たとえ関係が変わったって、
僕は僕で、
セバスチャンはセバスチャンで、
仲良くなんてするつもりはない。
― Spicyな意地悪 ―
「ではそのような形で」
トン、と書類が机を叩く音。
シエルは無表情のような冷たい雰囲気を纏ったまま、ファントム社での会議を終了する言葉を告げた。
そこには歳相応の子供っぽさは欠片も無く、大人顔負けの色気を零れ落ちそうなほど纏っていて、会議の最中であるにも関わらず、このシエル・ファントムハイヴに目が釘付けになる人間は少なくは無い。
たとえ何度も顔を合わせたことがあるとしても、だ。
「あ、あのッ…!」
それはこの男も同じこと。
会議に参加していた人間が一礼し、田中が開く扉から出て行くなか頬を赤く染め、手にしていた書類をクシャクシャになるまで握り締めた状態でシエルに声を掛けた。
「はい、どうしました?」
それにシエルはきちんと反応する。
「ま、ま、前にぼく、いえ…私が出した案なのです、がッ…」
「あぁ…順調に進んでいますよ。もうすぐで頼んだ工場の方から完成品が届くと思いますので、そちらにもそれをお送りします」
「あ、はいッ…ありがとうございます、それで、あのッ」
まだ何かを言いたげな表情をする男にシエルは内心首を傾げるが、すぐに“あぁ…”と頷き、ニッコリと笑みを貼り付けた。
「アレは売れるでしょう。最近の流行を含めた玩具ですので、親の目にも留まると思いますし……良い案でした」
「……ッ!!はい!ありがとうございますッ!!」
シエルの言葉に嬉しそうな声をあげ、勢い良く礼をして田中と共に部屋を出て行く。
その後ろ姿は飼い主に褒められた犬そのもので。
自分を卑下しているわけではないが、たかが己の“good-boy”の声でよくもまぁあそこまで尻尾が振れるものだ。
(ま、順応な犬の方が可愛げがあっていいがな)
声もなくそう笑えば、
「彼にもまた随分と好かれておりますね」
斜め後ろで控えていた順応ではない黒い狗が吠えた。
「あんなに嬉しそうに尻尾を振って…笑顔に騙されるだなんて、随分と平和ボケした犬です」
「可愛いだろう?」
お前と違って、という言葉は伏せておいたのだが、やはり隠し切れなかったらしい。
黒い狗は先ほどの犬とは違ってそれをしっかり読み取り、シエルの座る椅子の背凭れに腕を乗せて、斜め上から見下ろしてきた。
「おや、ご主人様はあの犬がお気に入りで?」
「まぁ、裏社会では使えないが、癒しにはなるかもしれないな」
「癒し?」
「あんな分かりやすく内心を顔に出す犬だったら相手をするのも楽だし、そしてなにより僕を好いているらしいからな。裏社会に腰を下ろしている僕にとって、あの純粋さは癒しだろう」
黒い狗が背凭れに腕を乗せたせいで若干後ろに倒れた背に、シエルは寄りかかりながら口角を吊り上げ言う。
すると見下ろしていた黒い狗の瞳が真っ赤に染まり、狗が悪魔へと変貌した。
(お前もそういうところはあの犬と同じくらい単純だがな)
きっとこの悪魔は僕が先ほど口にした言葉を嘘だと見破っているだろう。あんなものが僕の癒しになるわけがない。むしろストレスが溜まるものだ。
しかしそう分かっていたとしても、僕の口からあの犬を認めるような言葉が出ることを気に入らないのが悪魔である。
この嫌味で少しは心入れ替え順応な狗になって欲しいものだが……こんな嫌味で順応になるならば今まで苦労していない。
「…他にも貴方を好いているものがいますよね?」
悪魔が酷く気に食わなさそうな声音で言った言葉に、シエルは嗤う。
「沢山いるな」
「貴方の目の前にも」
「癒しにはならんだろう」
「でも代わりに…」
瞳を細めながら身を屈め、悪魔はシエルの耳元で小さく囁いた。
「いっぱい気持ち良くさせているでしょう?」
「……ッ!!」
低く優しいテノールが全身に響き、シエルは咄嗟に耳を押さえて頬を赤くする。
それに気を良くしたのか悪魔はシエルから離れることなく、そのままの近さを保って囁き続けた。
「貴方を好いている方は沢山、本当に沢山いらっしゃいますね。悔しいことに私もその一人。ですが、その大勢の中で私だけが違うでしょう?」
ねぇ?坊ちゃん。
挑発するような言葉と、そして耳を押さえた手を擽る吐息。
