「妙な気配?」
「はい・・・」
シエルは朝食を食べ終え、食後の紅茶を飲みながら使用人四人の報告を受ける。
起床する時にセバスチャンに四人から報告があると聞いていたが、まさかこういう話しだとは思ってもいなかった。あの三人のことだ。(田中を除いて)何か壊しただの、失敗しただの、そういう報告だと思っていた。
だが疑問が一つある。
シエルはその疑問を解消すべく、四人から話しを聞く。
「それは何時頃だ?」
「26時頃だったと思いますだ」
「妙な気配がした後、お前ら四人はすぐに部屋の外に出たのだな?」
「はい」
「メイリン、お前の目にも相手の姿は映らなかったのか?」
「う~申し訳ないのですだが・・・眼鏡を外した状態でも誰も見当たらなかったですだ・・・」
メイリンは指を交差しながら、申し訳なさそうにうなだれる。
それを見たシエルは仕方が無いだろう、と声を掛ける。
26時頃といったら、この四人も寝ていただろう。しかしその一瞬の気配を逃さずに起きたことは、褒めるべきだ。
たとえそれが仕事だとしても。
シエルはカチャリと音を立てながらティーカップを置き、四人の方に顔を向ける。
「相手は一体何が目的でこの屋敷に忍び込み、そしてすぐに出て行ったのかは分からない。だが、何も取られてもいなければ、僕もこの通り無事だ。ご苦労だったな」
「・・・坊ちゃん・・・!!」
三人は感動したように、涙声で名前を呼ぶ。
もしかして怒られるだろうと思っていたのだろうか。
シエルは苦笑する。
人間のお前らにそこまで無理を言うほど僕は鬼じゃない。
怒るとしたら。
「セバスチャン」
シエルは自分の斜め後ろで控えている有能の執事の名を呼ぶ。
人間のお前らには無理は言わないが、悪魔には別だろう?
「お前は何をやっていた」
「書類の処理を」
「気配には気がつかなかったのか」
「いえ、気がつきました」
冷静な問いに冷静に返す答え。
先ほどの三人とは違い、冷たさが満ちている。
問いかける方にも、返す方にも。
三人はハラハラしながら二人を見守る。
「気がついてどうした?」
「私も屋敷内を確認するべく部屋を出ようとしたところ、三人と会いました」
「その後は?」
「三人と屋敷内を見回り、そして坊ちゃんの方を確認しに行っていた田中さんと合流しました」
「・・・バルド」
「へいっ!!」
急に声を掛けられて、ビクリと反応するバルド。
無駄に背筋をまっすぐにしてしまう。
「コイツが言っていることは本当か」
「え?あ、はい。本当です」
「おや、坊ちゃん酷いですね」
セバスチャンはクスリと笑いながら、ティーポットを手に取る。
「貴方には嘘をつかないと約束しているでしょう?」
そしてティーカップに紅茶を注ぐ。
カップに流れ込む液体を見つめながらシエルは、どうだかな、と返す。
「約束なんて、うわべだけのものだ。裏切ることは誰だって簡単に出来る」
「ですが、私達にとっては簡単なものではないでしょう?」
だから約束は大きな意味を持つ。
セバスチャンは契約印が刻まれた方の手の甲をわざとらしく押さえながらティーポットを置く。
流石に四人がいる時に手袋を脱ぐのは無理だろう。
「お前との嫌味の言い合いはまた後だ」
シエルは四人の方に視線を戻す。
「じゃぁ、お前達は気配の正体は分かっていないんだな?」
「申し訳ないですが・・・」
「いや、謝ることじゃない」
「もしかしたら、今日も来るかもしれません。分からないけど・・・」
「だから、今日は寝ずに番をするですだ」
メイリンの言葉に、フィニとバルドも強く頷く。
「寝ていたから相手の気配がしたのに捕らえることが出来なかったし・・・」
「だから今日は起きて相手を待ちますぜ。それなら一本取られることもねぇです」
「いや、そこまでは・・・」
「坊ちゃんは安心して寝ていてくださいですだ。ファントムハイヴ家の使用人たるもの、ですだよ!」
「でも一体どんな相手なんでしょうかねぇ?一瞬で気配が無くなるなんて、幽霊みたい・・・まさか!?」
「ばっかやろう!幽霊なワケないだろうが!」
「でも、幽霊ぐらいじゃないと、あんな一瞬に気配が消えるなんて・・・」
「フィニ!何を言い出すだかっ!!」
「ほっほっほ」
ワイワイと言い合いを始める四人。
シエルはだんだん話しがずれていくのを静かに紅茶を飲みながら見つめた。
セバスチャンもまるで灰に化すように無表情だ。
この四人が自分を守ろうとしてくれるのは喜ぶべきことだ。
けれど、この三人が気合を込めると空回りすることが多い。
それに今回は少々面倒なことになりそうな気がする。
シエルは横目でセバスチャンをちらりと見る。
セバスチャンは四人を見つめたまま、話しに手を出すつもりはないそうだ。
・・・なるほどな。
シエルはニヤリと哂う。
