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【2024/04/25 20:16 】 |
忘却乱夢
恋愛に発展するキッカケ?w





「ぁっ・・・」

しまった、と思った時にはもう遅かった。




たまたまロンドンに用があり、そのついでに劉から少し早い“ショバ代”を貰いに彼の元へ行ったのだ。
いつもの煙くさい、屍寸前の人間が転がる店に足を踏み入れれば、劉は驚きながらもいつものようなおどけた顔をしつつ、部屋の奥へと案内した。

「最近ねぇ、媚薬が随分と出回っているらしいよ」
「媚薬?」

奥の部屋――――裏の人間に対しての客室に置かれているテーブルとイスに座り、劉から情報を受け取り始める。
その間に劉に雇われているのか懐いているのか分からない女性たちが、菓子や紅茶を用意していった。

「しかもその媚薬は即効性で、効力も随分といいみたい。裏社会では“ドリーム・パウダー”なんて名が付いているとか」
「・・・馬鹿か」

夢の粉、なんて。
自ら飲みたくて飲んだ媚薬なら夢のような時を過ごせるだろうが、裏社会で使われているとしたら無理やり飲ませられたという方が多いだろう。
飲ませられた方からしたら地獄でしかない。

「ちなみにそれについての事件はまだ上がってないけど――――」
「どこかで何かに利用されていることは間違いないな」

劉の言葉を取ってシエルは溜息と共に頷き、置かれた紅茶を口に含んだ。

「ここで媚薬を作っている存在まで知っていたら良かったけど、何かの事件に巻き込まれたら嫌だからそこまでは調べてないよ」
「・・・なんだその言い訳じみた言葉は」
「ちなみに、我に問い詰めてももう何も出てこないから」

彼の様子にシエルは眉を顰める。
別にショバ代として情報は寄越せと言ってあるが、自らその情報を調べに行けとは命令していない。(命令するときもあるけれど)
それなのにこのまるで焦っているような・・・いや、これは。

「・・・待て、貴様もしかしてっ」

白状している時に近いだろう――――

「もう全部“使っちゃって”証拠もないからねぇ」
「ぁっ・・・」

しまった、と思った時にはもう遅かった。
手にしていた紅茶をゆっくりとソーサーに戻し、ともすれば震えてしまいそうになる身体を叱咤するように手の平を握り締めて膝の上に置いた。
きっと頬は真っ赤になってしまっているだろう。
身体が一瞬にして焼けそうなほどに熱を持ったのだから。

「即効性っていうのは本当だったんだ~」
「貴様、どういう、つもりだっ」
「あははー、伯爵ってば声まで震えちゃってるよ」

可愛いね、と続いたセリフにシエルはせっかく努力しておいた紅茶のカップを掴み、劉に投げつけるが。

「投げるな、危険」

劉の隣に控えていた藍猫が飛び上がり、素早くそれを蹴り飛ばす。
中身の入ったカップは劉に当たることはなく、壁へとぶつかり中身と共にその身を粉々に壊した。
(さすがはコイツの飼い猫だなっ)
裏社会の秩序かつ女王の番犬である自分と長く関わり合う相手だ。イコールそれは己の悪行がデッドラインを超えないよう制御し、もしくはデッドラインを越えたことを悟らせない力や頭脳を持っているということ。
まるで友人同士のように関わっていたとしても、裏社会に身を置く相手だ。気を抜いてはいけなかったのに。
シエルは乱れ始めた息を必死に押さえ、テーブルに両手をついて舌打ちをした。

「覚えてろよ、劉。今度、死ぬより、苦しい目に、合わせてやる」
「えぇーやだ怖いよー。それに我が淹れたなんて一言も言ってないし」
「貴様しか、いないだろうがっ」
「だって紅茶を淹れたのは我じゃないよ?この媚薬って珍しく粉タイプだから、我の可愛い猫たちが砂糖と間違えて入れちゃったのかも」
「なら、貴様の猫共を、一人ずつ、殺してくか?」

