「それで、坊ちゃんと仲直りはしたのか」
執事の姿を見るなり、料理長は芋の皮向きを中断させて声を掛けた。
他のメイドと庭師の姿はどこにも見当たらず、どうやら別のところで自分たちの仕事をしているらしい。
「えぇ。ご迷惑をお掛けしました」
使用人を巻き込んだ喧嘩はしっかりと終焉を迎え、すでに主人と執事の仲は元通りだ。
とはいっても、元々主人と執事は喧嘩をするようなものではないだろうけれど。
「お前さんはスーパーマンみたいに出来た男なのに、よく坊ちゃんを怒らせるな」
「・・・そうですね」
「いつも嫌味ばかり言ってんじゃねェのか?」
日々自分たちが怒られていることを思って言っているのだろう。
決して間違えではない答えだが、この料理長が思っているようなものではないだろう。
料理長たちへの嫌味は彼らの失敗から来たものであり、決して理不尽な嫌味ではない。
けれど主人への嫌味は全てが理にかなったものではないだろうから。
この料理長が想像している嫌味と、執事が主人に向けて言っている嫌味は種類が違うのだ。
けれど。
「まぁ、そうですね」
それを教えてやるほど、この執事、否、この悪魔は心が広くはない。
「いい加減にしねェと、あの心が広い坊ちゃんも愛想を尽かしちまうかもだぜ?」
「心が広い、ですか」
あの主人はこの使用人たちが起こした失敗にはあまり目をつけない。
いや、つけても仕方が無いと言った方がいいのだろうか。
呆れることはあっても、怒ることはあまりない。
むしろその失敗を見て馬鹿だなと言いながら口元を緩めるのだ。
それは可愛いものを見ているものと同種。
それを心が広いと判断していいのかと聞かれたら、この悪魔は首を横に振るだろう。
現にこの悪魔は主人の心が広いだなんて、一ミリも思っていない。
「坊ちゃんは決して心が広いわけではないと思いますよ」
「そうかぁ?嫌味ばっか言っているお前さんにだけ厳しいんじゃねェの」
ざまぁみろ、とでも言うように笑う料理長。
しかしそれが悪魔にとっては心地好い。
「えぇ。坊ちゃんは私には厳しいですよ。とてもね」
「随分と嬉しそうに言うな」
「そうですか?」
ニッコリ微笑んで言えば、相手は舌打ちをして握っていたナイフと芋を横に置き、胸ポケットから煙草を取り出し咥える。
そしてマッチで火を付けて息を吐けば紫煙が執事服の黒と対比され、より白くそして黒く見えた。
「なぁセバスチャンよォ」
「はい」
「・・・いや、何でもねェや」
料理長は苦笑して美味しそうにほろ苦い煙を灰一杯に吸い込んだ。
(なんつーか、恋は盲目っていうか)
独占欲が丸見えの執事の姿が、煙草よりも苦々しくて。
ため息を誤魔化すように、料理長は天井に向けて再び紫煙を吐いたのだった。
End

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