(静かですね)
セバスチャンはシエルの命令により部屋から追い出され、今は1人厨房にいた。
本来なら、あと3人の使用人がドタバタと騒がしいのだが今日はそれぞれの部屋で休息を取っていた。
これもシエル、我らが主からの命令だ。傭兵としての先日までの働きを考慮してのことだろう。勿論、タナカさんもである。
屋敷の全ての使用人を休ませるだなんて前代未聞の主人だと笑えてしまうが、悪魔である自分がいてソレが成り立っているのだがら悪い気はしない。
それに今日は1人の方が都合がいいのだ。
今シエルはアンダーテイカーと何かの話しをしているのだろう。何の話をしているのか想像は出来ても、それが真実か見極めることは出来ない。だが、きっと先日まで行われていたゲームについてだろう。
是非ともその内容を聞きたかったし、執事の自分が主の側から離れるなんて、否、自分以外の者と二人きりにさせたくなかったのだが「部屋から出て行け」と命令されたのならば、従うしかない。
だが、命令されなくともきっと自分は少ししかその部屋にはいられなかっただろう。
シエルが命令した本当の意図は分からないが、きっとこのことも含んでいるに違いない。
「そろそろ来ますかね」
今日ここに来るのは葬儀屋と、もう1人。
セバスチャンは瞳を赤色に染め、業務用で使う小さな扉を見つめる。
その扉はピクリとも動かず無言を決め込んでいたが、それはすぐに形を変え、扉という名前さえ無残に消えていってしまう。
大きな音を立てて。鋭い刃物に切り刻まれながら。
ドバン!と扉だったものが文字通り吹っ飛んでいく様を瞳に映しながらセバスチャンは大きくため息をついた。
「屋敷に来るたびに扉を壊すのはやめていただけませんか?」
「仕方ないじゃん。扉がボクの前に立ち塞がっているのが悪いんだからさ」
「立ち塞がっているのが、扉の仕事ですから」
「随分と生意気な奴だよ」
「貴方に言えたことではないと思いますが?」
「チャールズ・グレイ伯爵」
今度はセバスチャンが扉の代わりだと言うようにグレイの前に立ち塞がった。
黒い姿と白い姿が、厨房の空気を異様にしている。
それに気が付いているのか、いないのか、グレイはキョロリと辺りを見回した。
「あれぇ?他の使用人たちは?」
「今日は別の仕事を与えていますので、ここにはいません」
「へぇ。全員生きてるの?」
「勿論」
「なんだつまんないの~」
グレイはやれやれといったように頭の上で手を組み、息を吐いた。
「手紙を届けるついでに馬鹿にしてやろうと思ったのにさ」
「それはそれは、残念でしたね」
いつものように笑顔で微笑んでみせるが、今日は上手く笑えている気がしない。
それにグレイも気付いているのか、その瞳にセバスチャンの姿を映しながら瞳を細め口元を歪ませた。
「ちょっと、そんなに殺気立たせないでよ。今回の件でボクに怒りをぶつけるのは筋違いじゃないの?」
「筋違い、ですか」
「そうだよ。全部陛下の考えたことだし」
でも予想外だなー、と呟きながら頭の上で組んでいた手をゆっくりと降ろし、腰につけている愛用の剣の柄に触れた。
それを眺めながらもセバスチャンは動かず、制止している。
「1人くらい死んでると思ってたのに」
「そんなヤワじゃないですよ。この屋敷の使用人は」
「しまいにゃ陛下に牙を向けることもないしさ。ほんっと最悪だよね。ボクとしては反抗して死んで欲しかったんだけど。あのクソガキ嫌いだし」
「・・・それを私に言う意味は?」
「だからさ、今ここで君を殺せば、あのクソガキの鼻柱を今度こそ折ってやれるかなって」
「ねッ!」
グレイは剣を見えない速さで抜き、そのままセバスチャンへと突きつける。
ヒュンと空気を切り裂きながらこちらへと向かう刃をセバスチャンは軽々と避け、グレイの背後へと移動しシルバーを首元に押し付ける。
先ほどの動きが嘘のように止まり、相手が息を詰めたのが分かった。
