先に試すようなことをしたのは、______
それなのにそれは全て罠で、それに掛かったのは_______
知っていたさ
分かっていたさ
それでも、
少しくらい_____みたかったんだ。
「最低だな」
窓の外に浮かぶ星にそう呟いたら、
嫌味のように流れ星が流れていった。
流 た の 度
星 ち 感
「離せ」
「嫌です」
この問答を何度繰り返しているのだろう。
もういい加減「離せ」というのにも厭きてきた。
目の前には閉じられたタンス。
先ほどまで服を出すために大きく口を開けていたというのに、大きな音を立てて執事が閉めてしまった。
その彼の手にはタンスから出した服は握られておらず、着替える為に脱がされた服も遠くの床へと放り投げられている。
普通ならば処罰ものだ。
勿論、この腕を握る行為も。
「いい加減痛い」
「逃げないとお約束してくださるのならば離しますが」
「なぜ僕が貴様なんかと約束をしなくちゃいけない」
ぐい、と掴まれた腕を自分の方に引き寄せるがピクリとも動かない。
きっと彼の手を退けたら赤い跡がついてしまっているのではないだろうか。
セバスチャンは赤い瞳を輝かせながら真剣な表情でこちらを見下ろしていた。
「ならばこのままで」
「どういうつもりだ。ついに“待て”は我慢の限界か?」
口角を吊り上げて言ってやる。
契約をしてから時は三年も過ぎた。
三年という年数は悪魔からしたら瞬きの間なのかもしれないが、その間この悪魔が“食事”をしているさまを見た事がない。それは自分が見た事がないだけで、案外別の場所で己以外の魂を喰らっているかもしれないけれど。
けれどその可能性は限りなく低いだろう。
契約を果たさなければ魂が食べられないということはないだろうけれど、そのような野蛮な喰らい方はもうとうに厭きた行為であり、そんなことをするならば人間の愚かな姿を見る方が愉しいものと考えるであろうから。
この悪魔は、そういう悪魔だ。
「まぁ、そうとも言えますね」
「・・・・」
「けれどきっと坊ちゃんの思っているようなことの我慢ではありませんよ」
「なに?――――ッ!!」
バンッ、と音が耳に届いたときにはすでに身体はタンスへと押し付けられており、掴まれていた腕は片方だけだった筈なのにいつの間にかもう片方の腕も取られ、タンスへと両手が縫い付けられた状態である。
何をするんだ、と怒鳴る前に隻眼に赤い瞳が映り込んだ。
「自分の気持ちを押し殺すのは、もう限界です」
「んンっ!!」
グ、と押し付けられた唇にシエルは反射的に目を閉じる。
噛み付くようなソレに身体が震え、元々悪魔に人間が敵うわけがないというのにこれでは抵抗する力なんて人間から見ても虫以下だろう。
セバスチャンはそんな震えるシエルの唇を易々と割り、ぬるりと舌を口腔へと進入させた。
熱いソレの感触に己の舌を奥へと隠そうともがくが、すぐにソレも絡め取られ吸われてしまう。
「ん、ぅ」
それどころか掴まれていた両手を頭上で一括りにし、空いたもう片方の手が脇腹を撫で上げた。
着替える為に服を脱がされ上半身裸だった為にその感触はダイレクトだ。
脇腹、腰、腹と順々に撫で、まるでこちらの身体の形を確かめているかのようだがシエルとしたら堪ったものじゃない。
身体を洗われているときとは違う感触そして感覚に、身体は震える一方である。
「ッ、は、はぁ、はぁ、き、さまっ」
「坊ちゃん・・・」
ようやく離れていった唇にシエルは荒い呼吸を繰り返しセバスチャンを睨みつけるも、彼はどこか熱に浮かされたような表情を浮かべながらまだ唇間に繋がる銀の糸を舌を動かすことによって断ち切り、そしてこちらの怒りなど気にすることなく、今度は頬へと舌を這わせていく。
「やめ、ろっ」
「無理です」
「めいれいっ・・・ゃっ!」
ぴちゃり、と耳を襲った感触にシエルは身を竦めた。
「耳、お好きですか」
「んなわけっ!」
「ねぇ坊ちゃん」
耳朶に唇を触れさせながら、息が込められた声で話すセバスチャンにシエルは「耳元で話すなっ」と言うも、彼はクスリと笑ってから「いいから聞いてください」と此方を黙らせる。
「私は坊ちゃんが好きです」
「・・・は?」
「ですが、きっと坊ちゃんは信じてくださらないでしょう?」
「いや、ちょっと待て」
何を言っているんだ。
コイツは今なんて言ったんだ。
何を今、どういう意味で、意味が。
「ぇ、ぁ、やっ」
「ほら、信じてない」
「そう、じゃ、なくてっ」いいから、ちょっと待て!!