けれどすぐに吐息は濡れたソレへと変化し、その手を退かすように指の間を擽ってくる。
「や、やめろッ!馬鹿!」
嫌だという意思表示をしたって、悪魔…彼がやめないことは分かっている。逃げても意味がないということも。
だからシエルは椅子に腰を下ろしたまま、イヤイヤと首を横に振ることしか出来ない。否、それしかしない。
「坊ちゃん、言って?その他大勢と私、何が違うのですか?」
「知るかッ……ぁ…っ」
いつの間にか緩んでしまった指と指の間から、ヌルリと彼の濡れた舌が入り、耳朶を擽ってくる。
そこまでされてしまえばもう耳を隠す気力など消え失せ、相手の肩を掴んで小さく息を吐きながら、彼からの熱と己の内側から込み上げる熱に負けないよう眉を寄せた。
「素直になった方が楽ですよ?」
「黙れ、この変態っ…」
「その変態に触られて感じている貴方はどのように説明するおつもりですか?」
「う、んン…」
耳の次は唇へ。
焦らすように上唇だけ舌で辿り、甘く噛み、そしてすぐに離れていってしまう。
無意識にそれを追いかけるように首を上げてしまったのを見た彼は、欲しい?と、意地悪な顔をして笑った。
「い、いらん!」
無意識に追いかけてしまったことが恥ずかしく、今度は両手で唇を守る。
いつの間に自分はこんなにも彼に絆されてしまったのだろうか。
それが酷く気に食わない……気に食わないのに。
「“また”嘘ですか?」
チュッと手の甲に口付けられ、あやうく唇の前の手を退かしてしまいそうになる。
「ほんと、強情ですね」
「うるさいッ」
「ねぇ坊ちゃん。私はキスしたいです」
「・・・・っ」
彼のストレートの言葉に心臓が跳ね上がり、息が詰まった。
自分を見つめる赤い瞳も欲情に濡れていて、もうこの先を知ってしまっている身体は悦ぶように震えてしまう。
けれどシエルは残りわずかな理性を必死にかき集めて首を横に振るけれど、それさえも彼の言葉は簡単に壊してしまう。
「その唇に触れたい」
「~~~~~ッ」
「坊ちゃん…」
私は貴方の何ですか?
(黙れ)
その他大勢と何が違うんですか?
(煩い)
言って、坊ちゃん。
言うことなんて何もない。
貴様と僕の関係は主人と執事で、契約者と悪魔で。
ただ、それだけ。
(違う)
ただ、それだけ、で。
(嘘だ)
・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・。
あぁぁぁああ!クソッ…!!!
「こ…」
シエルは唇を覆っていた手を退かし視線を泳がせながら。
「こいび、と」
「良く出来ました」
「ん、ふぅ…」
“good-boy”の声と、ご褒美“頭を撫でる”の代わりの口付け。
啄ばむようなそれはすぐに濃厚なものへと変わり、口腔を犯していくのにしたがって、シエルの瞳もトロンとしてくる。
「他の犬などいらないでしょう。恋人の私がいるのですから」
彼…恋人であるセバスチャンは嬉しそうな表情で、飲み込みきれずに零れた唾液を親指で拭った。
「お、お前のような駄犬じゃ物足りない」
しかしシエルはそれを無理やり睨みつけ、手で払い退ける。
恋人という関係になったからといって、すぐに素直になれるわけでもなく、そしてセバスチャンを甘やかせる気など微塵もないのだ。
けれどその行為こそがセバスチャンを煽っているということに、シエルは気が付かない。
「ほぉ?」
ニッコリと微笑む顔の向こうに黒い炎が見えて、シエルは別の意味で身体をビクリと奮わせた。
「な、なんだ」
「私じゃ物足りないと?」
「あ、いや…そういう意味の物足りないじゃ…、やッ!やめッ…!!」
「いつも“もう無理”と仰っていたのも嘘だったのですね」
「ち、ちが…」
セバスチャンは首筋に顔を埋めチリリとした痛みを残し、そしてその間も手はシエルのリボンを解いて素早くボタンまでも外していってしまう。
その素早さは本当に感心してしまうほどで、こんな有能さはいらないと叫びたくなるが、そんな余裕などはない。
「すみません坊ちゃん。いつも満足していなかったのですね」
「やッ…だから!」
「我慢させていたなんて恋人失格ですね。これからこちらも本気を出させていただきますね」
「あれで本気じゃないというのか!絶対むりぃンンッ!!」
