「ゲームをしよう、セバスチャン」
そう言った坊ちゃんの顔は酷く愉しそうだった。
「ルールは簡単。僕がこれから言う言葉が本当か嘘か当てるだけだ」
「・・・ヒントとかは」
「ない。今までの生活の中で得た僕の情報と貴様の悪魔の勘を頼りに答えろ」
いきなりのお誘いにセバスチャンは眉を顰めるが、首を縦に振った。
この恋人が無理難題を急に押し付けてくるのには大分慣れている。
雰囲気がどこか冷たいような気がするが、ゲームと名の付くものに対しての執着心だろうとセバスチャンは得に気にしないことにした。
「もし私が間違えたら何かあるんですか?」
「そうだなぁ・・・貴様の秘密を何か教えて貰おうか」
「秘密、ですか?」
「僕に言っていないことが1つや2つくらいあるだろう?」
「・・・・」
ニヤリと笑うシエルにセバスチャンは数回まばたきをする。
言っていないこと。
あると言えばあるが、無いと言えばない。
自分の過去を話していないことが秘密ならばあると言えるが、他に自分が隠していることなどない筈だ。
もう心は目の前の少年に全て奪われてしまっているのだから。
負けた時に何を話したらよいのかと悩んでいるセバスチャンを置いて、シエルは次へと話しを進めていく。
「全て当てられたら・・・そうだな・・・この僕に一回だけ何か命令する権利を与えてやる」
「・・・それは一回だけ坊ちゃんを好きに出来る、ということですか?」
「そういうことだ」
「そこまで大きな賭けをするということは勝つ自信があると?」
「そうじゃなければ貴様にゲームを仕掛けるなんて馬鹿な真似をするか」
吐き捨てるように紡がれた言葉。
「ご機嫌斜め・・・ですか?」
「なぜそう思う」
「・・・今までの生活で得た坊ちゃんの情報と私の悪魔の勘を頼りにそう思ったんです」
「そんなものはゲームで使うだけにしておけ」
じゃぁ始めるぞ、とシエルはセバスチャンの言葉はもう聞きたくないとでも言うようにゲームを開始する。
(ご機嫌斜めなんですね)
そんな様子のシエルに内心ため息をついた。
頭の良い恋人のご機嫌取りも楽ではない。
でも、正直それも楽しいと思ってしまうのは自分が悪魔だからだろうか。
セバスチャンは口元に弧を浮かべながらシエルを真っ直ぐに見つめた。
「僕は甘いものが好きだ」
「はい」
「正解」
「じゃぁ、僕は本が好きだ」
「はい」
「じゃぁ、ホウレン草も好きだ」
「いいえ、嫌いです」
一体何なんでしょう・・・。
予想外の投げかけにセバスチャンは内心汗を掻いていた。
もっと意地の悪い問題を投げかけられると思っていたのだ。
けれどシエルの口から出てくるものは他愛の無い問題。
執事として仕えている自分なら絶対に分かる、いや、分かっていなければいけない問題だ。
(勝つつもりがないのでしょうか)
いや、さっき勝つ自信があると言っていた。
それに勝たせるつもりなら、あんな賭けには出ない筈・・・。
セバスチャンはシエルの意志を理解出来ないまま、ゲームは続行されていく。
「僕は紅茶が好きだ」
「はい」
「辛いものも好きだ」
「いいえ」
「じゃぁ・・・」
シエルの声音が変わり、どこか穏やかな顔つきになる。
口元には弧を描き、年相応というよりもどこか達観した大人びた表情。
その顔にセバスチャンはドキリとした。
「僕には好きな奴がいる」
「・・・え」
「それは人間だ」
背中に冷たいものが流れる。
言われた言葉が頭の中で響き渡り、どこか遠くで鳴っている音に感じられた。
もしかして。いや、でも。
「どうしたセバスチャン。本当か嘘か」
まだシエルは微笑んでいる。
とてもとても楽しそうに。
これはどういうことなのだろう。
別れ話を切り出しているような様子ではない。
けれど恥ずかしがっているような感じでもない。
「どうした。早く答えろ」
「答えは・・・」
今までの付き合いで考えるのならば答えは“嘘”だ。
自分たちは恋人同士なのだから。
けれど相手の気持ちが冷めていたのだったら?
いや、そんなことはどちらでもいい。
自分はこの人間を手放すつもりはないのだから。
「答えは嘘です」
「・・・悩んだ割りには力強い答えだな」
「たとえ坊ちゃんが人間を愛したとしても、私の気持ちは変わりませんから」
出来るだけ優しく微笑んで言えば。
「・・・・」
「坊ちゃん?」
「・・・やめだ」
「はい?」
シエルは先ほどの微笑みこそが嘘のように不機嫌な表情に早変わりした。
「ちょ、坊ちゃん?」
「・・・なんでそこで真面目に返すんだ」
これじゃぁ本当に僕が悪者だろう。
ボソリと呟いた言葉もセバスチャンには理解出来ず、本当に意味が分からない。
「坊ちゃん、ちょっと説明していただけませんか?」
そう素直に言えば、シエルはキッと睨みつけ
「苛めようとしただけだッ」
と大声で叫んだ。
「・・・は?」
「ただちょっとお前を苛めようとしただけだったんだ。なのに、お前が・・・」
語尾がだんだん小さくなり、そして顔がうっすらと赤くなっていく。
(・・・なるほど)
どうやらシエルはセバスチャンのことが嫌いだと言おうとしたにも関わらず、こちらが真面目に受け答えをして、苛めるのが可哀相になってしまった・・・というところなのだろう。
頬が少し赤くなってしまっているのは、セバスチャンの台詞が恥ずかしかったからか。
「全く・・・貴方って人は・・・」
セバスチャンは安堵と呆れのため息をついて、頬を染めるシエルに手を伸ばし頭を撫でる。
心臓が止まりそうな思いをしたというのに、ただの悪戯だと分かれば許してしまう自分は、この恋人に酷く甘いのだろう。
シエルは嫌そうな顔をしつつも、その撫でる手を甘受していた。
その嫌そうな顔とのギャップさが可愛らしくて苦笑してしまう。
「こんなゲーム、二度としないでくださいよ」
「誰がするか。こんなに恥ずかしい思いをすると知っていたらもともとしなかったッ」
「恥ずかしいって坊ちゃん・・・。私があそこで嘘以外の答えを返すと思っていたんですか?」
「いや、思っていなかったが・・・」
もっと嫌味が飛んでくるかと思っていたんだ。
それを聞いたセバスチャンは心の底からため息をついた。
どんな嫌味が飛んでくると想像していたのか聞いてみたいところだ。
「なんか・・今日のお前、妙に優しいな」
「そうですか?」
「・・・何か企んでいるだろう」
「企んでませんよ」
「・・・なんか・・・居心地悪い」
「酷いですね」
「なぁセバスチャン」
「どうしました?」
まるで懐いていないのに甘えてくる猫のようなシエルに苦笑しながら問えば、シエルはどこか不機嫌を精一杯装った態で言葉を放った言葉に。
「辛いものが食べたい」
「ダウト」
クスリと笑って軽く額を小突いてやった。
end

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