自分は悪の貴族だ。
裏の世界の秩序であり、女王の番犬という首輪を絞めている。
「・・・・」
一般人と同じように平凡な暮らしなど出来ない。
そんなことは分かっている。
復讐を糧に生きる僕だ。
そんな“偽り”など欲しくない。
「どうしました?」
「いや・・・なんでもない」
どこか哂いが含まさった声に首を横に振った。
悪魔にしたら滑稽な姿なのだろうな。
拳銃を持った手が震えているだなんて。
躊躇うことは許されない。
甘えることだって。
それは女王の番犬だからというよりも。
自分は“シエル・ファントムハイヴ”という人間だから。
「哀れ・・・ですね」
「・・・どちらが」
「おや、聞きたいですか?」
聞かなくても分かっている。
セバスチャンは僕のことを言っているのだろう。
こういうところには容赦が無いな、と内心で苦笑する。
二人きりの時にはあんなにも甘い空気が流れるというのに。
今日は、いや・・・もうよそう。
夢の世界に浸る時間ではない。
「命令したら如何です?」
「・・・何?」
拳銃をギュッと握り構え直せば、後ろから声を掛けられる。
振り返りそうになった身体を理性で押し留め、排除すべき鼠から視線を逸らさないようにした。
「私に命令をしてくだされば、“今日は”汚れることなくお屋敷に帰れますよ?嫌な夢を見ることもないでしょう。何もなかったかのように、全て忘れてしまったかのように、この後をお過ごしになれば良いのです」
「・・・本気か」
「さぁ。それは坊ちゃんの受け取り次第でしょうね」
酷く冷たい声だった。
きっとその顔は優しく微笑んでいるのだろうが、その瞳はきっと赤く輝いている。
悪魔として。
あぁ・・・これは。
この悪魔はきっと僕を試している。
ここで命令をするか、しないか。
「随分と舐めてくれているな」
口元に弧を描いてみせる。
セバスチャンがこちらを見ているわけではないというのに。
けれどそうしないと、どこか、どこかが。
壊れてしまいそうだった。
「お前は僕が誰だと思っているんだ」
「えぇ・・・どこまでも気高い我が主」
シエル・ファントムハイヴ。
「汚れることなくだと?もうとっくのとうにこの身は汚れ、闇の底に堕ちている。悪魔と契約した時点で」
僕は決めた。
汚れようが堕ちようが構わない。
復讐が果たせるなら、と。
「今更何を言っているんだ」
「出すぎた真似をお許しください」
「ふん」
シエルは重たい鉛を持ち上げて、鼠に向ける。
これは復讐すべき相手に近づく為の一歩だろうか。
それとも、女王の番犬としての仕事の一環なのだろうか。
どちらでも構わない。
構わないけれど。
これが終わったら。
「セバスチャン」
口に出しては言わないけれど。
「僕は躊躇わない」
お前の淹れた
紅茶が呑みたい。
(I'm sorry.)
end

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