とぼけた様子の劉を睨みつけながらそう言えば、劉は「ご勘弁」と首を横に振った。
だが困った様子には一片たりとも見えない。

「その媚薬を誰から貰ったか、という情報でチャラにしてくんないかな~?」
「誰がするかっ。そんなの、自分で調べる」
「えー、じゃぁさぁ」

いつの間に持っていたのか。
劉は手にしていた鈴を鳴らし、一人の猫が持ってきた書類をピラピラとシエルの前で揺らして見せた。

「伯爵が今日どうしてロンドンに来たのか知っているって言ったらどう?」
「・・・なに?」
「我にはロンドンに買い物に来たついでとか言っていたけど、嘘でしょ~。最近裏社会で行われている実験について調べてる・・・違う?」
「・・・それの資料か」
「ご名答」

流石伯爵だね~、と劉は微笑んだ。

「なんだか怪しい組織が我の店でよく買い物するから、何かに巻き込まれないだろうかと調べてみたら出てきた、っていうわけ」
「最初に、その報告をしなかったのは、この悪戯が目的、か」
「そういうこと」
どう?伯爵?

なおもシエルの前で書類を揺らす劉にシエルは再び舌打ちをし、それを奪い取る。
震える身体を無理に動かしているせいか、力加減が上手くいかずにクシャクシャにしてしまったが、読めれば問題ないだろう。
シエルは火照る身体を我慢するように長く息を吐き、劉を睨みつけた。

「今回は、これでお流れに、してやる」
「わーい」
「だが、このことは、一生忘れないからな」

そう口にはしつつも、落ち度は自分にあると理解している。
いつもならば警戒する飲食を、全く警戒せずに口にしてしまったのだから。
裏社会で生きるものが無警戒だなんて、己のことながら嗤ってしまう。
ギリリと奥歯を噛みしめ、短く「もう帰る」と言葉にし、ずっと黙ったまま後ろに控えていたセバスチャンにクシャクシャになってしまった書類を渡す。
相手の顔は見ない。きっとその赤い瞳で無様な姿の自分を嘲笑っているだろうから。

「え、帰るの伯爵」
「当たり前だ」
「泊まっていけばいいじゃない」

劉に背を向けそのまま出て行こうとしていたシエルだが、当たり前だとでもような声に振り返った。

「その状態で帰れというほど、我も鬼じゃないよ」
「媚薬を盛った奴が、何を言うか」
「そうやって理性があるようなふうにしてるけど、実は結構辛いんじゃないの?」

立ち上がり、手を伸ばしてきた劉にシエルはビクリと肩を跳ねかせてしまった。

「ぁ、っクソッ・・・」

火照った身体のせいだとはいえ、そのような姿を劉に見せてしまった自分に反吐が出る。
それでも媚薬で無理やり引き出されたコレは己では制御出来ず、乱れる息だって汗だって止めることは出来ない。
少しでも今の状態の自分を隠すために腕を自分の顔の前に出すが、もう遅いだろう。

「きっと伯爵は我にそんな可愛い姿を見られちゃったことに自己嫌悪してるんだと思うけど、そんなことないよ~?結構な量を盛ったのに、今だにちゃんとしていられるなんて凄いよ」
もっと乱れる伯爵を見られると期待していたんだけどな~。

あははー、と楽しそうに話す劉に「ふざけるな」と返したいところだが、もう劉の相手をすることも面倒になってきた。
今は早くベッドに横になって眠ってしまいたい。
眠ってしまえばきっとどれだけ良質な媚薬だとしても効果は消えるだろう。
シエルは顔を隠す為に出した腕で額に溜まった汗を拭き取り、口を開こうとすれば。