「もう少しくらい、遊んでくれたっていいんじゃない?」
「生憎そのようなままごとに付き合ってあげられるほど、今は機嫌が良くないんです」
ワザとらしくシルバーを煌かせ、冷たく哂う。
殺してしまいたい衝動を必死に抑えながら刃を向けるのは骨が折れる。
「君さ、本当に使用人?」
「えぇ。シエル・ファントムハイヴにお仕えする執事です」
「気に食わないなー」
「それは貴方だけではないので、ご安心を」
「あーやだやだ、本当に」
ガクンとグレイはその場に崩れ去るように膝を折り、セバスチャンのシルバーから逃れる。
舌打ちをしながら素早くシルバーを投げれば、後ろでに剣を回して弾き返し、そのままこちらに向かって薙いでくる。
(流石は女王の執事。簡単に大人しくはなりませんか)
だが相手はただの人間。
どんなに人間の中で優れた人材だとしても、所詮は人間なのだ。
悪魔の自分に勝てるわけがない。
セバスチャンは何のワンクッションも無く跳び、剣を避けてそのまま腕を伸ばしグレイの首元の掴み上げた。
いきなりの圧迫感に堪えられなかったのか剣は手の中から滑り落ち、そして口からは小さな呻き声が耳に届いた。
それに歓喜を憶えながら壁へと押しつける。そして動かぬよう素早く数本のシルバーを投げ、壁に縫い付けた。
勿論、身体越しにではなく服越しに。
「いったぁ」
グレイは頭を軽く振りながら首を上げ、呆れたような、けれど明確な殺意を宿した視線をこちらに向けた。
「・・・満足?」
「いいえ、全然」
赤い瞳を隠すこともなくセバスチャンは微笑み、グレイの頬ギリギリのところに再びシルバーを投げる。
トスっと刺さったシルバーの下から、切れたのだろう白い髪が数本落ちていった。
「本当は殺してしまいたいのですがね。ですがそんなことをすれば坊ちゃんが危険にさらされてしまいますので、我慢することにいたしましょう」
「ボクがこのことを陛下に言ってもあのガキの命は無いんじゃないの?」
「おや、たかが番犬の使用人ごときに陛下の執事が負けたなどと貴方自ら口にすると?」
そう鼻で哂えば、グレイは口をへの字に曲げフンと視線を下にした。
「では、女王陛下からのお手紙は私が預かっておきますね」
セバスチャンは壁に縫い付けられているグレイの胸元に手を入れ、鎮座していた手紙を引っこ抜く。
それが女王陛下からシエルへの手紙だと確認すると、グレイの胸元を掴み無理やり引っ張れば布の破れる音を響かせグレイは壁から開放された。
「う~わ、服の裾がビリビリじゃん」
「帰ったらもう1人の刺繍がお上手な方に直してもらってください。木に引っ掛けたと言ってね」
「ほんと、最悪だよ」
四肢が自由になったグレイは服の裾を摘み上げながらため息をつき、もう帰る、と不機嫌な顔をしたまま開いたままの出口へと足を進めた。
が、外へ一歩出たところでクルリと首だけ振り返り、口を開く。
「どうしてそこまであんなガキに肩入れするわけ?」
その言葉を吐き出した白執事は本当に純粋な疑問しか瞳に宿していない。
こちらとしては、悪趣味なゲームを平気でする女王に肩入れをする方が信じられないのだが。
だがきっと・・・。
セバスチャンは赤い瞳を抑え、先ほどまで浮かべていた嘲笑に近い笑みをしまって。
「彼だからですよ」
真剣な表情で相手に答えを返した。
黒執事からの答えを聞いた白執事は何となく納得できる節があるのか、どこか気まずそうな表情を浮かべながら「ふぅん」と呟き、止めた足を踏み出して今度こそ屋敷をあとにした。
もしかしたら己の主人も極悪非道で、人間の血が通っていないなど周りの人間からは思われていたりするのだろう。
表の人間からみたら特にそう思うに違いない。
それは己の主人に限らず裏社会の人間なんて、どれもそのようなものだろう。
けれど彼は、他の裏社会の人間とは違う。
―――その重みを背負うのは僕の役目だ。
「貴方にはきっと分かりませんよ」
分かって欲しいとも思いませんけどね。
ねぇ?
