とある日のこと。
仕事をしているシエルとセバスチャンの元に、その赤い死神は突然現れた。
「ハァ~ィ、セバスちゃん。お久しぶりDEATH☆」
赤い死神グレル・サトクリフは、風を通す為に開けていた窓にフワリと音も無く降り立つ。
先ほど気配がしたかと思えば、すぐに自分の傍に姿を現した死神。
人間には出来ない荒業が自分たち悪魔と同じように出来てしまうのは厄介なことだ。
人間のように気配を撒き散らしてくるのならば、屋敷の中に入れる前に追い出すことも可能なのに。
「出て行ってくださいませんか」
セバスチャンは書類を手に持ちながらジトリとグレルのことを睨みつける。
死神の存在自体気にくわないが、まず何より今は仕事中なのだ。
主人であり恋人であるシエルの邪魔をさせたくない。いや、させるわけにはいかない。
「え~、久しぶりに会ったというのにつれないわね」
「見て分かるように今仕事中なんです」
「仕事をしているのは、このガキだけでしょう?」
「常に私も執事という仕事をしているのですが」
どうやらここから出て行く気はないらしく、グレルは、ふぅんと適当な相槌を打ちながら窓枠に腰を掛ける。
今その手にデスサイズを持っていないとしても、いつ一体何をするか分からない。
なんせマダムレッドをシエルの目の前で殺した相手だ。そんな相手がシエルの背後にいるというのも落ち着かない。
やはり存在自体気にくわないですね。
セバスチャンはため息をつきながら書類を机に置き、追い返そうとしたところ。
「おい、グレル・サトクリフ」
今まで背後にグレルが立っていたにも関わらず、さも気にせずに無視して仕事をしていたシエルが口を開く。
しかしまだ目線は書類に向けたままだ。
「何が目的だ」
凛とした声で、淀みなく紡がれる言葉。
目的・・・ですか?
内心首を傾げれば、グレルはシエルの背後で、にぃんとチシャ猫のように笑った。
その顔には待っていましたという言葉が刻まれている。
「ちょっとセバスちゃんを貸して欲しいのよ」
「ほぉ?」
シエルはピクリと反応し、書類を机に置く。
グレルと同じように口元に弧を描き、まるで勝ち誇ったような表情だ。
自分の恋人は一体何を理解したというのだろう。
セバスチャンは今の状況を一人飲み込めず置いてきぼりの状態だが、嫌な予感がするのはきっと間違いではない。
「貴様がそれをこの僕に言うということは、それなりのものはあるんだろうな」
「本当に汚いガキね。・・・・ここ一ヶ月での死亡予定者とその場所を教えてあげる」
「大きな事件関連を先に知ることが出来るというわけか」
「アンタにはピッタリの“お支払い”でしょう?」
「あぁ、たまには死神も悪魔も役に立つんだな」
シエルは立ち上がり、振り返る。
今シエルがどんな顔をしているのか、セバスチャンの方からでは窺えない。
分かるのは、自分に背中を向けたということだけ。
その背中が先ほどの嫌な予感は間違えでは無いということを教えてくれた。
「交渉成立だ、グレル・サトクリフ」
・・・坊ちゃんに売られました、私。
「あの、坊ちゃん?」
「というわけでセバスチャン」
今度はクルリとこちらに振り返り、酷く清々しい顔で残酷な言葉を放つ。
「しばらくお前はグレルの物だ」
「本気ですか?!」
「あぁ、お前も聞いていただろう」
「セ・バ・スちゃぁぁぁん!!!」
見えないハートをばら撒きながらグレルはセバスチャンの方へと飛び抱きついてきた。
しかし今セバスチャンはソレを振りほどく余裕はない。
セバスチャンは首を横に振りながら、これは嘘だと心の中で繰り返す。
「私なにか怒らせましたか?」
「別に。たまにはいいだろう。お前も息抜きでもしてこい」
「綺麗な言葉にしても騙されませんよ」
何かワケがある筈だ。
恋人はこんな自分を売ることなどしない。
そうだ、きっと機嫌が悪いんだ。自分が気が付かない間に何かしてしまったんだ。
いつも照れ屋で恥かしがり屋な恋人のことだから、素直に言えないだけに決まっている。
グルグルと思考が回るセバスチャンを見ながらシエルはハッと哂い、
「じゃぁ、ストレートに言ってやる」
発する言葉は。
「しばらく顔を見せるな」
「ッ・・・!!!」
ショックで何も出てこないセバスチャン。
それを見かねたグレルは代わりに何か言い言い返そうと口を開こうとするが。
「・・・たまにはいいじゃない、セバスちゃん」
シエルの表情を見た瞬間言おうとしていた言葉を飲み込み、別の言葉を吐き出す。
「じゃぁ、これが死亡予定者とその場所よ」
「あぁ」
「きゃー!!念願のセバスちゃんとのランデブーよッ!!!」
グレルはショックで動けなくなったセバスチャンを引っ張りながら部屋から出て行く。
窓に足を掛け、もう一度シエルの方を振り返り。
「たまにはアンタも可愛いのね」
そんな一言を吐いて、バイバイキーンと人間の目には見えない距離まで一気に消えていった。
「少しは反省しろ」
いつも自分ばかり掻き乱されているお返しだ。
しばらくの間、窓の向こうを見つめていたシエルだったが
小さく言葉を零し、また仕事へと戻っていった。
end

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