「もう帰りましょう坊ちゃん。己の失態だとしても身体が辛いでしょう」

ずっと――――媚薬を飲んでしまった時ですら黙っていたセバスチャンが先に口を開いた。

「おや、泊まっていかないのかい?」
「そこまでお世話になるつもりはありません」

そうでしょう坊ちゃん、とでも言うような視線を向けてきたセバスチャンにシエルは黙ったまま頷いた。
本当ならば今すぐにでもベッドに横になりたいので泊まっていきたいところだが、これ以上裏社会の住人に弱った姿を見せるわけにもいかない。
それは劉相手であってもだということを改めて学んだばかりだ。
けれど正直、セバスチャンが口を挟まなければこのままここに泊まっていただろう。
それだけもう身体が辛いのだ。“今の状態”を続けられる自身がない。
それを知ってか知らずか、セバスチャンは素早くシエルに外套を着せ外へと促した。

「それでは失礼します」
「それは残念。またね伯爵」
「黙れ、この下種が」

手を振ってくる劉をこれでもかというほど睨んでから、セバスチャンに促されるまま外へと歩いて行く。
いつもよりも覚束ない足取りだが、杖を手にしているため違和感はないだろ。
帽子を深く被ってしまえば赤い顔もバレはしない。

劉が潜む地下から地上へ上がれば、もう陽は傾き、空を夕焼け色へと染め上げていた。
ならば余計に顔色のことについて気にすることはないだろう。
(早く、帰りたいっ)
シエルは胸元を握り締め、ゆっくりと呼吸を続けるよう努力する。
そして少し歩いた先に待たせておいた馬車へと今歩ける最大の速さで歩いて行った。


本当ならばセバスチャンに抱きかかえられながら帰った方が倍に早いだろう。
けれどシエルはそれをせず、そして後ろをついてくるセバスチャンも何も言わない。
きっと彼も分かっているのだ。
誰にもこの身体を触れてほしくないのだということを。





屋敷に着いた頃にはもう陽は沈み、星が空に輝き始めた時刻となっていた――――





「はぁーっ」
「お疲れ様でした」

やっと寝室までたどり着いたシエルは外套を脱いだ瞬間、ベッドへと倒れ込んだ。
冷たいシーツの感触が背中越しに伝わり、火照った身体には気持ちがいい。
そんなシエルの姿にセバスチャンは苦笑しながら外套を軽く畳んでいく。

「今日は劉様に完敗でしたね」
「黙れ、この駄犬が」

馬車に乗っている間もずっと無言で、いつか嫌味を言われるだろうとは思っていたが、やっと横になれた時に言うか。
シエルは額に腕を乗せ、大きく溜息をついた。

「劉が飼っている、猫の方が、優秀だな」
「出過ぎた真似はしないようにと気遣ったつもりでしたが」
「どうせ、貴様のことだ。死なないから、別に契約違反じゃない、というところだろう?」
「私という悪魔をよく分かっていらっしゃるじゃないですか」

ニッコリと微笑んでくる悪魔に対して、先ほどの劉と同じくらいの嫌悪感が湧き上がってくる。
だが彼は殺しても殺せない、殺しても死なない相手だ。この苛立ちをぶつけるのは至難の業。けれどやはりその気力も今はもう残っていなくて・・・。

「もう疲れた。出て行け」
「着替えないのですか?お身体だって拭いていないでしょうに」
「そんな気力もない。全部明日だ」
「気力も何も、坊ちゃんはただ立っているだけか、横になっているだけでしょう」
「もういいから、」

出て行けという言葉は続くことなく、シエルの心の中だけで消えていく。
はふ、と熱い息を吐いて顔をシーツに埋め、もうこのまま放っておけということを行動で示した。
きっともう嫌味を言っても返事はないだろうと判断し、部屋から出て行くだろう――――明日、普通の状態に戻ったシエルに嫌味を言った方が愉しいと考えるだろうから。
けれど予想外にセバスチャンはそんなシエルを見て溜息をつき、

「靴ぐらい脱いだらどうですか」

靴紐を解く為にしゃがんだ。

「・・・・」

後で自分で解くとも言えないシエルは予想外な展開であってもシーツから顔を出すことはせず、そのままの状態で黙っていた。
シュル、シュルルと靴紐が解けていく音が耳を擽る。
今日は網目のブーツだったので時間も掛かっているのだろう。
悪魔ならばそんなものも一瞬で解いてしまえ、と言いたくなる。
それでも数秒、されど数秒、だ。

