「寒く、ないですか?」
「あぁ。別にこうしてなくても大丈夫だぞ?」
「しかしそれではお風邪を召してしまいますので」
「・・・そこまでヤワじゃないつもりだが」
シエルは後ろから抱きしめられる形でセバスチャンのコートに包まれながらため息をつく。
一人分のコートに二人で入っているせいか、それとも背中にセバスチャンの熱を感じているせいか、コートの中は凄く温かい。
「それでも寒さには弱いでしょう。どうして屋敷の方でお待ちになってくださらないのですか」
「僕が屋敷で待っているだけだったら、自分の手で犯人を捕まえたことにはならないだろう」
「こんな寒い夜ですよ?今回くらい宜しいではないですか」
「いつも僕を嘲笑っていた悪魔とは思えない台詞だな」
シエルは哂うように言いつつも、内心心臓が酷く高鳴っていた。
あの庭での出来事を見てからシエルは正直戸惑っていた。
セバスチャンのあの行動の意味は何なのか。
しかし、その戸惑いを顔に出してしまうほど弱い精神ではない。
あれからもシエルは普段と何ら変わりなくセバスチャンに接してる。
唯一違うのは、己の心拍数だけだ。
「一応気遣っているのですよ。弱い人間の貴方ですから」
「気遣い、か。そんなものは不要だ」
「不要だなんて仰らないでください。悪魔が気遣い無く人間と接していたのならば、目の前の人間はすぐに死んでしまいますよ」
「それもそうか。なんせ人間はお前らにとっては餌でしかないのだからな」
「・・・」
シエルの言葉に黙るセバスチャン。
てっきり、えぇそうですよ、と返してくるかと思っていたのだが・・・。
シエルは内心首を捻るが、すぐにハッとする。
セバスチャンは嘘をつくことを禁じられている。
人間は餌でしかないという言葉に対して、イエスともノーとも答えなかったセバスチャン。
あの行動を知る前・・人間らしくなる前のセバスチャンだったら何の躊躇いもなくイエスと答えていただろう。
しかし今は何も答えない。
それはイエスとは答えられないということに繋がる。
こういうことに関しては、嘘をついてくれた方が助かるな。
シエルはホゥ・・・とかすかに白く残る息を吐き出す。
「坊ちゃん」
「どうした」
「気が付いていますか?」
静かに紡がれる、まるで告白のような台詞。
告白のように感じてしまうのは、セバスチャンの気持ちに自分が気付いているからだろうか。
それとも、セバスチャンは意として告白しているからなのだろうか。
いや、今はそんなことはどうでもいいだろう。
シエルは顔が赤くなってしまいそうな気がして少しだけ俯き、小さく、いや・・・と答える。
「僕は何も気が付いていない」
何を?とは返さずに、あえてその言葉を選ぶ。
セバスチャンの気持ちに気付いているということは伝え、しかし自分の気持ちの答えは濁らす言葉を。
「・・・そうですか」
セバスチャンは特に何かを言うわけではなく、先ほどの告白の延長線上のような感じに返す。
しかし。
「・・・っ」
セバスチャンのコートにシエルを入れつつも、直立不動の体勢のまま決してシエルには触れなかった腕が前に回されギュッと体を抱きしめられる。
強いとも弱いとも言えない力加減。
少しの抵抗じゃ振りほどけないが、振りほどこうという意志を込めて抵抗すれば解けてしまる抱きしめ方。
それが何となくシエルにはズルイと感じた。
それでもその腕を振りほどくことが出来なくて。
結局抱きしめられたまま、もう一度白い息を吐いた。
(僕たちの関係は何か変わるのだろうか)
END

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