女王の番犬としての仕事を終え、ようやく一息。
いつもの執務室の椅子に、シエルは深く腰を下ろした。
その傍らで、脱いだコートを片付けながらセバスチャンはニッコリと微笑む。
「お疲れ様でした」
「あぁ」
「この後、紅茶を持ってまいりますね」
労わるような言葉を掛け、シエルを見つめる。
この恋人は今の自分の機嫌に気が付いているだろうか。
いや、いないだろう。
きっと気が付いていたら恋人はすぐに声を掛けてくるはずだ。
どうして機嫌が悪いのか・・・と。
「坊ちゃん」
「・・・なんだ」
話すのも億劫そうな態度に、こちらの方が引いてしまいそうになる。
だがここで引くわけにはいかない。
セバスチャンは手に持っていたコートを机に置いて、言葉を投げかけた。
「随分と親しいのですね」
「・・・劉のことか」
「えぇ」
そう。
先ほどまで、女王の番犬として劉から話しを聞いていたのだ。
勿論タダで情報を流してくれる筈も無く、一緒にお茶を飲むという条件を出されて数時間も拘束されていた。
「文句を言いつつも楽しそうにしていましたし」
「誰が楽しそうにしていたって?」
「坊ちゃんが、です」
少しいじけたような声音になってしまっているのは、自分でも分かっている。
けれど仕方が無いだろう。恋人が他の人間と仲良くしている姿など見たくない。
たとえ恋人の気持ちが、相手に向いていなかったとしても・・・。
しかしこれできっと自分が劉に嫉妬していることに気が付いてくれるだろう。
少々みっともないが、気が付いてくれない坊ちゃんがいけないのだと自分にいい訳をしてみる。
が。
「そうか。お前の瞳にそう映っていたのならば、そうなのかもしれないな」
「・・・え」
嫉妬した自分を可愛らしく慰めてくれることを期待していたセバスチャンだったが、全く違う反応に思考が一時停止する。
あの・・・坊ちゃんは、今、なんて仰いました?
「劉も扱いづらい奴だがな。悪魔の相手をするよりも同種の人間の方が疲れないものだろう」
「あの・・・坊ちゃん?」
「貴様が何の答えを求めていたのかは知らないが、何か勘違いしていないか?僕が誰と話そうが僕の勝手だ。貴様に拘束される憶えはない」
シエルは眉を寄せた不機嫌の顔で言い放つ。
いつかの日にタナカさんが仰っていた、開いた口が塞がらないとはこういうことだろうか。
セバスチャンは何か言葉を口にしようと思ったのだが、何を言っていいのか分からず、そのまま固まってしまう。
それを見ていたシエルは可笑しそうにクスリと哂い、机に頬杖を付いた。
「嫌味なお前が珍しいな。言葉を失うなんて。いつもこうだったら劉よりも疲れないで相手が出来るというものを」
「ぼ、坊ちゃん」
「もう話すのも疲れた。これからファントム社の方の仕事に取り掛かるから、僕が名前を呼ぶまで部屋には近づくな」
ピシャリと言い放ち、置いておいたコートを手に持ちセバスチャンに渡した。
それは無言の“出て行け”という台詞。
それを受け取りながらセバスチャンは一礼し、振り向くことも・・・ましてや話し掛けることもせずに部屋を後にする。
そして廊下を歩きながら。
えぇ。分かっていますよ坊ちゃん。
今は機嫌が悪いだけなのですね?
大丈夫です。ちゃんと分かっていますよ。
だって私たちは恋人なのですから。
混乱しつつも必死に自分を慰めていた。
end

PR