やっと脱がされた片方、しかしもう片方が残っている。
けれどセバスチャンはそのもう片方に取り掛かる前に、

「ソックスも脱いでしまいましょうか」

長いソックスに手を掛けた。

「ぇっ・・・っう」

スー、とソックスと足の間に入り込んだ指にビクリと身体を震わせ、シエルは嫌がるようにシーツに顔を押し付けた。

「や、めっ・・・後で、自分で、ぁ、脱ぐから!」
「あと少しですから」
「分かってて貴様、うぁ」

ソックスが足に触れないようにゆっくりと脱がしているのだろうが、時折触れる指先の方が身体が刺激される。
些細な刺激でも反応してしまう身体だ。しかもまだ脱がし終わっていないと分かっているからこそ、いつまた触れてしまうのかと身構えてしまうため、いざ触れられた時にいっそう身体が大きく跳ねてしまう。
(触ってほしくないことを知っているくせに、このっ)
シエルは力を振り絞り枕へと、正確に言えば枕の下に隠された拳銃へと手を伸ばす。だが――――

「んぁっ・・・!」

それに気が付いたらしいセバスチャンがソックスを脱がす最後の最後、足裏を擽る様にして脱がしていった。

「おや、すみません坊ちゃん」
「っ―――――!!」

変な声を大きく出してしまったことに恥ずかしさを覚え、そしてなにより身体に走った稲妻なような快感にシエルは両腕で身体を抱きしめ、白いシーツの上で悶えた。
(さ、さ、最悪だ)
こんな声を聞かれてしまうなんて、末代までの恥だろう。
そう心から思うのに、

「っ、ん・・・ッ」

身体に走った快感が抜けきらず、もっと声を出してしまいたいとも思ってしまう。
これが快感ではなく苦痛だったらよかっただろう。苦痛の方が数倍我慢できる。
よく拷問で苦痛よりも快感の方が屈しやすいというが、それは本当だなと嫌な実感した。

「ではもう片方も脱いでしまいましょうか」
「や、待て、セバスチャっ」

ふと聞こえてきた言葉にシエルは焦って身体を浮かせ、もう片方の靴に伸ばす彼の手に己の手を重ねた。
その己の手は酷く震え、みっともないことこの上ない。

「もう、やめろっ。いい加減に、出て行け」
「――――まだ落ちませんか」
「な、に?」

重ねた相手の手は冷たい。それは自分の手が火照っているからだろう。
セバスチャンは重なったシエルの手をもろともせず、そのままもう片方の靴紐を解いていく。
もともと人間の力など悪魔にとっては鼠の力同然、震えている己の手なら空気のようなものに違いない。
けれどシエルは止めるように必死に力を込めた。

「どういう、ことだっ」
「もう素直に甘えたらどうだ、ということです」
「は?」

素直に甘える?
どういう意味か分からずシエルは眉を顰めるとセバスチャンは先ほどよりも早く靴紐を解いた靴を自分の後ろへと荒々しく投げ捨て、ソックスに手を掛けた。
それにビクリとすれば、彼はそのソックスを一気に脱がし同じように後ろへと投げ捨ててしまった。
先ほどもこれくらい早く脱がして欲しかったなんて、今は考える余裕もない。

「貴方はどこまでも自分のことを固く縛り付け、人に弱みを見せることを嫌いますね」
「それが、なにを、ふぁっ!」

ススス、と脹脛を撫でるように滑るセバスチャンの手にシエルは足を自分の方に引き寄せ身体を小さくする。

「なに、するんだっ・・・・・・?」

ベッドの上で身体を小さく丸めながらセバスチャンを睨みつければ、横にある小さなテーブルの蝋燭の灯りとは違う赤い瞳の輝きに気が付き息を呑んだ。
その瞳は飢えた野獣のようで、いつもとは違う雰囲気を身に纏っている。
そこでやっとシエルは気が付いた。

