クシャクシャ、アワアワ。
爪を立てないようにセバスチャンはシエルの髪を洗っていく。
このときは自分も白い手袋を外しているので、黒い爪と契約印が丸見えだ。
しかしここにはその契約者と自分しかいないので、問題はないだろう。
「どこか痒いところはありませんか」
「別に」
いつものように決まった台詞を投げ合う二人。
けれどきっとこの主人は痒いところがあっても言わないだろう。
それか先に言っている。
「・・・」
入浴の最中も二人はあまり言葉を交わさない。
仲が悪いかと聞かれたら絶対にノーと答えるが、逆に仲がいいのかと聞かれればイエスとは答えづらい。
じゃぁどういう仲なのか、と聞かれたら返答は出来ないだろう。
自分でも分かっていないのだから。
「なぁセバスチャン」
「どうしましたか」
そんなことを考えている矢先に声を掛けられ、氷の筈の心臓が跳ねた気がした。
思考が口から出ていただろうかという思いに駆られるが、そんなわけがないと冷静に突っ込む。
「シャンプーを変えたか?」
しかしシエルから出た言葉はなんら他愛のないこと。
けれどセバスチャンは驚いて少しだけ目を見開いた。
「坊ちゃんの好きな白薔薇からエキスを取り、それをシャンプーにしてみました」
「ということは、これはお前お手製のシャンプーということか」
「お気に召しませんでしたか?」
まさか気付かれるとは思っていなかった。
いつもシエルのシャンプーは薔薇の香りだ。
自分の気まぐれでシエルの好きな薔薇の種類で作ってみたところ案外うまくいき、香りもあまり変化なく、そしてむしろシエルにとって肌に優しいシャンプーが出来上がったのだ。
きっと自分の主人はシャンプーが変わったことに気が付かないだろうと勝手に思い込んでいた。
入浴も別に興味がないという様子だったからだ。
しかしシエルは目ざとくソレに気が付いた。
本当にいつもこの主人には驚かされるばかりだ。
「別に悪くない」
「それはようございました」
シャコシャコと頭を洗いながらセバスチャンは返す。
勝手にシャンプーを変えたことへのお咎めがあるかと思ったが、それは無いようだ。
きっとこれで入浴時に交わす言葉も終わりだろうと思えば。
「いい匂いだ」
「・・・は?」
「前のものより、いい匂いがする」
そう言うシエルの口元に弧が描かれているのは気のせいではないだろう。
「凄く、気持ちいい」
ほぅ・・・と息を吐くように言う声は、バスルームのこともあり、そして自分が悪魔のこともあり、酷く耳に大きく響いた。
それがザワリと胸の中を撫で、身体に熱が溜まるような感覚がして。
「・・・・」
暫く頭を洗っていた手を動かすことが出来なかった。
End

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