「坊ちゃん、安心してください!!」
「なんだ?」
どうやら三人の意見はまとまったようでニッコリと、悪魔とは違う愛情に満ちた笑顔をこちらに向ける。
シエルは途中から話しを聞いていなかったので、首を傾げると元気よくフィニが言う。
「幽霊退治です!!」
「・・・そうか」
どうやら一瞬の気配は幽霊ということになったらしい。
相変わらず、なんというか・・・。
シエルはため息をつくが、こういうところは嫌いじゃないと思えるのはどうしてだろう。
「幽霊ならば、結局寝ずに番か?」
「はい!そうですだ」
「・・・まぁ、あまり無理するな」
「イエス、マイロードっ!!」
「ほっほっほ」
四人は嬉しそうに言う。
この悪魔にもそんな表情を勉強させてやれ。
そんな嫌味なことを執事に対して思いながらシエルはティーカップを置き、席を立つ。
そして振り返らずに、
「おい、セバスチャン」
声を掛ける。
「はい、なんでしょう」
「話しがある。来い」
「おや、嫌味の言い合いの再開ですか?」
「・・・お前は本当にいっぺん死んで来い」
シエルは吐き捨てながら執務室へと足を進めた。
****
「で?どうしてお前は犯人の正体をあの四人に隠した?」
いつものように執務室の椅子に座りながらシエルは足を組み問いかける。
臆することもなく、まっすぐこちらを睨んでくるシエルにセバスチャンは言葉では表せない満足感に満たされる。
そして、自分が犯人を知っていると気がついていることも。
「その方が面白いと思いまして」
「ふざけるな。そんな理由がこの僕に通ると思っているのか」
「嘘ではございませんよ?先ほども言ったでしょう。貴方には嘘はつかないと」
「だが、あの四人には嘘をつくと?」
シエルはいつも使う愛用のペンをセバスチャンに向けて投げる。
ダーツも上手いシエルだ。投げたペンはセバスチャンの顔面へと真っ直ぐ飛んでいく。
しかしセバスチャンは動揺もせずに笑みを浮かべたまま、刺さる前に華麗に片手でキャッチしてしまう。
シエルも刺さるとは思ってはいなかったが、それを見てつい舌打ちをする。
「酷い主人ですね。執事に向かってペンを投げるなんて。手癖が悪いですよ」
「お前も僕以外に対して、おざなりすぎる」
「それは仕方が無いでしょう。契約しているのは坊ちゃんだけなんですから」
セバスチャンはキャッチしたペンをシエルの机の上にそっと戻す。
そして、
「愛しているのも、坊ちゃんだけですしね」
顔を覗きこみながら言う。
「ふん」
シエルはセバスチャンから顔を逸らす。
ここでも、どうだかな、と返したいところだが、きっと返したら酷い目に合うだろう。
では、その身体に私の愛を知っていただきましょう、とか言って。
今から寝室に向かわれたら敵わない。まだ一日は始まったばかりで仕事もある。
前まではセバスチャンの気持ちは嘘だと思っていたが、今ではあまりそう思わなかったりする。
疑うと倍に色々と返ってくるので、もう懲りたと言っても過言ではないのだが・・・。
嫌味ったらしいけれど、相手を試したり、手の平で転がしたりするのが僕らの関係だ。
・・・でも恋人だとは、あまり口にはしたくない。
「おや、照れているのですか?」
まるで苛めっ子のように笑いながら覗き込んだ顔を近づけてくるセバスチャンに、
シエルは、うるさいな、と赤い顔をしながら、手で追い払う。
「それで?お前は何を企んでいるんだ」
真面目な話しに戻すと、セバスチャンは少し残念そうな顔をしながらシエルから離れ、再び姿勢を真っ直ぐにする。
「企んでいる、と申しますと?」
「お前は僕に妙な気配がすることを報告しなかった」
屋敷に一瞬でも誰かが入り込んだにも関わらず。
シエルは目を細める。
そう、四人から報告を受けたときに抱いた疑問はこれだ。
なぜセバスチャン自身が報告をせずに、四人にさせたのか。
いつもならば朝シエルの服を着替えさ、今日の予定を告げる際に報告するというのに。
あえてセバスチャンは四人に報告させた。
「僕が昨日の夜何も無かったか、と聞かなかったから報告しなかったわけじゃないな」
「・・・」
「屋敷に敵が、あるいは何者か分からない何かが一瞬でも入り込んだのなら執事として、いや、命を守る契約者として僕に報告をするだろう。それが義務だからだ」
シエルは言う。
「けれどお前は報告しなかった。だが四人が報告するだろうということは昨夜で分かっている。ならば執事としての仕事を怠ったわけにはならない。だが、契約としてはどうだ?義務に反している。ということは」
上目遣いでセバスチャンを指差し哂う。
「お前はその気配の主を知っていて、僕の命が危険になることはないと分かっていたんだ」
それにお前が正体不明の気配を逃す筈がないだろう?
