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【2024/04/19 06:26 】 |
本当の始まり。①
一周年企画


Are you ready?



心が痛い。割れそうなほど痛くて。
だから、名前を呼んだ。
彼の名前じゃなくて、

―――何かあったら俺の屋敷においで

アロイスの名前を。




「…落ち着いた?」

ベッドに腰を掛けながらも、こちらを見ることはなくアロイスはシエルに声を掛ける。
それはきっとアロイスなりの気遣いなのだろう。そしてその気遣いは決して間違いではない。

「あぁ…悪かった」

いつもと違うベッドの上で、シエルは上半身を起こした状態でシーツ握り締め答える。
窓の外はもう陽が昇っていて明るく、小鳥のさえずりも聞こえて、朝が来たのだと告げていた。
アロイスとクロードにここへ連れてきてもらってから眠ったのか、起きていたのか、自分でもよく分からない。
掛けられた言葉に当たり前のように返したけれど、アロイスがいつからここにいたのか、それともずっとここにいたのか、それすらも分からなかった…―――それくらい意識が別の世界へと旅立ってしまっていたらしい。

「朝食、どうする?」
「…今はまだいい」
「そっか」

いつも煩いくらい騒がしいアロイスの声が、トランシー家の客室に静かに響く。
それはとても優しくて温かくて、でもどこか同情みたいな感じがして、安心できるのに、どうしてか痛みも覚える。
(まったく…)
シエルは赤く腫れた瞳を片手で押さえ、その“真実”に苦笑した。

「幻滅するか」
「は?何急に」
「僕がこんな弱いと知って、笑わないのか」

こんなことを言いたいわけじゃない。
いや、そうじゃなくて。
多分、痛みを感じている心が嫌で、もっと傷つけたくなっている。
まるでアロイスを嘲るように言ったのに、アロイスはクルリと振り返り、いつもの少し人を馬鹿にしたような表情で笑った。

「笑う奴だったら、俺の屋敷においでなんて言わない」
「・・・・」
「大丈夫だよ、シエル。俺はここにいる」
いきなり目の前から消えたりしないよ。

その言葉にシエルは瞳を見開き、でもすぐに視線を逸らして、あぁ…と力なく頷いた。
アロイスは全部分かっている。
今のシエルの気持ちも、痛みも、そして弱さも。
そしてきっとそれは。

「…ごめん、シエル」

最初から、分かっていたのだ。

「・・・・」

急なアロイスの謝罪にシエルは驚くこともせず、無言のまま聞く。

「俺がこんな罰ゲームをさせなければ、シエルが傷つくことはなかったのに」
「・・・・」
「ごめん、シエル…ごめん」

アロイスは先ほど浮かべていた笑みを消しつつも口元は弧を浮かべた状態で瞳を細め、シエルの頭を優しく撫でた。
その手が頭に触れた瞬間、この手は違う、と咄嗟に思ってしまった自分は末期だろう。
シエルはそっとその手を掴み、シーツの上へとゆっくり下ろす。その手は震えていて…どちらが震えているのか、今のシエルには分からない。
けれどその手を離すことなく、緩くシエルは横に首を振った。

「別に、お前が悪いわけじゃないだろう」
「まぁ…正確に細かく言うなら、セバスチャンがあんなにヘタれだったということに気が付けなくてごめん、かな」
「お前なぁ」
「だって先に知っていたら、あんな罰ゲームはさせなかった」
だから、ごめんね。シエル。

コツンと額と額を合わせ、またアロイスは謝罪する。
だからお前が悪いわけじゃないのに、と思うも、そんな言葉でアロイスが“自分自身のことを許す”とは思えないので、あえてシエルは合わさった額を後ろに引き、思い切りまたその額を合わせた。
ようするに…頭突きしたのだ。

「痛ッ~~~~~~!!!?」

ゴンという音と共に、アロイスの小さな悲鳴が。
叫ばなかったのは予想外のこと過ぎたからだろう。
同じくらい痛い額をシエルも押さえながら、これでチャラだ、と涙目ながらも口角を吊り上げた。