再び唇を塞がれ、荒々しく口付けられた。
痺れるほど舌を強く吸われ、手の平はいつの間にか全てのボタンを外し終わった服の下を撫で上げていく。
「やめ、セバスチャンッ」
ちゅ、ちゅ、と首筋から下へと口付けていき、胸の尖りにまで到着してしまえば。
「んッ…、やぁっ!だ、めだ!触る、なぁ…ッ」
「可愛らしいですね。赤く色付いて」
「も、やめろぉ……ふぅ…ぁ…」
「今ここでやめたら辛いのは坊ちゃんですよ?」
それに、と続けながら、今後は下の方へと手を伸ばしてスルリと双丘を撫で上げた。
「ふぁッ…!!」
「いつも満足していなかった坊ちゃんを今度こそ満足させてあげますよ」
「だ、からッ…そんなこと…って、やッ…そな、急にッ…んんン!」
いつの間にか手袋を脱いでいた指がその間…いつもセバスチャンを受け入れる場所に入り込んでくるのに、シエルは眉を顰めて目の前にいる恋人の首にしがみついた。
どうしてもこの異物感は何度経験しても慣れることは無く、シエルがこの行為の中で一番嫌な瞬間だ。
だからそれを知っているセバスチャンはココに触れる前に、シエルの理性を崩しに崩し、トロトロに溶けきった状態にするのだ。その方が多少だが異物感が少なくなる。
けれど今日はまだ理性がしっかり残った状態。きっとこれは他の犬に構ったお仕置きなのだろう。
恋人になってからの期間はまだ短いけれど、それまで言われた言葉や、された行為などによって、その答えを導き出すのは他愛も無いことだ。
「う、んぁ…はぁ…うぅ……」
「大丈夫、大丈夫ですよ坊ちゃん。すぐによくなりますから」
「ん……いじ、わるが…ッ…」
「最初に意地悪をしたのは坊ちゃんでしょう?まったく…恋人の間柄になっても貴方は私に牙を向けますか」
「と、ぜん、だッ!」
「ッ……」
シエルは息を乱している状態にも関わらず、しがみついた首にカプリと噛み付いた。
セバスチャンの言葉どおり、牙を向けたのだ。
震える体に力が入らず、甘噛みになってしまったが、少しの痛みは与えることが出来ただろう。
ざまーみろ、と笑ってやろうと口を開いたが。
「はッ…ひ、やぁぁッ…!!」
その瞬間前立腺を抉られ、口からは悲鳴に近い喘ぎ声が出た。
「本当に貴方は…。いつかの日にも言いましたよね?そういう行動はただ私を煽るだけだと」
「や、そ、そこ、やッ…ひぁっ…ぁぁァ…ッ、やめ、セバスチャっ…!」
「気持ちいでしょう?坊ちゃん」
「あ、あ、あっ……このッ…ふぁッ…」
重点的にソコを攻める指はもはや凶器だ。
まだズボンも脱がせていない状態であるにも関わらずセバスチャンは指を無理やりグラインドさせ、思い切りソコを突いていく。
長く保てるわけがなく、すぐに限界が近づき身体を震わせれば。
「ダメですよ」
「なッ……!!」
指の動きが止った。
「ど、してッ…!」
「先に意地悪してきたのは坊ちゃんの方ですから、それに私も意地悪で返そうと思いまして」
イケそうだったのにイケなかった不満や、止った指に驚いて顔を上げた先には、これでもかというほど意地悪な表情を浮かべながらニッコリと微笑むセバスチャンの姿。
(本当にコイツという奴はッ…)
今度はワナワナと怒りに震え、シエルは口角を引き攣らせた。
「本当に、最悪だな、お前はッ」
「恋人に向かって他の犬…男が気に入ったという貴方の方が酷い方ですよ」
「で、でもっ…ちゃんと、ここここ恋人だって…」
「本当はそれで許して差し上げたかったのですが、今度は物足りないと仰ったじゃないですか」
「~~~~~~っ」
確かに言った。
でもそれはコイツが調子に乗らないようにする為で。
たとえ恋人同士になったとしても甘えさせる気などサラサラないからで。
しかしそれはどうやらセバスチャンも同じらしい。
たとえ恋人同士になったとしても無条件で優しくなるわけではない、と。
無条件で優しくして欲しいなど裏社会に生きる自分が望むわけがないが、少しくらい…たまには自分が優位に立つ場面を作らせてくれてもいいだろう。
恋人になる前から、常に振り回されっぱなしだったのだから。
「…じゃぁ、もう、いい」
シエルはギッと相手を睨みつける。
恋人同士になったからどうだっていうんだ。
僕とお前の性質は変わらないだろう?