――――重ねた相手の手は冷たい。それは自分の手が火照っているからだろう。

彼が手袋をしていないことに。

「おい、お前、手袋は?」
「あぁ・・・邪魔でしたので」

指摘されたセバスチャンは己の手の甲を見つめ、そう返す。

「素肌で触れた方が気持ちがいいでしょう?」
「や、来るなっ、触るな、ぁう・・・」

膝をベッドに乗せて近づいてきた彼にシエルは身体を引きずるように逃げていく。だがその先が壁だということは百も承知。けれど逃げられないのだ。
身体が、逃げてくれない。

「もう強がらないでください。いいじゃないですか、たまには素直になったって」
貴方はいま媚薬のせいで普通の状態ではありませんし、仕方がありません。

悪魔の言葉が火照った身体に入り込んでくる。

「それに相手は私ですよ?貴方が今の伯爵の地位に座る前の頃から知っています。強さだけではなく、弱さだって私は見ていながらも私は貴方の傍にいますよ。今更躊躇することはありません」

甘い言葉を囁いて、引きずり落とす悪魔の言葉。

「ほら坊ちゃん」

彼の本性。

「おねだりの仕方は教えたでしょう?」







「お前は、狡い」

壁に背をついて、シエルは赤い瞳を光らせるセバスチャンを見つめた。

「お前は狡いな、セバスチャン」

そうやって欲しがっているのはまるで僕だけのように言って、
お前自身が欲しがっているということを隠してしまっている。
たとえ間違えを犯したって、全ての責任は僕だけにあるとでも言うように。

「何が私は貴方の傍にだ。何が躊躇することはないだ」

嘘ばっかり。
偽物ばっかり。

“真実”だけを並べたとしても、それが“本物”になるわけではない。

「“虚像”に騙されるほど、落ちぶれてはいないつもりだ」

口角を吊り上げ、相手を見つめたまま素早く枕の下の拳銃を取り出す。そして悪魔に向けてそれを、

「僕は悪魔セバスチャン・ミカエリスに強請るつもりはない」

投げつけてやった。
だがその間も息は乱れ、身体は震え続け、生理現象として涙まで縁に溜まっている状態。
恰好はつかないだろう。それでもいい。見栄を張ることすらやめてしまったら、自分が自分では無くなってしまう。

「出て行け、セバスチャン」

ついに涙が一筋落ちていった。

「命令だ」


















「劉様の前では油断したくせに」

ボソリと呟かれた言葉にシエルは「うるさい」と同じくらい小さな声で返す。
投げつけられた拳銃を避けることをせず、そのまま受け止めたセバスチャンは大きく溜息をつき、ベッドの上に落ちたそれを拾い上げた。

「いつも全てを警戒しているというのに、なぜ今回に限って油断したのですか」
「・・・たまたまだ」
「どうせ劉様相手だから気を抜いたのでしょう」
「あーあー煩いな。反省した。次から気を付ける。これでいいか」
「随分と乱暴ですね」

まぁそれが坊ちゃんらしいところですね、と苦笑する彼をシエルは弱弱しく蹴りつけてやった。

「ほら、おねだりしただろ。さっさと出て行け」
「まったく・・・貴方には負けました」

セバスチャンはその足を掴み、身体をシエルの上に覆いかぶせる。その動作のついでというように枕の下に拳銃を戻すのをシエルは見逃さなかった。――――きっと彼なりの優しさだろう。嫌になったら撃ってもいいのだと。
(言葉では偽りばかりなくせに)
そうやってたまに見せる“本物”に、シエルは頭が痛くなってしまう。

「坊ちゃん、」
「言うなら早くしろ」
「折角こっちが折れるんですから、少しは可愛くなったらどうですか」
「分かったから、早くっ」
もうっ、
「我慢できない、からッ」

