この手で触れた身体は黒く汚れ、そのまま腐れ果ててしまう。
―――そうなってしまえばいいのに。
なんて願うのは彼がいつもどこかへ飛び立ってしまいそうな雰囲気を纏っているからだろうか。
本当にそのようなことになってしまったら、自分はもう彼を二度と抱きしめる事が出来ないというのに。
でももしそうなったら彼を腐らせ、そして自分も彼の後を追ってもう二度と誰にも邪魔されず永遠に一緒にいられるのではないか。
そう考えたらその“夢”は酷く甘美なものに思えて仕方が無い。
「どうした、セバスチャン」
長く伸ばした髪を揺らしながらシエルは手を伸ばし、セバスチャンの頬に触れる。
その腕は細くスラリと長い。そして上質な絹のように真っ白だ。
その腕にまで欲情しながらセバスチャンは「いいえ?」と微笑み、頬に触れた手に己の手を重ねた。
「貴方のことを考えていただけです」
「そのわりに面白くなさそうな顔をしていたな」
「おや、そうですか」
「まぁ、嘘ではないんだろうが・・・」
それでもお前は別の観点からの嘘をつくからな。
そう言いながらシエルは口角を吊り上げ、上半身を起き上がらせる。
一糸纏わぬ姿はカーテンを閉めていない窓から覗く月明かりに輝き、しかし影の部分はこれ以上ないほどの闇を浮き彫りにさせていた。
「この僕を抱いた後にそんな顔なのが気に食わない」
シエルはそのまま隣に横になっているセバスチャンを見下ろし、そしてのしかかる。
一緒に横になっていたときよりも顔が近くなり、こちらを覗きこんでくるその瞳は獰猛な獣のように輝いていたけれど、セバスチャンはそこから逃げることも、逆にその獣に襲い掛かるようなこともせずにその瞳を見つめ返した。
「“他の連中”ならきっと幸せを噛み締め、だらけた表情をしているに違いないのに」
「・・・他の連中に抱かれたことがあるような口振りですが」
「その答えはいつも傍にいるお前が知っているだろう?」
酷く愉しそうに言う彼と、瞳に映ったあくまで無表情の自分。
「想像は簡単だ。今までの経験とそして少しの計算で未来を予想することが出来る。だが予想できるのは別に未来だけじゃない」
チェスと同じだな。
今までの経験―――周りからの厭らしい視線。
少しの計算―――その視線の意味。
それら足して出てくるイコールの先は“未来”だけではなく“想像”も存在している。
ゲームの天才と謳われる彼にとっては朝飯前だろう。
「では貴方は私以外に抱かれることを想像したと?」
「さぁな?それこそお前も僕が想像したのかしていないのか想像してみろ」
「・・・意地悪な主人ですね」
軽く息を吐きながら言い、近くにある唇に口付ける。しかし彼は忍び込ませた舌を甘噛みし、口付けをやめさせた。
「なん、ですか」
不機嫌さを隠すことなく瞳を細めてそう問えば、シエルは唇に付いた唾液を舐め取りながらセバスチャンの手を取り、そしてその手を己の胸へと導いていく。
手の平からは少し早い鼓動が感じ取れ、まるで彼の生も死も握ったような感覚に陥った。
「この身体を他の奴に渡すつもりも無いくせに、何が“抱かれたことがあるような”だ」
想像するまでもない。
この身体も、心も、誰のものだセバスチャン。
鼓動を手の平に感じさせたまま、その指を胸の尖りにワザと引っかけ小さな声を上げる。
それと共により鼓動が早くなり、生死どころかその身体の隅から隅まで・・・髪の一本までも自分のものになったかのようで・・・――――
「悪い子、ですね」
先ほどの台詞を言い直し、シエルを片腕で抱きしめてその細い腰をゆっくりと撫で上げた。
「ん、今更だろう」
それに満足そうに笑い、今度は彼の方から唇を寄せてくる。
白い肌はいつの間にか赤みが差し、溶けてしまいそうなほど熱い。
(―――今はこれで十分ですかね)
この手で触れた身体は黒く汚れることも、そのまま腐れ果ててしまうこともなく。
代わりに赤く染まり、そのまま溶けてしまいそうになる。
それもそれで酷く甘美なものだ。
「さぁ坊ちゃん」
煽った責任は取ってくださいね――――
今夜きっと自分は彼を寝かせないだろう。
そんなことを“想像”した。
罪ばかりの密

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