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【2024/03/29 11:05 】 |
7日目②/月なんか綺麗じゃない。
一周年。




「足が痛い」
「今日はずっと歩いておられましたからね」

セバスチャンはシエルの言葉に苦笑しながらナイティを着せていく。
すでに夜の闇は深く、昼間よりも涼しい空気が辺りを包んでいた。

あれから。
ソフトクリームを食べた後、シエルとセバスチャンは手を繋いだまま名も知らない街を歩きに歩いた。
装飾が売っている小さな店に入ったり、小さな広場でジャグリングをしているピエロを見たり、少し離れた木々が茂っているところで花を見たり…。
普段ならばしないこと、そして出来ないことを今日一日でやった気がする。
いつもならば鼻で嗤ってしまうことも楽しく思えたのはきっとその街にシエル・ファントムハイヴという名が知れ渡っていないという、ある種の開放感があったからだろう。
そしてもう1つの理由は…。

そこまで考えてシエルは思考を自ら遮断した。

「だが、いい街だ。子供も多かったからきっとうちの商品も売れるだろう」
「……あそこの街でもファントム社の仕事をなさると?」
「絶対的に売れると分かっている場所に売りに行かないのはただのまぬけだろう」
「ですがそうするとあそこの街でもゆっくりすることが出来なくなりますよ?」

ナイティのボタンを全て閉め終わったセバスチャンはため息をつきながら、今度は眼帯を取っていく。
シエルは近づいた手や顔に意識をしないよう視線を逸らしながら、そういえば、と思い出す。
自分はあの街の名前を知らない。その理由はセバスチャンが秘密にしたからだ。
このままではあそこで仕事をしたくとも仕事は出来ず…そして先ほどの台詞。

「もしかして、僕があそこで仕事をしたがるだろうと思って名前を教えなかったのか?」

導かれた答えを確かめる為そう問いかければ、セバスチャンは取った眼帯を近くのデスクに置き、頷いた。

「少しは仕事なしで楽しめる街を取っておいたらどうですか」
「仕事は大事だろうが」
「そのお心はとても宜しいものだと思いますが、そうするともうあの街で今日みたいに楽しむことが出来なくなってしまいますよ?」

そう言いながら今度は指輪を丁寧に外していく。
今日みたいに楽しむことが出来なくなってしまう?
何を言っているんだコイツは。
シエルは指輪を外す手を振り払い、自分で親指に輝く重たい指輪を外しデスクに置いた。

「坊ちゃ「もうあの街で楽しむことなどない」

置いた指輪は蝋燭の明りでユラリと不気味な光を放ち、それをシエルは静かに見つめた。
指輪を外したところでも聞こえ続ける断末魔。
でも今日は指輪からではなく、自分の中から聞こえるような感じがするのは気のせいだろうか。

「もうあの街で今日みたいに遊ぶことはないだろう?」
出掛けるのはロンドンの街で十分だ。

もう遊ぶことはない。
今日で“恋人”という間柄は終わってしまうのだから。
その間柄でなければ、別にロンドンであっても構わない。

「・・・・」

その言葉にセバスチャンは何も答えず、先に抜いたもう1つの指輪を同じようにデスクに置いて立ち上がる。
そして窓の方に視線を向けて、逃げるように全然違う話をシエルに投げかけた。

「そういえば、今日は満月ですよ」
「……そうか」
「少し見ませんか」
「……いや、もういい」

急な誘いにシエルは力なく首を横に振る。
だがセバスチャンは、少しだけです、と言いながらシエルの手首を掴み無理やり立たせ、昼間のように手を繋いで窓の方へと歩き始める。
それにまた同じように躓きそうになりながら、おい!と声を掛けてもセバスチャンは止らず、そして立派な布地のカーテンを音を立てながら横に引けば。
窓の向こうに大きな満月がぽっかりと浮かんでいた。

