『いつから、この気持ちに気が付いた?』
その質問に答えるのは、実は難しいことだった。
『具体的に言うのは難しいですが、ここ最近ですよ』
と、咄嗟に答えたが正確にはそうではない。
きっとその答えは誰にも分からない。
坊ちゃん自身も。
もしも、
『いつから私のことが好きでしたか?』
と聞いたら、坊ちゃんは答えることが出来ないでしょう。
素直ではないから、ではなく、ご自分でも分からないから。
坊ちゃんの私への気持ちは、少しずつ育っていったものなのだ。
透明なコップに、毎日ほんの一滴ずつ水を溜めていったようなもの。
そして透明なコップに満タンになって、初めてその気持ちが表面へと現れた。
そのとき坊ちゃんは初めて、その想いに気が付き、
そのとき私は、坊ちゃんの中にその想いがあると確信した。
近くで見ていたから分かったこと。
ほんの少しでも余所見をしていたら、気が付かなかったこと。
全く、本当に。
『愛情』が苦手な貴方らしい。
― Sweetの心情 ―
私が坊ちゃんに『ゲーム』を仕掛けてから数日。
わずかに私に対する接し方が変わった。
「セバスチャン」
「はい」
気持ちが互いに伝わり、両思い。
晴れて恋人同士になれたのだ。
いかにも・・・とまではいかなくても、少しくらい甘い雰囲気になってもいい。
けれど坊ちゃんは。
「3段重ねのケーキが食べたい」
「・・・3段重ね、ですか?」
「あぁ。それが出来上がるまで部屋に来るな」
私を避け始めた。
セバスチャンは引きつる口元を押さえ込みながら微笑む。
「ですが坊ちゃん。それをお一人で食べるのは少々大変かと・・・」
「残りはあの4人にやればいい」
もちろん、お前も食べていい。
シエルはセバスチャンの言葉にしれっと返す。
目線は書類に向けたままだ。
「坊ちゃ」
「二度も同じ命令をさせるな」
再度説得を試みようとしたが、途中で制止させられてしまう。
セバスチャンは、あからさまに大きなため息を付きながら御意、と答え部屋をあとにする。
****
正直。
「切ない・・・ですね」
セバスチャンは命令どおりケーキを作りながら、独り愚痴る。
両思いになれたのが、まるで汚らしい天使の見せた夢だったかのようにまで思える。
しかし逆に。
「可愛らしい」
無意識に顔がにやけてしまう。
その顔は悪魔としては、情けなさこのうえない。
けれどそのことに本人は全く気が付いていない。
坊ちゃんが私を避けるのは、私の想いを正面から受け止めた証拠。
私とどう接したらいいのか分からないのでしょう。
「あぁ、坊ちゃん」
避けられる切なさ、照れている可愛さ。
「この溢れる想いをどうしたらいいのでしょう」
セバスチャンは今も苦悩しているであろうシエルのことを思いながら、
先ほどとは違い、甘いため息をつく。
今すぐ貴方を抱きしめたい。
小さく非力な体を包み込んであげたい。
この体全てで貴方を感じたい。
貴方の頭の中を私一色に染め上げたい。
今すぐに。
今すぐに。
永遠に。
受け止められた想いは留まることを知らずに、どんどん広がっていく。
諦めていた想いが叶ったことの喜びが、より広がりに拍車をかけていく。
「恐ろしい病ですね」
まさか、自分かこんなに愚かになってしまうだなんて思いもしなかった。
まず誰かに恋してしまうなんて・・・。
悪魔に愛された少年。
それはもしかしたら『絶望の象徴』かもしれない。
本人が、そう思っていなかったとしてもだ。
ですが安心してください、坊ちゃん。
私がそんなことにはさせません。
「ファントムハイヴ家の執事たるもの、愛するものを守れなくてどうします」
必ず、幸せにして差し上げましょう。
セバスチャンは密やかにシエルに誓った。
そんななかで。
作っている3段重ねのケーキが、いつの間にかウエディングケーキになっていることを、
やはりこの悪魔は全く気が付いていない。
END

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