なぁ、セバスチャン?
挑発的に哂うシエルをセバスチャンはジッと見つめ、そして
「流石はマイロード」
と哂い返す。
「まさかそこまで回答を出すとは思いませんでしたよ」
「はっ。僕を誰だと思っているんだ」
「もう少し時間が掛かると思っていたんですけどねぇ」
「何も言わなければ情報を与えることにはならないとでも思ったか」
「嘘がつけないとゲームを愉しくすることも難しいです」
「ルールは守れよ、悪魔」
シエルはセバスチャンの言葉に、楽しそうに返す。
嫌みったらしい顔ではあるが、本当に楽しいのだろう。
なんともゲームが好きな子供らしい。まぁ、歳相応のゲームではありませんが。
でも、やはりこのゲームに喰いつきましたね。
セバスチャンは内心でニヤリと笑う。
「それで?お前は僕に何をさせようと言うんだ?」
「おや、もう一つのお遊びにも手を出されるおつもりで?」
白々しく答えると、もう隠すのはよせ、とシエルは怒る。
「今の回答は、本題の前置きみたいなものだろう。お前、自分で言っただろう?もう少し時間が掛かると思っていたって。この回答が導かれるというのは初めから分かっていたんだろう?」
「まったく。本当にゲームがお好きですね。貴方は」
「お前が投げかけたゲームだろ?最後まで責任持て」
「・・・今の言葉、お忘れなく」
セバスチャンは、なんとも悪魔らしい笑みを浮かべる。
その顔を見た瞬間シエルは何か不味いことを言ったと、咄嗟に判断するが前言撤回する気はない。
売られた喧嘩を買うように、投げかけられたゲームは受けるのがシエルだ。
今更、そしてセバスチャン相手なら尚更引くわけにはいかない。
「では坊ちゃん、ゲームのご説明をします」
「あ?なんだ親切だな」
「ここまで気付かれているのですから、もう言葉で言った方が楽かと・・・」
「・・・そうか」
頷きながらも、疑うような眼差しでセバスチャンを見る。
セバスチャンは命令通り嘘は言わない。けれど言葉に裏を作る。
それを気付かずに逃したら、きっと僕は悪魔に足を掴まれる。
僕の負けが決定する。
シエルは集中しながらセバスチャンの言葉に耳を傾ける。
「ゲームは簡単です。夜にあの四人が番をすると仰っていたでしょう?それに坊ちゃんも参加して頂きます」
「主人の僕がか?」
「使用人の働きっぷりを監督するのも主人の務めでしょう」
前回は見逃しましたしね。
前回とは、シエルを殺しにネズミ共が屋敷にやって来た時のことだ。
本当はその時に使用人の働く姿を一目見ようと思っていたのだけれど、劉と二人きりで接触したことに激怒したセバスチャンは、シエルをベッドの中から解放することはなく・・・。
結局三人の働きを見ることは出来なかったのだ。
「見逃したのはお前のせいだろうっ!!」
「元々は坊ちゃんの責任です」
「そんなこと・・・あ~もういいっ!今そんな前の話しをしても仕方が無いだろう。それで、僕も夜に番をすればいいんだな?」
「はい。まぁ番と申しましても、この屋敷をぐるっと一回りしていただくこととなります」
「一回り?犯人を待つんじゃなくてか?」
「はい、坊ちゃんには犯人を捕まえる能力など一つも持ち合わせておりませんので」
「貴様・・・その口、少しは気をつけないと本気で塞ぐぞ」
「すみません、嘘はつけないもので・・・」
セバスチャンは深々と頭を下げる。
ったく、コイツは本当に殺したくなる・・・!!!
