「なぁセバスチャン、外が騒がしいが」
「あぁ、ネズミ共が来たのでしょう」
「あの三人の手伝いは」
「しなくても大丈夫です」
「でも」
「坊ちゃん。今はこちらの方が優先すべき内容です」
なんとか今の状況を逃げ出そうと試みるシエルを、セバスチャンは冷たい瞳で打ち抜く。
・・・別に優先しなくてもいいだろう。
そんな言葉は決して口にはしない。
きっと今口にしたら僕は・・・。
想像するだけでも恐ろしい。
あれから。
セバスチャンはシエルを抱きかかえたまま寝室へと移動し、ベッドへと腰を下ろした。
もちろんシエルは向かい合わせになるように、膝に座らされている状態だ。
逃げようにも、しっかりと腰に手を回されているので立ち上がることさへ出来ない。
まさに、蛇に睨まれた蛙のような心境だ。
主人は僕である筈なのに・・・。
「さてと、説明して頂きましょうか?」
「・・・何を」
「どうして劉様の誘いに乗ったのかを、です」
まぁ坊ちゃんのことでしょうから、劉様の弱みでも握ろうと思ったのでしょう。
セバスチャンは、やれやれとため息をつく。
「ん?どうしてお前が劉の誘いに乗ったということを知っているんだ?」
セバスチャンにはまだ何も劉のことに関しては話していない筈だ。
『別のことが関係している』としか言った憶えはない。
「さぁ、なぜでしょう?」
惚けたように笑う。
いつもはしないそんな仕草から、本当に怒っているということが伺える。
だが、分からない問題の回答が目の前にあるのに手が出せないとなると、シエルもイライラしてくる。
「早く話せ」
「おやおや短気な方ですねぇ」
「お前に言われたくないな」
「はぁ。お仕置きは後でまとめてしましょうか」
「まとめてお仕置きってなんだ?!」
また新たに紡がれる恐ろしい言葉にシエルは再び真っ青になるが、セバスチャンは気にせずに続ける。
「坊ちゃんと別れた後、馬に乗ってネズミの巣の駆除に行けとの命令通り私は馬で屋敷を出ました。しばらく進んだ後に劉様の気配を感じたんですよ。姿は見えませんでしたがね」
「・・・」
「それで坊ちゃんが何を考えていたのか、全て分かったんです」
なぜ私が馬に乗って巣の駆除へ向かわなければならなかったのかも・・・ね。
セバスチャンはクスリと哂う。
どうやらセバスチャンは、劉の気配を感じたところで全てを理解したらしい。
流石は悪魔で執事。有能という言葉では言い表せないほど有能だ。
「劉様に私が屋敷から出て行ったという姿を見せたので、その後からは自分の足で行かせて頂きました」
「・・・なるほど。だから帰ってくるのが早かったのか」
セバスチャンに任せればネズミの駆除は5分で出来る。
けれど馬を使って移動するとなると、そうはいかない。
だが、途中から自分の足で移動したとなると、10分程度で片は付くだろう。
「ネズミの巣は根絶やしにしてきたのか?」
「えぇ、綺麗に掃除して参りましたよ。主人がたとえ傍にいなくても仕事に手を抜くことなど有り得ません」
ならば今頃、田中から手紙を受け取ったヤードがネズミの巣に足を踏み入れているだろう。
こうやって恩を売っておくのも悪くない。本来ヤードのするべき仕事を女王の番犬として解決したら、恩を売ったことには決してなりはしないが、今回はシエル・ファントムハイヴとしての行動だ。
もちろん、ヤードから裏金を貰う気はない。
どうせランドル郷は歯噛みしているだろうけれど。
シエルはその姿を考えて鼻で哂う。
「ちょっと坊ちゃん」
考えに浸っていたシエルをセバスチャンは現実に引き戻す。
「私の質問に答えていませんよ?」
「あぁ、なぜ劉の誘いに乗ったのか・・・だったか?」
「はい」
「ただの興味本位だ。いつもアイツは何を考えているか分からないからな。誘いに乗れば何か奴の本心を掴めると思ったんだ」
まぁ、お前の考えた通りだな。
シエルがそう答えるとセバスチャンは何かを疑うような眼差しでこちらを見てくる。
「何だ」
「劉様のお気持ちを知った上での行動ではないのですね?」
「劉の気持ち?」
「坊ちゃんをお慕いしていることです」
「なっ!!」
セバスチャンの言葉に、一気に顔を赤くする。
もしやこいつ、密会をする気だったのではないかと疑っているのか?!
