とある日のこと。
仕事をしているシエルとセバスチャンの元に、その赤い死神は突然現れた。
「ハァ~ィ、セバスちゃん。お久しぶりDEATH☆」
赤い死神グレル・サトクリフは、風を通す為に開けていた窓にフワリと音も無く降り立つ。
その声を聴いた瞬間にゾワリと何かが胸を撫で上げた。
背後に立たれたからなのか、それとも別の気持ちの表れか。
可能性はいくつも上げられるが、シエルはあえて何も考えず無視を決め込みそのまま仕事を続ける。
しかしコツリとセバスチャンの足音が耳に届き、目線を上げた。
「ちょっと寒くなりましたね、坊ちゃん」
ニッコリと微笑んだ表情のまま後ろへと周り、グレルが立っている窓まで行けば。
「窓を閉めましょうか」
グレルが立っているにも関わらず、窓を閉めようとするセバスチャン。
黙って成り行きを見守っていたグレルだったが、窓に挟まれると理解した途端に騒ぎ出す。
「ちょッ!!ストップストップ!!窓閉めないで!」
「おやグレルさん。いらっしゃったんですか」
「そう言いながらも笑顔で窓を閉めないで!!」
酷いッ!!と涙声で叫びながらグレルは逃げるように部屋の中に飛び込み、先ほどまでセバスチャンが立ってた位置に着地する。
「相変わらず刺激的ね、セバスちゃん」
「恐れ入ります」
バタンと窓を閉じる音が大きく響き、少しの苛立ちを聴覚から理解する。
厄介なものが来たな・・・とシエルもため息を付きながら手にしていた書類を置き、頬杖をついた。
「で、一体なんの用だ。グレル・サトクリフ」
目の前の赤い死神をジトリと睨みつければ、相手はにぃんとチシャ猫のように笑った。
その顔には待っていましたという言葉が刻まれている。
「ちょっとセバスちゃんを貸して欲しいのよ」
テクテクと近づき、行儀悪く机に腰掛ける。
書類を下敷きにしなかったのは、たまたまだろうか。
「なに?」
「おやおや、随分と面白いことを仰いますね」
「今セバスちゃんは介入なしよ。今このガキと話しているんだから」
言葉を挟んだセバスチャンに、グレルは珍しく素っ気無く言葉を返した。
その様子を見るからに、どうやらグレルはセバスチャンを元に何かの取引をするらしい。
話しを持ちかけてくるということは、セバスチャンを借りる代価は自信があるほど価値のあるものなのだろう。
「それで?」
「セバスちゃんをアタシに貸してくれたら、ここ一ヶ月での死亡予定者とその場所を教えてあげる」
「大きな事件関連を先に知ることが出来るというわけ、か」
「アンタにはピッタリの“お支払い”でしょう?」
「お支払いねぇ・・・」
言葉を繰り返しながら苦笑する。
確かに大きな事件関連を先に知ることが出来るのは美味しい話だ。
けれど、セバスチャンと同じ価値などではない。
セバスチャンに勝る価値のものなど、この世界のどこにもないのだ。
随分と馬鹿にしてくれたものだな。
人の恋人を売買させるような死神に苛立ちを覚え、どんな嫌味を返してやろうかと考えていると。
「ねぇ坊ちゃん」
ポンっと肩に手を置かれる。
その仕草は酷く優しいものなのに、重みを感じるのはどうしてだろうか。
どこかからか警報機がなったが、シエルはギシリと首を横に向けて肩に乗せられた手の先・・・こちらを覗きこむセバスチャンの表情を見た。
その表情は。
「ど、どうしたセバスチャン」
有無を言わせない、清々しい笑顔だった。
「坊ちゃんは私をこの死神に売りますか」
「え?」
「大きな事件を知る方が意味があると・・・?」
「ッ・・・!!」
スルリと首筋を撫で上げ、頬に触れてくる手。
手袋越しだというのに、自分よりも少し低い体温を感じてドキリと心臓が跳ねる。
極め付けに耳元で名前を囁かれ、シエルはブンブンと首を横に振った。
「別に!お前を売ったりなどしない!」
「・・・」
「元々、お前を売るつもりなど、無かった・・・」
信用されていなかったのかとシエルは言いながら内心少しだけ落ち込むと、慰めるように頭に手を置かれ、先ほどとは違った種類の笑顔を返される。
「すみません、坊ちゃん。てっきりいつものことですから、喜んでお売りになるかと思いましたので・・・」
「いつものこと・・・?」
「さて、グレルさん」
言われた言葉に首を傾げるが、セバスチャンは得に気にしたふうもなく視線をグレルへと投げかけた。
「坊ちゃんは私を売る気など無いそうですが」
「・・・私にはセバスちゃんが無理やり言わせたように見えたけどぉ」
「おや、そんなことはございませんよ。ねぇ坊ちゃん?」
振られた言葉に、今度は縦に首を振った。
「交渉は失敗です」
「えー、絶対に上手く行くと思ったのに」
「残念でしたね」
「本当につれないわねぇ。たまには息抜きでもしたらどぉ?」
上手くいくと思っていた取引が失敗に終わりどこか興が冷めたようなグレルは机から降りて、セバスチャンにウインクを投げかけるが、セバスチャンはそれを言葉で跳ね返す。
「そんなもの必要ありませんよ」
だって。
「坊ちゃんが私を癒してくださいますからね」
「・・・ッ!!」
ストレートに放たれた言葉にシエルは口を開け、頬染めた。
セバスチャンが恥かしい言葉をよく口にするのは知っているが、まさかこの死神の前でも言われるなんて思ってもみなかったのだ。
言葉が出ずに口をパクパクしていると、それを眺めていたグレルが大きなため息をついて、どこか重たい足取りで振り返り、扉の方へと歩いて行く。
「もう今日はいいわ。見せ付けられた感たっぷりで疲れちゃった」
また今度遊びましょう、セバスちゃん。
背中越しに手を振り、一度も振り返ることなく扉を使って外へと出て行った。
「さて坊ちゃん」
仕事の続きの前にご褒美ですかね。
「え・・・?」
そう言葉を発したセバスチャンの“ご褒美”で、やはりグレルに売っておくべきだったと思い直したのは言うまでも無い。
end

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