「許してやる」
「~~~~~ッ…これ以上シエルにゲームで勝てなくなったらどうしてくれるのさ」
「安心しろ、元々勝てるゲームなんて1つもない」
「ひっどい」

頬を膨らましながら涙目で睨んでくるアロイス。
だがお互いクスリと笑いながら、また額を合わせて。

「ありがと、シエル」
「ん」

シエルは頷いた。
しかしすぐに違う種類の笑みを浮かべ。

「じゃあ、きっちり説明してもらおうか」

逃がさないとばかりに襟首を掴み上げた。











「じゃぁお前は最初から一週間恋人同士にさせるためにゲームを挑んだってわけか」
「うん」

睨むように言ったにも関わらず、アロイスはアッサリと頷いた姿を見て、どっかの誰かさんを見ているようで眩暈がした。

「だって見ててもどかしかったし、それくらいやらないとこの二人は絶対に進展しないと思ってさ」
俺とクロードみたいになれないじゃん。

そう言った次の瞬間、客室の扉がノックされ、

「旦那様、お呼びでs「呼んでない」失礼しました」

クロードが出て行った。
その間、アロイスの視線は一度もクロードに注がれず…。
(何が俺とクロードみたいに、だ)
シエルは内心でため息をついた。

アロイスとクロードは主人と執事。
契約者と悪魔。
そして恋人同士だ。

恋人同士になったと言っていたのはいつだっただろうか。
いつものようにいきなり屋敷に来たかと思ったら、今日の天気でも話すかのようなノリでそのことを述べていた。
それに対して確か自分は、そうか、幸せならいいじゃないか、みたいなことを言っていたような気がする。
自分の執事、ましてや契約する悪魔相手にか、という考えは一切無かった。
恋愛など自由だ。そこに年齢や種族などどうでもいいと思っている。そこに愛が互いに存在するならば。
愛するものとは一緒にいたいものなのだから、それを反対するのは酷というものだろう。
“大切な人は遠ざける”自分の中にその思いがあるからこそ、余計にそう思うのだろう。

アロイスだって自分と同じ裏社会に属するもの。
もしも愛した相手が人間だったら同じ不安を抱いたかもしれないが、相手は人間ではなく悪魔。
ならば心配はいらない。むしろ一緒にいられるということで万々歳だろう。

(まぁ…僕はたとえ悪魔でも一緒にいられないけれど)

再び心がズキリと痛み、シエルは別の方向へと沈んでしまいそうだった思考を無理やり引っ張りあげた。

「べ、別に僕とセバスチャンがお前たちみたいな関係になる必要がなかっただろう」
「どうしてさ」
「普通恋人同士というものは想い合っている同士がなるものだ、だから」
「ずっと想い合ってたじゃん」
「……は?」

だから無理やり恋人同士になることなどない。
そう続けようとしたのだが、アロイスの言葉にシエルは一瞬思考が真っ白になった。
想い合っていた?誰と、誰が?

「待て、どういうことだ」
「え、ちょっと待ってはこっちの台詞だよ。シエル、自分の気持ちに気が付いたんだよね?」
「……それが何だ」
「もしかして、この一週間のうちにセバスチャンのことが好きになったと思ってんの?」
本気で?マジで?

アロイスの驚いたような呆れたような顔に、シエルは眉を顰めた。

「お前は一週間のうちにセバスチャンに、その、気持ちが傾くことを理解して罰ゲームをさせたんじゃないのか」
「違うよ。俺がそんな賭けみたいなことするわけないじゃん」

あのさぁ、シエル。
アロイスはシエルに言い聞かせるように、口を開く。

「一週間でシエルが誰かを好きになることってありえるわけ?」
「…いや……そんなことは無いと、思う…」

こんな数日間で人間の気持ちとは変わってしまうものなのだろうか。
確かにシエルも疑問に思ったことだ。

「シエルってさ。どうしてあんなにもセバスチャンに喧嘩腰なの?」
「何だ急に」
「いいから考えてよ。俺にも勿論意地悪したりするけどさ、最終的には付き合ってくれるでしょ?こないだのゲームみたいに。でもシエルは意地を張ったようにセバスチャンの前では素直にならないよね」
「……そんなことない」
「あぁーまだそんなこと言うし。もういっそセバスチャンを見る自分の顔を見たらいいんだよ」

そしたら絶対に分かるから。
投げ捨てるように言うアロイスに、シエルは若干ヒヤリとしたものが背中を辿った。

「…そんなにセバスチャンに対しての顔が違うのか」
「まぁね」
「なら……」

自分を受け止めてもらえなくて当然だ。
一週間前の自分がどうだったかなんて意識したことがなかったから分からないけれど、恋人同士になった自分もお世辞でも素直で可愛らしい自分ではなかった。