「そんなわけあるかっ!!」
「・・・本当ですか?」
「当たり前だっ!!劉の気持ちなんてこれっぽっちも知らなかった!それに、どうせただのおふざけだろう!!」
「本気だと思われますが」
「いや、そんなわけない。たとえそういう風であると見せたとしても、それは僕を求めているわけではないだろう」
「と、言いますと?」
「アイツが求めているのは女王の番犬、裏社会の秩序だ。僕のことではない」
それならそうと、まどろっこしいことをせずにストレートに言えばいいものを。
シエルはセバスチャンの膝の上で、盛大なため息をつく。
セバスチャンはそれを見ながら苦笑し、あの劉様を見て、そう思える鈍さは凄いですね、と小さく呟く。
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も。しかしこれで分かったでしょう?私が傍にいないとダメなことを」
セバスチャンはシエルの眼帯をゆっくりと外す。
パサリと音を立てて落ちた眼帯の下から現れる瞳。
そこにはセバスチャンとシエルを繋ぐ契約印が刻まれている。
それを見ながらセバスチャンは満足げに囁く。
「たとえ契約があろうとも、傍にいなければ守ることは難しいです。命も、それ以外のことからも」
だから。
「もう二度と、坊ちゃんから離れさせるような命令は出さないでください」
坊ちゃんと離れたくありませんから・・・。
耳に息を吹きかけるような囁きに、シエルは顔を赤くする。
いつもは憎たらしい悪魔なのに、どうしてこういうことはまっすぐに伝えてくるんだ。
赤い顔をしたままギュッと首に抱きつく。
「もしかして、少し心配させたか?」
「したに決まっているでしょう。劉様と二人で接触すると分かった時は、ネズミの巣の駆除なんて放っておこうかと思いました」
「だけど、お前は僕の命令通り動いたな」
「・・・」
セバスチャンもシエルをギュッと抱きしめる。
もう二人の隙間などないくらいに、力いっぱい。
その力強さが今は切ない。
『命令通り動いた』セバスチャン。
シエルと劉が二人きりになること不安に思い、すぐにでもシエルの元へと行きたかったけれど。
セバスチャンは忠実に命令通り、そして契約通りに動いた。
もしもここで命に関わることであるならば、すぐに戻ることが出来ただろう。
けれど、今回は決して命に関わることではなかった。命には・・・。
だからセバスチャンは、命令通りに動くことしか出来なかった。
それはどんなに辛いことだっただろうか。
「セバスチャン・・・」
これは自分がやり始めたゲームだ。
少しでも楽しくなるように、複雑化させたゲーム。
もしも単純なままにしていたら、セバスチャンに心配掛けることなどなかったのに。
劉の本心は分からなかったが、得たものは沢山ある。
けれど、セバスチャンをこんな苦しめてまで欲しいものではなかった。
「・・・遊びもほどほどに、する」
素直に謝罪できるシエルではない。
だから変わりにそんな言葉を口にする。
きっとセバスチャンには伝わるだろうから。
シエルなりの心からの謝罪。
「本当に・・・ほどほどにしてくださいよ?」
苦笑したような声音でセバスチャンは言う。
その声になんだかシエルは妙な感覚に陥る。
ほわっと暖かくて、少しむずがゆい感じ。
あぁ、そうか。
シエルはセバスチャンの肩に頬擦りをする。
これが愛しくて愛しくてたまらない感情か・・・。
甘い思考に浸ったシエルは、セバスチャンを求めようとする。
と、その前に。
「では、もう二度とこのような遊びをなさらないように、身体に教えなければいけませんねぇ」
セバスチャンの楽しそうな声がシエルの甘い思考をぶった切った。
「・・・え」
「もう二度と私と離れないように・・・いえ、離れられないようにお仕置きしてあげますよ」
次々と出てくる言葉にシエルはセバスチャンの首から腕を解いて離れようとするが、セバスチャン自身がシエルを離そうとしないので、逃げることは出来ない。
そういえば、セバスチャンは怒っているんだった・・・!!!
セバスチャンのしおらしい雰囲気に飲み込まれて、すっかり忘れてしまっていたシエル。
もう、こうなってしまった悪魔を止めることは誰にも出来ない。
「あぁ、それならばお仕置きというより、調教…ですかね」
「あ、あの、セバスチャン?」
「ご安心ください、明日の予定は全てキャンセルしておきます」
「午前中だけじゃなくてか?!」
「午前中までに何とかなるものではないと思いますので・・・」
サラリと言うセバスチャン。
「調教中に劉様に何を言われて、何をされたのか、しっかりと聞かせていただきますよ?」
「べ、別に普通に話すからっ!」
「坊ちゃんは嘘つきですからね。きっと素直に話さないでしょう?」
「そんなことで嘘などつくか!」
「では、劉様に首のことは指摘されましたか?」
セバスチャンは劉に見せ付けた時と同じように、シエルの首筋を舐め挙げる。
「うっ・・・!!」
「ほら、そういうことを素直に話しはしないでしょう?でも大丈夫です。身体に聞きますので」
「全然大丈夫じゃないだろう!!」
「では、坊ちゃん」
「離せぇぇぇぇっ!!!」
そのままベッドへと押し倒すセバスチャン。
シエルの抵抗は何の意味も持たず・・・。
次の日。
遊びは、ほどほどにしようと、再び心の底で誓うのだった。
END
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あとがき
ずるずる長々してた割には、終わり方アッサリというorz
ですが、ここまで付き合ってくださってありがとうございました。
そして遅くなってしまいましたが、6000HITありがとうございます!!
これからも是非、遊びに来てくださると嬉しいです^^

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