押さえていたものを、
必死に保っていた理性を、
ほんの少しだけ崩してしまえば。

「っ―――――」

強くセバスチャンに抱きしめられた。
それだけでも全身にゾクゾクとした電流が走り、小さく吐息をついてしまう。

「抱かせてください」
「ぁ、はぁっンん!」

首筋に湿った感触が当たり、かと思えば強く吸われた。
きっと跡が残ってしまうだろう、けれど制止の声は掛けられない、否、掛けたくない。
もっと、もっとと望んでしまう。

「坊ちゃんを、抱きたいです」

シエルはセバスチャンの言葉に、ぎゅっと燕尾服を掴んだ。

「今日、だけだ」
「・・・・」
「明日になったら、全部忘れる。僕も、お前も」

これは媚薬のせいで起きてしまったこと。
ドリーム・パウダーと言われているのだから、夢にしてしまっても構わないだろう。

全てこれは夢のこと。
目を覚ませば泡のように消えてしまう、幻想。

「ならば、」
「なに・・・んンっ」

セバスチャンの唇がシエルの唇に重なる。
言葉を紡ごうとしていたため彼の舌は難なく口腔に侵入し、荒々しく内を犯していく。

「ん、ふ、っぅ・・・」

身体ならすでに“あの時”に暴かれている。
汚らわしい連中共に。
けれど唇はまだ誰にも触れられたことがなく、いわばファーストキスなのだ。
だからといって女ではあるまいし、全てを復讐に捧げると決めたのだ。口付けに夢など抱いてなどいなかったけれど。

「ふはっ・・・セバ、スチャ・・・ぁふ」

離れたと思ったらまた触れあい、啄まれたかと思ったら吸われ、飲み込みきれない唾液が顎を伝って落ちていく。
それすらも、そして激しい水音すらも快感にしかならなくて。
(これは、やばい・・・)
こんなに口付けだけでも気持ちいいものだなんて、思わなかった。

「は、ぁ・・・はぁ・・・」
「気持ち、よかったですか?」

いったい何度唇を重ね合わせたか分からないくらい唇を重ね、やっと離れたと思ったらセバスチャンは笑みを浮かべながらシエルの顔を覗き込んでくる。
それに恥ずかしさを覚えたシエルは「う、うぅ・・・」と呻きながら、隠れるようにセバスチャンの首元に顔を埋めた。

「・・・今日のことを忘れてしまってもいいですよ」
夢にしてしまって構いません。

そんな顔を隠してしまったシエルの頭を撫でながら、セバスチャンは囁くように言う。

「ならば今日は、今日くらいは素直に甘えてください」
「あっ・・・やッ!」

いつの間にボタンを外したのか、シエルの身体を覆っていた服の前が全て開き、胸へとセバスチャンの手が触れる。
ゆっくりゆっくりと上へと辿り、赤く色付く胸の蕾には触れるか触れないか程度につつき、まるでこちらを試しているかのよう。
けれどその感触だけでシエルの頭の中は白くぼやけ始め、もう何が何だか分からなくなってしまいそうになる。
相手は悪魔で己の魂を狙っている相手だというのに、こんな痴態を晒していいものかと、まだどこかでシエルの中のプライドや矜持、不安や恐怖が残っているが――――

「坊ちゃんの欲しいものを素直に言って、強請って」

私も、いえ、私が。

「ありのままの貴方が欲しいんです」

――――どこか自嘲的に笑う悪魔に、溶かされてしまう。




「・・・・」
「・・・・」
「・・・、と」

恥ずかしさに顔を染めて、シエルは口を開く。
そして胸の蕾に触れる手をソレにもっと押し付けるように自分の手を重ねて、けれど逃げるように視線は斜め下へ。

「もっと、さわ、れ」
「・・・どこを?」

セバスチャンは優しく問い返す。
けれどまったく優しくない。

「ぜん、ぶ」
「ん?」
「ぜんぶだっ、セバスチャン!」

顔を真っ赤にさせ叫んだシエルに、セバスチャンは嬉しそうに微笑んで。

「イエス、マイ・・・――――」

最後になんて言ったのか、もうシエルの耳には聞こえなかった。
























「やぁ劉」
「あれー、伯爵?」

数日後、シエルは再び劉の元へと足を運んでいた。
その表情はどこか爛々と輝いており、一般の人から見たら可愛らしい、または美しいと感嘆の息を零しているだろう。
けれど普段の彼を知っている者から見ると、その表情は不気味でしかない。

