「ゲームをしないか、セバスチャン」
そう言った坊ちゃんの顔はどこか真剣な表情をしていた。
「ルールは簡単。僕がこれから言う言葉が本当か嘘か当てるだけだ」
「・・・ヒントとかは」
「ない」
きっぱりと言い放つシエルにセバスチャンは内心ため息をつく。
この恋人が無理難題を急に押し付けてくるのには大分慣れている。
今度は何を考えているのやら、とチラリ視線を向ければ、やはりどこか真剣な表情が瞳に映った。
その表情は何かをたくらむというよりも、何かを必死にしている、またはしようとしているものだ。
しかしセバスチャンは余計な口を挟まず、相手が満足するまで付き合うことを決めたのだった。
「もし私が間違えたら何かあるんですか?」
「・・・いや、ない」
「ということは私が全問正解しても何も無いと」
「そういうことだ」
頷くシエルにやはりセバスチャンは首を傾げてしまう。
賭けもないゲーム。
シエルは元々ゲーム好きだが意味も無く悪魔の自分にゲームを仕掛けてくることはないだろう。
そう考えている間にもシエルは急かすようにゲームを始めるよう促してくる。
「じゃぁ始めるぞ」
「あ、はい」
まずはこのゲームに集中することにし、セバスチャンはシエルの問題に耳をかたむけた。
「僕は甘いものが好きだ」
「はい」
「正解」
「じゃぁ、僕は本が好きだ」
「はい」
「じゃぁ、ホウレン草も好きだ」
「いいえ、嫌いです」
一体何なんでしょう・・・。
予想外の投げかけにセバスチャンは内心汗を掻いていた。
もっと意地の悪い問題を投げかけられると思っていたのだ。
けれどシエルの口から出てくるものは他愛の無い問題。
執事として仕えている自分なら絶対に分かる、いや、分かっていなければいけない問題だ。
(勝つつもりがないのでしょうか)
けれどシエルは元々負けず嫌いだ。自ら相手を勝たそうとするならばワケがある筈。
しかしセバスチャンはシエルの意志を理解出来ないまま、ゲームは続行されていく。
「僕は紅茶が好きだ」
「はい」
「辛いものも好きだ」
「いいえ」
「じゃぁセバスチャン」
先ほどとは違うつっけんどんな声音に数回瞬きをしてシエルを見やると、シエル自身は机に頬杖をついてそっぽを向いてしまう。
ますますワケが分からず困惑していれば、爆弾とも呼べる言葉が落とされた。
「僕には好きな奴がいる。それは・・・悪魔だ」
瞳に映ったのは耳まで赤くしたシエルの横顔。
再び数回瞬きして。
今までの流れを思い出して。
「・・・ぼっ、ちゃん」
今自分はどんな顔をしているだろう。
きっと、だらしなく緩んでいるに違いない。
名前を呼ばれたシエルはチラリと此方に視線だけ投げ、ぶっきらぼうに答えは、と言う。
「・・・イエス」
「・・・正解」
イコール僕は悪魔が好き。
イコール僕はセバスチャンが好き、ということだ。
このゲームの意図をやっと理解したセバスチャンは甘い息を吐きながら足を進め、シエルを力強く抱きしめた。
「貴方っていう人は・・・本当に・・・」
「どうせ馬鹿だって言いたいんだろう」
照れているのか、先ほどと同じようにぶっきらぼうな言い方だが抱きしめる腕を甘受しているところを見ると、嫌がっているわけではないのだろう。
もう全てが愛しく、セバスチャンは額に口付けを落として微笑む。
「そんなこと言うわけないじゃないですか」
「だって、こんな遠回しな言い方・・・」
「それでも坊ちゃんは気持ちを伝えてくださったのでしょう?」
嬉しいですよ、と言えば、シエルも喜んでくれたことが嬉しいのか頬を染めながら口元が緩み始める。
(だからどうしてそんなに貴方は可愛らしいのですかッ)
腕の中に納まる可愛らしい恋人の額や頬そして瞼など、あらゆるところに口付けを落としていく。
するとくすぐったいのかクスクスと笑う声が耳に響いてきて、ただの執務室が心地よい空間へと変化する。
「お前は僕に甘いな」
「坊ちゃんの方が甘いですよ」
「それこそ嘘だ」
「嘘じゃないですよ」
「いいや、嘘だ」
「証明しましょうか?」
コツンと額を合わせれば、出来るものならな、と憎たらしげに瞳が笑った。
それにセバスチャンも瞳を光らせ、緩んでいる唇に己の唇を重ね合わせ、柔らかく口付ける。
驚いたのか相手はビクリと肩を揺らすが、セバスチャンはお構い無しに隙間から舌を入れて口腔をグルリと一周させ内を味わう。
「ほら・・・甘い」
唇を離し頬を撫でながら言えば、バシリと胸板を叩かれた。
「っとにお前は恥ずかしい奴だっ」
「いえいえ、坊ちゃんには負けますよ」
「なんだと!」
「こんなに可愛らしくて、そして愛しい人なんて見たことがありません」
親指でぷっくりと色づく唇を撫でれば、まるで誘うかのように口が開き、真っ赤な舌が顔を覗かせる。
「恥ずかしいことばかり言うな」
「恥ずかしい、ですか?」
「・・・当たり前だろう」
ほんの少しだけその親指を口の中に入れれば、その舌が一瞬だけ触れて奥へと逃げていく。
大胆なのか、そうじゃないのか、どっちとも取れない行動に苦笑し、しかし自分を煽るには十分過ぎるもので。
「・・・恥ずかしいお前なんか嫌いだ」
「またそんなことを」
潤んだ瞳を見つめながら、眼帯を外してやる。
それはこれからの時間を示す現われで、シエルは目を見開いて慌てたような顔になるが逃げることはせずに、逆には立ち向かうように此方を睨んできた。
その顔もどれほどの破壊力があるのか理解して欲しいところである。
だからきっと、これくらいの意地悪は許されるだろう。
「ねぇ坊ちゃん。私のこと、好きですか?」
小さく囁くように言う。
「・・・さっき言った」
「もう一回」
「・・・・」
どこか困ったように唇を噛み締め、逃げるようにまた顔を背けてしまう。
大丈夫というように頭を撫でればチラリと視線だけが此方に戻り、開いた口から出た言葉は。
「・・・セバスチャンは猫が好きだ」
「・・・・・・ダウト」
ため息をつきながら抱き上げ無理やり自分と瞳を合わせれば、シエルは真っ赤な顔をして嘘じゃないだろう、と悪態をつく。
そこは違うでしょう、坊ちゃん。
「私は坊ちゃんが好きなんですよ」
猫よりも誰よりも貴方を愛しています。
「・・・僕も、その・・・」
好きだ。
首に巻きつくと同時に放たれた小さな言葉に、セバスチャンは温かな幸せを感じながら愛しい人を強く抱きしめ返した。
end

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