あの夜から僕はおかしい。
朝も昼も夜も、いつも背中が熱くてたまらないんだ。
まるでまだ背中にセバスチャンがいて、抱きしめられているかのような感覚に陥ってしまう。
一体これはどういうことなのだろう。
あれから。
別段関係は変わることなく、今までと同じように接してくるセバスチャン。
もちろんシエルだって変わりない。
けれどあれ以来、頭の中からセバスチャンが離れなくなってしまっている。
一体これはどういうことなのだろう。
そもそも、アイツのあの行動を見なければこんなことにはならなかった。
アイツの気持ちを知らなければ、こんなことにはならなかったんだ。
・・・いや、違うな。
たとえ知ったとしてもアイツは別に何かしてくるわけではないのだから、そのまま流してしまえばいいんだ。
自分に好意を持つ相手がいることに対して、動揺してしまうほど純粋な人間ではない。
じゃぁ、どうして僕はこんなにもセバスチャンのことを考えてしまっているのか。
それはセバスチャンのせいではなく。
僕自身のせいだ。
「坊ちゃん」
「・・・なんだ」
「紅茶の準備が出来ましたが」
考え事をしている主人を窺うように、いつもよりぎこちなげに話しかけてくるセバスチャンに対し、シエルは無言で手を差し出し紅茶を受け取る。
やはり背中が熱くてたまらない。
そして、自分の中にある何かがチリリと痛む。
「どうしました?」
紅茶を受け取っておきながら口を付ける素振りがないシエルに、セバスチャンは再び声を掛けてくる。
「いや、いい香りだと思ってな」
「・・・お気に召したようで」
「あぁ。悪くない」
悪くない。
けれど良くもない。
この自分を包み込む感情、そして自分から溢れ出てくる感情は。
「セバスチャン」
「はい」
「僕が人間らしくなったらどう思う?」
「・・・坊ちゃんは元々人間だと思いますが」
「ふっ。そうだな」
それでも僕は認めない。
己が人間らしくなってしまったことを。
シエルは自嘲気味に笑いながら、紅茶で溢れるティーカップを指で弾いた。
END

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