「・・・なに、伯爵。どうしたのかな?」
「いやいや、今日は裏社会の秩序として大切なことを貴様に伝えに来たんだ」
「大切なこと?」

劉は先日とは違い、どこか不安げな表情を浮かべながら首を傾げる。
それにシエルはニッコリと微笑み、短くセバスチャンの名を呼んで、彼の手から一枚の書類を受け取った。

「先日貴様から貰った資料のおかげで、裏社会で行われていた実験を潰すことに成功した。だが実はその実験はドリーム・パウダーと呼ばれる媚薬と繋がっていて、しかもそれは表社会にまで影響を及ぼしていたんだ。これを女王の番犬である僕が女王陛下に黙っておけるわけがないだろう?だからその資料や媚薬と共に陛下に渡したところ、この資料はどうしたのかと聞かれたもので、劉、貴様の名前を出しておいた」

ペラペラと喋り続けるシエルに、劉の顔色は青くなっていく。
ここまで聞けば彼にも全てが理解できるだろう。

「まぁ表面は貿易会社の英国支店長をやっているものだ。どうしてそんなものが手に入ったのかを疑問に持たれてな。だがまだ何も起きていないから無理やり劉を引っ張るわけにもいかない。だが」

シエルはそこでやっと書類を劉へ渡した。
そこには数年分の日付がびっしりと書かれており、一枚と思われていたが実は両面に記載されていた。

「ガサ入れは問題ないだろうと陛下に進言しておいた。あぁ、それにアヘンについてもここら辺から噂が流れてきたことも報告しておいたな。報告するのは情報を渡す者の“義務”の筈だからなぁ」
そうだろう、劉。

遠回しに、劉が情報を取引に使ったことに対して言うシエルに、劉はヒクリと口角を引きつらせる。
――――よく考えれば分かることだ。
あの時お流れになったのは媚薬を盛ったことに対してで、そのまま差し出さなければいけないショバ代である情報を取引として使ったこと、いうなれば契約違反を流すとは言っていないのだから。
たとえ媚薬で意識が朦朧としていたとしても、彼がそのような“やり返せる手口”を見落とすわけがなかった。

「あ、あの~伯爵・・・そしたら我ここで裏の仕事が・・・」
「さぁな。僕は僕の仕事をしたまでで、僕には関係のないことだ。まっ、対策としては裏の仕事を数年休むか、国に引き上げるか。もしくはかなりの縮小営業にすることだな」
「そんな~~~~~!!」
「この僕で遊んだ罰だ。その首を陛下に引き渡さなかっただけ有難いと思え」

シエルはやっとここで笑みを消し、泣きついてきた劉をフンといなした。
本当に陛下に引き渡しても良かったのだが、そうしてしまうと彼からの情報が貰えなくなってしまうのが困るのだ。
正直ここまで広い地域を一人で管理するのは面倒である。

劉への仕返しも済んだので、シエルはさっさと引き揚げようとセバスチャンに声を掛けると。

「ところで伯爵はあの後どうしたの?」

それに割り込むかのようにケロッとした劉が訪ねてきた。
反省はしてないのかっ、と口角がヒクヒクと震えたが、ここで無視するのも些か後に問題になるような気がしてならず、シエルは出口に顔を向けたまま無感情に答えた。

