コレと繋がっています。
世界を色でたとえたら何色だろうか。
青色?赤色?黒色?それとも金色?
それの答えは各々で違い、己の生き様でその色合いが決まるだろう。
ならば悪魔である自分にとって世界の色とは。
長い年月を生きてきた自分にとって世界は“無色”だ。
味気も無く、そして存在すら曖昧で。
世界など、何一つ面白みも無く、価値すら見出せないものだ。
否、だったのだ。
長い長い年月、そんなふうにしか世界を見ていなかったというのに、たった3年で。
たったの3年でそれは覆されることとなる。
それは自分にとっていいことなのか悪いことなのか分からないが、気分だけはとても良い。
生きてきた中で一番。そしてこの気分はこれからずっと持続するのだ。
この先ずっと。
ずっとずーっと。
― Love song of the devil ―
「ねぇ、坊ちゃん」
黒い爪を輝かせながら伸ばす手は、どこか温かい。
いや、彼と向き合っている時は不思議と何かに包まれているかのように全身が温かいのだ。
以前は常にこの世界は無機質にしか感じなかったというのに。
「そろそろ答えを聞かせていただけませんか?」
「・・・・」
伸ばした手で無愛想な表情を浮かべる頬に触れれば、温かいだけではなく押さえきれない熱が一気に込み上げてくる。
しかしそれを表に出すことはまだいけない。
今は彼と“会話”をする方が大切だ。
「あれから一週間が経ちますよね。なのに貴方は一向にあの時の話をなさらない。そろそろ私も限界ですよ」
「…永遠に生きる貴様がたかが一週間で限界を迎えるのか」
彼は瞳をギラギラさせながら言う。
その瞳には自分のものだという印が刻まれていて、それだけでも小さな満足感を得られるのだから現金なものだろう。
しかしその印が刻まれている瞳には嫌悪感ばかりが浮かんでいて、そこに自分と同じ感情は欠片も見当たらない。
それを少し残念に思いつつも、それでも別に構わないとアッサリしている自分もいた。
「えぇ。私にしては我慢した方ですよ。欲しいものは一秒でも早く欲しいですからね」
「己の美学を汚してでも?」
「それは執事としての美学ではなく、悪魔としての美学ですから」
「減らず口が」
チッと舌打ちをしながら頬に触れていた手を叩き落し、わずかに身体を動かし自分から距離を取る。
どこにも逃げることが出来ないというのに。
きっと自然と身体が逃げてしまったのだろう。
人間は己の身が危なくなると、理性よりも先に本能がそれを察知する。
きっと彼が距離を取ったのもその類だろう。
自分の命に執着しない彼とて、本能はあるのだから。
「減らず口は坊ちゃんの方でしょう?」
だからこそ自分は彼が逃げた分だけの距離を詰めた。
命に執着していないにも関わらず、本能が悲鳴を上げているだなんて。
そんな姿を是非この瞳でもっと見たい。
そして…。
「まぁ、そんな貴方も好きですけどね」
その本能すら壊してしまいたい…―――
「…それを言って僕に何をして欲しいんだ」
「そう具体的な答えを求められると困るものがありますね」
「ならそんな戯言を口にするな」
フン、と横を向いてしまう彼。
その仕草はとても可愛らしいけれど、その言葉は聞き捨てならない。
叩き落された手を再度伸ばし、抵抗出来ないほどの力で顎を掬い取って無理やりこちらを向かせた。
「戯言なんて酷いですね、坊ちゃん」
顔を近づけ、その愛しい瞳を覗きこめば、その奥に小さな恐怖が輝いている。
しかし彼はそれに気が付いていないだろう。
プライドの塊と言っても過言ではない彼のことだから、まさか“狗”である自分に怯えるなど、認めないに違いない。
しかしそれでいい。今はまだ。
じっくりとゆっくりと煮込んだ方が、スープは美味しいというものだ。
「私が嘘をつかない存在だということをお忘れで?」
「……だが冗談や狂ったことは言うだろう」
「では、私の言葉が本物だという証拠が欲しいと」
「そういうわけじゃない」
彼は即座に否定した。
「貴様の遊びには付き合っていられないと言っているんだ」
「戯言の次は遊びですか。随分と信用されていませんね」
「当たり前だ。悪魔の貴様なんぞがたとえ本心で愛を囁いたところでそれは魂の餓えでしかないだろう」
顎を掬い取られている状態でも彼は口元を吊り上げて余裕の笑みを見せながら吐き捨てる。
本能に勝った理性。自分のコントロールを無自覚で行えている証拠。
それは人間という動物にとって難しいことである筈なのに彼はこの幼さでそれをやってみせるのは、プライド、そして気高さが彼の中にあるから。
瞳に輝くものと弧を描く口元は酷くアンバランスだけれど、そこには愛しさがある。
「まぁ確かに貴方の魂を喰らいたい思いもありますが」
言ったでしょう?
