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【2024/03/29 17:11 】 |
*020

疲れた時に欲しいのは“甘いもの”=“君”




 

疲れた。

シエルはペンを投げ出し、椅子の背凭れへ思い切り寄り掛かる。
ギシリと小さく軋んだ音を立てながらソレは背中を受け止め、天井を見上げた状態でシエルは大きく息を吐いた。

別に何か問題があったわけでもない。
会社の方も順調に要望通りの製品を作り上げてきている。
けれどなぜかシエルの身体、そして精神は悲鳴を上げていた。
少し働きすぎたかと頭で考えても苦笑する気も起きないくらい、疲れてしまっていた。
今日はもうこのまま今日の仕事をやめてしまおうか。急ぎのものは何も無い。
一日くらい休日を作っても支障は無いだろうと思うのだが、今仕事をやめて休んでも意味がないような気がした。
のんびりすることで、この疲れが癒されるとは思えないのだ。
シエルは再び息を吐き、瞳を閉じる。
このまま居心地のいい闇に身を任せて眠ってしまっても構わなかったのだが。
(あ・・・)
とある黒い執事の姿が瞼の裏に映り、そんな考えも忘れてしまう。
微笑んだ顔に、意地悪な顔、心配するような顔に呆れる顔。
様々な表情が一瞬にして浮かび上がり、次の瞬間には

「セバスチャン」

小さくは無いハッキリとした声で名前を口にしていた。







「どうしました、坊ちゃん」
「・・・」

名前を呼んでから一分も経たずに瞼の裏に映った黒い執事、セバスチャン・ミカエリスが姿を現した。
閉じていた瞳をゆっくりと開け、その姿を瞳に映す。
すると重かった身体と心が妙に軽くなった気がした。

「坊ちゃん?」
「・・・」

問いかけには答えず立ち上がり、小走りでセバスチャンの元へ行けば、そのままギュっと腰に抱きついた。
胸元に顔を埋め、グリグリとまるで額を押し付けるようにすれば、慌てた様子のセバスチャンが一歩後ろに下がってしまう。

「え、あの、どうしました?」
「・・・うるさい」

けれどシエルはそれを追いかけ、抱きつき続ける。
息を吸えば、セバスチャンの香りが鼻腔を擽った。
これは元々の悪魔の香りなのだろうか。それとも執事として仕える為に香らせているのだろうか。
もし後者だとしたら、酷く甘い香りだ。執事というよりは悪魔的。
ならばやはりこの香りはセバスチャンという名を付けられた悪魔の元々の香りなのだろう。
いつもは意識しなかったことなのに、いざ気が付くとなぜか嬉しくなってシエルは再びグリグリと顔を押し付ける。
するとまた上から焦ったような声が。

「本当にどうなされたのですか」
「たまにはいいだろう」
「・・・もしかして甘えっこですか」
「・・・・・・甘えちゃ悪いか」

疲れたときに恋人に甘えて何が悪い。
まるでいじけた子供のように言えば、セバスチャンは先ほどとは打って変わって嬉しそうな声で「仕方の無い人ですね」と頭を撫でた。
もうちょっと焦らせておいても面白かったかなと思いつつも、その優しい手を受け入れる。
何度も何度も頭を撫でる手。
それが心地よくてまた瞳を閉じれば、今度こそ本当に闇に身を任せてしまいそうだ。

「次はおねむですか」
「・・・子供扱いするな」
「恋人扱い、でしたね」

クスリと笑い、腰に抱きついていたシエルを今度はセバスチャンがシエルを抱きしめ持ち上げる。
いきなりの浮遊感に多少驚くも、相手はセバスチャンだ。
シエルは特に気にすることもなく、そのまま身を預け、首に腕を回した。

「いつもこれくらい素直になったらどうですか?」
「そしたらお前が大変だぞ」
「なぜです?」
「・・・くっついて離れなくなる」
「・・・・・・そんな可愛いこと言わないでください」

結構真剣な声でそう返され、シエルは「本当のことだ」とまたいじけてみせれば額に口付けを落とされた。

「坊ちゃんの言うとおり、素直になったら私は色々と大変ですね」

セバスチャンはそう呟きながら、足を踏み出し始める。
身体が揺れる感覚に少しだけ首に回した腕に力を込めれば、大丈夫だと言う様にポンポンと軽く背中を叩かれた。
何歩か進むとセバスチャンは椅子に座ったようで、浮いていたシエルの身体は膝の上に向かい合わせのように下ろされる。
けれどセバスチャンも、そしてシエルも回した腕を離す気はない。

「このまま眠って構いませんよ」
「それじゃぁお前の仕事が出来ないだろう」
「大丈夫ですよ。しなければいけない仕事はほとんど終わっています」
それに。
「疲れた恋人を放っておくほど、冷たくありませんよ」

言葉と共に今度は頭に口付けを落とされる。
髪の上から口付けられた感覚が何だかくすぐったくて首を引けば、それを面白がるかのようにまた口付けられる。
眠っていいと言っておきながら、眠らせる気はないだろう。
口元を緩ませながら瞳をうっすらと開け、顔を上げてセバスチャンを見れば。

「ん・・・」

優しく唇に口付けられる。
まるで羽根のように柔らかく、生ぬるいお湯に包まれる心地。
とてもとても、幸せな空間。

「・・・セバスチャン」

シエルはセバスチャンの頬に頬擦りをし、その頬に同じくらい優しく口付けを落とす。
そして。

「すきだ」

最後は唇に。
言葉と共に口付けると、セバスチャンも嬉しそうに瞳を細めていつの間にか手袋を脱いだ手で優しくシエルの頬を撫でた。

「私も、貴方をあいしています」




疲れは甘いものと溶けて
どこかへと消えてしまった



End

 

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【2011/04/22 18:57 】 | Little Box | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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