「そのまま寝た」
「えーッ!あの状態で?!」
「今度貴様も試してみるか?」
「遠慮します」

きっぱりと返ってきた言葉に大きく溜息をつき、「じゃぁな」と一人地下を後にした。




「本当は執事君が抜いたんじゃないの?」

シエルが階段を上っていく様子を眺めながら、劉は小声でセバスチャンに声を掛ける。
その言葉に同じくシエルに瞳を向けたままセバスチャンはクスリと笑みを浮かべた。

「あのまま寝ましたよ。坊ちゃんはぐっすりと夢の中でした」
「えー、そんなの無理だと思うけど~」
「まぁ、どちらにしても貴方の目論見は失敗したわけですし」
「・・・・やっぱり気が付いてたんだね」

セバスチャンの指摘に劉はわざとらしく肩を揺らしたが、口元は愉しそうに歪めていた。
けれども細く開いた瞳だけは、殺気を帯びるほどの真剣さ。
それにセバスチャンは臆することもなく、むしろ瞳を赤く輝かせて、

「私が他の方に坊ちゃんの可愛らしい姿を見せるわけがないじゃないですか」

一本の人差し指を己の唇に当てて嗤った。



「おい、セバスチャン置いていくぞッ」
「あぁ、すみません坊ちゃん」

どうやらセバスチャンがついて来ていないことに気が付いたシエルに階段の上から名前を呼ばれ、セバスチャンは劉に一礼して素早く階段を上がって行く。
その足音を立てずに昇って行く姿を劉は無表情で見送った。

その姿に、隣に控えていた藍猫が「どうかしたか」と声を掛けたが、

「なんでもないよ、藍猫」

彼女の頭を優しく撫でただけだった。








「主人を放っておくとはいいご身分だな」
「申し訳ございません」

ロンドンの街の中を歩きながら睨みつけてやると、セバスチャンは別段いつもと表情を変えることなく頭を下げた。
表情を露わにさせ過ぎるのもどうかと思うが、申し訳ないような態度くらいは出しても構わない、むしろ出すべきだと思うのは間違いではないだろう。
だが彼にそんなことを要求すると、きっとわざとらしい表情と仕草でしてくるだろうから、こちらが溜息と共に飲み込むしかない。

「お礼を申すつもりでしたが、まるで宣戦布告のようになってしまいましたね」
「あ?何の話だ」

ふと零れてきた言葉にシエルは歩みを止め振り返った。
するとそこには悪戯気に細められた瞳と、優しげに弧を描く口元。

「いえ、」

忘れた筈の夢が、そこに在った。

「また夢を見たいと、思いまして」
「っ!!」

あれからセバスチャンとは“あの夢”の話は一切していなかった。
当たり前だ。忘れると、忘れろと言ったのだから。
あれは夢なのだ、と。

次の日の朝にはもういつも通りの主従で、少し違うのは腰の痛みから接客の予定を減らしたくらい。
けれどその時でさえ、その腰の痛みは馬車のせいだと二人で話していた。

それなのに、どうして――――

「あ、悪魔が夢なんて、み、見るのか」

シエルは再び歩き始め、きっと赤くなってしまった頬を隠すように襟元に顔を少しだけ埋める。
動揺していることは伝わっているだろう。
隠したいのに、隠せない。
もうあの時の媚薬なんて身体に一粒も残っていない筈なのに、どうしてこんな・・・。

「えぇ、見ますよ」

甘くて、温かくて、溶けそうなほど、

「幸せな夢を」

セバスチャンは言う。

ねぇ坊ちゃん。
「また、見られると思いますか?」











「し、知るかっ」

なんとかそう一言だけを絞り出し、駆け足で進んでいく。
ゆったりと買い物を楽しむ人々の中、走るものの姿はひどく浮くだろう。だが気にする余裕なんてどこにもない。
(ちがう、なんでだ、どうしてだっ)
今日は媚薬なんて飲んでいないのに、顔が熱くて、鼓動がいつもよりも早くて。

「くそっ」

忘れたいと思った筈の、あの乱れが。

忘れた筈の、あの夢が。

きらきらと、
きらきらと鮮やかに、


本物として、


降ってくる――――







(しまった、と思った時にはもう遅かった。)








End

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