「契約なんて果たさせない、と。その意味を貴方は正確に理解している筈では?」
そう言葉を紡げば、彼は唇を噛み締めて眉を顰める。
その表情は“YES”と言ったも同然だ。
自分は優しく微笑んで、もう片方の腕を彼の背に回した。
「貴方はずっと私のもの。私の傍に永遠においておくんです」
回した腕でナイティ姿でベッドに腰を掛ける彼をズルズルと引き寄せ、もっと顔を近づける。
悪戯に吐息を唇に吹きかけてみれば、ヒクリと口角が動いた。
「この坊ちゃんへの気持ちは本物。そしてこの願望も絶対。坊ちゃんがどう足掻こうがそれは無意味ですよ」
「…貴様ッ」
やっとそこで彼は余裕の笑みを消し、嫌悪と憎悪たっぷりの顔で胸板を押しやるが退いてやるつもりはない。
猫がじゃれるかのようなソレに余計愛しさを覚え、たまらずにその歪んだ唇を舌でなぞった。
「んッ…」
舌が唇に触れれば彼はピクリと反応し、瞳を細め唇を噛んで内側に隠そうとする。
その唇と唇の間も舌で優しく撫で上げ、開けるように絆すけれど開けるような真似はしないだろう。
何度も何度も唇の上や間を撫で、彼の唇から付着した艶やかな唾液が零れ落ちる頃にやっと舌を引いた。
「・・・・」
彼は解放された唇を無言で拭い、零れ落ちた顎も荒々しい動作で拭いきった。
しかし触れる身体は可哀相なほど震えていて。
「男らしいですね」
逃げようとしない彼を褒めてやれば、パンっと音を立てて頬を叩かれる。
「離せ」
小さく呟かれる言葉。
その声は低く掠れていて、どこか威圧感がある。
けれど自分は“NO”と答えた。
「嫌です」
「執事である貴様はどこにいった」
「朝方には戻ってくるのではないでしょうか」
「ふざけるな」
彼は顎を掬い取る手を掴み爪を立てる。
人間が本気で力を入れれば、たとえ悪魔であってもその皮膚を傷つけることは可能だろう。
だが身体が震えてしまっている彼には、そこまでの力が入らず、皮膚を傷つけることも出来ない。
それでも瞳だけが爛々と怒りに燃えていて、彼を形成する気高さはまだ存在していた。
「僕は契約を果たせない悪魔などいらない。僕が必要とするのは…欲しいのは僕が復讐を遂げるまで傍にいて命を守るものだ。こんな酔い狂った悪魔などいらん」
「そうですか」
彼の言葉に頷き、自然と浮かんでしまっていた笑みを仕舞い、無表情でその身体を開放する。
それにホッと息を吐きつつも警戒を解かず彼はベッドの端へと身体を後退させ、そして、もう僕は寝る、とまだ掛けてもいないシーツを握り締めた。
「お前はさっさと出て行って執事に戻れ」
「……朝方までまだ時間はありますよ、坊ちゃん」
「は?……ッ!!」
若干の安堵を憶えたところに、ギシリとベッドが揺れたことの恐怖は刺激が強すぎたらしく。
今まで精一杯張っていた虚勢がついに崩れ始め、彼の表情は一気に強張った。
やはり一度離して正解でしたね…―――
それを見た自分はクスリと笑い、ベッドに腰掛けた状態でシーツを掴んだ彼の手をギュッと握り、自分と指を絡め合わせる。
「執事である私が戻ってくるのは朝方だと先ほど仰ったじゃないですか」
「僕は酔い狂った悪魔などいらないとさっき言っただろうがッ」
「だから何です?」
言いたいことを理解しつつも、首を傾けてみせる。
「貴方がいらないと仰っても、貴方は私のものなのですから。拒絶したところで何も変わりませんよ」
坊ちゃんがどう足掻こうがそれは無意味だとも言いましたよね?
ニッコリとそう告げれば、彼はどこか放心状態になり、何度も瞬きを繰り返した。
どうやら頭がついていっていないらしい。
ゲームが得意な彼にしては珍しいことだ。
それくらい今の状況は。
異質なのだろう。
「大丈夫ですよ、坊ちゃん」
けれどこれは決して異質なものではない。
ごく“当たり前”なこととして捉えられるようにならなければ、きっと彼の身体、いや、心はもたないだろう。
これからずっと永遠にこんなことが毎日毎日毎日毎日繰り返されるのだから。
「そこにあるのは“愛”だけですから」
安心させるように言い、もう片方の手で頭を撫でる。
そう、そこにあるのは愛のみ。
それは自分の世界を彩るキッカケの一部で。
そしてそれは何と甘美なるものであるか!
きっと彼はその甘さをまだ理解していないから、その瞳には異質と映ってしまうのだろう。
じっくりと煮込んだ方がスープは美味しくなるけれど、煮込みすぎても味が悪くなる。
そして空腹の状態でそのスープをかき混ぜ続けるにも限度があるのだ。
早く早く。
出来るだけ早く。
彼がこの素晴らしさに気が付けばいい。
自分の愛がどれほど美しくて、甘美で、気持ちいいものか理解すればいい。
すれば、滅んだ世界を求めたくなるだろうから。
「愛していますよ坊ちゃん。何よりもどんなものよりも貴方を愛しています。貴方がいれば私は何もいらない」
だから。
「ずっとずっと傍にいて」
永遠にずっと。
それは悪魔の愛の歌。
けれど世界なんかには響かず、無色のまま堕ちていく。
絡みつくようなその旋律は、指揮棒なんて必要なくて。
譜面だって真っ赤に染まって読めない。
けれど悪魔は笑みを浮かべながら、鎖で出来た舞台の上で歌うから。
たった一人の観客は、いつまでも席から立つことが許されないのだ。
END
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一周年御礼で頂きましたリクエスト「悪魔セバス」を書かせていただきましたッ!!
一体どんな悪魔セバスを書こうかなぁ…と悩みましたところ、拍手御礼画面の悪魔セバスの続きを書くことにしました。
悪魔が人間を愛し、そしてそれしか見えていない状態を書いたつもり…なので、いつもとは違う書き方となっています。
…だ、大丈夫でしょうか?ちゃんと悪魔ってますか?(笑)
でも、こういう書き方は何だか久しぶりで楽しかったです!!
リクエストをくださった方様、ありがとうございました!
これからも宜しくお願いします^^

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