坊ちゃん―――
セバスチャンは瞳を細め、どこかはやる気持ちを抑えながらシエルのいる部屋へと足を進めた。
****
空になった紅茶のカップを見つめていると、いつもよりも大きめな音のノックが部屋に響き渡った。
来たか・・・とシエルは息を吸い、短く入れと命令すると扉の向こうには黒い姿が1人だけ。
もう1つ白い姿があると予想していたシエルは内心首を傾げ、その疑問を黒い姿・・・セバスチャンにぶつけた。
「グレイ伯爵はまだ来ていないのか?」
「いえ、もう屋敷の方に来ましたよ。女王陛下からのお手紙を持って」
「・・・ならどうして今ここにいない」
嫌な予感がし、シエルは眉を顰める。
いつかの晩に女王に手を出すなと命令はしたが、その側近には手を出すなと命令していない。
まさか・・・。
セバスチャンもシエルのように取り巻きに甘噛みしたのと同じ、いや、それ以上のことをしたのだろうか。
「少しばかりお相手しましたが、女王の耳に入ることはないかと」
「まったく、お前は・・・」
セバスチャンが何をしたのかは分からないが、セバスチャン本人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。
シエルは安堵と呆れに大きくため息をついて首をガックリと下げた。
やはり今回のゲームは女王陛下よりもセバスチャンを抑える方が気に病むな、と苦笑を零す。
だが正直。
「・・・満足したか?」
「先ほども相手にそう聞かれましたが・・・本当ならばもう少しいたぶりたいのですがね。でも気分は悪くないですよ」
「そうか」
「坊ちゃんは葬儀屋に何かしたのですか?」
「・・・どうしてだ」
「私を部屋から追い出したのはグレイ伯爵のこともあったかと思いますが、今回のゲームのこともあったのでしょう?」
確信を持って言う声音に、シエルは顔を上げて笑う。
やはりバレていた。
「まぁ、お前ほど酷いことはしてないがな」
「私も酷いことなどしていないですよ」
「どうだか」
お互いに視線を絡め、笑い合う。
そして自然と開いていた距離がだんだんと狭くなり。
「・・・全部、終わったな」
「えぇ、終わりました」
2人は力強く抱きしめ合った。
そこには安堵のような、または達成感に満ち溢れているような表情が浮かんでいる。
シエルは大きく息を吐き、瞳を閉じた。
「お疲れ様でした」
「・・・それはこっちの台詞だろうが」
「そんなことありませんよ。見ているだけという方が辛い時だってあるんです」
特に貴方のような人間はね。
優しく頭を撫でられる感触に、先ほどよりも強くセバスチャンを抱きしめ顔を埋めれば、それに答えるように抱きしめる腕が強くなる。
この腕が自分を守る盾となり、時には剣になる。
けれど、こんなにも温かい。
「セバスチャン」
トントンと背中を叩きチラリと顔を見る。
「はい」
その顔は先日よりも穏やかで優しい笑顔。
全て終わったからか。
それとも少し相手を痛い目に合わせて気分が良くなったからか。
(いや、きっと違う)
シエルは目を逸らすこともなく意図を持ってジッと瞳を見つめていると、少し間が空いた後、気が付いたセバスチャンは嬉しそうに口元に弧を描いて、首を下の方へ・・・シエルの方へ降ろしてくる。
自分の意図が伝わったことに満足して、近づいてくるセバスチャンの顔につま先立ちをすることによって自らも距離を縮め、唇を重ね合わせた。
「ん・・・」
苦く感じた唇が今日はもう甘く柔らかい。
きっとそれは自分の気持ちも関係しているのだろう。
セバスチャンの気持ちだけではなく。
また今回みたいなゲームをするときが来ても、自分はまた同じような命令をするだろう。
けれどそれをセバスチャンは受け入れ、許してくれる。
それはセバスチャンだけではなく・・・。
「もう暫くは鼠どもがこの屋敷に来ることはないだろう」
シエルは執務室に呼び出した使用人全員に向けて言葉を放つ。
終わりを告げられた使用人三人は全身の緊張感を解き、安堵と共に笑顔を浮かべた。
「よかったぁ~、これ以上来たら流石に大変だもんね」
「でも坊ちゃんが昼間に休息をくれていたおかげで、疲れが溜まることもあまり無かっただよ」
いつものような風景にシエルは無意識に口元が緩ませそれを眺めるが、ただ一人、バルドだけが少しだけ眉を寄せた顔でこちらを見ていた。
「・・・いいんですかい、坊ちゃん」
煙草を口元から外しながら問う。
そう、バルドも今回のゲームの首謀者が女王だと知っているのだ。
けれどシエルは特に説明をすることもせず、その言葉に頷く。
「あぁ、構わない。全て終わった」
「そうですかい」
そこでやっとバルドも皆と同じように笑い、大きく伸びをした。
何も聞かなくていいのか、という言葉は喉のところまで来ているが、シエルはそれを飲み込んだ。
バルドは笑ったのだ。セバスチャンと同じように。
だから、きっともういいのだろう。
「坊ちゃん」
なんとなく目線が下にいってしまっていると声を掛けられ、パッと顔を上げれば。
「また何かあっても安心してお仕事していてくださいね」
「私たちがしっかり守るだよ」
「あぁ。どんな敵でも、なっ!」
「ほっほっほ」
「まったく。貴方達は本当に調子がいいですね・・・」
濁りのない眼差しに、嘘のない言葉に。
笑顔に呆れ顔に、いつもの空気に。
そして。
寄せられる想いに。
「あぁ」
シエルは、笑ったのだった。
END
****
あとがき
「GameⅣ」の初登場さんはアンダーテイカーとグレイでした!
予想が当たった方はいらっしゃいましたでしょうか?ww
今回、四萬打御礼のアンケートで一位に選ばれた「GameⅣ」
久しぶりに書かせて頂きましたが、頭を捻りつつも楽しく書かせて頂きました。
今後もサイト、そして月猫をどうぞ宜しくお願いします^^
ここまでお付き合いしてくださって、ありがとうございました!

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