スルスルと胸元を撫で、蕾にまで手を伸ばした彼に首を振る。
同時に耳元にあった彼の唇が離れ、けれど逃がさないとばかりに追いかけてくる唇にシエルは立ち向かうようにセバスチャンの正面に顔を向けた。
「信じてないわけじゃない!」
「・・・・」
「ただ、驚いただけだ・・・」
こんなことをされて驚かない奴がいないわけないだろう。
責める思いのまま睨みつけてやれば、セバスチャンは「たしかにそうですが・・・」と口角を吊り上げ、コツリと額と額を合わせた。
「言葉よりも触れ合った方が気持ちが伝わると思いまして」
「・・・どう考えても失敗する確立の方が高いだろう」
「貴方のような人にはそうした方がいいのですよ」
もし私がいきなり好きですと言っても貴方は信じましたか?と額を合わせたまま真っ直ぐに問われ、シエルもその時のことを想像してみるが、その時の自分は「ふざけるな」と一蹴する姿しか思いつかない。
それを表情で読み取ったのだろう、セバスチャンは「理解していただけましたか?」と此方を責めるように鼻頭を甘噛みした。
「そ、それでも決して許されることではないぞ」
「そうですね」
そこは素直に謝ります。
珍しく謝罪の言葉をするのかと思いきや、そのままセバスチャンは再び唇を重ね合わせた。
どこが素直に謝りますだ!と文句を口にしたいが、その声もそのまま彼の唇に吸い込まれてしまうだろう。
きっと彼は謝るつもりも責められるつもりもないのだから。
重なった唇は先ほどよりも優しく、二人で口付けあっているのだという気になってしまう。
まるで×××合っているような。
あぁ、これがコイツの考えていたことか――――どうやら自分はまんまと彼の策に嵌ってしまったらしい。
未だ縫い付けられたままの手を軽く動かし抵抗をしてみればそれは簡単に開放され、両腕で身体を抱きしめられた。
(コイツ・・・)
こちらも思考は筒抜けのようだ。
腹立たしいと思いつつも、ちょっと気持ちよく感じてしまうなんて可笑しいだろうか。
――――ジ、ジジ――――
「セバス、チャン」
「坊ちゃん」
離れた唇の代わりに己の両手をセバスチャンの背中へと回す。
それを分かっていたセバスチャンの表情は苛立つほど甘やかだ。
――――ジジ、ザ、ザザ、――――
「返事を、いただいても宜しいですか?」
「普通順番が逆だろうが・・・」
そう呆れたように溜息をつくけれど、彼の表情は変わらない。
腹立つ。
けれど、結局は。
ずっと、
ずっと僕も、
お前のことが、
「す」
――――ブツン――――
「坊ちゃん、起きてください坊ちゃん」
「――――ッ!!」
揺すぶられた身体にビクリと反応し、その現実を叩き潰すかのように腕を振れば先ほどと同じように彼に腕を掴まれた。
先ほど、
先ほど?
――――違う。
あれは、
「目が覚めましたか、坊ちゃん」
あれはゆめだ――――
手を掴んだセバスチャンはニッコリと微笑み、その手をそっと机へと置いた。
なんとなく袖をそっと巻くってみるものの、勿論そこに手の跡なんて残っていなかった。
当たり前だ。掴まれたのは一瞬だし、それほど力だって込められていなかった。
跡がつくほど掴まれたのは、ゆめの中の話だ。
「・・・僕はどれだけ眠っていた」
「さぁ。最後にこの部屋を訪れた1時間前には起きていましたので、それよりは短い時間かと」
「そんなことは分かってる」
誰がどう考えても分かりきっていることを言われ、シエルは捲くった袖を戻しながら横にいるセバスチャンを睨みつければ、申し訳ありません、と簡単に頭を下げた。嫌みったらしい笑みを貼り付けたまま。
どうやら自分は夕食後に明日の分の仕事も少しだけ手を出してしまおうと執務室で仕事をしている間に居眠りをしてしまったらしい。
この執事は入浴の用意が出来たから呼びに来た、というところか。
シエルは短く息を吐き、立ち上がる。
「入浴の準備が出来ましたが」
「あぁ」
予想通りの言葉に適当な返事を返し歩を進めようとすれば、ふと、まだ閉められていないカーテンの向こう側に目が止った。
大きな窓の向こうには星が瞬き、小さな光を放っている。
(・・・前に、)
星を見たような気がするが、それはいつだっただろうか。
――――シャッ
「・・・!」
キラキラと輝くソレが隻眼に映りこんでいたが、その?がりを断つかのように一気にカーテンが引かれる。
視線を動かせば、黒い執事がそこにいた。
「さぁ坊ちゃん」
「・・・あぁ」
バスルームへ促す声。
それにシエルは頷き、今度こそ歩を進める。
輝いていた星に背を向けて。
そういえば、
前に星を見たときは
星が流れていたような、
それは、いつだっただろうか――――
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