暗くて何も見えない。
けれど近くに相手がいることは分かるし、そしてその相手が誰なのかも。
それが分かっているからこそシエルは首を横に振り、逃げるように身体を後ろへと引いていく。
けれどどう足掻いたってここはベッドの上。すぐ背中には壁が当たり逃げ場はなくなってしまう。
まぁ、相手は人間じゃないのだからどこに逃げたって無駄だろうけれど。
それでもシエルは嫌がるように首を振り、相手へ自分の気持ちを理解させようとする。
しかし。
「駄目ですよ」
優しく耳元で囁かれ、そのまま引っ張られてしまう。
力強いそれに、元々重くない体重は浮き上がり引かれるまま身体が動く。抵抗することすら出来ない。
引かれた先に待っていたのは、決して柔らかくはない感触。しかし硬いわけではない。生暖かくて、少し汗ばんでいる。そしてドクン、ドクンと生命の音が響いていて・・・。
それが何なのか嫌でも知っているシエルは再び逃げようと手を突っぱねるが、それを許さないとばかりに力強く抱きしめられてしまう。
「逃がしません」
「やめ、ろ」
「言ったでしょう?我慢できないって」
相手の台詞と、耳元で響く生命の音がシエルを酔わせようとしてくる。
爪を立てたら少しは抵抗になるだろうかと、それ・・・胸板に爪を当てるが、結局傷つけられるだけの力は入らず、まるで縋っただけのような形になってしまった。
やはり悪魔相手に抵抗するなど無理なのだろう。
この暗闇だってそう。
今自分は何も、相手さえも見えないけれど、相手は自分のことがハッキリ見えているに違いない。
だからあんな簡単に服を全て脱がされてしまうし、逃げたってこの腕に抱きしめられてしまう。
「好きですよ」
告白とともに落とされる口付け。
それは唇だけではなく全身に落とされ、恥ずかしいどころか火を噴いて死んでしまいたくなる。
普通なら暗いことだけがせめてもの救いだと思えるはずなのに、この暗闇でもハッキリと自分のことが見えてしまっているのだから、この暗闇が救いになることもない。
「や、は・・・んぁ」
それでも一番嫌なのはこの暗闇でもなくて、それを感じてしまう自分自身。
勝手なことをするなとか、主人を弄ぶとはどういう了見だとか、罵倒は沢山頭の中に浮かんでいるのに、それは一度も音として形成されることはなく、それをどうにか首を振ることだけで伝えようとすることにも呆れてしまう。
ようするに自分は何だかんだ思いつつも結局。
セバスチャンのことを、求めてしまっているんだ。
唯一救いなのは、そのことを相手が指摘しないこと。
意地悪なのに、そういう隠したい部分は何も言わないでいてくれる。
暗闇よりも、相手に救われるとは。本当にどういうことなのだろうか。
「ほら、ここ・・・」
「ちょッ、だめだ!そ、こ・・・はぁ・・・ふあぁ」
「気持ちいいですか?」
「っぁ・・さわる、な!」
うそ。
もっと触って。
もっと口付けて。
愛を囁いて。
溶かして。
壊して。
もうお前の好きにして欲しい。
「坊ちゃん・・・」
「っ・・・セバス、チャン」
名前を呼びながら首を横に振り、暗闇の向こうにあるだろう瞳を見つめれば。
「嬉しいですよ」
こちらの思考などお見通しのように、
そう声が微笑んだ。
end

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