意味の無いことで時間を延ばして、セバスチャンを執務室に留まらせる。
その行為をシエルは自然とこなしてみせたけれど、普段主人が意味の無いことをしないと分かっている執事は違和感を持っているように思えた。
それでもシエルはセバスチャンを何とか部屋に留まらせようと努力をする。
「という結末なんだが、セバスチャンはどう思う」
「あまり宜しくないかと・・・その本はあまり坊ちゃんが気に入られない結末なのでは?」
「まぁ、あまり好きではないが途中のゲームが巧妙で、つい読んでしまうんだ」
「流石はゲームに貪欲な坊ちゃんですね、それ」
「たまにはこういう本をお前も読んでみたらどうだ?」
それでは、と何度目か分からない一礼をしようとするセバスチャンに、また声を掛ける。
こんなに努力しているのは、いつぶりだろうか。
なんとしてもセバスチャンをこの部屋に出したくないのだ。
この部屋から出て行った彼がどこへ向うのかシエルは知っていたから。
「・・・お時間がある時にでもお借り致します」
「お前はいつも知識的な本しか読まないからな。こういう本を読んだら、お堅い頭も少しは柔らかくなるんじゃないか?」
「沢山の本を読んでいらしても決して柔らかくない頭の方にそう言われても説得力がありませんね」
「お前よりはマシだろう」
「はいはい、分かりました。ではそのご本は読んでおきますので、もう仕事に戻ってください」
セバスチャンはため息をつきながらシエルが手にしていた本を取り、部屋から出て行こうとしてしまう。
「ま、待て!まだもう少しくらいいいだろう」
「もう十分休息は取ったでしょう。これじゃぁ、スイーツを食べる時間が減りますよ」
「だが・・・」
「駄々を捏ねず仕事をなさってください。後で紅茶とスイーツを持ってきますから。それまでの辛抱です」
そういうことじゃないんだと反論しかけたが、その言葉は出てこずにシエルはパクパクと口を動かすだけ。
それを見たセバスチャンはこちらの意図に気が付かぬまま苦笑し、あと少し頑張ってくださいね、と励ましの言葉を残して部屋から出て行ってしまった。
「別に・・・仕事が嫌なわけじゃない」
セバスチャンを執務室に留まらせることが出来なかったシエルは扉を睨みつけたまま呟く。
あと10分くらいだったのに、セバスチャンは行ってしまった。
この時間帯だと、きっと“彼女”はまだあそこにいるだろう。
そして彼はきっとその“彼女”に会いに行く。
黒い毛並みを持つ、愛らしい猫の元へ。
その姿を見て喜ぶセバスチャンの顔を想像し、シエルはギリっと奥歯を噛み締める。
僕という恋人がいるのに、そんな猫にかまうなんて面白くない。
だから、シエルはセバスチャンを執務室に留めようとしていたのだ。あの猫がいなくなるまで。
結果、失敗してしまったわけだが。
それでも、このまま別の相手との逢引を見過ごせるわけがなくて。
「・・・くそっ」
シエルは舌打ちをしながら椅子を蹴飛ばすかのように立ち上がり、駆け足でセバスチャンを追いかける。
扉を開けて長い廊下を全速力で走り、黒い燕尾服を着た後ろ姿を探し。
「セバスチャン!!」
怒りに任せて、名前を呼んだ。
end

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