「悪魔というものは、お前以外にも沢山いるのか?」
シエルはフォークを右手で持ちながら、セバスチャンに尋ねる。
すると一瞬セバスチャンは驚いたような顔をしたが、すぐに執事の顔に戻り主人の問い掛けに誠実に答える。
「そうですね。死神とは違い、接触することはほとんどありませんが」
「じゃぁ、僕が呼び出したのがお前だったのは偶然というわけか」
まぁ、そいつが『セバスチャン』という名を持つことには変わりないがな。
今日のスイーツ・・・モンブランを見つめながら、クスリと笑う。
たとえあの時、この悪魔ではなかったとしてもシエルは『セバスチャン』と名づけていただろう。
忠実なる下僕(いぬ)として。
「ですが、この『セバスチャン』という名は今や私だけのモノです」
セバスチャンは紅茶の準備をしながら答える。
食器独特の音を一切立てず、美しく。
「この名前を他の者に譲る気はサラサラないですよ」
「ふん」
僕だって今更他の奴に『セバスチャン』という名を与えようとは思わない。
決して口にはしないけれど。
シエルは自分の『あくまで執事』に視線をやりながら、フォークを持っていない方の手で頬杖をつく。
「もしもここにいるのがお前ではなかったら、どうなっていたんだろうな」
「どうなっていたか・・・と申しますと?」
セバスチャンは良い香りを立てながら、紅茶をモンブランの隣に置く。
目線はシエルに向けたままなのに、その様は準備同様、完璧だ。
「もっと美味いスイーツが食べられていたかもしれない」
シエルはフォークを手で回しながら言う。
「他には、そうだな。屋敷の使用人の面子も違ってたかもな」
「まぁ、そうかもしれませんね」
悪魔全てが同じわけではないですし。
そう答えたセバスチャンの顔は見る限り微笑んではいる、けれどそれに騙されるシエルではなかった。
それを引き出せたことに内心満足する。
「どうしたセバスチャン?何か言いたげだな?」
「逆にそれは私が聞きたいですね」
セバスチャンはフォークを回している方のシエルの手首を強く握る。
やはり微笑みの中にわずかな怒りが見えたのは、シエルの気のせいではなかった。
「何を言わせたいのです?坊ちゃん」
「別に。僕は可能性の話しをしたまでだ」
「可能性・・・ね」
セバスチャンの瞳が本来の悪魔の色へと変化する。
「私以外の誰かが貴方に仕えると?考えたくもありませんね」
「・・・」
「それに、私以上に貴方に見合う執事など存在しないと思いますが」
「随分と驕っているな」
「もちろん。自負しておりますから」
「はっ。その自信はどこから来るんだか」
シエルはセバスチャンを鼻で哂う。
この執事は何をするも完璧だ。己が最高の執事だと自負していてもおかしくはない。
なんせ会う人会う人がセバスチャンを褒めるのだ。
これで自信がないという方が難しいか。
しかし相手はセバスチャンだ。
自分を褒めることはまずない。
なのに自分以上に見合う執事はいない、という言葉が出てくるなんて。
よっぽど『この僕を納得させる何か』があるんだろう。
そうでなければ、僕の話しにまんまと乗ってこない。
実は。
これは僕が投げかけた小さなゲーム。
『この自分が、シエル・ファントムハイヴに相応しい』と僕を納得させたらセバスチャンの勝ち。
逆に納得させることが出来なかったら、僕の勝ちだ。
このゲームに気が付いているのかは定かではないが、きっと奴は気が付いているのだろう。
自分を褒める事のない執事が自身を褒めたのが、いい証拠だろう。
さぁ、セバスチャン。
カード(答え)を見せてもらおうか。
「坊ちゃん」
セバスチャンはシエルが握っているフォークを取り、静かにモンブランが載っているお皿に置く。
そして空になった手を自分の方に引き寄せ・・・
「私は貴方に愛されている執事ですから」
チュッと音を立ててキスをする。
「んなっ!!!」
まさかそんなカードを出されるとは思ってなかったので、シエルは声を上げてしまう。
顔を赤らめて、とっさに手を引くがピクリとも動かない。
そんな様子にセバスチャンはニヤリと笑う。
「坊ちゃんは、この私だから愛してくださったのでしょう?」
「な、何を!」
「ならば私以上に貴方に相応しい執事はいないと思いますが?」
恋人としても…ね。
まるで何かの仕返しとでもいうように、甘く囁く。
もっともシエルの苦手とするもの。
コイツ、やっぱり!!
「どうやら、私の勝ちのようですね?」
僕が投げかけた小さなゲームに気が付いていた。
「別に僕は納得などしていない!!」
「おや、では私以外の者を恋人にするつもりがあるのですか?」
「そんなわけ・・・っ!!」
反射的に答えてしまい、しまった!と口を閉じるがもう遅い。
セバスチャンはシエルの返答に嬉しそうに微笑み、前かがみになりながらもシエルを抱きしめる。
「その答えを聞いて安心しました」
「もともと分かっていることを聞くな!」
「最初に切り出したのは坊ちゃんじゃないですか」
「う・・・」
シエルは苦い顔をする。
「坊ちゃんだって、私以上にご自分に合う者などいないと思ってくださっているのでしょう?」
「・・・」
「それは肯定と受け取ってよろしいのですね」
嬉しいですよ、坊ちゃん。
今度は額に口付けを落とす。
恥ずかしいこと極まりないが、シエルは今度は静かにそれを受け止める。
別に嫌なわけではないから。
「もしも、ですよ」
ふとセバスチャンが言う。
「もしもこの先、私以外の悪魔と出会ったとして、私の作るスイーツより美味しいスイーツを作るのでしたら」
その時は。
「その悪魔よりも美味しいスイーツを作ってみせましょう」
悪魔の瞳がシエルを見つめる。
まるでシエルを自分の中に取り込もうというような、そんな勢いを宿して。
そんなセバスチャンにシエルは苦笑する。
「お前、思っていた以上に怒っていたんだな?」
「当たり前ですよ。私以外の者が坊ちゃんに仕えるなんて許しません」
たとえ坊ちゃんがそうしたいと望んでも・・・ね。
甘さの中に見える、痛いくらいの束縛。
けれどきっと『愛情』が苦手な僕には、これくらいが丁度いいのだろう。
あぁ、本当に僕は・・・。
「セバスチャン」
「はい?」
お前じゃないとダメらしい。
「・・・僕に相応しいお前でい続けろ」
だから、ずっとそばにいろ。
「これは、命令だ」
この先も後にも、お前だけだ。
言葉の裏に紡ぐ本音。
それを不器用に隠しながら、今度はシエルからセバスチャンの額に口付けを落とす。
まるで、何かを懇願するかのように。
「もちろんです・・・坊ちゃん」
セバスチャンは愛しげにシエルを見つめて返す。
いつもならではの執事として、悪魔としての返答ではなかったのが嬉しくて。
シエルは強く強く、セバスチャンを抱きしめた。
END
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あとがき
もしもシエルの元に現れたのがセバスじゃなくクロードだったら・・・
ファントムハイヴ宅でタップダンスを踊っていたのだろうか

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