「・・・・・ッ!」

その美しさにシエルは無意識に口元を緩め、自ら一歩前に進んで窓に近づいた。
手を伸ばしたら触れることが出来そうなほど大きな月。
片方の手で窓に触れ月を撫でれば、いつの間にか自分の横に並んでいたセバスチャンが口を開いた。

「月が…」

ギュッと繋いでいる手に力が込められる。

「月が、綺麗ですね」

静かに紡がれた言葉に、シエルは目を見開いた。


シエルは本を読むのが好きだ。
好むジャンルは勿論あるけれど、そればかりを読むのではなく、色々な種類を読む。
その中には日本語で訳されたものもあって。
それは元々田中の私物だったものだけれど、幼い頃に日本語の勉強としてそれを貰ったのだ。

その本は。
“I love you”を“月が綺麗ですね”と訳していた。


けれど、果たしてセバスチャンの今の言葉はそちらの意味を含めて言ったのだろうか。
ただ本当に月が綺麗で、そう言っただけかもしれない。
自分がそう捉えたくて、勝手にそう勘違いしているだけかもしれない。
シエルはなんて答えたらいいのか分からず、セバスチャンを見ることも出来ず、そのまま俯いた。

「坊ちゃん…」

いつものように撫でられる頭。
その優しい手の意味は?
やめろ、勘違いじゃないかもしれないだなんて、思わせるな。

「なんなんだ…おまえは…」

シエルは言葉を搾り出す。

「一歩踏み込めば逃げるくせに、そうやってまた…」
一歩こちらに踏み込んでくる。

それは本物?
それとも“恋人同士”だから?
でも。

「ただの罰ゲームの“恋人同士”で普通ここまでしないだろう!お前だって分かっている筈だ!」

シエルは顔を上げてセバスチャンを睨みつける。
繋いだ手を振り払い、一歩下がって、もう嫌だと首を振る。
痛い、痛くてたまらない。

「それなのに、どうして…お前はッ」
「坊ちゃん…」
「僕は、僕はお前のことがッ」


好きなのに。


その言葉は相手の唇に吸い込まれ、音として形成されずに消えていく。
消えてしまった音は相手の耳に届くことはない。

あぁ。
これがお前の答えか。
シエルは相手の唇を受け止めながら、瞳を閉じる。

塞がれた唇は震えていて、なのに柔らかくて、温かくて…涙が溢れた。




「このまま、」
時間が止ってしまえばよかったのに。




唇が離れ、聞こえてきた言葉にゆっくりと瞳を開ければ、もうそこには誰もいなくて。
いつの間にか蝋燭も消え、彼が綺麗だと言った月の明りがシエル一人だけを照らす。
そしてその傍らで。
時計の針は、罰ゲームの終わり『12:00』を指していた。






「…本当だな」

最後に聞いた言葉にシエルは涙を流しながら微笑む。
このまま時間が止ってしまえば良かった。
そしたらセバスチャンと“恋人同士”でいられたのに。

沢山口付けあって。
沢山身体を重ねて。

あぁでも。
愛の言葉は囁きあわないのは、嫌だな。

口付けよりも。
身体よりも。
まずは心が欲しい。
その心を言葉として見せて欲しい。


でもな、セバスチャン。
その心は互いに持っていた筈だろう?
時間が止ることを望む必要なんてどこにもない筈なのに。

どうしてだ。
どうして。

こんなにも。
こんなにも好きなのに。

「・・・・ッ」

愛し合って
いる

はずなのに。


痛い。
痛い。
イタイ。
イタイ。
いたい。
いたい。

(一緒にいたいのに)









―――ねぇシエル。










「アロイスッ…!!!」










「だからセバスチャンはずるいって言ったんだよ」

開いた窓から聞こえた声は。
後ろからギュッと抱きしめてきた体温は。

この一週間の中で、
一番温かかった。


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【2011/08/07 21:30 】 | Project | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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