コツリと足音が広い屋敷に響く。
窓の外を見れば月が高く上がり、冷ややかに世界を照らしていた。
こんな闇にまぎれる自分は他の人間から見たら、やはり悪魔に映るのだろうかと考えて苦笑した。
見た目だけは人間の姿にしているが、本性は隠しきれない。
いや、この家の裏の仕事をしている限り隠しきることは出来ないだろう。
(さて、仕事も終わりましたし部屋に戻りますかね)
悪魔うんぬんかんぬんと考えていた割には妙に人間染みた思考に切り替わったことを、この悪魔は気付いているが、あえてそれは見てみぬ振りを決めた。
手に燭台も持たずにそのまま歩いて行く。
向かう先は与えられた自分の部屋。
けれど自分が今歩いている先には。
(・・・なぜここに来ているんでしょう)
主人の寝室があった。
他の部屋と変わらない同じデザインの扉。
けれど彼がいる時だけは、妙に輝いて見えるのは気のせいだろうか。
これも先ほどと同じように見てみぬ振りをしたいのだが、それが上手く出来ない。
(困ったものですね)
全然困ったような表情ではない顔で苦笑し、そっとその扉に触れる。
主人の気配が指先から伝わる。
今はぐっすりと夢の中だろうか。
それとも。
彼が一体なにをしているかは悪魔の自分でも、この扉を開けて見なければ分からない。
もしかしたら昼間に見せぬ顔を見せているのかもしれない。
そんな顔を見たいと思う自分はどうかしているだろう。
(あぁ・・・坊ちゃん)
今すぐこの扉を開けて、貴方に会いたいと願う。
けれどそれはどうしようも出来ない願い。
もし眠っていたら。
しかしもし起きていたら?
二つの思いがぶつかり合い、相殺されて消えて行く。
「坊ちゃん」
小さな声で呼ぶ名。
これくらいなら許されるだろう。
早く明日の朝になればいい。
そうすれば、なんの気がかりもなく貴方に会えるから。
苦笑しながら最後、触れていた扉にコンと名前を呼んだ時と同じくらい小さな音を残す。
そして今度こそ自分の部屋へ戻ろうと足を踏み出せば。
「コン」
小さな音で扉の向こう側から返事が返って来た。
End

PR