その存在自体が。

セバスチャンは頬に触れていた手を首の後ろへと回し、背凭れから若干背中を浮かせる。そしてそのまま自分の方へと傾け両腕でその身体を抱きしめた。
この身体を抱きしめた回数は決して少なくは無い。けれどそれはほぼ移動の時だけだろう。
それ以外に抱きしめる行為を、この子供が許す筈がなかった。
移動の際に抱き上げる時は、振り落とされないようシエルは腕をセバスチャンの首へと回す。
しかしそれも自ら望んで回すものではないので、必要最低限のものだ。
今は移動するワケでもなく、むしろその相手は深い眠りについているのでセバスチャンの首に腕を回すことはない。
だが今の方が素直に自分の胸の中にいるような気がして、今初めてここでシエルを抱きしめたような気分になった。
それも妙な話しだといつもならば内心で哂うのだろうが、今日は口元に笑みが浮かぶばかり。

「坊ちゃん・・・」

小さく名前を呼んで、頭を撫でる。
抱きしめている身体は温かくて、自分の胸板には緩やかな鼓動が伝わってくる。
それが“生きている証”なのだと思うとストンと胸の中に何かが落ちてきて、よく分からないホワホワした気持ちが自分を包み込んだ。
相手が欲しいという思いと似たような、でももっと優しい思いのような。

「坊ちゃん」

もう一度名前を呼んで、身体をほんの少し離す。
瞳は固く閉じられていて開く気配はない。
口元に弧を浮かべたまま頬を撫で、親指で唇をなぞり。
引き寄せられるようにその唇に己の唇が寄っていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
あとほんの少しで唇が触れ合うところで。

「・・・・ッ」

己の手の甲に描かれた契約印が瞳に焼きついた。

契約印。
悪魔との契約。
魂と引き換えに。

ソノ魂ト引キ換エニ。

セバスチャンはギリと己の唇を噛み締め、あとほんのわずかな距離を埋めることなくシエルから離れていく。
唇を噛み締めたままそっとシエルを椅子の背凭れに戻し、その姿を見つめ・・・。
もう一度だけ頬を優しく撫でた後、素早く手袋と書類を持って逃げるように執務室を出て行った。

(分かっている)

分かっている。
分かっている。

そんな言葉を何度も繰り返しながら、何度歩いたか分からないほど歩いた屋敷の廊下を進んでいく。
何を分かっているのか分からない。けれどこうやって自分に言い聞かせなければ、よく分からない感情が自分のコントロールを突き破って溢れてしまいそうだから。

「分かっていますよ」

痛みを耐えるように、セバスチャンは手の平を握り締めた。











セバスチャンが去った執務室では。

「臆病者」

瞳を開けたシエルが小さく
そう呟いた。




end
 

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【2011/05/28 10:45 】 | Project | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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