あんなにも寒かった朝が嘘のように日向が暖かい、とある日の午後。
シエルはいつものように仕事をし、その休息がてらにセバスチャンの入れた紅茶を飲んでいた。

「本日はアールグレイでございます」
「･･･悪くない」
「それはようございました」

セバスチャンは微笑みながら、シエルを見つめる。
自分の大切な恋人とのひととき。
実をいうと、二人で過ごす時間がいつも取れるかというとそうではない。
ファントム社としての仕事。女王の番犬としての仕事。そして歳相応の教育など、シエルの予定はぎっしりなのだ。
なので、たとえ馬車での移動時間や今のような休息時間は貴重といってもいいほどのものなのだ。

「冬の季節は日に当たっていると温かくて気持ち良いですね」
「そうだな」
「ついつい、うたた寝などしませんように気をつけてくださいよ？」
「うたた寝などするか」

シエルはセバスチャンの方に視線を投げることもせず、ピシャリと言い放つ。
想像以上の冷たい返しにセバスチャンは数回瞬きをし、気を取り直して別の話しを持ちかけた。

「この後のスイーツで何かご希望はございますか？」
「そうだな･･･チーズケーキが食べたい」
「御意」

ソーサーに置かれたカップに紅茶を注ぎ足しながら頷く。
この後も恋人は山ほどの書類の処理をしなければいけない。
もっと触れ合いたいという思いは溢れんばかりにあるが、仕事を邪魔をするわけにもいかないだろう。
だからせめてと思い、頬に手を伸ばすが。

「なんだ」
「え･･･」

触れる前にその手を止められてしまう。

「この手は何だと聞いている」
「いや、あの、頬を撫でようかと」
「意味の無いことはするな」

シエルはパシっと手を払いのけ、目を細めた。
そんな仕草にセバスチャンは内心汗を掻きながら、首を捻る。

「ど、どうしましたか、坊ちゃん」
「どうしただと？貴様の方がどうかしたんじゃないのか？」
「え？」

焦っているセバスチャンとはよそに、シエルはカップから指を離し、足を組む。
そしてまるで上から見るような表情で淡々と言葉を紡いだ。

「今日は随分と雰囲気が柔らかいな。だが、僕が簡単に騙されると？何を企んでいるのかは知らないが、優しいからといって流されると思ったら大間違いだ」
「あの･･坊ちゃん･･･」
「それとも何だ。今まで自分が間違っていたと改めたのか？」

シエルはハッと鼻で哂い、セバスチャンを睨みつけた。

「いえ、坊ちゃん私はそういうことではなくてですね」
「なんだ」
「ただ、いつも忙しくて二人の時間を過ごすことが出来ないので･･･」
「二人の時間だと？それこそ哂えるな。そんなもの必要ない」
「･･･え」
「僕はもう仕事に戻る。スイーツはいつもの時間にもって来い」

もうこれ以上話すことはない、と言うように机に乗っている書類の束に目を通し始めるシエル。
そんな様子を見つめながら暫く呆然としていたセバスチャンは結局どうすることも出来ず、御意･･･と答えてチーズケーキを作りに行くしかなかった。



end