「ちょ、ちょっとシエル!なんか勘違いしてないッ?」

どんどん落ち込んでいくシエルを見て、アロイスは慌てて声を掛けてきた。

「セバスチャンに対して顔が違うっていうのは、冷たいとかそういうことじゃなくて、意地を張った子供みたいに可愛いってことだよ?」
「……なッ!!そんなわけあるかッ!!」

いきなり出た“可愛い”という単語にシエルは一気に頬を染めて噛み付くが、アロイスも負けじと、そんなことあるんだって!と返してくる。

「そりゃさ、冷たいときも、悪魔に負けないくらい意地悪な笑みをする時もあるよ?でもさ、セバスチャンと嫌味の応酬をしているときのシエルって凄く楽しそうで、負けそうになると意地でも負けないっていう姿が可愛くて、どう見ても頭の中にセバスチャンしかいません~って感じだから」
「~~~~~~ッ」
「ほら、可愛い」
「黙れ!!」

そんなことない。絶対にない。
けれどどちらにしても、今自分の気持ちはセバスチャンに向いているのだ。
シエルは真っ赤になった顔を隠すように腕を前に出し、視界を遮ったが。

「だからきっとセバスチャンもシエルの気持ちにはずっと気が付いてた」
「……ッ!!」

ビクリと身体を震わせ、顔を隠す為に前に出した腕は自然と拒否するように耳を塞いでいた。
けれどそれはただ添えただけで、アロイスの言葉を聞かない、という意志はどこにもなく、ただ痛んだ心が本能的に自分を守ろうとしたのだろう。
それを見たアロイスは苦々しく笑い、シエルの手をそっと耳から離してやる。
シエルもそんなことをしたいわけではなかったので、抵抗することなく、ゆっくりとアロイスと一緒に手を降ろした。

「だから俺はシエルとセバスチャンに“恋人同士”をさせたんだよ」
「・・・・」
「そうしたらセバスチャンがシエルに気持ちを伝えると思ったから」

セバスチャンの気持ち、シエルはもう知ってるよね?
そっと、本当にそっと、囁くように言った言葉にシエルはコクンと頷く。

“好き”だという言葉はもらえなかった。
“好き”だという気持ちを受け止めてもらえなかった。
それでも。

―――月が、綺麗ですね

悲しく微笑む顔は。

アイシテル”と泣いていた。



だからこそ痛かった。
愛し合っている筈なのに、それを受け止めてもらえなかったことが。
傍に、いてくれなかったことが。


「どうして、だろうな」
「・・・・」
「僕じゃ…駄目だったのか?」
「シエル…っ…」

アロイスは何かを言おうとして口を開くが、結局その口からは何も出てこない。
まるで自分の痛みのようにギュッと拳を作り顔を歪ませ、そして少しの間を置いたあと、俯きながらボソリと呟いた。

「ちがう、きっと違うよシエル」
「アロイス?」
「シエルじゃなくちゃ駄目だから、セバスチャンは…」



「逃げたんだ」

(もし僕に大切な人が出来たのならば、そいつを僕から遠ざける)



「ぁ・・・」

そのアロイスの台詞が、自分の台詞と重なって。

(時間が止ってしまえばよかったのに)

セバスチャンの台詞が、聞こえた。



そうか。
そうだったんだ。



「帰る」
「え?」
「アイツのところに、帰る」

シエルはシーツを捲り上げ、ベッドから降りて立ち上がる。
急な行動にアロイスは驚いたようだったが、すぐに全てを理解したように頷き、分かったと微笑んだ。

「またいつでも来てよ」
「あぁ…その…」
「お礼はいいって。早く帰ってあげな」

クロード。
アロイスは先ほど冷たく下げさせた執事兼恋人の名前を呼べば、すぐに部屋の扉は開かれた。

「クロード、シエル帰るって」
「かしこまりました」

クロードはアロイスの命令に疑問も、そして文句もなく頭を下げる。
それをうちの執事にも見習わせたいものだ、と内心で苦笑した。

「準備が出来ましたらまた呼んでください」

今度はシエルの方に向けて頭を下げる。
きっとここに連れてくれたように、悪魔のその足で送ってくれるのだろう。
その方が馬車よりも数倍早い。だがそれをシエルは断った。

「いや、普通に馬車で帰る。悪いが御者を呼んでくれ」
「え、でも…」
「その方がいいんだ」
アイツにとって。

シエルは困惑しているアロイスに向けて意地悪げに笑う。


「弱虫で怖がりな悪魔は嫉妬深いからな」


その言った彼の瞳は、
いつものように凛と輝いていた。



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【2011/08/11 10:19 】 | Project | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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