シエルは再びペンを握るが、どうせ投げても先ほどと同じことになるので、なんとか押さえる。
「そういえば坊ちゃん」
「・・・なんだ」
「坊ちゃんは私が犯人の正体を知っていると分かっていながら、その正体を聞いてきませんね?」
「あぁ。聞く必要が無いからな」
シエルはペンを片手でクルクル回しながら、机に頬杖を付く。
「契約者のお前が僕に報告しないということは、別に大した事ない相手なんだろう?」
「さぁ?そうとは限らないかも知れませよ?」
「まぁ、どちらでも構わない。この屋敷を一回りするのは犯人の正体を知らなくても出来るからな」
そう言うシエルにセバスチャンは目を細める。
これは何か考えていますね。
シエルは知らないことがあるのを極端に嫌う。目の前に自分の知らないものを持っている相手がいるのに、手に入らないなんて言語道断なほどだ。
けれどシエルは聞き出す素振りもなく、むしろ知らなくてもいいという雰囲気だ。
もしかしたら、坊ちゃんは犯人の相手が誰だか目処がついているのかもしれませんね。
セバスチャンはフムと頷く。
これは気をつけなければ、ゲームを投げた私の方が坊ちゃんに足を掴まれるかもしれません。
それでも、坊ちゃんはまだこのゲームの本当の意味に気がついていない。
もしも気がついていたのならば、こんなゲームを受けるはずがない。
ゲーム好きであっても、負けず嫌いであっても、拒否していただろう。
まぁ、何かに気がついてはいるようですが・・・。
でも、まだまだ甘いですよ?
「では坊ちゃん」
「あぁ」
シエルは愉しそうに答える。
「今宵は甘美なひとときを・・・」
ゲーム
スタート。
****
夜が深まり、月が美しく輝き始めた時刻。
シエルはお風呂に入り、軽装の上にいつもより厚めの上着をセバスチャンに羽織らされる。
屋敷内を回っている間に冷えて、寒くならないようにだろう。
そんなことを心配するのならば、昼間に出来るゲームを用意しておけと内心で悪態をつくが、ゲームをすること自体は楽しみなので、口には出さない。
そして現在。
「24時までもう少し時間があるか・・・」
シエルは書斎で本を読みながら真夜中になるまでの時間を潰していた。
本当は昨晩気配がした時間と同じ時刻に回った方がいいだろう、とセバスチャンに言ったのだが、24時頃で大丈夫だと言われたのだった。
一体、何が大丈夫だと言うんだ。
シエルは手に持っていた本をパタンと閉じる。
もうすでにゲームはスタートしているけれど、まだ自分はチェス板を見ていない。
駒はすでに動き始めているというのに。
今、相手の駒に対して、どのような状態であるのかを把握できていないのだ。
きっと、僕がそんなことを考えていてもあの悪魔は余裕なんだろうな。
シエルは自嘲気味に笑う。
それでも、なんとなくだが犯人の目星はついている。
どうせどうしようもない理由でここに来たのだろう。
自分がチェス板を見られるのは24時。
屋敷を回り始めないと分からない。
だが、まずなぜ僕が屋敷を回らないといけないんだ?
犯人を見つけろというのが目的ではないらしいし。
なんだ?
何かが引っかかる。
ゲームにしては、穴がありすぎる気がする。
色々な部分のピースが足りないというか、なんというか。
ゲームという名の下に何かを隠している気がする。
「いや、考えすぎか」
シエルはなんとなく契約印の瞳を隠すためのアイパッチを手でトンと突く。
すると。
「坊ちゃん、そろそろお時間です」
扉の向こうからセバスチャンの声が。
「あぁ、今行く」
シエルは本を棚に戻し、扉へと歩いて行く。
今はまだ、自分の進むべき一手が分かっていない。
けれどチェス板を見たら、何か分かってくるだろう。
きっとこの後、セバスチャンが駒を進めるはずだ。
その様子を見てから考え初めても、遅くはない。
明日の仕事は全て今日中に終わらせた。
時間制限は出ていないのだから、僕がこのゲームの勝利を掴むまで起きててやる!!
挑戦的な笑みを口元に浮かべながら、書斎の扉を開けた。
しかしそんな意気込みは、ただの空回りだったということをシエルは後に知ることとなる。
****
あとがき
前回のGameと比べたら、今回はなんとなくセバスverって感じでしょうかね(笑)
なんとなく仲悪いんじゃないの・・・?とういう雰囲気のセバシエを書くのが好きですww
あ、でもラブラブも好きかもw(どっちだよ!どっちも好きなんだよ!)←

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