だから。
負けてやるつもりも一切無い。
「自分でヤる」
「…は?」
「だから、出て行け」
先ほどまで抱きついていた相手の肩を押し、出て行け出て行けと繰り返す。
きっと理性が残った状態でなければ、セバスチャンが欲しがっていただろう“おねだり”をしたのかもしれない。だが、生憎まだ小さく欠片ほどだが、理性が残っていた状態だったもので。
「・・・・」
過去の自分で現在の自分の首を絞めてしまったことに気が付いたらしく。
セバスチャンは舌打ちでもしそうな勢いで顔を歪め、小さくため息をついた。
「ほら、出て行け」
それを見たシエルは何だかもう満足し、少し口元を緩めて“上辺だけ”出て行くことを促せば、彼は悔しそうに、仕方がないですね、と苦笑した。
「お手伝いしてあげますよ」
それは降参の合図。
「……ん」
シエルはそれに目線を下にして静かに頷いた。
本当ならば「いらない」と言ってもう少し意地悪したいところだけれど、
―――なにより僕を好いているらしいからな。裏社会に腰を下ろしている僕にとって、あの純粋さは癒しだろう
―――お前のような駄犬じゃ物足りない
もう今日の意地悪は十分だろう。
僕も、そしてコイツも。
「坊ちゃん…」
柔らかい笑顔を浮かべながら抱きしめてくるセバスチャンに、シエルもそのまま抱きしめ返す。
セバスチャンが意地悪なのは変わりないけれど、恋人同士になる前よりなんだか優しい笑顔を浮かべるようになった気がする。
そしてそれが嫌いじゃないというのは、己の中にだけ留めておく。
「……セバス、チャンっ」
「ん?」
早速遠慮なく下に手を這わせ始めた彼の胸を叩いて一旦動きを止めさせ、そして。
ちゅっ。
意地悪をした罪悪感など微塵もないけれど。
そのちょっとした嫉妬が嬉しかったわけでもないけれど。
ただ、なんとなく。
そう、ただなんとなく、
セバスチャンの頬に口付けた。
「・・・・」
それに対して驚いたように瞠目し、固まってしまったセバスチャン。
やはり自分らしくなかっただろうか。
「……それだけだ……なんでもない」
(何がそれだけなんだ…)
頬に口付けたことに対して後悔はしていないけれど、居心地の悪さだけが嫌で唇を尖らせながら彼の首元に顔を隠せば、いきなり身体がフワリと持ち上がり、そのまま会議に使用していた大きな机の上に寝転がる形になった。
急になんだと顔を上げれば、もう目の前には獲物を狙う鋭い瞳、しかし欲情で濡れた瞳がシエルを見下ろしている。
「おい?」
「本当に貴方は私を煽るのがお好きですね」
「は?」
「いいえ、それでは続きを」
「いや、待て、やっぱりいいッ」
また動き出す手を掴み、シエルは必死に首を振った。
どうやらまた何か自分はやらかしてしまったらしい。
己の中の本能が逃げろと叫んでいる。
そう、これは・・・―――。
狼に睨まれたウサギの気分だッ!!
「もう待ったは無しです」
「や、セバッ…うぁんっ…!!」
今更足掻いてももう遅く…。
結局シエルはセバスチャンが言っていたとおり、
いつも以上に、嫌というほど、
机の上で満足させられたのだった。
(今度、ぜったいに別れてやる)
END
****
あとがき
一周年御礼リクエスト!Spicyシリーズの番外編第二弾!です!
長らくぉ待たせしてしまって、申し訳ないです(>▲<;)
この二人が早くくっつかないかなぁ、とのお声を頂きましたので、こちらの方は恋人設定で書かせていただきましたww
どんなものにしようか悩んだ末「恋人になったのだよ!」というような文章に…www
…もしかしたらSpicyのラブラブカポー(カップル)が見られるのはここだけかも?!www←
リクエスト文章なのに、私とセバスチャンだけが楽しんでしまって申し訳ないです。。。
どうかリクエストをくださった方様、そして読んでくださった方様も少しでも楽しんでいただけますように!!
この度は素敵なリクエストをありがとうございました!
これからも宜しくお願いします^^

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