自分は悪の貴族だ。
裏の世界の秩序であり、女王の番犬という首輪を絞めている。
「坊ちゃん・・・」
「・・・・」
一般人と同じように平凡な暮らしなど出来ない。
そんなことは分かっている。
復讐を糧に生きる僕だ。
そんな“偽り”など欲しくない。
「・・・大丈夫ですよ」
「何がだ」
「私が後ろにおります」
「・・・ふん」
今日だってほら。
目の前には排除すべき鼠。
闇の世界で生きる者は必ず見る光景。
赤い赤い世界。
黒と白と赤が交じり合う、歪な空間。
それが、裏の世界では正しき形。
躊躇ってはいけない。
この手の中にある鉛の引き金を引かなければ、自分が危うくなるだけだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
これは、僕の“仕事”なのだから。
「坊ちゃん」
「・・・さっきからなんだ。今日は随分と煩いな」
「そうですね、申し訳ございません」
白ではなく、黒い手袋を履いたセバスチャンの手がそっとシエルの持つ拳銃に伸ばされたのを視界に映し、シエルは拒絶するようにその手から逃れる。
自分でも分かっている。この手が震えていることを。
「哂えばいい」
「笑いませんよ」
「はっ。なんだ、同情か?」
「その方が楽ですか?」
「・・・そうだな」
悪魔に同情されるなんて、なんて嫌みったらしいのだろうか。
けれど今はそれが自分には丁度いい。
今は優しさなんて欲しくない。
まぁ、この悪魔が優しさなんていう稀な気持ちを持っているとも思えないが。
「ここで私が処分しますと言っても、貴方は自分の手ですると仰るのでしょう?」
どこか無感情の声が耳に入り込んでくる。
それは確かに後ろに立つ悪魔の声なのに、どこか人間味がある声だった。
「これは僕の仕事だ。貴様なんぞが手を出すな」
「・・・失礼しました」
「・・・なぁセバスチャン」
シエルは気を失っている鼠から視線を逸らすことなく聞く。
「ここで貴様に殺れと命じたら、お前は命令通りに動くな」
「はい」
「けれど、お前は僕を軽蔑するのだろう」
「・・・それはどうでしょうか?」
「なんだ。妙にもったいぶるな」
「いえ、そうではなく・・・」
フワリと自分を包み込む体温。
いつも低い筈のソレは、今日は温かく、いかに自分が冷たかったのかを知る。
しかしそれを理解するよりも、戸惑いや、どこか怒りが沸き溢れ、シエルは抵抗した。
けれどセバスチャンの抱きしめる腕が緩むことはない。
「ここで命令してくださった方が、私としては、嬉しいんです」
「人を殺した魂なんて美味しくないと言いたいのか」
「違います。貴方の心を守りたいと言っているんです」
「なんだと・・・?」
ザワリと胸の奥が騒ぎ出す。
先ほどの戸惑いや怒りとは違う。
これは。
「闇に染まれない貴方を」
「黙れ!」
これは。
僕の弱さだ。
「貴様、悪魔のクセに面白いことを言うな。今度は何を誘導しようとしているんだ」
「そういうことではなくて」
「いいか、よく聞けセバスチャン」
自分を包み込む温かさに爪を立てて、シエルは言い放つ。
誰にも負けない、凛とした声。
「僕はシエル・ファントムハイヴだ。悪の貴族と呼ばれている者。そして悪魔に魂を売った人間だ」
魂と引き換えに、願いを叶える。
その願いは?
「僕の望みはただ1つ。忘れるな。温かさなんかじゃない。温もりなんかじゃない。ましてや平穏など真っ平だ!」
僕はすでに選んだ。
復讐の道を。
「貴様はただ僕の後ろからついてくればいい」
その背中にいるだけで、いい。
その眼で、全てを見届けろ。
「・・・イエス、マイロード」
セバスチャンは腕を解き、シエルを解放する。
その後ろ姿はどこまでも真っ直ぐで、どこまでも純粋、純白で。
そして。
まるでこの世に生まれたての赤ん坊のように、悲鳴を上げていた。
「僕は躊躇わない」
(Is it your real intention?)
end

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